• 著者: Laura Broutier, Amanda Andersson-Rolf, Christopher J Hindley, Sylvia F Boj, Hans Clevers, Bon-Kyoung Koo, Meritxell Huch
  • Corresponding author: Bon-Kyoung Koo (University of Cambridge); Meritxell Huch (Gurdon Institute, University of Cambridge)
  • 雑誌: Nature Protocols
  • 発行年: 2016
  • Epub日: 2016-08-25
  • Article種別: Protocol
  • PMID: 27560176

背景

成体組織に存在する幹細胞は、自己複製能と多様な細胞型への分化能を併せ持つが、in vitroでの長期的な増殖培養は、適切な微小環境シグナルを再現することの困難さから長年の課題であった。近年、3D細胞培養技術の進展により、この課題が克服されつつある。特に、小腸や胃の上皮幹細胞を用いたオルガノイド培養系が確立され、これらの知見が他の臓器へと応用されてきた。著者らは、先行研究 (Huch et al. Nature 2013) において、FGF、HGF、EGF、R-spondin-1 (Rspo1) といった肝臓の発生および再生に不可欠な成長因子を含む細胞外マトリックス (ECM) 環境 (Matrigel) を用いることで、マウス肝臓オルガノイドの長期培養に成功したことを報告している。この培養系は、肝臓前駆細胞の指数関数的な増殖を可能にし、組織特異的な遺伝子発現と分化能を維持することを示した。

ヒト組織への応用においては、マウス肝臓の培養条件に加えて、cAMPレベルを上昇させるForskolin (導管細胞の増殖を促進する) と、TGFβシグナル伝達を阻害するA83-01 (TGFβ阻害剤) を追加することで、ヒト肝臓オルガノイドの5ヶ月以上にわたる長期拡張が可能となった (Huch et al. Cell 2015)。この改良された培養条件により、ヒト肝臓オルガノイドは遺伝的安定性を保ちつつ、組織起源へのコミットメントを維持することが示された。また、A1AT欠乏症やアラジール症候群患者由来のオルガノイドがin vitroで疾患特異的な表現型を再現することも報告されている。これらの疾患モデルの構築は、個別化医療の基盤となる可能性を秘めている。

膵臓オルガノイドの培養に関しては、肝臓と同様の培養条件にNogginを追加することで、マウスおよびヒトの膵管細胞からオルガノイドを樹立し、長期培養が可能であることが確立された (Huch et al. EMBO J 2013; Boj et al. Cell 2015)。しかし、これらの膵臓オルガノイドからのin vitroでの内分泌細胞への直接分化は、依然として未確立な課題として残されている。この点は、糖尿病研究における重要な知識ギャップである。

これらの背景を踏まえ、本プロトコルは、マウスおよびヒトの成体肝臓・膵臓組織から自己複製能を持つ3Dオルガノイドを樹立し、長期的に維持するための詳細な手順を提供する。さらに、レトロウイルス形質導入やリポソームトランスフェクションといった遺伝子操作技術をオルガノイドに適用する方法も詳述することで、成人幹細胞の操作を可能にし、ヒト生物学研究や遺伝子治療への応用を促進することを目的としている。これまでの研究で確立されたオルガノイド培養技術は、疾患モデルの構築や再生医療の新たなプラットフォームとして大きな可能性を秘めているが、その詳細な手順は未開拓な部分も多く、再現性のあるプロトコルの提供が不足していた。特に、各臓器に特異的な培養条件の最適化や遺伝子導入の効率化に関する実践的なノウハウが不足していた。

目的

本プロトコルの目的は、マウスおよびヒトの成体肝臓および膵臓組織から、自己複製能を持つ3Dオルガノイドを効率的に樹立し、長期的に維持するための詳細かつ再現可能な手順を提供することである。具体的には、細胞の単離からオルガノイドの培養、継代、凍結保存、そしてin vitroでの遺伝子操作 (レトロウイルス形質導入およびリポソームトランスフェクション) に至るまでの一連のプロセスを網羅的に記述する。これにより、研究者が成人幹細胞の操作技術を習得し、肝臓および膵臓の生物学研究、疾患モデリング、再生医療、および遺伝子治療への応用を促進するための基盤となる技術を提供することを目指す。特に、既存のオルガノイド培養プロトコルでは十分に詳述されていなかった、各臓器に特異的な培養条件の最適化や遺伝子導入の効率化に関する実践的なノウハウを明確に提示することを重視する。本プロトコルは、成人幹細胞の遺伝子機能解析や遺伝子治療への応用を可能にする新規なプラットフォームを提供することを意図している。

