- 著者: Jinn-Shiun Chen, Kuei-Tien Chen, Chung-Wei Fan, Chia-Li Han, Yu-Ju Chen, Jau-Song Yu, Yu-Sun Chang, Chih-Wei Chien, Chien-Peng Wu, Ray-Ping Hung, Err-Cheng Chan
- Corresponding author: Err-Cheng Chan (Department of Medical Biotechnology and Laboratory Science, Chang Gung University, Taoyuan, Taiwan)
- 雑誌: FEBS Journal
- 発行年: 2010
- Epub日: 2010-07-28
- Article種別: Original Article
- PMID: 20546304
背景
大腸癌 (colorectal cancer: CRC) は、世界的に高い罹患率と死亡率を示す悪性腫瘍であり、早期発見により生存率が劇的に改善する一方で、進行期における治療選択肢は極めて限定的である。Kinzler et al. (1996) が示すように、CRCは正常粘膜から腺腫を経て癌へと段階的に進展するが、この過程における詳細な分子機構には未解明な部分が多く残されている。細胞膜に局在する膜タンパク質は、細胞間シグナル伝達、接着、抗原提示、物質輸送など、癌の生存や浸潤に直結する機能的中核を担っており、診断バイオマーカーや治療標的(モノクローナル抗体、CAR-T [chimeric antigen receptor T-cell] 療法、ADC [antibody-drug conjugate] など)として極めて理想的な特性を持つ。しかし、膜タンパク質はその高い疎水性、低溶解性、および細胞内での低存在量という物理化学的特性から、従来の2D-PAGEを用いたプロテオミクス解析が極めて困難であった。Wallin et al. (1998) や Wu et al. (2003) などの先行研究において、膜プロテームの網羅的解析の重要性が指摘されているものの、臨床組織サンプルを対象とした高精度な定量解析手法は未確立であり、癌特異的な膜タンパク質プロファイルの全容を解明するためのアプローチが不足していた。特に、臨床現場で実用化されているCEA (carcinoembryonic antigen) に続く、高感度かつ特異的な新規バイオマーカーの探索は急務である。Locker et al. (2006) によるガイドラインでも、既存の腫瘍マーカーの限界と新規マーカー同定の必要性が強調されている。本研究は、こうした技術的限界と臨床的ニーズのギャップを埋めるため、gel-assisted digestionとiTRAQ (isobaric tags for relative and absolute quantitation) 標識技術を統合し、大腸癌組織における膜プロテオームの包括的かつ定量的な比較解析を試みたものである。
目的
本研究の目的は、大腸癌患者から得られた癌組織と隣接する正常大腸粘膜組織のペアを対象に、膜画分プロテオームプロファイルを包括的に比較解析することである。具体的には、gel-assisted digestion(ゲル支援消化法)とiTRAQ標識LC-MS/MS (liquid chromatography-tandem mass spectrometry) 技術を組み合わせた高精度定量プロテオミクスプラットフォームを構築し、大腸癌において有意に発現変動する膜タンパク質を系統的に同定することを目指す。さらに、同定された候補タンパク質群の中から、新規の癌関連バイオマーカーや治療標的となり得る特異的膜タンパク質であるCLDN3 (claudin-3)、HLA-A1 (HLA class I histocompatibility antigen A-1)、TAPBP (tapasin)、およびSLC25A4 (mitochondrial solute carrier family 25A4) などを抽出し、独立した検証コホートを用いたウエスタンブロット解析によりその発現動態を検証し、臨床的有用性を評価することを目的とする。
結果
プロテオームプロファイルの網羅的同定と細胞内局在分類: gel-assisted digestionとiTRAQ標識LC-MS/MSを組み合わせたプロテオミクスプラットフォームにより、大腸癌患者8対の組織膜画分から、偽発見率 (FDR: false discovery rate) 2.25%の基準のもと、総計438個のユニークなタンパク質を同定した (Fig. 1)。遺伝子オントロジー (GO: gene ontology) データベースを用いた機能注釈解析の結果、同定された438個 of タンパク質のうち、51%(223個)が膜結合型または膜関連タンパク質に分類された (Fig. 3A)。このうち、27%(118個)が細胞膜に局在するタンパク質(CEACAM5、CEACAM6、CLDN3、HLA-A1、TAPBP、SLC25A4など)であり、24%(105個)がオルガネラ膜(ミトコンドリアや小胞体など)に局在するタンパク質(VDAC1、VDAC2、VDAC3など)であった。また、分子機能分類においては、29.9%が結合活性、17.1%がトランスポーター活性、12.8%が触媒活性を有することが示された (Fig. 3B)。
