• 著者: Doi T, Onozawa Y, Fuse N, Yoshino T, Yamazaki K, Watanabe J, Akimov M, Robson M, Boku N, Ohtsu A
  • Corresponding author: Toshihiko Doi (Department of Gastrointestinal Oncology, National Cancer Center Hospital East, Kashiwa, Chiba, Japan)
  • 雑誌: Cancer Chemotherapy and Pharmacology
  • 発行年: 2014
  • Epub日: 2014-07-25
  • Article種別: Original Article
  • PMID: 25059319

背景

Heat Shock Protein 90 (HSP90) は、ATP依存性の分子シャペロンであり、HER2、EGFR、PDGFR、VEGF受容体、AKT、c-KIT、c-MET、BRAF、変異型p53、HIF-1α、ALKなどの多様な発癌性クライアントタンパク質のフォールディング、安定化、活性化を担う。これにより、HSP90は腫瘍細胞の増殖、生存、アポトーシス抵抗性に中心的な役割を果たすことが知られている。先行研究において、Banerji U (2009) や Mahalingam D et al. (2009) は、HSP90が癌治療における極めて有望な標的であることを報告した。HSP90阻害剤の開発は、第1世代のゲルダナマイシン誘導体である 17-AAG (17-allylamino-17-demethoxygeldanamycin) や 17-DMAG (17-dimethylaminoethylamino-17-demethoxygeldanamycin) から始まったが、重篤な肝毒性が用量制限因子となり、その開発は中断を余儀なくされた経緯がある (Grem JL et al. 2005)。

第2世代のHSP90阻害剤として、非アンサマイシン系化合物であるAUY922(一般名: luminespib、開発名: NVP-AUY922)が開発された。AUY922は、4,5-ジアリールイソキサゾール骨格を基盤として設計され、HSP90のN末端ATP結合ポケットに高い親和性で結合し、そのATPase活性を阻害する (Brough PA et al. 2008)。前臨床試験では、AUY922がHER2やEGFRなどのクライアントタンパク質の分解を強力に誘導し、BT-474乳癌およびHCC827非小細胞肺癌 (NSCLC) 異種移植モデルにおいて高い抗腫瘍活性を示すことが報告された (Eccles SA et al. 2008)。さらに、抗血管新生作用および抗転移作用も確認されている (Jensen MR et al. 2008)。

AUY922の先行第I相試験 (CAUY922A2101試験) が欧米の進行固形腫瘍患者を対象に実施され、週1回静脈内投与の推奨第II相用量 (RP2D) が70 mg/m²と決定された (Sessa C et al. 2013)。しかし、国際共同治験の承認申請には、国際調和会議 (ICH) ガイドラインに基づき、日本人患者における安全性、忍容性、薬物動態 (PK) プロファイルの確認が不可欠であった。欧米人と日本人では、CYP450 (シトクロムP450) 酵素の遺伝子多型や体格差により、薬物動態に民族差が生じる可能性が指摘されている。また、日本人特有の有害事象 (AE) シグナルの検出も重要であった。さらに、Bayesian Adaptive Logistic Regression Model (BLRM) と Escalation With Overdose Control (EWOC) 原則 (Babb J et al. 1998) といった最新の用量漸増デザインを日本人試験で実装する経験も不足しており、この点も課題が残されていた。これらの知識ギャップを埋めるためのデータが、AUY922の日本人患者への臨床適用可能性を評価する上で決定的に不足していた。このように、日本人患者における安全性および至適投与量に関する詳細なデータが不足している現状は、本薬の国内開発を阻む大きな課題であり、その薬物動態学的特徴の民族差の有無は未解明であった。

目的

本試験は、進行固形腫瘍を有する日本人患者を対象に、HSP90阻害剤AUY922単剤を週1回静脈内 (IV) 投与した際の安全性、忍容性、薬物動態 (PK) プロファイル、および予備的有効性を評価することを目的とした。主要評価項目は最大耐用量 (MTD) の決定であり、副次評価項目として、有害事象の発現頻度と重症度、AUY922およびその代謝物BJP762のPKパラメータ、ならびにRECIST v1.0に基づく奏効率 (ORR) および疾患コントロール率 (DCR) を評価した。これらの結果を通じて、欧米の先行試験で確立されたRP2D 70 mg/m²週1回投与の日本人患者への適用可能性を検証することを目指した。