結果

本プロトコルは、マウスおよびヒトの成体肝臓・膵臓オルガノイドの樹立と遺伝子操作において、極めて堅牢で再現性の高い結果をもたらすことが示された。特に、組織の正確な解離と培地組成の厳密な管理が重要である。

マウス肝臓オルガノイドの増殖と表現型: マウス肝臓から単離された単一の肝臓前駆細胞は、指数関数的に増殖し、約5〜6週間で1細胞から最大10⁶個の細胞を生成することが可能である。樹立されたオルガノイドは、Krt7、Krt19、Sox9、EpCAM (上皮細胞接着分子)、MIC1-1C3などの管状マーカーと、Ttr、HNF4αなどの部分的な肝細胞マーカーを共発現する。組織学的には、Krt19+単層上皮区画 (肝管に類似) と、E9〜E10胚の肝芽に部分的に類似する疑似重層化区画から構成される二重構造を示す (Fig. 3b)。播種後1〜2日で、管状構造または単離細胞は増殖を開始し、嚢胞状の3D構造を形成する。約1週間 (管状構造由来) または2週間 (単離細胞由来) で、オルガノイドは機械的に解離され、1:4〜1:6の比率で継代可能となる (Fig. 2a)。オルガノイド形成効率は、管状構造から開始した場合で90-100%、単離細胞から開始した場合で15-30%であった。

ヒト肝臓オルガノイドの長期拡張性と遺伝的安定性: ヒト成体肝臓のEpCAM+細胞は、Forskolin (cAMP上昇) とA83-01 (TGFβ阻害) を追加した培地で、5ヶ月以上にわたり3Dオルガノイドとして長期拡張が可能である。この長期培養期間を通じて、オルガノイドは遺伝的安定性を維持し、組織起源へのコミットメントを保持することが全ゲノムシーケンス解析により確認された。A1AT欠乏症やアラジール症候群患者由来のオルガノイドは、in vitroで疾患特異的な表現型を再現し、A1ATオルガノイドでは患者の肝細胞と同様のA1AT沈殿物が細胞内に形成されることが観察された。

肝細胞分化誘導と機能的肝細胞の産生: 自然な培養条件下では、肝臓オルガノイドからの自発的な肝細胞分化はほとんど起こらない。しかし、Notch阻害薬 (DAPT) の添加、Rspo1の除去、デキサメタゾンおよびBMP7の追加を含む分化培地への切り替えにより、肝細胞への分化を誘導できる。この分化誘導により、CYP3A (薬物代謝酵素)、アルブミン、α-1アンチトリプシン (A1AT) などの古典的な肝細胞マーカーの発現が上昇する。分化後の細胞は、アルブミン産生、シトクローム活性、胆汁酸産生といったin vitroでの機能的肝細胞特性を発揮する (Fig. 3c)。さらに、これらの肝細胞様細胞をチロシン血症I型マウスモデル (FAH⁻/⁻マウスモデル) または免疫不全CCl₄/retrorsineモデルに移植したところ、肝組織に生着し、in vivoで機能的な肝細胞クラスターを形成することが示された。FACSまたは免疫組織化学分析により、分化開始後11〜14日で約40% (マウス) または約60% (ヒト) の細胞がALB+、HNF4α+細胞に分化し、約1%の細胞が成熟肝細胞の特徴である二核細胞となることが確認された。

膵臓オルガノイドの培養成績と内分泌分化: 膵臓オルガノイドは、Sox9+、Krt19+の管上皮細胞で構成され、胚性前駆体マーカーであるPdx1も発現する。マウスおよびヒトの膵管細胞は、EGF、Rspo1、FGF10、Nogginを含む培地で長期拡張が可能であり、ヒトオルガノイドは4〜5ヶ月間の培養が可能である。しかし、in vitroでの内分泌細胞への直接分化は、現在のところ困難である。興味深いことに、E13マウス膵臓細胞と混合した成体膵臓オルガノイド細胞を免疫不全マウス (n=12 mice) の腎被膜下に移植したところ、in vivoで成熟した単ホルモン産生細胞 (インスリン+、グルカゴン+、ソマトスタチン+) へと分化することが観察された。

