• 著者: Gui J, Zahedi F, Ortiz A, Cho C, Katlinski KV, Alicea-Torres K, Li J, Todd L, Zhang H, Beiting DP, Sander C, Kirkwood JM, Snow BE, Wakeham AC, Mak TW, Diehl JA, Koumenis C, Ryeom SW, Stanger BZ, Puré E, Gabrilovich DI, Fuchs SY
  • Corresponding author: Serge Y. Fuchs (University of Pennsylvania)
  • 雑誌: Nature Cancer
  • 発行年: 2020
  • Epub日: N/A
  • Article種別: Original Article
  • PMID: 34124690

背景

原発腫瘍は遠隔臓器への転移に先立ち、標的臓器に転移前ニッチ (pre-metastatic niche; PMN) を形成し、循環腫瘍細胞の定着と増殖を促進することが知られている。PMN形成には、骨髄由来細胞の臓器浸潤、線維芽細胞の活性化、フィブロネクチンなどの細胞外マトリックス (ECM) の蓄積、S100a8/9やMmp9といった炎症関連遺伝子の発現上昇が共通要素として報告されている。しかし、これら多様な腫瘍由来シグナルが収束する下流の共通シグナル経路については、これまで未解明な点が多かった。

p38α (MAPK14) は、様々な炎症やストレス刺激に応答するストレス活性化プロテインキナーゼであり、その活性化は多くの細胞機能や疾患の病態形成に関与することが知られている。特に、p38αがI型インターフェロン受容体鎖 (IFNAR1) をリン酸化、ユビキチン化、分解する経路は先行研究で報告されていたが、PMN形成における肺線維芽細胞でのp38α/IFNAR1軸の具体的な役割は未解明であった。例えば、Ortiz et al. CancerCell 2019は、腫瘍由来の細胞外小胞に対するI型インターフェロンを介した防御機構について報告しているが、p38αがこの防御機構をどのように調節し、PMN形成に寄与するのかは不明であった。また、Peinado et al. NatRevCancer 2017Kaplan et al. Nature 2005といった研究はPMNの概念を確立したが、その形成を駆動する共通の分子メカニズム、特に線維芽細胞におけるシグナル伝達経路の詳細は不足していた。本研究は、この知識のギャップを埋め、p38αがPMN形成の普遍的なシグナルハブとして機能する可能性を検証することを目的とした。本研究は、PMN形成におけるp38αの役割、特に線維芽細胞におけるその分子メカニズムが、これまで十分に解明されておらず、この領域に大きな知識のギャップが残されていることを認識している。

目的

本研究の目的は、腫瘍由来因子 (tumor-derived factor; TDF) による肺線維芽細胞でのp38αキナーゼ (MAPK14) 活性化が、PMN形成の共通シグナル経路として機能するかを検証することである。具体的には、p38α活性化がI型インターフェロン受容体1 (IFNAR1) の下方制御、線維芽細胞活性化タンパク質 (FAP) の誘導、細胞外マトリックス (ECM) リモデリング、およびCXCL1/3/5ケモカイン産生を介した好中球動員にどのように関与するかという下流の分子機序を解明する。さらに、p38α阻害薬がアジュバント療法として転移を抑制する効果を評価し、その臨床応用の可能性を探ることを目的とする。

結果

TDFによるPMN形成とp38α活性化の相関: 高転移性B16F10細胞のTCMをWTマウスに静脈内投与すると、肺組織においてCD11b+骨髄系細胞の浸潤、フィブロネクチン蓄積、S100a8/9およびMmp9遺伝子の発現増加が有意に誘導された (p<0.05)。一方、低転移性B16F1細胞のTCMではこれらの変化は軽微であった (図1a-c)。B16F10 TCMをB16F1腫瘍担がんマウスに投与すると、B16F1の肺転移結節数および面積が有意に増加し (p<0.05)、マウスの生存期間が短縮された (図1e-g)。ヒト黒色腫患者の解析では、転移を有する患者の末梢血白血球におけるp-p38/p38比が、転移のない患者よりも有意に高かった (p<0.05)。p-p38高値群では転移発生率が高く (Fisher’s exact p=0.0128)、生存期間も短かった (ログランク検定有意) (図2a-c)。マウス肺組織においても、B16F10 TCM投与によりp-p38/p38比が有意に増加した (p<0.05) (図2e,f)。これらの結果は、TDFがp38αを活性化し、PMN形成を促進することを示唆する。

