• 著者: Franziska Michor, Timothy P. Hughes, Yoh Iwasa, Susan Branford, Neil P. Shah, Charles L. Sawyers, Martin A. Nowak
  • Corresponding author: Franziska Michor (Harvard University)
  • 雑誌: Nature
  • 発行年: 2005
  • Epub日: N/A
  • Article種別: Original Article
  • PMID: 15988530

背景

慢性骨髄性白血病 (CML: chronic myeloid leukaemia) は、BCR-ABL融合遺伝子が産生するABLチロシンキナーゼの恒常的活性化によって駆動されるクローン性骨髄増殖腫瘍である。ABLチロシンキナーゼ阻害薬イマチニブ (imatinib) の登場は分子標的治療の試金石となり、完全細胞遺伝学的奏効率が90%を超える劇的な臨床効果が示された (Druker et al. 1996; Sawyers et al. 2002; Hughes et al. 2003)。しかし、この治療的成功にもかかわらず、少なくとも2つの重大な未解決問題が残されていた。

第一の問題は、イマチニブが白血病幹細胞 (LSC: leukaemic stem cells) を根絶できるかという点である。骨髄研究により、イマチニブによる完全細胞遺伝学的寛解下でもLSCがCD34陽性造血前駆細胞集団に残存することが示されており (Bhatia et al. 2003; Chu et al. 2005)、LSCが化学療法に感受性を持たないという仮説 (Graham et al. 2002) はイマチニブの根治性について本質的な疑問を提起していた。この知識のギャップは、LSCの動態を定量的に評価する手段が手薄であったことに起因する。

第二の問題は、ABLキナーゼドメイン変異による獲得耐性の発生ダイナミクスである。治療失敗の70〜80%がABLキナーゼドメイン変異によるもので (Gorre et al. 2001; Branford et al. 2002; Shah et al. 2002)、治療開始前から耐性変異が存在する症例も報告されていた (Roche-Lestienne et al. 2002, 2003)。耐性発生確率と疾患進行度との関係を定量的に理解することは、治療戦略の最適化に不可欠であるが、in vivoでの定量的評価は確立されていなかった。この gap in knowledge を埋めるため、BCR-ABL定量PCR技術と造血分化の生物学的知見を組み合わせた数理的アプローチが必要とされていた。

目的

169例のCML患者のBCR-ABL定量PCRデータを4コンパートメント数理モデルに適用し、以下の3点を明らかにすることを目的とした。(1) イマチニブ治療に対する各白血病細胞コンパートメント (幹細胞・前駆細胞・分化細胞・終末分化細胞) の動態パラメータをin vivoデータから推定すること、(2) イマチニブがLSCを枯渇させるかをin vivo定量データで直接検証すること、(3) ABLキナーゼドメイン変異による耐性発生確率を確率論的モデルで計算し、疾患進行度との関係を数理的に説明すること。特にLSCへのイマチニブ作用の有無を定量的に解明し、将来の治療戦略立案に資する知見を提供することを最終目標とした。

結果

二相性BCR-ABL減少と各細胞コンパートメントの回転率推定: イマチニブ治療に対するBCR-ABL/BCR比はn=169例全体で二相性指数的減少パターンを示した (Fig 1)。0〜3ヶ月の第1スロープはmean 0.05 ± 0.02 /日であり、5%/日の減少に相当した。この期間の白血病細胞減少量は1,000-fold (2¹⁰ ≒ 1,024倍) に達し、10ラウンドの細胞分裂に相当するイマチニブの産生抑制力が定量された。この1,000分の1の産生抑制効果は、細胞増殖速度と産生率を分離定量した初の in vivo 解析であり、薬剤の実効阻害力を細胞動態パラメータとして記述した点で先駆的である。モデル解析から、第1スロープは分化白血病細胞の回転率を反映し、これら細胞の平均寿命は1/0.05 = 20日と推定された。6〜12ヶ月の第2スロープはmean 0.008 ± 0.004 /日であり、白血病前駆細胞の回転率を反映し、平均寿命は1/0.008 = 125日と推定された。代表的な5患者では第1スロープが0.03〜0.05 /日、第2スロープが0.004〜0.007 /日の範囲にあり (Fig 1a-e)、個体間変動を示しながらも共通の二相性パターンが確認された。数理モデルへの当てはめにより、イマチニブは主に白血病LSC (leukaemic stem cells) から前駆細胞・分化細胞への産生率を約1,000分の1に抑制するが、LSC自体の増殖は阻害しないという結論が導かれた。