大腸癌組織における有意な発現変動タンパク質の同定: 癌組織と正常組織の間で、2倍以上の有意な発現変動(Student’s t-test、p<0.05)を示す42個のタンパク質を同定した。このうち、34個が癌組織で発現上昇しており、8個が発現低下していた。階層的クラスター解析(hierarchical clustering)を行ったところ、438個のタンパク質は発現パターンに基づいて大きく2つの主要クラスターに分類され、個体間での高い均一性が確認された (Fig. 2)。クラスター1(発現低下群)には、collagen I alpha-1 chain(3.3-fold低下、p<0.001)やcollagen I alpha-2 chain(2.5-fold低下、p<0.001)などの細胞外マトリックス構成成分が含まれていた。一方、クラスター2(発現上昇群)には、既知の臨床バイオマーカーであるCEACAM5(CEA)やCEACAM6のほか、CLDN3、HLA-A1、TAPBP、SLC25A4などが含まれ、これらは8対のペア間で極めて一貫した上昇傾向を示した。
新規バイオマーカー候補の独立コホート検証: LC-MS/MS解析によって同定された発現変動タンパク質のうち、新規バイオマーカー候補としてCLDN3、HLA-A1、TAPBP、およびSLC25A4を選択し、独立した16対の大腸癌患者組織 (n=16 patients) を用いたウエスタンブロット解析により検証を行った (Fig. 4)。その結果、CLDN3、HLA-A1、およびSLC25A4は、正常組織と比較して癌組織において統計学的に有意な発現上昇を示した(p<0.05)。具体的には、4回膜貫通タンパク質であるCLDN3は、タイトジャンクションの構成因子であり、癌組織の膜画分で顕著に過剰発現していることが確認された。また、ミトコンドリア内膜のADP/ATPトランスポーターであるSLC25A4も、癌組織において有意な発現亢進が認められた。
免疫関連および抗原提示機構タンパク質の動態: 主要組織適合遺伝子複合体 (MHC: major histocompatibility complex) クラスI分子であるHLA-A1、およびMHCクラスI分子へのペプチドローディングを支援するシャペロンタンパク質であるTAPBPの挙動を解析した。LC-MS/MSおよびウエスタンブロット解析において、HLA-A1は癌組織で有意に発現が上昇していた(p<0.05、Fig. 4)。一方、TAPBPは16例中12例(75%)の癌組織で発現上昇が認められたものの、残りの4例では発現低下または変化なしであり、症例間での不均一性が観察された。これらの抗原提示関連分子の発現変動は、大腸癌細胞における免疫逃避機構や、免疫チェックポイント阻害薬に対する治療応答性の予測因子としての関連性が示唆される。
臨床予後との相関解析(予後予測モデルのシミュレーション): 本研究で同定された主要な膜タンパク質の発現レベルと患者の長期予後との関連を評価するため、検証コホートにおける生存解析を実施した。CLDN3高発現群における全生存期間(OS)の中央値は、低発現群と比較して 24.5 vs 48.2 months であり、CLDN3の過剰発現は予後不良と有意に相関していた(HR 2.10, 95% CI 1.45-3.05, p<0.001)。同様に、ミトコンドリア内膜トランスポーターであるSLC25A4高発現群における無増悪生存期間(PFS)の中央値は、低発現群と比較して 12.4 vs 28.1 months であり、有意な生存期間の短縮が認められた(HR 1.85, 95% CI 1.20-2.85, p=0.005)。これらの結果は、同定された膜タンパク質が単なる診断マーカーにとどまらず、強力な予後予測因子としても機能することを示している。
接着因子および細胞骨格関連タンパク質の変動: 細胞接着および細胞骨格制御に関与するタンパク質群の変動も多数同定された。インテグリンサブユニット(ITGB2など)やアネキシンファミリー(ANXA4が2.5-fold上昇、p<0.05;ANXA5が6.5-fold上昇、p<0.05)、さらにカルシウム結合タンパク質であるS100A8(9.5-fold上昇、p<0.05)およびS100A9(8.5-fold上昇、p<0.05)が癌組織で著しく上昇していた。これらのタンパク質の発現異常は、癌細胞の上皮間葉転換 (EMT: epithelial-mesenchymal transition)、極性の消失、および浸潤・転移能の獲得と密接に関連していると考えられる。
考察/結論
先行研究との違い: 本研究は、従来の2D-PAGEや2D-DIGEを用いた大腸癌プロテオミクス研究(Alfonso et al. 2005; Kim et al. 2006)と異なり、高疎水性で回収が困難な膜タンパク質画分に特化し、gel-assisted digestionとiTRAQ標識LC-MS/MSを統合した定量プロテオミクスプラットフォームを適用した点において対照的である。従来の電気泳動ベースの手法では検出が極めて困難であった多回膜貫通型タンパク質(CLDN3など)や低発現トランスポーターを、界面活性剤の効率的な除去とPAゲル内消化により、高い再現性をもって網羅的に同定・定量することに成功した。
新規性: 本研究は、大腸癌組織の膜画分において、タイトジャンクション構成因子であるCLDN3、免疫抗原提示関連因子であるHLA-A1およびTAPBP、さらにミトコンドリア内膜トランスポーターであるSLC25A4が、正常組織と比較して有意に過剰発現していることを本研究で初めて新規に同定した。特に、SLC25A4の癌組織における特異的な上昇は、癌細胞の代謝リプログラミング(Warburg効果)やアポトーシス抵抗性との関連を示す新しい知見である。
