• 著者: Yuan-yuan Han, Ji-chao Wu, Hong-mei Yang, Zhi-wei Guo, Chen-qiong Gu, Ya-wen Deng, Hui-dong Li, Min-hua Huang, Xue-ping He, Qi-jia Han, Heng Kong, Yan-qi Xu, Jian Yao, Peng-hui Shan, Hong-yun Chen, Jia-yue Wen, De-xiang Liu, Ya-mei Tang, Zhang Wang, Cheng Long
  • Corresponding author: Ya-mei Tang, Zhang Wang, Cheng Long (South China Normal University)
  • 雑誌: Brain, Behavior, and Immunity
  • {発行年: 2026
  • Epub日: 2026-06-01
  • Article種別: Original Article
  • PMID: 42229702

背景

乳癌 (Breast Cancer; BC) は世界的に女性で最も頻繁に診断される悪性腫瘍であり、多くの患者が不安、抑鬱、睡眠障害、認知機能低下などの感情的・行動的障害を経験する。これらの精神症状は治療後の段階に限らず、診断直後の治療前から認められることが報告されており、手術や化学療法、放射線治療などの治療ストレス以前に、腫瘍そのものが感情的な脆弱性を惹起している可能性が示唆されている。先行研究では、乳癌患者における不安や抑鬱の有病率がそれぞれ 50.5% および 44.8% に達するという高い数値が報告されており、心理的負担の大きさが強調されている。

神経炎症は不安や抑鬱の病態生理に深く関与していると考えられており、特に脳内ミクログリアの反応性と炎症性シグナルの活性化が、齧歯類における不安様行動やヒトの不安障害と関連することが示されてきた。例えば、新生期へのリポポリサッカライド (LPS) 曝露が海馬の神経炎症を誘発し、成人期の持続的な不安様行動を導くことや、感情調節に関わる扁桃体、前頭前皮質、海馬におけるミクログリアの密度や形態の変化が不安・抑鬱表現型に寄与することが知られている。また、CYLD 欠損マウスにおいて背側線条体のミクログリア反応性と TNF-α および IL-1β の上昇が不安様行動を伴うことが報告されており、NF-κB シグナル経路の負の制御因子である CYLD の欠損が炎症を増幅させることが示されている。

一方で、末梢の腫瘍がどのようなシグナル伝達物質を介して中枢神経系の神経炎症を開始させるのかという詳細なメカニズムは未解明である。近年、エクソソーム (exosomes) が細胞間コミュニケーションの重要な媒介者として注目されており、乳癌由来のエクソソームが血脳関門 (Blood-Brain Barrier; BBB) を通過してミクログリアを直接的に再プログラミングし、脳転移を促進することが報告されている。また、非小細胞肺癌由来のエクソソームがミクログリアの増殖や前炎症性サイトカインの放出を促進することも示されている。しかし、乳癌において末梢腫瘍が中枢のどの神経基質に作用し、どのような経路で不安・抑鬱症状を誘発するのかという点については、依然として知識の不足があり、明確なメカニズムの解明が課題となっている。

目的

本研究の目的は、乳癌患者における脳機能の変化を特定し、末梢の乳癌腫瘍がどのようなメカニズムで不安および抑鬱様行動を誘発するかを解明することである。具体的には、まず安静時機能的磁気共鳴画像法 (resting-state functional Magnetic Resonance Imaging; rs-fMRI) を用いて、治療前の乳癌患者において自発的な神経活動が変化している脳領域を同定する。次に、乳癌担がんマウスモデルを用いて、同定された脳領域(特に線条体)において神経炎症やミクログリアの反応性、および NF-κB シグナルの活性化が生じているかを確認し、それが不安・抑鬱様行動と相関するかを検証する。さらに、腫瘍由来エクソソームがこのプロセスにおける鍵となる媒介因子であるかを、in vitro および in vivo の実験を通じて検証し、エクソソーム放出の薬理学的阻害がこれらの神経炎症および行動異常を改善するかを明らかにすることを目的とする。

結果

乳癌患者における右尾状核の活動低下と精神症状の相関: newly diagnosed の乳癌患者 (n=20) と健康対照群 (n=20) を比較したところ、患者群では PHQ-9 (p=0.0047)、SAS (p=0.0035)、SDS (p=0.0135) のスコアが有意に高く、顕著な抑鬱および不安症状が認められた (Fig. 1a-e)。rs-fMRI による低周波変動振幅 (Amplitude of low-frequency fluctuations; ALFF) の解析では、患者群において右尾状核 (right caudate nucleus) にのみ有意な活動低下が認められた (cluster-level FWE-corrected p=0.043589, Fig. 1f)。この右尾状核の ALFF 値は、PHQ-9、GAD-7、SAS、SDS の各スコアと有意に負の相関を示し、特に PHQ-9 の項目1(物事への興味や喜びの喪失)と強い相関 (r^2=0.2130, p=0.0035) が認められた (Fig. 1g)。

