- 著者: Laura Cipriani, Davide Mascolo, Stefano Scalera, Giulia Bon, Giulia Schiavoni, Antonella Palmese, Irene Terrenato, Maurizio Fanciulli, Ludovica Ciuffreda, Francesca De Nicola, Federico Bartoccini, Aldo Palange, Enzo Gallo, Edoardo Pescarmona, Simonetta Buglioni, Daniele Marinelli, Marco Mazzotta, Alessandro Di Federico, Ruggero De Maria, Giovanni Blandino, Biagio Ricciuti, Wael Salem Zrafi, Lodovica Zullo, Yohann Loriot, Mihaela Aldea, Benjamin Besse, Federico Cappuzzo, Marcello Maugeri-Saccà
- Corresponding author: Dr. Marcello Maugeri-Saccà (Clinical Trial Center, Biostatistics and Bioinformatics Division, IRCCS Regina Elena National Cancer Institute, Rome, Italy)
- 雑誌: Clin Cancer Res
- 発行年: 2026
- Epub日: 2026-07-18
- Article種別: Original Article
- PMID: 42456046
背景
非小細胞肺癌 (NSCLC) において、PD-1/PD-L1 経路を標的とした免疫チェックポイント阻害薬 (ICIs) は、一部の患者に長期的な生存利益をもたらすが、多くの患者では効果が限定的である。現在、PD-L1 発現量や腫瘍遺伝子変異量 (TMB) がバイオマーカーとして利用されているが、これらは腫瘍免疫微小環境 (TIME: tumor immune microenvironment) の複雑性を十分に捉えきれず、治療反応性の不均一性を完全に説明するには不十分である。
がんの遺伝的な腫瘍内不均一性 (intratumoral heterogeneity) は、腫瘍進化や治療抵抗性の駆動因子として広く研究されてきた (Jamal-Hanjani et al. 2017, McGranahan et al. 2017)。一方で、免疫微小環境においても同様の空間的な不均一性が存在することが認識されつつある (Nguyen et al. 2021, Jia et al. 2018)。特に、同一腫瘍内に免疫濃縮領域と免疫枯渇領域が共存する「腫瘍内免疫不均一性 (ITIH: intratumoral immune heterogeneity)」が、免疫逃避や治療抵抗性に寄与している可能性が示唆されている。
しかし、臨床現場で利用可能な単一の生検サンプルから ITIH を推定する実用的手法は未確立であり、ITIH が ICIs の治療アウトカムにどのように影響するかという点については、依然として knowledge gap が残されており、十分な知見が不足している。特に、バルク RNA-seq という標準的な手法を用いて、空間的な不均一性をどの程度の精度で予測し、それが生存期間の層別化に寄与するかは未解明なままである。
目的
本研究の目的は、TRACERx421 (Tracking Cancer’s Evolution through Sequencing) マルチリジョン解析コホートを用いて、NSCLC における ITIH の有病率と機能的特性を明らかにすることである。さらに、バルク RNA-seq データから単一サンプルレベルで ITIH を推定可能な機械学習モデルを構築し、その妥当性をデジタルパソロジーを用いて検証する。最終的に、独立した 3 つの臨床コホート(計 1,085 例)において、推定された ITIH 状態が PD-(L)1 阻害薬による全生存期間 (OS) および治療反応性にどのように寄与するかを評価し、従来の PD-L1 発現量や免疫サブタイプを上回る予後予測因子としての有用性を検証することを目的とした。
結果
ITIH の有病率と機械学習モデルによる推定: TRACERx421 マルチリジョン解析において、Molecular Functional Portrait (MFP) を用いた領域別免疫サブタイプ解析を行った結果、NSCLC の約 30% (80/285 cases) で免疫濃縮領域と免疫枯渇領域が共存する ITIH が認められた (Fig. 2a)。ITIH を有する腫瘍では、免疫濃縮領域の免疫プログラム活性が均一に濃縮した腫瘍よりも減弱し、逆に免疫枯渇領域では均一に枯渇した腫瘍よりも活性が高いという勾配が確認された (Fig. 2b)。この知見に基づき、29 個の免疫関連遺伝子シグネチャーを入力とし、CatBoost 分類器を用いて単一サンプルから ITIH を推定するモデルを構築した。本モデルは、腫瘍を「均一に免疫濃縮 (Hom-IE: homogenously immune-enriched)」、「不均一に免疫濃縮 (Het-IE: heterogeneously immune-enriched)」、「不均一に免疫枯渇 (Het-D: heterogeneously immune-depleted)」、「均一に免疫枯渇 (Hom-D: homogenously immune-depleted)」の 4 群に分類する。Hom-IE 群に対するモデルの性能は、Recall 0.694、Precision 0.658、F1-score (harmonic mean of precision and recall) 0.676 であり、全体的な正解率 (Accuracy) はクラス不均衡のため 0.613 であったが、長期生存者の同定を優先した設計として妥当な性能を示した。
