- 著者: Xuede Zhang, Wei Li, Yanli Hou, Zequn Niu, Yujie Zhong, Yuping Zhang, Shuanying Yang
- Corresponding author: Shuanying Yang (Department of Respiratory Medicine, The Second Affiliated Hospital of Medical College, Xi’an Jiaotong University, Xi’an, Shannxi 710004, China)
- 雑誌: American Journal of Translational Research
- 発行年: 2014
- Epub日: 2014-05-15
- Article種別: Original Article
- PMID: 24936219
背景
肺腺癌は肺癌の中で最も頻度の高い組織型であり、近年その罹患率は世界的に増加傾向にある。肺癌は世界におけるがん関連死亡の主要な原因であり、全肺癌患者の5年生存率は約16%に過ぎず、予後は依然不良である (Jemal et al. CACancerJClin 2011)。肺腺癌は非喫煙者に最も多い組織型であり、喫煙とは異なる分子メカニズムによる発症が示唆されているが、その病態形成における分子基盤は依然として未解明な点が多い。
細胞膜に局在する膜タンパク質は、小分子の輸送・細胞間および細胞基質間の認識・細胞内シグナル伝達・細胞接着・腫瘍浸潤・転移・血管新生など、腫瘍の発生と進行において多岐にわたる重要な機能を担う。膜タンパク質は全細胞プロテオームの約30%を占め、バイオマーカーや治療標的として極めて有望である。しかし、膜タンパク質は高分子量・高疎水性のため、従来の二次元電気泳動 (two-dimensional gel electrophoresis, 2DGE) では溶解・分離が困難であり、低存在量タンパク質の検出感度にも限界がある。このため、肺腺癌に特化した膜プロテオームの網羅的発現プロファイル解析はこれまで手薄であり、肺腺癌の病態形成に関わる膜タンパク質の全体像には知識ギャップが残されていた。
iTRAQ (isobaric tags for relative and absolute quantification) 標識法と2D-LC-MS/MS (two-dimensional liquid chromatography-tandem mass spectrometry) の組み合わせは、低存在量タンパク質や膜タンパク質を含む複雑な試料を高感度かつ多重定量的に解析できる先進技術として確立されている。Chen et al.は大腸癌においてiTRAQを用いた膜タンパク質比較解析の有効性を報告しており (Chen et al. FEBSJ 2010)、Li et al.は類似アプローチで肺扁平上皮癌の膜プロテオームを解析している (Li et al. CancerLett 2012)。また、腫瘍組織の不均一性に起因するプロテオミクス解析の精度低下を防ぐため、手動顕微解剖やレーザーキャプチャー顕微解剖 (laser capture microdissection, LCM) による標的細胞の選択的分離が重要とされている。しかし、肺腺癌特異的なiTRAQ定量膜プロテオーム解析は依然として未解明の領域であり、系統的な発現比較と候補バイオマーカーの組織レベル検証は不足していた。この知識ギャップを埋めるべく、本研究はiTRAQ-2D-LC-MS/MSと手動顕微解剖を組み合わせた網羅的アプローチを採用した。
目的
iTRAQ標識2D-LC-MS/MS法と手動顕微解剖を組み合わせ、肺腺癌組織と隣接正常肺組織間の膜タンパク質発現プロファイルを網羅的に比較同定すること、および同定された差異発現タンパク質の中からS100A14 (S100 calcium-binding protein A14) を選定してウエスタンブロッティングおよびIHC (immunohistochemistry) で発現を検証し、肺癌患者の臨床病理学的特徴との関連性を評価することを目的とした。
結果
膜タンパク質精製の純度検証: 超遠心法(100,000 g、1時間)で調製した膜画分の純度をウエスタンブロッティングで確認した。形質膜マーカーNa+/K+-ATPaseの膜画分/細胞質画分比は、腫瘍組織で6.5-fold、正常組織で5.3-foldと高値を示し、膜タンパク質の効果的な濃縮が確認された。一方、ミトコンドリアマーカーprohibitinは腫瘍組織の膜画分で細胞質画分より3.2-fold低く、正常組織の膜画分では4.6-fold低い値を示し、オルガネラ混入が最小限に抑制されていることが確認された(Figure 1)。この高品質の精製が後続のiTRAQ定量解析の信頼性を担保した。