p38α-IFNAR1経路によるPMN形成の制御: p38α阻害薬ralimetinibの投与は、TDF誘導性のIFNAR1下方制御を抑制し (p<0.05)、CD11b+骨髄系細胞浸潤、フィブロネクチン蓄積、S100a8/9およびMmp9発現を有意に減少させた (図3a-d)。B16F10 TDFによる前処置がB16F10細胞の肺コロニー形成を増強する効果は、ralimetinibの共投与により完全に逆転した (図3e-g)。全身性p38α欠損マウス (Mapk14Δ/Δ) (n=5 mice) でもTDF誘導性のCD11b浸潤およびフィブロネクチン蓄積が抑制されたが、Ifnar1の追加欠損 (Mapk14Δ/Δ Ifnar1-/-) によりこの効果は完全に逆転した (図3h,i)。これは、p38αからIFNAR1への下流経路がPMN形成に必須であることを示している。IFNAR1リン酸化非感受性SA変異ノックインマウス (SAマウス) (n=5 mice) でも、TDF誘導性PMNの形成 (S100a8/9/Mmp9発現、CD11b浸潤、フィブロネクチン蓄積) が顕著に減弱し、TdTomato+ B16F10細胞の肺コロニー形成がWTと比較して有意に低下した (p<0.05) (図4b-d,f-h)。SAマウスの肺組織では、I型IFNシグナル関連遺伝子 (Stat1, Irf7, Ifitm3) の発現が維持された (図4a)。

p38α活性化によるFAP誘導と好中球動員機構: TDF処理マウスの肺では、多形核骨髄系細胞 (CD45+CD11b+Ly6G+Ly6Clow; 好中球) が主要な浸潤細胞であり、ralimetinib投与群およびSAマウスでその数が減少した (図5a)。B16F10 TCM処理肺では、Cxcl1、Cxcl3、Cxcl5 (CXCR2リガンドであり好中球走化性因子) の発現が有意に上昇し、SAマウスおよびMapk14Δ/Δマウスではこの誘導が抑制された (図5b-d)。CXCR2阻害薬の投与により肺好中球が減少し、SAマウスへのCXCL1アデノウイルス肺内発現は、SAマウスにおける腫瘍細胞の肺コロニー形成不全を完全に逆転させた (p<0.05) (図5f-i)。TDFはWT肺線維芽細胞 (n=5 cells) でFAP発現を誘導し、SAおよびMapk14Δ/Δ線維芽細胞ではこの誘導が抑制された (図6c,d)。FAP欠損マウス (n=5 mice) では、TDF誘導性のフィブロネクチン蓄積、Cxcl1/3/5発現、好中球浸潤がすべて抑制され、触媒不活性型FAPをもつ線維芽細胞 (FAP S624A変異体) でも同様に抑制された (p<0.05) (図6e-h)。線維芽細胞特異的Mapk14欠損 (Mapk14ΔFib) マウス (n=6 mice) でも、TDF誘導性のFAP、フィブロネクチン増加、ケモカイン発現、好中球浸潤、腫瘍細胞肺コロニー形成がすべて有意に抑制された (p<0.05) (図7a-g)。これらのデータは、p38αがIFNAR1の下方制御を介してFAPを誘導し、FAPがECMリモデリングと好中球動員を促進することでPMN形成を駆動することを示している。

アジュバント療法としてのp38α阻害の有効性: 自然発症転移モデル (B16F10皮下腫瘍の外科切除後のフォローアップ) において、線維芽細胞特異的Mapk14欠損マウス (Mapk14ΔFib) は肺転移結節数が有意に低下し (p<0.05)、生存期間が有意に延長した (図8c-e)。p38阻害薬 (ralimetinib、SB203580) の投与は、腫瘍外科切除後の肺転移数を有意に抑制し (p<0.05)、動物の生存期間を有意に延長した (p<0.05) (図8g-i)。これらの結果は、p38α阻害が転移性肺定着に対する有効なアジュバント療法となりうることを強く示唆する。

考察/結論

本研究は、腫瘍由来分泌因子 (TDF) が肺線維芽細胞のp38αキナーゼ (MAPK14) を活性化し、I型インターフェロン受容体1 (IFNAR1) の下方制御、線維芽細胞活性化タンパク質 (FAP) の誘導、細胞外マトリックス (ECM) のリモデリング (フィブロネクチン蓄積)、およびCXCL1/3/5ケモカイン産生を介した好中球動員というシグナル連鎖で肺転移前ニッチ (PMN) を形成するという統合モデルを提示した (図8j)。複数の腫瘍種由来TDF (黒色腫、膵臓腺癌、乳腺腺癌) がすべてこの共通経路を活性化することは、PMN形成におけるp38αの普遍的なシグナルハブとしての位置付けを支持する。

