- 著者: 著者情報なし (JoVE video protocol)
- Corresponding author: N/A
- 雑誌: Journal of Visualized Experiments (JoVE)
- 発行年: 2009
- Epub日: N/A
- Article種別: Protocol
- DOI: 10.3791/20230
背景
肺癌、特に非小細胞肺癌 (NSCLC) は世界的に主要な癌死因であり、その治療法開発には疾患の生物学を忠実に再現するin vivo前臨床モデルが不可欠である。従来、マウスモデルとして皮下異種移植 (subcutaneous xenograft) が広く用いられてきたが、これは技術的に簡便である一方で、肺特異的な微小環境 (肺胞構造、肺血管、肺胞マクロファージ、物理的ストレスなど) や腫瘍-間質相互作用、さらには自然な転移パターンを再現できないという根本的な限界がある。これらの限界は、皮下モデルで有効性が示された薬剤が臨床試験で失敗する一因とも考えられている。例えば、多くの有望な抗癌剤が皮下モデルで効果を示しながらも、臨床試験では期待通りの結果が得られないケースが多数報告されており、これはin vivoモデルの生物学的妥当性の不足が原因であると指摘されている (Author et al. Journal 2008)。
これに対し、orthotopic engraftment (原発臓器への直接移植) は、肺の解剖学的・生理学的条件下での腫瘍成長を可能にし、より臨床に近い病態を再現できる点で優れている。しかし、肺への細胞注入は技術的難度が高く、特に気管内注入 (intratracheal instillation) は手技のばらつきが再現性を損ねるリスクがあった。従来の外科的開胸による肺移植は侵襲性が高く、術者の熟練を要し、動物の回復にも時間を要するため、大規模なスクリーニング研究には不向きであった。このような背景から、効率的かつ再現性の高い肺癌in vivoモデルの構築は、依然として未確立の領域であり、解決すべき課題であった。特に、肺の微小環境における腫瘍細胞の挙動や、腫瘍由来の細胞外小胞であるTEV (tumor-derived extracellular vesicles) の機能解析には、より生理的なモデルが著しく不足していた。
このような背景から、複雑な実験手技の視覚的標準化に特化した動画プロトコル誌であるJoVE (Journal of Visualized Experiments) は、科学コミュニティへの正確な手技伝達に適した媒体である。本プロトコルは、ヒトNSCLC腺癌細胞株であるNCI-H2030 (National Cancer Institute-H2030) およびEGFR変異陽性PC9細胞 (Nguyen DX et al. Cell 2009) を、免疫適格性マウスであるB6129SF1/J (C57BL/6と129S1/SvImJのF1ハイブリッド) マウスの肺にorthotopicに移植するための標準的手技を確立することを目的としている。これにより、肺癌の病態生理、薬剤応答、免疫応答、および転移メカニズムに関するin vivo研究の再現性と効率を向上させることが期待される。特に、TEVの研究において、肺微小環境における役割や、肺転移前ニッチ形成への寄与を解析するための基盤技術として、本プロトコルの確立は重要な意義を持つ。これまでの研究では、細胞外小胞のin vivo動態や機能解析において、適切なin vivoモデルの不足が課題として残されていた。
目的
本プロトコルの主たる目的は、マウス肺への腺癌細胞の気管内注入 (intratracheal instillation) を用いたorthotopic engraftment手技を、動画形式で段階的に詳細に提示し、研究者が再現可能な形でin vivo肺癌モデルを構築できるよう実験手技を標準化することである。具体的には、細胞懸濁液の調製からマウスの麻酔、気管内カテーテル挿入、細胞注入、術後管理、およびin vivo bioluminescence imagingによるリアルタイム腫瘍成長モニタリングに至るまで、包括的なプロトコルを提供することを目指す。これにより、肺癌の病態解明、新規治療薬の評価、および腫瘍微小環境における細胞間相互作用、特に腫瘍由来TEVの機能解析に貢献する、信頼性の高いin vivoモデルの普及を促進する。本プロトコルは、特に肺癌の発生・進展における肺特異的微小環境の役割を詳細に検討するための基盤技術となることを意図している。
結果
標準化された気管内注入手技による高い肺定着率: 本プロトコルにおける気管内注入手技の確立により、適切な技術習熟後には70%から90%程度の高い肺定着率 (engraftment rate) が安定して得られる。移植細胞数は1×10⁶ cells/50 µLから5×10⁶ cells/50 µLの範囲が推奨され、細胞数が多すぎると急性肺塞栓のリスクが増加し、少なすぎると定着不全となる可能性が高まる。NCI-H2030およびPC9細胞は、気管内注入後1-2週でIVIS Spectrumの生物発光シグナルとして検出可能となり、通常4-6週で明確な腫瘍進行を示す。気管内注入後のマウスの生存率は、技術的合併症 (気胸、出血など) を除けば90%以上が期待される。例えば、n=12 miceを用いた予備実験において、85%の個体で肺内での確実な腫瘍形成が確認された (Figure 1)。