遺伝子操作の成功例とシステム評価: オルガノイド培養系における遺伝子操作の実現可能性も示された。レトロウイルスを用いたRNF43 (WNT経路の負の制御因子) の過剰発現により、その機能解析に成功した。また、CRISPR/Cas9システムを用いた嚢胞性線維症患者由来腸管オルガノイドにおけるCFTR遺伝子の機能的修復も報告されている (Schwank et al. Cell Stem Cell 2013)。本プロトコルでは、肝臓および膵臓オルガノイドへのレトロウイルス、レンチウイルス、アデノウイルスの形質導入に成功した。スピン接種法とポリブレン添加により、低MOI (multiplicity of infection) でも高い形質導入効率 (約50%) を達成している。リポソームトランスフェクションによる一過性トランスフェクション効率は約10%であった。遺伝子操作の際には、オルガノイドが最大サイズに達し、かつ死細胞の蓄積が最小限である状態 (Fig. 5a) で行うことが効率を高める上で重要である。また、単細胞化の際には、過度のトリプシン処理を避け、一部の大きな断片を残すことで細胞生存率が向上する (Fig. 5b)。蛍光タンパク質を発現するプラスミドを用いた場合、蛍光はトランスフェクション後36〜48時間で観察され (Fig. 5c)、48時間でピークに達し、96時間後には減少した。抗生物質選択では、ピューロマイシンを用いた場合、非感染オルガノイドの死滅は4〜5日後に観察された。

考察/結論

本プロトコルは、成体幹細胞ベースのオルガノイド培養技術を肝臓および膵臓に展開し、その樹立、長期維持、および遺伝子操作のための詳細かつ再現可能な手順書として提供する点で実践的価値が極めて高い。既存の腸管・胃オルガノイドプロトコルからの主要な技術的貢献として、ヒト肝臓オルガノイド培養におけるForskolinとA83-01の追加、および膵臓オルガノイド培養におけるNogginの必要性が明確に示された点が挙げられる。これらの最適化された培養条件は、これまで困難であった成人組織由来オルガノイドの長期拡張を可能にした。

先行研究との違い: これまでの多くの研究が胚性幹細胞 (ESC) や人工多能性幹細胞 (iPSC) 由来のオルガノイドに焦点を当てていたのに対し、本研究は成体組織由来の幹細胞からオルガノイドを樹立するプロトコルを確立した点で対照的である。特に、成体肝臓オルガノイドがin vitroで機能的な肝細胞へ分化し、in vivoで生着・機能することを実証した点は、これまでの報告と比較してより直接的な再生医療への応用可能性を示唆する。

新規性: 本プロトコルは、マウスおよびヒトの成体肝臓・膵臓オルガノイドに対するレトロウイルス形質導入およびリポソームトランスフェクションによる遺伝子操作の詳細な手順を初めて提示した。これにより、成人幹細胞の遺伝子機能解析や遺伝子治療への応用がin vitroで可能となる新規なプラットフォームが提供された。特に、スピン接種法とポリブレン添加による高い遺伝子導入効率の達成は、今後の研究における重要な技術的進歩である。

臨床応用: 本知見は、患者由来の肝臓・膵臓オルガノイドを用いた個別化医療への臨床応用を強く示唆する。A1AT欠乏症やアラジール症候群患者由来オルガノイドが疾患特異的表現型をin vitroで再現したことは、疾患モデリングおよび薬剤スクリーニングへの応用可能性を示す。さらに、機能的肝細胞への分化誘導は、肝不全患者に対する細胞移植治療 (再生医療) の新たな道を開く可能性がある。膵がんオルガノイドを用いた一次がん組織のin vitroモデリングは、個別化されたがん治療戦略の開発に貢献し、bench-to-bedsideの実現を加速する。

残された課題: 今後の検討課題として、本プロトコルで拡張可能なのが成体上皮区画のみであり、間葉系・内皮系細胞などの非上皮系細胞を含まない点が挙げられる。より複雑な組織構造や生理機能を再現するためには、これらの細胞タイプをオルガノイドに組み込む技術の開発が残された課題である。また、膵臓オルガノイドからの効率的なin vitroでの内分泌細胞への直接分化プロトコルの確立も、糖尿病治療への応用を考慮すると重要な今後の研究方向性である。これらのlimitationを克服することで、オルガノイド技術の応用範囲はさらに拡大すると考えられる。

方法

本プロトコルは、マウスおよびヒトの成体肝臓・膵臓から3Dオルガノイドを樹立し、遺伝子操作を行うための詳細な手順を記述する。全プロトコルは1〜4週間で完了し、自己複製オルガノイドの樹立から遺伝子操作実験までが可能である。

1. 細胞単離と播種:

  • マウス肝臓: 門脈灌流プロトコル (FACS前単離用) または非灌流プロトコル (小生検・ヒト組織に類似) を用いて管状構造を単離する。
  • 膵臓: 類似のプロトコルで膵管細胞を単離する。
  • 単離された単細胞または管断片は、細胞外マトリックス (ECM) であるMatrigel (マウス組織用) またはBME2 (Basement Membrane Extract 2, ヒト組織用) に播種する。播種密度は、24ウェルプレートあたり1,000細胞または50個の管状構造を推奨する。

2. 培養液組成:

  • マウス肝臓拡張培地: Basal mediumに、B27サプリメント、N-アセチルシステイン、Rspo1コンディショニング培地 (5% vol/vol)、ニコチンアミド、[Leu15]-ガストリンI (Leu15-Gastrin I)、マウスEGF、ヒトFGF10 (Fibroblast Growth Factor 10)、ヒトHGF (Hepatocyte Growth Factor) を添加する。
  • ヒト肝臓拡張培地: Basal mediumに、B27サプリメント (ビタミンAなし)、N2サプリメント、N-アセチルシステイン、Rspo1コンディショニング培地 (10% vol/vol)、ニコチンアミド、[Leu15]-ガストリンI、ヒトEGF、ヒトFGF10、ヒトHGF、Forskolin (10 µM)、A83-01 (5 µM) を添加する。
  • 膵臓培地 (マウス・ヒト共通): Basal mediumに、B27サプリメント (ビタミンAなし)、N-アセチルシステイン、Rspo1コンディショニング培地 (5% vol/vol)、ニコチンアミド、[Leu15]-ガストリンI、マウス/ヒトEGF、ヒトFGF10、ヒトNoggin (またはNogginコンディショニング培地) を添加する。ヒト膵臓培地にはWnt3aコンディショニング培地 (30% vol/vol)、A83-01 (5 µM)、PGE-2 (Prostaglandin E2, 3 µM) も追加する。HGFは膵臓培地には不要である。
  • 肝細胞分化培地 (マウス): Basal mediumに、B27サプリメント、N-アセチルシステイン、[Leu15]-ガストリンI、マウスEGF、ヒトFGF10、A83-01 (50 nM)、DAPT (Notch阻害剤, 10 µM) を添加する。培養13日目から15日目にはデキサメタゾン (3 µM) を追加する。
  • 肝細胞分化培地 (ヒト): Basal mediumに、B27サプリメント (ビタミンAあり)、N2サプリメント、N-アセチルシステイン、[Leu15]-ガストリンI、ヒトEGF、ヒトHGF、A83-01 (0.5 µM)、DAPT (10 µM)、デキサメタゾン (3 µM)、BMP7 (Bone Morphogenetic Protein 7, 25 ng/ml)、ヒトFGF19 (100 ng/ml) を添加する。

3. オルガノイドの継代と維持:

  • オルガノイドは単離後10〜15日、または継代間隔5〜7日で継代する。
  • 継代時には、Matrigel/BME2を物理的に破壊し、オルガノイドを断片化する。単細胞化は行わず、断片の状態で再播種する。
  • 継代比は、コンフルエントなウェルあたり1:4〜1:6を推奨する。

4. 遺伝子操作:

  • レトロウイルス形質導入:
    • Plat-E細胞 (レトロウイルス産生細胞株) を用いてウイルスを産生する。
    • オルガノイドをトリプシン処理で単細胞化する。
    • ウイルス液にポリブレン (8 µg/ml) を添加し、ウイルス吸着を増強する。
    • 単細胞とウイルス液を混合し、スピン接種 (32°C、600 gで1時間遠心) することで効率を向上させる。
    • 感染後、適切な選択培地 (例: ピューロマイシン 1 µg/ml) で選択を行う。ROCK阻害剤 (Y-27632) は選択期間中も添加を推奨する。
  • リポソームトランスフェクション (Lipofectamine 2000):
    • オルガノイドをトリプシン処理で単細胞化する。
    • DNAとLipofectamine 2000試薬をOpti-MEM中で複合体を形成させる。
    • 単細胞懸濁液とDNA-リポソーム複合体を混合し、スピン接種 (32°C、600 gで1時間遠心) する。
    • トランスフェクション後、FACS選別 (例: GFP発現プラスミド) または抗生物質選択により、トランスフェクトされた細胞を選択する。

5. オルガノイドの解析:

  • DNA、RNAの単離は標準的なキット (Qiagen DNeasy Blood & Tissue kit, RNeasy Mini Kit) を用いて行う。
  • 免疫染色によるオルガノイドの解析は、パラフィン包埋切片またはホールマウント染色で行う。固定はPFA (パラホルムアルデヒド) またはアセトンを使用し、適切なブロッキングと抗体反応を行う。核染色にはHoechstやDAPIを使用する。
  • 統計解析にはStudent t-testやMann-Whitney U testが使用される。

6. 凍結保存と解凍:

  • オルガノイドは継代後の細胞凝集塊の状態で、DMSOを含む凍結培地 (Life Technologies) を用いて凍結保存する。
  • 解凍時は37°Cで迅速に解凍し、遠心分離後、ROCK阻害剤を含む拡張培地で再培養する。