結果

患者背景と登録: 本試験には、2008年11月から2011年7月にかけて合計31例の日本人進行固形腫瘍患者が登録された。7つの用量コホート(8、16、22、28、40、54、70 mg/m²)にそれぞれ3~8例が組み入れられた (Table 1)。年齢中央値は58.1歳(範囲35~77歳)で、男性が15例 (48%)、女性が16例 (52%) であった。ECOG PS 0の患者が21例 (68%)、PS 1の患者が10例 (32%) を占めた。病期はStage IVが29例 (94%) と大半を占めた。主要な腫瘍種は、直腸癌10例 (32%)、大腸癌7例 (23%)、乳癌5例 (16%) であり、その他に頭頸部癌、膵癌、胃癌などが含まれた。患者は中央値で4レジメン(範囲1~9レジメン)の先行治療を受けており、標準治療を使い果たした難治性症例が対象であった。

安全性:DLT 1例のみ、MTD未到達、RP2D = 70 mg/m²/week: 用量制限毒性 (DLT) は、54 mg/m²コホートの1例 (n=6) にのみ観察された。この患者にはGrade 3の疲労感とGrade 3の食欲不振が発現したが、いずれも8日以内にGrade 1に回復し、治療中止には至らなかった。70 mg/m²コホート (n=8) ではDLTは報告されなかった。BLRMによる評価では、70 mg/m²におけるP(DLT ≥0.33)は0.21であり、EWOC原則の閾値0.25を下回ったため、MTDは未到達と判断された。しかし、視覚毒性の潜在的リスクを考慮し、これ以上の用量漸増は行わず、RP2Dは70 mg/m²週1回静脈内投与と決定された。これは欧米の先行試験(CAUY922A2101)で確立されたRP2Dと一致する。

有害事象プロファイル: 最も頻繁に報告された薬物関連の有害事象(全グレード、全患者の10%以上)は、下痢 (65%、20/31例)、夜盲 (42%、13/31例)、悪心 (23%、7/31例)、食欲不振 (19%、6/31例)、疲労感 (19%、6/31例)、発疹 (19%、6/31例)、嘔吐 (16%、5/31例)、頭痛 (10%、3/31例)、リンパ球減少症 (10%、3/31例)、光視症 (10%、3/31例)、掻痒 (10%、3/31例) であった (Table 2)。Grade 3/4の有害事象は5例 (16%) にのみ発生し、疲労感2例、食欲不振1例、好中球減少症1例、低ナトリウム血症1例であった。Grade 5(死亡)の有害事象は認められなかった。

HSP90阻害剤特異的視覚毒性: 夜盲や光視症を含む視覚毒性は、22 mg/m²以上の高用量コホートで観察されたが、すべてGrade 1または2であり、Grade 3以上の重篤な視覚毒性は報告されなかった。これらの視覚毒性は用量比例的ではなく、累積投与量に依存する傾向が示唆された。治療中止により可逆的であり、患者はいずれも視覚毒性を理由にAUY922の投与を中止することはなかった。この視覚毒性の機序としては、網膜視細胞内のHSP90クライアントタンパク質である PDE6 (phosphodiesterase 6) の不安定化が候補として挙げられている。QTc延長は40 mg/m²以上の用量で平均+12 msと観察されたが、Grade 3以上の延長はなく、臨床的に重大な心イベントは発生しなかった。

薬物動態 (PK):日本人と欧米人での差なし、用量比例性確認: AUY922の血漿中曝露量(CmaxおよびAUC)は、評価された用量範囲(8~70 mg/m²)において概ね用量比例的に増加する傾向を示した (Figure 2)。消失半減期 (t½) は1.5~3時間と比較的短く、週1回投与における蓄積比は2未満であり、有意な薬物蓄積は認められなかった。定常状態はサイクル2までに到達することが観察された。RP2Dである70 mg/m²におけるAUY922のCmaxは約1,800 ng/mL、AUC0-∞は約4,200 ng·hr/mLであり、これは欧米のCAUY922A2101試験で報告された値(Cmax 1,700 ng/mL、AUC 4,100 ng·hr/mL)とほぼ一致した(比率0.9~1.1、いずれも80~125%の生物学的同等性範囲内)。活性代謝物であるBJP762も同様の用量比例性を示し (Table 4)、親化合物に対する代謝物の比率に民族差は認められなかった。これらの結果から、AUY922のPKプロファイルに日本人と欧米人との間で臨床的に意義のある差はなく、日本人患者に対する用量調整は不要であると結論された。

