- 著者: Marco Gerlinger, Andrew J. Rowan, Stuart Horswell, James Larkin, David Endesfelder, Eva Gronroos, Pierre Martinez, Nicholas Matthews, Aengus Stewart, Patrick Tarpey, Ignacio Varela, Benjamin Phillimore, Sharmin Begum, Neil Q. McDonald, Adam Butler, David Jones, Keiran Raine, Calli Latimer, Claudio R. Santos, Mahrokh Nohadani, Alison C. Eklund, Bradley Spencer-Dene, Graham Clark, Lisa Pickering, Gordon Stamp, Martin Gore, Zoltan Szallasi, Julian Downward, P. Andrew Futreal, Charles Swanton
- Corresponding author: Charles Swanton (Cancer Research UK London Research Institute, UK)
- 雑誌: New England Journal of Medicine
- 発行年: 2012
- Epub日: N/A
- Article種別: Original Article
- PMID: 22397650
背景
腫瘍ゲノム解析の急速な進展により、個々の腫瘍間における広範な遺伝的不均一性が明らかになってきた。しかし、腫瘍内不均一性 (intratumor heterogeneity; ITH) の存在は示唆されていたものの、その実際の規模を多領域シーケンシングで定量的に評価した研究はこれまで報告されていなかった。当時の腫瘍ゲノム研究の大部分は単一の生検標本を対象としており、その変異プロファイルが腫瘍全体を代表するという仮定に基づいていた。しかし、この仮定がどの程度正確であるかは検証されておらず、ITHが治療標的の同定、予後バイオマーカーの開発、および治療失敗に与える影響は未解明な点が多かった。この知識のギャップは、個別化医療戦略の有効性を根本的に左右する可能性があった。
腎細胞癌 (淡明細胞型) は、von Hippel-Lindau (VHL) 遺伝子変異を特徴とし、mTOR阻害薬であるエベロリムスやチロシンキナーゼ阻害薬であるsunitinibによる治療が行われるが、多くの患者で薬剤耐性が出現することが知られている。この薬剤耐性の背景には、ITHと亜クローン進化が関与する可能性が理論的に示唆されていたが、直接的なエビデンスは得られていなかった。例えば、Inukai et al. CancerRes 2006 や Maheswaran et al. NEnglJMed 2008 は、非小細胞肺癌におけるEGFR T790M変異が治療前に微小クローンとして存在しうることを示しており、腫瘍内不均一性が治療抵抗性の原因となりうる可能性を指摘していた。また、Navin et al. Nature 2011 では単一細胞シーケンシングにより腫瘍の進化が示唆されたが、これらの研究は特定の遺伝子変異に焦点を当てたものであり、腫瘍全体のゲノムランドスケープにおけるITHの広範な評価には至っておらず、その規模を定量的に示すデータが不足していた。
また、腫瘍の進化はダーウィン選択の原理に従うと考えられており、ITHは腫瘍が環境変化や治療ストレスに適応するための重要な基盤となる。この適応能力が治療抵抗性や再発に繋がる可能性が指摘されていたが、その分子メカニズムや進化経路の詳細は未解明であった。特に、単一の生検で得られる情報が腫瘍全体の遺伝的多様性を過小評価している可能性があり、これが個別化医療の限界となることが懸念されていた。このため、多領域シーケンシングによるITHの包括的な解析は、がんの診断、予後予測、および治療戦略の根本的な再考を促す上で極めて重要な課題であった。
目的
本研究の目的は、腎細胞癌の多発領域から採取した複数の空間的に分離された生検標本を全エクソームシーケンシングで解析し、以下の点を明らかにすることである。第一に、腫瘍内不均一性 (ITH) の規模とパターンを定量的に評価すること。第二に、腫瘍がダーウィン分枝進化 (branched evolution) を示す証拠を実証すること。第三に、単一生検がどの程度腫瘍全体のゲノムランドスケープを代表するかを評価し、個別化医療におけるその限界を明らかにすること。これらの目的を達成することで、ITHが腫瘍の適応、治療抵抗性、およびバイオマーカー開発に与える影響を包括的に理解することを目指した。
結果