差異発現膜タンパク質の網羅的同定: iTRAQ 8plex標識と2D-LC-MS/MS解析により、肺腺癌・正常肺組織の膜画分から合計2,486種のタンパク質が同定された(95%信頼性以上、各1ペプチド以上)。このうち腫瘍/正常発現比が≥1.5または≤0.66の568種が差異発現タンパク質と判定され、上方制御257種・下方制御311種に分類された(Table 1)。差異タンパク質の約48%が膜結合型または膜関連タンパク質であり、そのうち約38%が形質膜 (plasma membrane, PM) または形質膜関連タンパク質に分類された。同定タンパク質の大部分(84.7%、n=481種)は分子量10-100 kDaの範囲に、88.2%(n=501種)は等電点4-10の範囲に分布した。主要な下方制御タンパク質にはCaveolin-1(0.281-fold)、Claudin-18(0.315-fold)、Annexin A3(0.322-fold)が含まれ、上方制御タンパク質にはS100P(2.93-fold)、Carboxypeptidase D(2.234-fold)、S100A14(2.10-fold)などが含まれた。S100A14の同定には4種のペプチド(MSPDEGQEELEEVQAELK: m/z (mass-to-charge ratio) 895.78, 890.45, 794.38 Da; NKEPPAPAQQLQPQPVAVQGPEPAR: m/z 984.54 Da、いずれもz=+3)が使用された(Figure 2)。
バイオインフォマティクスによる機能・経路プロファイリング: GO解析ではWEGOプロットにより差異タンパク質が細胞構成要素(細胞・膜・オルガネラ)、分子機能(結合・触媒・輸送・分子構造)、生物学的プロセス(細胞プロセス・代謝・生物学的調節)に広く分布することが示された(Figure 3)。PID経路濃縮解析では169経路が検出され、35経路がp<0.01で有意に濃縮された(Figure 4)。主要な濃縮経路にはインテグリンβ1細胞表面相互作用、CXCR4 (CXC chemokine receptor 4) 媒介シグナル伝達、シンデカン-2媒介シグナル伝達、PAR-4媒介トロンビンシグナル伝達、形質膜エストロゲン受容体シグナル伝達などが含まれた。KEGG解析では19経路がp<0.05で有意に濃縮され(Table 2)、リボソーム生合成(73種、21.92%、p<0.001)、非相同末端結合(DNA修復、p=0.001)、ECM (extracellular matrix)-受容体相互作用(17種、p=0.027)、細胞接着分子(27種、p=0.024)、造血系細胞分化(p=0.002)が主要濃縮経路として同定された。また代謝系経路として、ニコチン酸・ニコチンアミド代謝(p=0.004)、窒素代謝(p=0.015)、チロシン代謝(p=0.032)などアミノ酸関連代謝6経路が有意濃縮され、腫瘍細胞と正常細胞でアミノ酸代謝が明らかに異なる可能性が示唆された。
S100A14の多段階検証と腫瘍分化度との関連: iTRAQ解析でS100A14は肺腺癌において2.10-foldの上方制御を示した。ウエスタンブロッティング(n=10例の腫瘍-正常ペア、各3回の独立した実験反復)では全症例において腫瘍組織でのS100A14過剰発現がiTRAQ結果と一致して確認された(Figure 5)。IHC解析(n=62例の肺癌+n=24例の正常肺組織)では、肺腺癌 (lung adenocarcinoma, LAC) 41例中38例・肺扁平上皮癌 (lung squamous cell carcinoma, LSCC) 21例中20例でS100A14陽性発現が認められ、正常肺組織では陰性または低発現が優位であった(p<0.01)(Table 3、Figure 6)。臨床病理学的相関解析において、S100A14高発現は高分化・中分化腫瘍(G1+G2、n=34例)で低分化腫瘍(G3、n=28例)と比較して有意に高かった(p=0.026)(Table 4)。一方、リンパ節転移(p=0.576)、TNM (Tumor-Node-Metastasis) 病期(p=0.519)、腫瘍径(p=0.183)、年齢(p=0.218)、性別(p=0.521)、病理組織型(腺癌 vs 扁平上皮癌、p=0.89)とS100A14発現との間には有意な相関は認められず、S100A14が腫瘍の進行度ではなく分化状態を選択的に反映するバイオマーカーである可能性が示された。
考察/結論
本研究は手動顕微解剖とiTRAQ標識2D-LC-MS/MS法を組み合わせ、肺腺癌と正常肺組織間で568種の差異膜タンパク質を同定し、S100A14を腫瘍分化度と関連するバイオマーカー候補として初めて実証した。
先行研究との違い: 従来の2DGEを用いたプロテオミクス研究とは異なり、iTRAQ-2D-LC-MS/MSは高疎水性・低存在量の膜タンパク質を効率的に同定・定量できる技術的優位性を持つ。これまでの研究では大腸癌・扁平上皮癌における類似解析が実施されていた。しかし、肺腺癌に特化したiTRAQ膜プロテオーム解析の報告は極めて限られており、本研究がその系統的解析を初めて実施した。S100A14については、卵巣癌・乳癌・肝細胞癌での発現上昇が既報で報告される一方、腎癌・大腸癌・直腸癌では発現低下が報告されており、腫瘍の種類や発生段階によって対照的に異なる役割を持つことが示唆される。本研究は肺腺癌・肺扁平上皮癌の両組織型においてS100A14が上方制御されることを初めて示した。この発現パターンは食道癌での既報 (分化度との正相関) と一致する一方で、腎癌・大腸癌での発現低下とは相違しており、腫瘍種依存的な発現調節機序を示唆する。
新規性: 本研究で初めて、iTRAQ-2D-LC-MS/MSを用いた膜プロテオーム解析によって肺腺癌におけるS100A14の有意な過剰発現が新規に同定された。さらに、ウエスタンブロッティングとIHCによる多段階検証を通じて、S100A14の発現レベルが腫瘍分化度と有意に関連することが本研究で初めて示された。S100A14はカルシウム結合EF-handドメインを持つS100タンパク質ファミリーの新規メンバーであり、細胞周期制御・分化・細胞間コミュニケーション・エネルギー代謝等の多様な細胞機能への関与が知られている。しかし、肺癌における発現意義はこれまで報告されておらず、本研究がiTRAQ解析とIHCによる多段階検証でそのバイオマーカー的意義を初めて示した点が新規性の核心である。