有効性:PR 1/31例 (3%)、SD 10/31例 (32%)、DCR 36%: 登録された31例中30例が最良総合効果の評価対象となった。部分奏効 (PR) は1例 (3.3%、95% CI 0.1-17%) に認められた。この患者は22 mg/m²コホートの直腸癌患者であり、標的病変が32%縮小し、奏効期間は8週間以上持続した (Figure 3)。病勢安定 (SD) は10例 (33.3%、95% CI 17-53%) に観察され、内訳は結腸直腸癌6例、乳癌2例、頭頸部癌1例、胃癌1例であった。疾患コントロール率 (DCR = CR+PR+SD) は36.7% (11/30例、95% CI 20-56%) であった。進行病変 (PD) は19例 (63%) に認められた。SD例の奏効期間中央値は12週間(範囲8~32週)であり、全患者の無増悪生存期間中央値は8.0週 (95% CI 7.7-9.6) であった。

前臨床薬理作用 (Basic Research Results): 肺がん細胞株 A549 (n=3 cells) において、AUY922は EGFR および AKT の発現を濃度依存的に抑制し、100 nM 投与群では対照群と比較して 4.5-fold decrease (p<0.001) のタンパク質減少を認めた。また、H1299 (n=3 cells) においても同様に 3.8-fold decrease (p=0.002) のクライアントタンパク質減少が確認された。BALB/c マウス (n=6 mice) を用いた A549 異種移植モデルでは、AUY922 (30 mg/kg) 週2回投与群において、溶媒投与群と比較して 2.8-fold reduction (p<0.001) の有意な腫瘍体積縮小効果が示された。

考察/結論

先行研究との違い: 本研究は、日本人進行固形腫瘍患者を対象としたHSP90阻害剤AUY922の第I相ブリッジング試験として、欧米の先行試験 (CAUY922A2101、Sessa C et al. 2013) と異なり、日本人患者における安全性、薬物動態、および予備的有効性を体系的に評価した。本研究の結果、MTDは未到達であったものの、RP2Dは70 mg/m²週1回静脈内投与と決定された。これは欧米の先行試験で確立されたRP2Dと一致する。主要な有害事象は下痢、夜盲、悪心であったが、ほとんどがGrade 1-2であり、忍容性は良好であった。特に、夜盲を含む視覚毒性は高用量 (≥22 mg/m²) で観察されたが、Grade 1-2にとどまり、治療中止により可逆的であった。薬物動態プロファイルは欧米患者の先行研究と類似しており、CmaxとAUCは用量比例的に増加し、有意な蓄積は認められなかった。これらの結果は、AUY922 70 mg/m²週1回投与が日本人患者においても安全に投与可能であり、欧米データと臨床的に意義のある差がないことを示唆している。

新規性: 本研究で初めて、BLRMとEWOC法を日本人第I相試験に実装し、用量漸増を安全にガイドした。また、夜盲を含む視覚毒性(PDE6の不安定化が機序仮説)のコホート別頻度を体系的に記録し、日本人と欧米人のCmax/AUCの生物学的同等性を直接比較した点は新規である。

臨床応用: 臨床的意義として、本試験の結果がAUY922の後続第II相試験(NSCLCのALK再構成陽性例、EGFR exon 20挿入変異陽性例、HER2陽性乳癌・胃癌などでの拡大コホート)の用量設定の根拠となる。また、視覚毒性発現の可能性から、定期的な眼科診察や電気生理学的検査 (ERG; electroretinography) によるモニタリングの必要性が示唆される。単剤でのDCRが36%であったことから、クリゾチニブとの併用療法など、他の薬剤との組み合わせによる相乗効果の検討も期待される (Proia D et al. 2012)。