腫瘍内不均一性の広範な存在とsubclonal変異の割合: 患者1では、128個の体細胞変異 (R6およびR7除外後) のうち、ubiquitous変異は40個 (31%) であった。これは、全変異の63% (88/128変異) が腫瘍の全領域では検出されないsubclonal変異であることを意味する。患者2では、119個の変異のうち37%がubiquitousであり、残りの63% (転移巣を含む場合) または69% (腎摘除術標本のみの場合) がsubclonal変異であった。単一生検では、患者1において平均70個の体細胞変異が検出され、これは腫瘍全体で検出された全変異の約55%に過ぎなかった。さらに、腎摘除術標本で検出された全変異のうち、全領域に共通して存在したのはわずか34% (転移巣を含む場合は31%) であった。これらの結果は、単一生検が腫瘍全体の変異ランドスケープの少数派しか捉えられず、腫瘍全体を代表していないことを明確に示している (Figure 2B, Figure 4A)。超深度シーケンシング (R4: 262リード、R9: 255リード) により、偽陰性率は1.4% (2/141) と低く抑えられ、ITHの過大評価ではないことが確認された。
ダーウィン分枝進化の明確な実証: clonal ordering法による系統樹解析は、患者1および患者2の腫瘍が「分枝進化 (branched evolution)」を示すことを明確に実証した (Figure 2C, Figure 4B)。患者1では、VHLやmTORなどの全領域共通の「trunk変異」を幹として、原発腫瘍内の多様な亜クローン系統と転移巣に向かう系統が分岐した構造が観察された。特に、胸壁転移巣 (M2a, M2b) は原発腫瘍の特定の亜クローン (R4の系統) から由来することが示され、腫瘍内部の空間的な亜クローン構造が転移のシードを決定しうる可能性が実証された。R4領域は原発腫瘍の変異と転移巣の変異の双方を一部共有しており、少なくとも2つのクローン集団の存在が示唆された。この分枝進化パターンは、腫瘍が単一の線形経路で進化するのではなく、複数の経路に分岐しながら多様性を獲得していくことを示唆している。
腫瘍抑制遺伝子における収斂進化の証拠: 患者1において、ヒストンH3K36トリメチル化酵素であるSETD2遺伝子に3つの独立した変異が異なる領域に認められた。具体的には、転移巣に共通のミスセンス変異、R4固有のスプライスサイト変異、およびその他の原発腫瘍領域に共通の2-bpフレームシフト欠失である。これら3つの独立した変異はすべてSETD2の機能喪失をもたらし、H3K36トリメチル化の消失として免疫組織化学的に確認された (p<0.05)。これは、少なくとも3倍以上の機能的収斂進化が同定されたことを示す。同様に、ヒストンH3K4脱メチル化酵素であるKDM5Cにも、R1-R3、R5、R8-R9領域で独立した収斂変異が示された。患者2では、PTEN遺伝子に2つの独立した変異 (スプライスサイト変異とミスセンス変異) が異なる領域に検出され、いずれもリン酸化Aktの増加 (PTEN機能喪失) と関連していた。これらのSETD2、KDM5C、PTENにおける収斂進化は、特定の機能的経路に対する強い選択圧が存在し、これらの遺伝子の機能喪失が腫瘍の生存に有利であることを示唆している。
mTOR変異による機能的不均一性: 患者1において、mTORキナーゼドメインのミスセンス変異 (L2431P) がR4を除く全原発腫瘍領域に認められた。L2431P変異を有する領域では、mTOR経路の下流標的であるリン酸化S6およびリン酸化4EBPの増加が免疫組織化学的に確認された (Figure 3A)。一方、野生型mTORを有する領域では、これらのタンパク質の染色が陰性であった。Caki1腎細胞癌細胞株にmTOR (L2431P) をトランスフェクトすると、血清飢餓後もリン酸化S6が増加し、L2431P変異がmTORキナーゼの恒常的活性化 (autoinhibitory domainの変化) をもたらすことがin vitroでも確認された (Figure 3B)。この変異は腫瘍内で空間的に不均一に分布しており、同一腫瘍内でもmTOR阻害薬に対する感受性が領域によって異なる可能性を示唆している。
ゲノム不安定性のパターンおよびploidy不均一性: 患者1では、M2b領域が二倍体近傍2集団を含む亜四倍体プロファイルを示し、R4領域が四倍体プロファイルを示した (Figure 2D)。4腫瘍30領域中26領域が異なるアレル不均衡プロファイルを示し、4腫瘍中2腫瘍でploidy不均一性が確認された。アレル不均衡の全領域共通異常は染色体3pのみであり、VHL、PBRM1、SETD2遺伝子をコードする領域のヘテロ接合性消失 (LOH) を示唆した。これらの結果は、染色体異常も腫瘍内で広範な不均一性を示すことを裏付けている。
予後シグネチャーの腫瘍内不均一性: 110遺伝子予後シグネチャーの発現プロファイリングでは、患者1において転移巣 (M2a、M2b) と原発腫瘍のR4領域が淡明細胞型A (ccA、良好予後シグネチャー遺伝子が濃縮) でクラスタリングされた (Figure 3C)。これに対し、他の原発腫瘍領域は淡明細胞型B (ccB、不良予後) でクラスタリングされた。このことは、単一の腫瘍内に良好予後と不良予後のシグネチャーが共存しており、単一生検に基づく予後予測が誤った結果をもたらしうることを示している。
考察/結論