乳癌担がんマウスにおける不安・抑鬱様行動の惹起: E0771 細胞を第四乳腺脂肪パッドに移植した C57BL/6 マウス (n=15/group) を用いた行動解析の結果、乳癌担がん (BC) マウスは、明暗ボックス試験 (LDT) において明室での滞在時間が有意に短く、ボックス間の移行回数も減少しており、不安様行動の増加が示された (time: p=0.0490, transitions: p=0.0297, Fig. 2c)。また、尾懸垂試験 (TST) および強制水泳試験 (FST) では、BC マウスの不動時間が有意に延長しており、抑鬱様行動(絶望感)の増強が認められた (TST: p=0.0092, FST: p=0.0018, Fig. 2e-f)。さらに、ショ糖嗜好性試験 (SPT) において、BC マウスはショ糖摂取率が有意に低下しており、アンヘドニア様表現型を呈していた (p=0.0172, Fig. 2g)。なお、オープンフィールド試験 (OFT) における総移動距離 (p=0.1889) や中心領域滞在時間 (p=0.9796) には有意差がなく、全般的な運動能は維持されていた (Fig. 2b)。

線条体における NF-κB シグナルの活性化とミクログリア反応性: BC マウスの線条体組織を用いた RNA-seq 解析および GSEA 解析により、NF-κB シグナル経路が有意にアップレギュレートされていることが判明した (Fig. 3a-b)。Western blot 解析では、線条体における p50 (p=0.0220)、p105 (p=0.0460)、およびリン酸化 p65 (p-p65; p=0.0110) の発現が有意に増加していた (Fig. 3c-d)。同時に、ミクログリアマーカー Iba1 の発現も有意に上昇し (p=0.0407)、免疫染色では Iba1 陽性細胞数の増加 (p=0.0024)、細胞体面積の拡大 (p=0.0397)、蛍光強度の増強 (p=0.0029)、および突起長の短縮 (p=0.0013) が認められ、ミクログリアの反応性形態への変化が確認された (Fig. 3e-i)。また、ELISA により線条体内の TNF-α (p=0.0286) および IL-1β (p=0.0286) のレベルが有意に上昇していることが示された (Fig. 3j-k)。

E0771 由来エクソソームによる BV-2 ミクログリアの活性化: E0771 細胞から単離したエクソソーム (サイズ 50-150 nm, CD81/CD63/CD9 陽性) を BV-2 ミクログリア細胞に添加したところ、CFSE 標識エクソソームが効率的に細胞内に取り込まれた (Fig. 4a-e)。エクソソーム処理により、Iba1 (p=0.0026) および CD68 (p=0.0002) の蛍光強度が有意に上昇し (Fig. 4f-h)、Western blot でも Iba1 (p=0.0259)、p105 (p=0.0159)、p50 (p=0.0401) のタンパク質レベルが増加した (Fig. 4i-j)。さらに、培養上清中の TNF-α (p=0.0024) および IL-1β (p=0.0193) の分泌量が有意に増加した (Fig. 4k)。

エクソソーム全身投与による不安・抑鬱様行動と神経炎症の誘発: ナイーブな C57BL/6 マウスに E0771 由来エクソソーム (200 µg protein/mouse, 週1回 2週間) を尾静脈投与したところ、OFT の中心領域滞在時間の減少 (p=0.0471, Fig. 5b)、LDT の明室滞在時間の減少 (p=0.0040) および移行回数の減少 (p=0.0035, Fig. 5c)、EPM のオープンアーム滞在時間の減少 (p=0.0086, Fig. 5d)、TST の不動時間延長 (p=0.0066, Fig. 5e)、および SPT のショ糖嗜好率低下 (p=0.0099, Fig. 5g) が認められた。また、投与後の線条体では Iba1 (p=0.0417)、p105 (p=0.0251)、p-p65 (p=0.0218) の発現が有意に上昇し (Fig. 6a-b)、Iba1 陽性細胞数の増加 (p=0.0386)、蛍光強度の増強 (p=0.0382)、細胞体面積の拡大 (p=0.0334)、および突起長の短縮 (p=0.0238) が確認された (Fig. 6c-g)。

エクソソーム放出阻害による行動異常および神経炎症の改善: E0771 担がんマウスにエクソソーム放出阻害剤 GW4869 を 1 日おきに 4 週間腹腔内投与したところ、OFT の中心領域滞在時間が有意に増加し (p=0.0017, Fig. 7b)、LDT の明室滞在時間 (p=0.0070) および移行回数 (p=0.0177) も増加した (Fig. 7c)。EPM ではオープンアームへの滞在時間 (p=0.0309) および進入回数 (p=0.0063) が有意に増加し (Fig. 7d)、TST (p=0.0569) および FST (p=0.0004) では不動時間が有意に短縮した (Fig. 7e-f)。線条体解析では、Iba1 (p=0.0111)、p50 (p=0.0191)、p-p65 (p=0.0170) の発現が有意に抑制され (Fig. 8a-b)、ミクログリアの数 (p=0.0348)、蛍光強度 (p=0.0036)、細胞体面積 (p=0.0219) が減少し、突起長が有意に回復した (p=0.0481, Fig. 8c-g)。