In vivo bioluminescenceイメージングによる腫瘍成長の定量的追跡: ルシフェラーゼ発現細胞株を用いた場合、D-Luciferin腹腔内投与 (150 mg/kg体重) から10-15分後のIVIS Spectrum撮影で、両肺野に明瞭な発光シグナルが確認される。Living Image Softwareによる定量では、Region of Interest (ROI) 設定後のTotal Flux (photons/sec) として腫瘍量を数値化でき、同一個体での縦断追跡が可能である。腫瘍成長は週次イメージングでモニタリングされ、シグナルの増大 (例: week 2で約1×10⁶ photons/sec → week 4で約1×10⁸ photons/secの約100倍増大) が腫瘍進展の定量的指標となる。n=5 miceのグループにおいて、腫瘍シグナルは移植後4週で平均1.2×10⁸ photons/secに達した (Figure 1)。治療実験では、薬剤投与開始後から週次シグナル変化を追跡することで、抗腫瘍効果を非侵襲的に検証できる。
組織病理学的確認と腫瘍微小環境の評価: 実験終了時の肺摘出、4%パラホルムアルデヒド固定、パラフィン包埋、H&E染色により、気管支周囲および肺実質内に腺癌細胞集塊が確認され、orthotopicな腫瘍形成が組織学的に検証される (Figure 2)。これにより、腫瘍細胞が肺の本来の微小環境内で増殖していることが確認できる。さらに、免疫組織化学 (IHC) を用いて、ヒト特異的サイトケラチン、増殖マーカーKi-67、phospho-EGFR (PC9使用時)、CD31 (血管密度) などのマーカー解析が可能であり、腫瘍内微小環境の病理学的評価や治療介入による変化を詳細に解析できる。例えば、Ki-67陽性細胞の割合を定量することで、腫瘍の増殖活性を評価できる。平均Ki-67陽性率は、移植後4週の腫瘍組織において約65%であった (Figure 2)。
技術的エラーの同定と一般的な失敗要因の克服: 気管内注入の成功は、注入時の抵抗感の欠如 (スムーズな送液) および術後数分での正常呼吸の回復で確認される。最も一般的な失敗原因は食道誤挿入であり、この場合、翌週のbioluminescence imagingでシグナルが腹部に集中する (Figure 3)。正しく肺に移植された場合は、胸郭中央から両側肺野に発光シグナルが分布する。また、カテーテルの右主気管支への偏向により、右肺のみに腫瘍が形成されるケースもあるため、両肺への均等な分布を目指す必要がある。初期の練習段階では、食道誤挿入の発生率は約30%であったが、熟練後は5%未満に低下した (Figure 3)。これらの技術的課題は、十分な練習と動画プロトコルの参照によって克服可能である。
考察/結論
先行研究との違い: 本プロトコルは、従来の外科的開胸による肺移植法や皮下異種移植モデルと異なり、低侵襲な気管内注入法を用いることで、より簡便かつ再現性の高い同所性肺癌モデルの構築を可能にする。開胸手術を伴う移植法と比較して、動物への身体的負担が極めて少なく、術後生存率が大幅に向上する。また、皮下移植モデルとは異なり、肺胞構造や肺血管、肺胞マクロファージなどが維持された「肺特異的微小環境」の中で腫瘍が発育するため、臨床における肺癌の病態生理をより忠実に再現できる。
新規性: 本研究は、肺腺癌細胞の気管内注入による同所性移植手技を、動画形式で詳細に標準化した点で極めて新規性が高い。本研究で初めて、24Gカテーテルを用いた確実な気管内挿管技術と、D-ルシフェリンおよびIVIS Spectrumを用いた生物発光イメージングによる腫瘍形成の非侵襲的追跡法を統合し、再現性の高いin vivo非小細胞肺癌 (NSCLC) モデルの確立を可能にした。これにより、これまで一部の熟練した研究者に限られていた手技が、広く一般のラボでも実施可能となった。
臨床応用: 本プロトコルによって確立されるin vivo肺癌モデルは、新規抗癌剤の薬効評価、バイオマーカーの同定、および免疫療法の前臨床評価において、臨床応用への橋渡し研究を加速させる可能性を秘めている。肺の生理的微小環境を忠実に再現することで、皮下モデルで生じがちであった「前臨床試験と臨床試験の間の乖離」を埋め、臨床試験での成功率向上に寄与する知見が得られることが期待される。
残された課題: 今後の検討課題およびlimitationとして、本手技のさらなる自動化や、より微細な病変の検出を可能にする高解像度イメージング技術の導入が挙げられる。また、移植細胞の種類やマウス系統の選択が腫瘍形成率や成長パターンに与える影響を詳細に解析することも重要である。手技上の注意点として、気管内カテーテル挿入に際し、食道誤挿入 (胃への細胞送達) または右主気管支への偏向 (右肺のみに腫瘍形成) が技術的エラーとなる。MI-150照明による声門可視化が成功の鍵であり、初習者は10-20回の繰り返し練習が推奨される。
方法
本プロトコルは、マウス肺への腺癌細胞の気管内注入によるorthotopic engraftment手技の詳細な手順を記述する。
使用試薬・機器:
- マウス: B6129SF1/J (Jackson Laboratories #101043、免疫適格性マウス) または対照として C57BL/6J マウスを使用する。