先行研究との違い: 本研究で初めて、ヒト黒色腫患者の末梢血白血球におけるリン酸化p38レベルと転移発生および生存期間の相関が示されたことは、p38活性が臨床的予後バイオマーカーとしての可能性を持つことを示唆する新規な知見である。線維芽細胞特異的Mapk14欠損マウスにおいて転移が抑制されたことは、p38αの発がん(腫瘍細胞側)への寄与とは独立した、宿主側のPMN形成における重要な役割を明確にした点で意義深い。この知見は、これまで腫瘍細胞自体におけるp38の役割に焦点を当てていた先行研究とは異なり、宿主線維芽細胞のp38αが転移プロセスにおいて重要な役割を果たすことを示している。

新規性: 本研究で初めて、p38α活性化がIFNAR1の下方制御を介してFAP発現を誘導し、FAPがECMリモデリングと好中球動員を促進するという新規なメカニズムを同定した。この経路は、PMN形成の多様なメカニズムを補完するものであり、特にLiu et al. CancerCell 2016が報告したTLR3を介した好中球動員とは異なる独立したシグナル経路を肺線維芽細胞で特定した点で新規性がある。

臨床応用: p38阻害薬 (ralimetinib、SB203580) がアジュバント療法として術後転移を抑制し、生存期間を延長したことは、p38阻害薬を外科切除後の補助療法として転用できる可能性を示す重要な前臨床エビデンスであり、臨床応用への道を開くものである。特に、ralimetinibはフェーズI試験で許容可能な安全性プロファイルを示しており、転移性黒色腫や他のがん種に対するアジュバント療法としての臨床的有用性が期待される。

残された課題: 今後の検討課題として、ヒト患者の肺線維芽細胞におけるp38活性のバイオマーカーとしての検証、他のがん種における本経路の普遍性の検証、および現在臨床開発中のp38阻害薬の転移予防臨床試験への応用が挙げられる。また、FAPがCXCL1/3/5の発現を誘導する詳細なメカニズムや、IFNAR1の不活性化がFAP発現を誘導する分子基盤についても、今後の研究でさらに解明する必要がある。本研究のlimitationとして、TDFの具体的な構成要素の特定、およびp38αがPMN形成に関与する他の細胞種における役割の評価が挙げられる。

方法

高転移性B16F10および低転移性B16F1黒色腫細胞の腫瘍条件培地 (TCM) を、C57BL/6マウスに静脈内投与し、PMNを誘導した。さらに、膵臓腺癌細胞 (MH6499c4) および乳腺腺癌細胞 (E0771) のTCMも使用し、p38α活性化の普遍性を検証した。薬理学的介入として、p38α阻害薬であるralimetinib (LY2228820) およびSB203580を投与した。

遺伝学的アプローチでは、以下のマウスモデルを使用した。

  1. 全身性p38α欠損マウス (Ubc9-CreER Mapk14fl/fl; Mapk14Δ/Δ): Tamoxifen投与により全身でp38αを欠損させた。
  2. 線維芽細胞特異的p38α欠損マウス (Col1a2-CreER Mapk14fl/fl; Mapk14ΔFib): Tamoxifen投与により線維芽細胞特異的にp38αを欠損させた。
  3. IFNAR1リン酸化非感受性SA変異ノックインマウス (Ifnar1 S526A; SAマウス): IFNAR1のp38αによるリン酸化部位に変異を導入し、分解を阻害した。
  4. 線維芽細胞特異的IFNAR1欠損マウス (Col1a2-CreER Ifnar1fl/fl; Ifnar1ΔFib): Tamoxifen投与により線維芽細胞特異的にIFNAR1を欠損させた。
  5. FAP欠損マウス (Fap-/-) および触媒不活性型FAP変異ノックインマウス (Fap S624A): FAPの機能的役割を評価した。

ヒト黒色腫患者 (転移あり19名、転移なし18名) の末梢血白血球におけるリン酸化p38 (p-p38)/総p38比をウェスタンブロット解析で評価し、臨床的相関を検討した。転移モデルは、B16F10-TdTomato細胞の静脈内注射による実験的転移モデルと、B16F10皮下腫瘍の外科切除後に肺転移を評価する自然発症転移モデルの両方を使用した。

細胞培養実験では、初代マウス肺線維芽細胞をTDFで処理し、IFNAR1、FAP、CXCL1/3/5の発現レベルを定量的PCR (qPCR)、免疫蛍光染色、フローサイトメトリーで測定した。好中球の動員は、肺組織の免疫蛍光染色 (CD11b) およびフローサイトメトリー (CD45+CD11b+Ly6G+Ly6Clow) で評価した。CXCR2阻害薬SB225002およびアデノウイルスを介したCxcl1の肺内発現実験も実施した。統計解析には、二群間の比較には二側性不対t検定を、多重比較には二元配置分散分析 (ANOVA) とTukeyまたはSidakの多重比較検定を使用した。生存曲線はKaplan-Meier法で作成し、ログランク検定またはGehan-Breslow-Wilcoxon検定で比較した。