臨床応用の可能性: S100A14は肺腺癌および扁平上皮癌の両組織型で過剰発現し、腫瘍分化度との関連を示すことから、病理組織学的評価を補完する診断バイオマーカーとして、また個別化医療における腫瘍分化状態の評価指標として将来的な臨床応用が期待される。さらに、PID・KEGG解析で同定された35+19の有意濃縮経路(インテグリン・CXCR4シグナル、ECM相互作用、ニコチンアミド代謝等)は、肺腺癌の治療標的探索に向けた臨床的意義を持つ網羅的分子基盤データを提供しており、bench-to-bedsideへの展開に向けた知見として意義深い。
残された課題: 本研究のlimitationとして、iTRAQ解析のサンプル数が比較的少ない(n=10例)点が挙げられ、より大規模なコホートでの差異タンパク質プロファイルの外部検証が今後の検討として必要である。S100A14の機能的役割・下流シグナル経路・他のS100ファミリーメンバーとの相互作用については依然不明な点が多く、future researchとして詳細な機能解析が求められる。S100A14が腫瘍種によって発現パターンが正反対に変動するメカニズムの解明も残された課題である。また、今回同定された他の567種の差異発現タンパク質についても、個々の機能的検証と治療標的・バイオマーカーとしての評価は今後に委ねられており、更なる検討が必要である。
方法
西安交通大学附属第二病院で手術を受けた肺腺癌患者n=10例から腫瘍組織と腫瘍辺縁から5 cm以上離れた隣接正常肺組織を採取した。全症例は病理学的確定診断を受け、術前化学療法・放射線療法は未施行とした。採取組織は液体窒素で急速凍結後、-80°Cで保存した。手動顕微解剖により凍結切片(5 μm厚)からH&E (hematoxylin and eosin) 染色スライドを参照しながら病理医の指導下に標的細胞を単離した。
膜タンパク質の精製は超遠心法(100,000 g、1時間、4°C)で実施した。精製物の純度検証には、形質膜マーカーNa+/K+-ATPaseおよびミトコンドリアマーカーprohibitinを用いたウエスタンブロッティングを使用した。精製されたタンパク質はDTT (dithiothreitol) で還元・IAM (iodoacetamide) でアルキル化後、冷アセトン沈殿で濃縮し、iTRAQ 8plexキット(Applied Biosystems)で標識した。腺癌サンプルにiTRAQ117、正常肺組織サンプルにiTRAQ118を適用した。
標識ペプチドはSCX (strong cation exchange) クロマトグラフィー(Phenomenex Luna SCX Column, 250×4.60 mm, 5 μm, 100A)で分画後、自家製分析カラム(Venusil XBP C18 (extended-bonded phenyl C18), 75 μm×150 mm, 5 μm, 150A)を用いたnanoLC (nano liquid chromatography) 分離を経てQ-Exactive (Quadrupole-Orbitrap hybrid) Mass Spectrometer(Thermo Fisher Scientific)によるHCD (higher-energy collisional dissociation) フラグメンテーションのMS/MS解析に供した。データはProteome Discoverer(v1.3)およびMascot(v2.3)を用いてUniProtKB/Swiss-Prot Homo sapiensに対して検索した(FDR (false discovery rate) <1%、前駆イオン質量許容誤差15 ppm、フラグメントイオン許容誤差0.02 Da)。差異発現タンパク質は腫瘍/正常発現比が≥1.5または≤0.66の基準で定義した。
バイオインフォマティクス解析としてGO (gene ontology)・WEGO (Web Gene Ontology Annotation Plotting)・PID (Pathway Interaction Database、有意閾値p<0.01)・KEGG (Kyoto Encyclopedia of Genes and Genomes、有意閾値p<0.05)を用いた機能的分類および経路濃縮解析を実施した。S100A14 (UniProtKB: Q9HCY8) の発現検証として、n=10例の新鮮凍結組織ペアを用いたウエスタンブロッティング(抗S100A14 rabbit polyclonal antibody、1:400希釈、β-actin内部標準対照)と、ホルマリン固定パラフィン包埋組織62例(肺腺癌41例・肺扁平上皮癌21例)および正常肺組織24例を用いたIHCを実施した。IHCスコアは染色強度(0-3)×陽性面積(0-4)の積で算出した。統計解析にはSPSS (Statistical Package for Social Sciences) v16.0を使用し、S100A14発現レベルと臨床病理学的特徴との関連性はMann-Whitney U testまたはKruskal-Wallis testで評価した(有意水準p<0.05、両側検定)。