考察/結論

先行研究との違い: 多くの研究が乳癌サバイバーや化学療法後の認知機能低下に焦点を当ててきたのに対し、本研究は治療前の newly diagnosed 患者を対象とし、rs-fMRI を用いて右尾状核の活動低下が不安・抑鬱症状と直接的に相関することを明らかにした。また、先行研究では海馬や前頭前皮質での炎症が報告されていたが、本研究では線条体という報酬・動機付けに関わる領域が乳癌由来の神経炎症の主要な標的であることを示した点で、これまでの報告と異なる視点を提供している。

新規性: 本研究で初めて、乳癌由来のエクソソームが血脳関門を介して線条体に到達し、ミクログリアの NF-κB シグナル経路を活性化させることで、不安および抑鬱様行動を惹起するという「腫瘍-脳軸 (tumor-brain axis)」のメカニズムを新規に同定した。特に、in vivo でのエクソソーム投与による表現型の再現と、GW4869 による放出阻害が行動異常および神経炎症の両方を改善することを証明した点は、極めて重要な知見である。

臨床応用: 本知見は、乳癌患者における精神症状が単なる心理的ストレスではなく、腫瘍由来の生物学的因子による脳内炎症の結果である可能性を示唆しており、エクソソームやその含有物をバイオマーカーとして利用することで、高リスク患者の早期同定が可能になる。また、中立スフィンゴミエリナーゼ阻害などのエクソソーム放出抑制アプローチが、癌関連の精神症状を軽減させる新たな治療戦略となる可能性があり、bench-to-bedside の translational な展開が期待される。

残された課題: 今後の検討課題として、エクソソーム内の具体的にどの分子(miRNA、タンパク質、脂質など)がミクログリアの NF-κB 活性化を駆動しているのかを特定する必要がある。また、Limitation として、in vivo のエクソソーム投与が直接的に脳に作用したのか、あるいは末梢の免疫応答を介した間接的な影響であったのかを完全に排除できていない。今後は、より大規模で多様な年齢層の患者コホートを用いた検証および、エクソソーム cargo の機能的摂動実験が必要である。

結論: 乳癌由来のエクソソームは線条体のミクログリアにおける NF-κB シグナルを活性化し、神経炎症を介して不安・抑鬱様行動を誘発する。この経路の遮断は行動異常を改善させるため、乳癌に伴う精神医学的併存症の緩和に向けた潜在的な治療標的となる。

方法

被験者および画像解析: 20 名の新規診断乳癌患者(治療前)と 20 名の健康対照群を対象とした。3.0-T MRI (Siemens Prisma) を用い、T2* 加重 EPI シーケンスで安静時 fMRI データを取得した。SPM12 および CONN toolbox (v23) を用いて前処理を行い、0.01–0.08 Hz の帯域で ALFF (Amplitude of low-frequency fluctuations) を算出した。群間比較には 2-sample t-test を用い、cluster-level FWE-corrected p < 0.05 を有意とした。

動物モデルおよび治療: 8 週齢の C57BL/6 マウスを用い、E0771 細胞 (5 × 10⁵ cells/mouse) を第四乳腺脂肪パッドに正位移植して乳癌モデルを作製した。また、検証用に Py8119 (C57BL/6) および 4 T1 (BALB/c) モデルも使用した。エクソソーム放出阻害剤 GW4869 を 1 日おきに 4 週間腹腔内投与し、その効果を検証した。

エクソソームの単離と投与: E0771 細胞の培養上清から差速超遠心法を用いてエクソソームを単離した。NTA (nanoparticle tracking analysis) でサイズ分布を、TEM で形態を、Western blot でマーカー (CD81, CD63, CD9) を確認した。ナイーブマウスには、E0771 由来エクソソーム (200 µg protein/mouse) を週 1 回、2 週間連続で尾静脈投与した。

行動解析: OFT (Open Field Test)、LDT (Light-Dark Test)、EPM (Elevated Plus Maze)、TST (Tail Suspension Test)、FST (Forced Swim Test)、SPT (Sucrose Preference Test) の 6 種類の試験を、ストレスを最小限にする順序で実施した。

分子生物学的解析: 線条体組織を用いて RNA-seq を行い、DESeq2 (P < 0.05, |fold change| ≥ 1.5) で発現変動遺伝子を抽出した。GO、KEGG、GSEA 解析で経路を同定した。Western blot では p50, p105, p-p65, Iba1 を測定し、ELISA で TNF-α および IL-1β の濃度を定量した。ミクログリアの形態解析には Iba1 免疫染色と ImageJ の Skeleton Analysis プラグインを用いた。

統計解析: GraphPad Prism 9.0 を使用し、データは mean ± SEM で表記した。正規性は Shapiro-Wilk 検定で確認し、2 群間比較には unpaired two-tailed Student’s t-test または Kolmogorov-Smirnov (K-S) test を用いた。p < 0.05 を統計的有意とした。