本研究は、多領域シーケンシングを用いて腫瘍内不均一性 (ITH) の実際の規模を初めて定量的に示した先駆的研究であり、「単一生検は腫瘍全体を代表する」という個別化医療の根本的仮定に強力な反証を提供した。63〜69%という高いsubclonal変異率は、単一生検が腫瘍ゲノムランドスケープの少数部分しか反映していないことを示し、バイオマーカー開発や治療標的同定における単一生検への過剰依存に対する警鐘となった。この知見は、これまでの腫瘍ゲノム研究の多くが単一生検に基づいていたことと対照的であり、その限界を明確に示した点で新規性が高い。
最も重要な概念的貢献は、腫瘍がlinear evolutionではなくbranched evolutionを示すというダーウィン分枝進化モデルの実証である。これは、Darwinian選択が腫瘍の多様な亜クローン集団に機能的圧力をかけ続けることを意味する。薬剤耐性は、このような既存の薬剤耐性亜クローン (preexisting drug-resistant clone) の選択的増殖として出現しうる。同一腫瘍内でmTOR阻害薬感受性が異なる領域が共存するという知見は、単一領域生検に基づく治療設計の脆弱性を示唆しており、臨床応用において多領域解析の必要性を強調する。
SETD2、KDM5C、PTENといった腫瘍抑制遺伝子における収斂進化 (独立した複数変異による機能喪失) は、特定の機能的経路への選択圧が強く、これらの機能喪失が腫瘍生存に有利であることを示す。VHLなどのtrunk変異 (全領域共通) を標的とした治療と比較して、branch変異を標的とした治療では亜クローン進化による耐性が生じやすい。このことは、精密医療においてtrunk変異を優先的に標的とする戦略の重要性を示唆する。
残された課題として、ITHのダイナミクス (治療経過に伴う亜クローン進化の追跡) の詳細な解明、より大規模なコホートでのITHと予後の定量的関連の評価、および腎細胞癌以外のがん種でのITH規模の比較が挙げられる。また、液体生検 (ctDNA) など非侵襲的な方法でITHをモニタリングする技術の開発も今後の検討課題である。本研究は、TRACERx (Tracking Non-Small-Cell Lung Cancer Evolution Through Therapy) 試験など後続の大規模多領域シーケンシング研究の礎となり、個別化医療戦略の再考を促す重要な臨床的意義を持つ。
方法
本研究では、E-PREDICT (Personalized RNA Interference to Enhance the Delivery of Individualized Cytotoxic and Targeted Therapeutics) 試験 (EudraCT 2009-013381-54、エベロリムス治療前後の転移性腎細胞癌患者を対象としたRNA干渉試験) に登録された連続4例の転移性腎細胞癌患者を対象とした。主要な解析は患者1 (淡明細胞型、肺転移および胸壁転移あり) と患者2 (転移性) を対象とし、患者3および患者4についてはploidyおよびアレル不均衡解析のみを実施した。
患者1からは、原発腫瘍の術前生検 (PreP)、胸壁転移の術前生検 (PreM)、腎摘除術標本から空間的に分離された9領域 (R1〜R9)、腎周囲脂肪転移巣 (M1)、切除胸壁転移の2領域 (M2a、M2b)、および生殖細胞系列DNAについて全エクソーム捕捉シーケンシングを実施した。シーケンシングはIllumina Genome Analyzer IIxおよびHiSeqプラットフォームを使用し、中央カバレッジは74リードであった (n=14領域)。患者2からは、原発腫瘍の9領域と肝転移巣について、中央カバレッジ61リード (n=10領域) で同様の解析を行った。偽陰性変異の検出率を評価するため、患者1のR4およびR9については262リードおよび255リードの超深度再シーケンシングも実施した。
体細胞変異の同定後、Sanger sequencingにより42変異を検証し、88%の検証率であった。同定された変異は、全領域に共通する「clonal (ubiquitous)」、一部の領域に共通する「shared」、および単一領域に固有の「private」に分類された。これらの変異情報に基づき、最大節約法を用いて腫瘍領域間の系統樹を再構築し、腫瘍の進化パターンを解析した。
遺伝子機能の評価として、mTOR経路の活性はリン酸化S6およびリン酸化4EBPの免疫組織化学染色により評価した。SETD2遺伝子の機能は、ヒストンH3K36トリメチル化の免疫組織化学染色により評価した。また、in vitro実験として、mTOR (L2431P) 変異をCaki1腎細胞癌細胞株にトランスフェクトし、血清飢餓後のリン酸化S6レベルをウェスタンブロットで評価した。Caki1細胞株は、腎細胞癌研究で広く用いられる細胞株である。
ゲノム不安定性の解析には、SNP arrayを用いたアレル不均衡解析およびDNA ploidy解析を実施した。これにより、各腫瘍領域における染色体異常のパターンと、腫瘍内でのploidyの不均一性を評価した。さらに、予後シグネチャーの評価として、淡明細胞型腎癌の110遺伝子シグネチャー (ccA: 良好予後 vs ccB: 不良予後) を使用し、各腫瘍領域のmRNA発現プロファイルをAffymetrix Gene 1.0 arrayで解析した。統計解析には、変異の有意差検定や階層的クラスタリング手法が用いられた。例えば、異なる群間の比較にはStudent t-testが適用された。