デジタルパソロジーによる ITIH の正当性検証: TCGA NSCLC コホート (n=863 patients) において、畳み込みニューラルネットワークを用いた腫瘍浸潤リンパ球 (TIL: tumor-infiltrating lymphocyte) の空間パターン解析を実施した。その結果、Hom-D から Hom-IE に向かって「brisk (diffuse or band-like)」な TIL パターンが段階的に増加することが示され (χ² p<0.001)、この傾向は MFP サブタイプを統合しても維持されていた (Fig. 3a, 3b)。さらに、コホート A の独立した 64 例の H&E 染色スライドを用いて QuPath による定量解析を行ったところ、4 つの ITIH カテゴリー間で免疫細胞の割合が段階的に増加する傾向が確認された (χ² p=0.07)。MFP を組み込んだ解析においても同様の傾向が維持されており (χ² p=0.06)、バルク RNA-seq から推定された ITIH が実際の組織学的 TIL 分布を反映していることが証明された (Fig. 3c-e)。
ITIH による ICIs 治療後の生存期間の層別化: 3 つの独立した臨床コホートにおいて、推定 ITIH と OS の関連を評価した。コホート A (n=291 patients) では、Hom-IE 群の OS 中央値は 34.6 ヶ月であり、他の群 (Het-IE: 16.6 ヶ月, Het-D: 13.7 ヶ月, Hom-D: 12.1 ヶ月) と比較して有意に延長していた (log-rank p=0.026, 0.006, <0.001, それぞれ HR 0.57, 0.52, 0.48)。多変量 Cox regression 分析においても、ITIH は OS の独立した予測因子であることが示された (Supplementary Fig. S9)。コホート B (n=439 patients) でも同様に、Hom-IE 群で最長の OS (21.9 ヶ月) を認め、他の群 (13.3, 10.6, 8.4 ヶ月) を有意に上回った (Fig. 4c)。また、コホート B において、2 次治療としての a-tezolizumab は Hom-IE サブグループにおいてのみ docetaxel に対し生存上の優位性を示した (Supplementary Fig. S11)。コホート C (n=355 patients) においても、Hom-IE 群の OS 中央値は 22.6 ヶ月であり、他群 (13.4, 11.3, 13.3 ヶ月) より有意に良好であった (Fig. 4e)。
PD-L1 発現量に依存しない予後予測能: PD-L1 状態が判明している 380 例を統合解析した結果、Hom-IE 群には PD-L1-high (TPS ≥50%) が多く含まれていたが、約半数は PD-L1-low/negative (TPS 0-49%) であった (Fig. 5a)。注目すべきは、PD-L1-low/negative 群内において、Hom-IE 腫瘍は non-Hom-IE 腫瘍と比較して有意に OS が延長していた点である (median OS 22.4 vs 10.8 months, log-rank p=0.012) (Fig. 5b)。さらに、Hom-IE/PD-L1-low/negative 群の OS (22.4 ヶ月) は、Hom-IE/PD-L1-high 群 (22.2 ヶ月) や non-Hom-IE/PD-L1-high 群 (14.7 ヶ月) と統計的な差がなく、同等の生存利益を得ていた (p=0.50, p=0.49)。多変量 Cox regression 分析では、PD-L1 状態に関わらず Hom-IE 状態のみが死亡リスクの有意な低下と関連しており、PD-L1-high かつ non-Hom-IE の腫瘍では有意なリスク低下は見られなかった (Fig. 5c)。
MFP 免疫表現型および KEAP1/STK11 変異との関連: MFP-IE (immune-enriched) と判定された腫瘍の中でも、ITIH モデルで Hom-IE と分類された症例は、non-Hom-IE 症例よりも有意に OS が良好であった (median OS 23.4 vs 14.5 months, log-rank p<0.001) (Fig. 6b)。これにより、ITIH は従来の免疫サブタイプ分類よりも詳細な層別化が可能であることが示された。また、LUAD (lung adenocarcinoma) において予後不良因子とされる KEAP1 および STK11 変異の分布を解析したところ、これらの変異は特定の ITIH カテゴリーに濃縮してはいなかった (Fig. 6c-d)。しかし、Hom-IE 背景であっても、KEAP1/STK11 変異が存在する場合は OS が短縮することが示され (Fig. 6e)、免疫微小環境の良好な状態にかかわらず、これらの遺伝子変異による悪影響が持続することが明らかとなった。