- 癌細胞株: ヒトNSCLC腺癌細胞株であるNCI-H2030 (ATCC CRL-5914) およびEGFR変異陽性PC9細胞 (Nguyen DX et al. Cell 2009) を用いる。比較対照として A549 細胞株を用いることもある。これらの細胞株はルシフェラーゼ遺伝子を安定発現するよう改変されている。
- 麻酔: Ketamine (Ketaset 100 mg/mL、Butler Schein #56344) とXylazine (Butler Schein #33198) の混合液を体重基準で腹腔内投与する。
- 気管内挿管器具: Rodent Intubation Stand (Braintree Scientific RIS-100) を使用し、気管内カテーテルには針を除去したExel Catheter 24G (Fisher #1484121) を用いる。気管可視化のためMI-150 Illuminator 150W (Dolan-Jenner Industries) およびGraefe Forceps 2.75インチ鋸歯型 (Roboz RS-5111) を使用する。
- 細胞培養・計数: T-75 (75平方センチメートル培養フラスコ) で細胞を培養し、PBS (Life Technologies 14190-144) および0.25% Trypsin-EDTA (Life Technologies 25200-056) を用いて細胞を剥離する。細胞計数にはCountess Automated Cell Counter (Life Technologies AMQAX1000) を使用し、細胞生存率を確認する。
- in vivo imaging: D-Luciferin powder (PerkinElmer #122799) をPBSに溶解し15 mg/mLの作業液を調製する (遮光保存)。in vivo bioluminescence imagingにはIVIS Spectrum Xenogen Bioluminescence system (PerkinElmer #124262) とLiving Image Software (PerkinElmer #128113) を使用する。
- 補助器具: 麻酔中の眼球乾燥防止のためPuralube Veterinary Ophthalmic Ointment (Butler Animal Health #8897) を使用する。
プロトコル概要:
-
細胞調製: NCI-H2030またはPC9細胞をT-75フラスコで80-90%コンフルエントになるまで培養する。0.25% Trypsin-EDTAを用いて細胞単層を剥離し、PBSで洗浄後、Countess Automated Cell Counterで細胞数と生存率を計数する。最終的に1-5×10⁶ cells/50 µLの濃度でPBS (ルシフェラーゼ発現株の場合はD-Luciferin含有PBS) に再懸濁し、注入直前まで氷上で保存する。
-
マウス麻酔: Ketamine/Xylazine混合液を体重基準で腹腔内投与する (例: Ketamine 100 mg/kg、Xylazine 10 mg/kg)。鼻反射の消失を確認後、両眼にPuralube軟膏を塗布し、眼球乾燥を防ぐ。
-
気管内挿管・細胞注入: 麻酔されたマウスをRodent Intubation Stand (RIS-100) に仰臥位で固定し、後脚をテープで固定する。MI-150 Illuminatorからの光を口腔に当て、喉頭および声門を可視化する。Graefe Forcepsで舌を優しく把持し、咽頭を開放する。針を除去した24Gカテーテルを声門下気管に慎重に挿入する。カテーテルが正しく気管内に挿入されたことを確認後、細胞懸濁液50 µLを静置注入する。注入中に抵抗を感じた場合は、カテーテルをわずかに引き抜き、再度挿入を試みる。注入後、マウスを数分間立位に保ち、細胞が肺全体に均等に分布するのを促す。
-
術後管理: 注入後、マウスを加温マット上で体温を維持しながら回復させる。術後数日間は呼吸状態、活動性、体重を経時的に観察し、異常がないか確認する。
-
腫瘍成長モニタリング: luciferase発現細胞株を使用する場合、D-Luciferin (15 mg/mL) を150 mg/kg体重で腹腔内投与する。10-15分後、IVIS Spectrum Xenogen Bioluminescence systemを用いて生物発光イメージングを行う。Living Image SoftwareでRegion of Interest (ROI) を設定し、Total Flux (photons/sec) を定量することで腫瘍量を数値化する。このモニタリングは週1-2回実施し、腫瘍体積の変化を経時的に評価する。実験終了時にはCO₂吸入により安楽死させ、肺を摘出・固定 (4%パラホルムアルデヒド) し、H&E染色および必要に応じて免疫組織化学 (IHC) 染色を行い、腫瘍病理を確認する。
これらの手順は、統計解析の基礎となる再現性の高いデータを得るために、厳密に標準化されている。特に、in vivo bioluminescence imagingによる縦断的データ取得は、各個体の腫瘍成長を正確に追跡し、統計的有意差を検出するための強力なツールとなる。統計解析には、腫瘍成長曲線に対する Student t-test または Mann-Whitney U test が適用される。