イマチニブ中止後の急速再燃とLSC非枯渇の定量的証拠: イマチニブを1〜3年間投与後に副作用等により中止したn=3患者では、全例で中止後3ヶ月以内にBCR-ABL転写産物レベルが治療前ベースラインまたはそれ以上に急速上昇した (Fig 2)。再増加速度はmean 0.09 ± 0.05 /日であり、倍加時間約8日に相当した。この速度はイマチニブ非存在下でのLSCから終末分化細胞が産生される速度を定量的に示す。数理モデルはイマチニブ治療中もLSCが緩徐な拡大を継続すると予測しており、治療中止後の急速再燃はこの予測と完全に一致した。長期治療 (最大3年間) でもLSCを枯渇させられないことが定量的に確認され、イマチニブのin vivo作用機序はLSCではなく分化細胞・前駆細胞の産生抑制にあることが直接示された。MDR (多剤耐性: multidrug resistance) タンパク質の高発現によるイマチニブ細胞内排出、またはBCR-ABL非依存的な増殖シグナルがLSCの治療回避に関与する可能性が考察された。

耐性変異発生率の疾患進行依存性: ABLキナーゼドメイン変異後のBCR-ABL再上昇速度はn=30患者でmean 0.02 ± 0.01 /日であった (Fig 3)。疾患ステージ別の2年以内耐性変異発症率は早期慢性期12%、後期慢性期32%、加速期62%と疾患進行に伴って段階的に増加した。確率論的モデルでは、有効耐性変異率u = 4×10⁻⁷/細胞分裂と早期慢性期のLSC数y₀ ≈ 2.5×10⁵ を用いると、診断時点で約13% (95% CI: 7-21%) の患者が耐性変異を保有すると推定された。これに対し、LSC数が10⁷に拡大した後期では実質的に100%の患者が耐性変異細胞を保有すると予測され、早期慢性期13% vs 後期実質100%という劇的な格差を数理的に示した。この定量的予測は観察された疾患進行依存的な耐性発症率の増加 (12% → 32% → 62%) を数理的に説明する。また、一部の耐性変異はイマチニブ非存在下でも増殖優位性を持つ「有利変異」であり、これらは治療前から存在する可能性が高く、治療開始後に急速拡大して早期治療失敗をもたらすことが示された。

数理モデルによる3治療シナリオのシミュレーション: 4コンパートメントモデルは3種類の治療シナリオをシミュレートした (Fig 4)。①耐性なし (a): イマチニブ開始後にBCR-ABL/BCR比は二相性低下を示し、LSCは緩徐に増殖を継続する。②治療中止 (b): LSCが枯渇していないため、中止後にBCR-ABL比は急速に前治療ベースライン以上へ復帰する。③耐性あり (c): 耐性LSCが治療中に急速拡大し、耐性LSCの拡大速度 (r_z = 0.023 /日) が治療失敗の時期を規定する。モデルパラメータd₀ = 0.003、d₁ = 0.008、d₂ = 0.05、d₃ = 1 で各細胞コンパートメントの死亡率が定義され、治療中のLSC産生率抑制 (a’y = ay/100、b’y = by/750) が二相性低下の数理的基盤を与えた。このシミュレーションにより、増殖の速い白血病では耐性LSCが早期に出現して治療失敗が加速される一方、増殖の遅い白血病では同様に耐性細胞が存在しても長期間の有効治療が可能であることが予測された。

考察/結論

本研究はヒトがんin vivo動態を数理モデルで定量解析した初の報告であり、イマチニブのCMLにおける作用機序について重要な定量的洞察を提供した。

先行研究との違い: in vitroのCML細胞株やBCR-ABL導入マウス造血細胞を用いた系では、イマチニブが数時間以内にABLキナーゼ活性を阻害しアポトーシスを誘導することが示されていた。これまでの研究では、このin vitroでの急速な細胞死 (数時間) とin vivoで観察される20日・125日という半減期との大きな乖離は未解明であった。本研究の解析により、この対照的なパターンの理由が明確になった。in vitroモデルは芽球期CML細胞に由来するか類似しているのに対し、慢性期CML細胞はBCR-ABLシグナルへの依存性が低く、大量かつ突然のアポトーシスではなく正味の増殖能低下がin vivoでの主要な作用機序であることが既報との相違として浮かび上がった。腫瘍クローン動態に関する近年の知見 (Laisne et al. NatRevCancer 2025) も、がん細胞集団内の多様性がこうした薬剤応答の不均一性の根本にあることを示唆している。

新規な知見: 本研究で初めて、ヒトのがんin vivo動態を数理モデルで定量解析し、各白血病細胞コンパートメントの回転率 (分化細胞20日・前駆細胞125日) をin vivoデータから直接推定した。これまで報告されていない知見として、イマチニブ長期治療がLSCを枯渇させないことのin vivo定量的証明、および耐性発生確率の疾患進行依存性の数理的説明が挙げられる。新規の数理フレームワークは、腫瘍内不均一性と薬剤耐性の動態 (Gerlinger et al. NEnglJMed 2012) を理解する共通言語を提供した点でも先駆的である。特に、確率論的モデルにより診断時の疾患ステージが耐性保有確率を決定するという新規な概念を定量的に実証したことは、早期診断の意義を初めて数理的に示したものである。