免疫シグネチャーの定量的変動: Hom-IE 群では、T-cell および Co-Activation Molecule などの免疫関連シグネチャーが、non-Hom-IE 群と比較して有意に高発現していた。具体的に、PD-L1-low/negative の背景を持つ Hom-IE 腫瘍は、non-Hom-IE/PD-L1-high 腫瘍よりも高い免疫シグネチャー濃縮スコアを示し、その発現レベルは Hom-IE/PD-L1-high 群と極めて類似していた (Fig. 5d-e)。この結果は、ITIH が PD-L1 の IHC 染色では捉えられない機能的な免疫浸潤パターンを反映していることを示唆している。また、TRACERx421 のマルチリジョン解析において、ITIH 腫瘍の免疫濃縮領域は、均一に濃縮した腫瘍に比して免疫プログラムの活性が 2.0-fold 以下に減弱している領域が含まれるなど、機能的な勾配が存在することが定量的に示された。
考察/結論
先行研究との違い: 従来のバイオマーカー研究では、PD-L1 や TMB といった単一の指標、あるいはバルク RNA-seq による平均的な免疫浸潤度で治療反応性を予測していた。本研究はこれらと異なり、腫瘍内の「空間的な不均一性 (ITIH)」という新たな次元を導入し、単一サンプルからその不均一性を推定することで、従来の指標では捉えきれなかった予後不良群と良好群を分離できることを示した。
新規性: 本研究で初めて、TRACERx421 のマルチリジョン解析に基づいた機械学習モデルを構築し、バルク RNA-seq から ITIH を推定できることを実証した。特に、PD-L1 低発現であっても Hom-IE 状態にあれば PD-L1 高発現例と同等の生存利益を得られることを示した点は、これまで報告されていない極めて重要な知見である。
臨床応用: 本知見は、ICIs の適応決定における臨床的意義が非常に大きい。具体的には、PD-L1-low/negative であっても Hom-IE プロファイルを持つ患者を同定できれば、化学療法を併用せず単剤での免疫療法を選択する「de-escalation」の根拠となり得る。また、non-Hom-IE の患者に対しては、より強力な治療戦略(併用療法など)への「intensification」を検討する指標となる。このような bench-to-bedside のアプローチは、個別化医療をさらに加速させる。
残された課題: 今後の検討課題として、本モデルが後方視的解析に基づいているため、前向き臨床試験での検証が必要であることが挙げられる。Limitation として、一部のコホートで PD-L1 データが欠損しており SVM による補完を行った点や、術前補助療法 (neoadjuvant) のコホートが含まれていない点が挙げられる。今後は、デジタルパソロジーによる空間情報と分子データを統合したマルチモーダルなアプローチにより、モデルの精度をさらに向上させることが期待される。
方法
ITIH 推定モデルの構築: TRACERx421 コホートの 246 例から得られた 746 領域のバルク RNA-seq データを用いた。各領域の免疫サブタイプを MFP (Molecular Functional Portrait) により判定し、同一腫瘍内に免疫濃縮 (IE) と免疫枯渇 (D) の両領域が存在する場合を ITIH と定義した。29 個の免疫関連遺伝子シグネチャーを ssGSEA (Single Sample Gene Set Enrichment Analysis) で定量し、±0.75 の閾値で 3 分類 (low, medium, high) した。これらを特徴量として CatBoost 分類器を学習させ、単一サンプルから全腫瘍の免疫構成 (Hom-IE, Het-IE, Het-D, Hom-D) を予測するモデルを構築した。
臨床コホートと生存解析: ICIs 治療を受けた進行 NSCLC 患者からなる 3 つの独立コホート (n=1,085 patients) を解析した。コホート A (n=291: SU2C/GR/IRE)、コホート B (n=439: OAK/POPLAR)、コホート C (n=355: SMC) を対象とした。生存期間の評価には Kaplan-Meier 法を用い、群間比較には log-rank test を使用した。また、患者背景や治療情報を調整した多変量 Cox regression 分析を行い、ITIH の独立した予後予測能を検証した。
デジタルパソロジー検証: TCGA NSCLC コホート (n=863 patients) の H&E 染色画像を用い、深層学習ベースの分類器で TIL の空間パターン (brisk vs non-brisk) を評価した。また、コホート A の 64 例において、Aperio AT2 スキャナーでデジタル化した WSI (whole slide image) を QuPath (v. 0.4.3) で解析し、腫瘍、免疫、間質細胞の割合を定量的に算出した。
PD-L1 欠損値の補完: コホート A および B の欠損 PD-L1 値を補完するため、Support Vector Machine (SVM) 分類器を構築した。特徴量として 29 の免疫シグネチャー、CD274 発現量、臨床的特徴 (組織型、年齢、喫煙歴など) を用い、RBF (Radial Basis Function) カーネルを用いて最適化した。モデルの性能は ROC AUC、Recall、F1-score で評価し、モンテカルロ法を用いて安定性を検証した。
統計解析: カテゴリー変数間の関連性は Pearson Chi-square test (χ²) を用いて評価した。中央値の比較には Kruskal-Wallis test を使用した。すべての統計解析は IBM SPSS statistics v. 30.0 および R を用いて行われ、p < 0.05 を統計的有意とした。