残された課題: 今後の検討課題として、単剤でのORRが3%と低く、より高い奏効を得るためにはコンビネーション療法の開発が不可欠である。視覚毒性の累積投与量依存性と長期的な可逆性については、前向きなモニタリングが必要である。また、HSP90阻害による代償的な熱ショック応答(HSF1活性化によるHSP70/HSP27の上方制御)が耐性機序として議論されているが、その臨床的相関は未確立である。HSP90クライアント(HER2、EGFR、ALK、変異型p53など)に基づくバイオマーカー駆動型患者選択戦略の確立も今後の課題である。さらに、他の第2世代HSP90阻害剤(ガネテスピブ、オナレスピブ、ピミテスピブなど)との比較検討も重要である。AUY922は最終的に開発が中断された(Novartisは2016年にAUY922の全プログラムを中止、後続第II相試験で肝毒性とORRの不十分さが報告された)という臨床開発上の教訓も残された。本論文は、AUY922の日本での承認申請および後続第II相試験 (Felip E et al. 2018) の基盤データを提供し、HSP90阻害剤の臨床開発における歴史的参照点として位置づけられる。

方法

試験デザインと施設: 本試験は、多施設共同、非盲検、単群、用量漸増の第I相臨床試験 (CAUY922A1101) として実施された。Novartis社がスポンサーとなり、国立がん研究センター東病院(千葉県柏市)および静岡県立静岡がんセンターの2施設で実施された。ClinicalTrials.gov識別番号はNCT01294826である。

患者選択基準: 20歳以上の日本人患者で、組織学的または細胞学的に確認された進行固形腫瘍を有し、少なくとも1レジメンの標準治療後に病勢進行を認めた患者、または標準治療が存在しない患者が対象とされた。ECOG Performance Status (PS) は2以下、RECIST v1.0に基づく測定可能病変または評価可能病変を有し、予想される生存期間が12週以上であること、および十分な臓器機能(好中球数 ≥1.5 × 10⁹/L、血小板数 ≥100 × 10⁹/L、ヘモグロビン ≥8.5 g/dL、AST/ALT ≤2.5 × 施設基準値上限 (ULN)、血清クレアチニン ≤1.5 × ULN)が求められた。

治療プロトコル: AUY922は、60分かけて週1回静脈内投与された(28日を1サイクルとし、各サイクルのDay 1, 8, 15, 22に投与)。開始用量は8 mg/m²とし、用量漸増コホートは8、16、22、28、40、54、70 mg/m²の計7段階で設定された。

用量漸増ルールとDLT評価: 用量漸増は、Bayesian Adaptive Logistic Regression Model (BLRM) と Escalation With Overdose Control (EWOC) 原則 (Babb J et al. 1998; Neuenschwander B et al. 2008) に基づいてガイドされた。各コホート完了後、DLT (用量制限毒性) の確率がベイズ更新され、次コホートの用量はP(DLT ≥0.33) <0.25を満たす最大用量が選択された。DLTは、サイクル1(28日間)中に発現したGrade 4の血液毒性(5日以上持続)、Grade 3-4の非血液毒性(Grade 3の悪心、嘔吐、下痢は48時間以上持続必須)、臨床的に意義のあるGrade 3-4の臨床検査値異常、または2週間を超える用量遅延と定義された。

薬物動態 (PK) 解析: サイクル1のDay 1、Day 8、Day 15、Day 22に、血漿および血中のAUY922およびその活性代謝物であるグルクロン酸抱合体 BJP762 の濃度をLC-MS/MS(液体クロマトグラフィー質量分析法)で測定した。非コンパートメント解析 (NCA) を用いて、Cmax、AUC、t½、CLなどのPKパラメータが算出され、欧米のCAUY922A2101試験の結果と比較された。

前臨床対照実験 (Basic Research Method): 本薬の基礎的薬理作用を検証するため、ヒト肺がん細胞株 A549 (n=3 replicates) および H1299 (n=3 replicates) を用いて、AUY922投与によるHSP90クライアントタンパク質の分解能をウエスタンブロット法にて評価した。また、免疫不全マウス BALB/c (n=6 mice per group) を用いた皮下異種移植モデルにおいて、AUY922 (10 mg/kg, 20 mg/kg, 30 mg/kg) を週1回または週2回尾静脈投与し、腫瘍増殖抑制効果を評価した。統計解析には Student t-test および one-way ANOVA を用い、有意水準は p<0.05 とした。