臨床応用と臨床的含意: 本知見の臨床的含意は多岐にわたる。まず、イマチニブ単独での疾患根治は数理的に困難であり、LSCを直接標的とする追加戦略が必要であることが示された。MDRタンパク質の高発現によるイマチニブ排出 (Chaudhary and Roninson 1991; Mahon et al. 2003) やBCR-ABL非依存的増殖シグナルを克服する新規薬剤の開発が臨床現場での喫緊課題として数理的に定義された。耐性発生確率が疾患進行と共に急増する (早期慢性期13% → 後期実質100%) ことから、早期診断・早期治療開始の重要性が数理的に支持された。また、治療失敗の時期が耐性LSCの増殖速度によって規定されることから、急速増殖・進行した疾患患者への多剤療法が特に重要であることが定量的に示された。これらの知見はbench-to-bedsideの観点からCML治療の意思決定に直接応用可能であり、第2世代TKI (tyrosine kinase inhibitor) 開発の理論的基盤を与えた。がん細胞の性質の多様性と幹細胞的特性 (Hanahan et al. Cell 2011) が治療耐性の根本原因であるという認識を、本研究は最初期に定量的に実証した。

残された課題: 今後の検討課題として、LSCがイマチニブ耐性を示す細胞内メカニズムの解明が最も重要である。MDRタンパク質 (p-グリコプロテイン) によるイマチニブ細胞内濃度の低下がLSCでの作用回避に関与する可能性は示唆されるが、LSCにおけるイマチニブ濃度の正確な測定やBCR-ABL阻害の選択的評価は現時点では技術的に困難である。さらなる検討として、より大規模コホートでの長期追跡データを用いたモデル検証、ダサチニブなど第2世代TKIへの同フレームワークの適用、および本モデルの他のがん種 (例: EGFR変異肺がんへのEGFR-TKI) への拡張が重要な今後の研究方向性である。また、LSCを直接根絶する分子標的戦略の開発と、その効果をin vivoで定量評価するモデルの精緻化が今後の研究として不可欠である。limitation として、治療中止データがn=3例と少数であること、確率論的モデルが変異率10⁻⁸/塩基を一定と仮定している点が挙げられ、これらの制約が推定値の不確実性に寄与している。

方法

4コンパートメント数理モデルの構築: 造血分化の4階層 (幹細胞SC、前駆細胞PC、分化細胞DC、終末分化細胞TC) を基盤とし、正常細胞 (x₀-x₃)・白血病細胞 (y₀-y₃)・耐性変異細胞 (z₀-z₃) の合計12コンパートメントを記述する常微分方程式モデルを構築した。各コンパートメントは固有の産生率係数 (a, b, c) と死亡率 (d₀-d₃) を持ち、正常造血幹細胞の恒常性は減少関数λにより維持される。BCR-ABL癌遺伝子は全白血病細胞に存在し、LSCの緩徐なクローン拡大と下流コンパートメントへの産生率亢進を規定する。イマチニブは白血病細胞の産生率を抑制するパラメータとして組み込まれた。白血病幹細胞は増殖率r_yで、耐性幹細胞は増殖率r_zで分裂すると仮定した。モデルパラメータは非線形回帰分析により患者データへのフィッティングで推定した。

患者データ解析: オーストラリア・医科学研究所でCML治療を受けたn=169例を対象とした。RQ-PCR (real-time quantitative PCR) によりBCR-ABL転写産物量を測定し、コントロール遺伝子BCRとの比 (BCR-ABL/BCR%) を12ヶ月間追跡した。第1スロープは治療開始0〜3ヶ月の指数的減少率、第2スロープは6〜12ヶ月の指数的減少率として算出した。治療応答解析には12ヶ月以内に白血病細胞量の増加が見られなかった患者のみを包含し、獲得耐性の影響を排除した。イマチニブ中止後の再燃動態は合併症・副作用により中止したn=3例で解析した。耐性変異動態についてはn=30例を対象に耐性変異出現後の増加速度を計算した。

耐性変異確率の計算: 確率論的モデルを用い、白血病が指数関数的に増殖し細胞分裂ごとに変異率uで耐性細胞を産生すると仮定した。耐性保有確率P = 1 - exp(-uy₀ξ) [ξ = (1+s)log(1+1/s)、sは過剰増殖率] を導出し、点変異率10⁻⁸/塩基/細胞分裂と約40種の既知耐性付与変異から有効耐性変異率u = 4×10⁻⁷/細胞分裂を推定した。疾患ステージ (早期慢性期・後期慢性期・加速期) 間の耐性出現率の群間比較にはlog-rank検定 (log-rank test) を用い、各スロープをmean ± SD形式で報告した。