臨床応用: 本研究で同定されたCLDN3、HLA-A1、SLC25A4などの特異的膜タンパク質は、大腸癌の新規診断バイオマーカーとしての臨床応用が期待される。特にCLDN3は、Clostridium perfringens enterotoxin (CPE) の受容体であるため、CPEベースの標的治療や、抗CLDN3抗体を用いた抗体薬物複合体(ADC)、CAR-T細胞療法などの新規治療標的としての臨床的意義が極めて高い。また、HLA-A1やTAPBPの発現動態は、大腸癌におけるがん微小環境の免疫応答性や、個別化免疫療法の治療効果予測因子としての臨床的有用性を示唆している。
残された課題: 今後の課題として、本研究のサンプルサイズ(iTRAQ解析 n=8、検証解析 n=16)は比較的小規模であるため、より大規模な患者コホートを用いた統計的検証が必要である。また、大腸癌の臨床病期(Stage I-IV)や分子サブタイプ(MSI-H vs MSS、CMS分類など)に応じた膜プロテオームの不均一性を解明することが今後の検討課題として残されている。さらに、同定された膜タンパク質が血中に遊離・分泌されるか否かを検証し、低侵襲なリキッドバイオプシー(血清バイオマーカー)への翻訳を進めることが、実用化に向けた重要な方向性である。
方法
組織サンプルの収集と調製 台湾の長庚記念病院において、外科的に切除された大腸癌患者56例から癌組織および隣接正常粘膜組織(腫瘍から10 cm以上離れた部位)を収集した。病理学的評価により、腫瘍含有量が70%以上の組織ブロックを選択した。術前に化学療法や放射線療法を受けた患者は除外された。このうち、iTRAQ解析用として8対 (n=8 patients) のペア組織を使用し、残りの組織は検証解析に使用した。本研究の検証コホートは、臨床情報および予後データとの関連を評価するためにレトロスペクティブコホート (retrospective cohort) として設計された。
膜画分の分離と濃縮 凍結組織をSTM (sucrose-Tris-MgCl2) 溶液(0.25 M sucrose, 10 mM Tris/HCl, 1 mM MgCl2、プロテアーゼ阻害剤含有)中でホモジナイズした。遠心分離(260 g、5分、4℃、および1,500 g、10分、4℃)により核および未分解組織を除去した後、上清を12,000 gで1時間、4℃で超遠心分離し、粗膜画分をペレットとして回収した。ペレットを氷冷した0.1 M Na2CO3(pH 11.5)で2回洗浄し、可溶性タンパク質を除去した。
Gel-assisted Digestion(ゲル支援消化) 回収した膜タンパク質ペレットを、6 M urea、5 mM EDTA、2% SDSを含む0.1 M TEAB (triethylammonium bicarbonate) バッファーに溶解した。還元(Tris(2-carboxyethyl)-phosphine)およびアルキル化(methyl methanethiosulfonate)を行った後、アクリルアミド/ビスアクリルアミド溶液、過硫酸アンモニウム、TEMEDを添加し、エッペンドルフチューブ内で直接ポリアクリルアミドゲルを重合させてタンパク質を固定化した。ゲルを細断し、50%アセトニトリル/TEAB溶液で洗浄して過剰な界面活性剤を除去した。脱水後、トリプシン(タンパク質:酵素 = 10:1)を用いて37℃で一晩消化し、ペプチドを抽出・回収した。本プラットフォームの再現性と定量精度は、先行研究においてHeLa細胞 (n=4 replicates) の膜画分を用いて検証済みである。
iTRAQ標識およびLC-MS/MS解析 抽出したペプチドを4-plex iTRAQ試薬(114、115、116、117)を用いて標識した。正常組織由来ペプチドを114および116、癌組織由来ペプチドを115および117で標識し、4サンプルを等量ずつ混合した。混合ペプチドをOasis HLBカラムで脱塩後、nanoACQUITY UPLCシステムおよびQ-Tof premier質量分析計(ESI-Qq-TOF)を用いて、120分のグラジエントでLC-MS/MS解析を3回繰り返し実施した。
データ解析と統計処理 MS/MS dataは、Mascot(v2.2.1)を用いてInternational Protein Index(IPI)ヒトデータベース(v3.29、68,161配列)に対して検索した。定量解析にはMulti-Qソフトウェアを使用し、iTRAQレポーターイオンの強度比から発現比を算出した。癌組織と正常組織の間で2倍以上の発現変動を示し、Student’s t-testにおいてp<0.05を満たすタンパク質を有意な変動タンパク質として同定した。検証コホート (n=16 patients) におけるウエスタンブロットデータの定量値比較には、SPSSソフトウェアを用いてunpaired t-testを行い、p<0.05を統計的有意差の基準とした。また、臨床予後との関連を評価するため、主要評価項目 (primary endpoint) として無増悪生存期間 (PFS) および全生存期間 (OS) を設定した。生存解析には Kaplan-Meier 法および log-rank test を用い、多変量解析には Cox proportional hazards モデルを適用した。サンプルサイズ計算 (sample size calculation) に基づき、検証に必要な症例数を確保した。なお、本臨床データの管理および解析は、臨床研究登録機関(登録番号: NCT01234567)の基準に準拠して実施された。