- 著者: Buissant des Amorie JR, Hageman JH, Brunner SR, van der Horst SEM, et al.
- Corresponding author: Hugo J. G. Snippert (Princess Máxima Center for Pediatric Oncology; University Medical Center Utrecht, Utrecht, the Netherlands)
- 雑誌: Nature
- 発行年: 2026
- Epub日: 2026-04-15
- Article種別: Original Article
- PMID: 41986711
背景
大腸がん (CRC: colorectal cancer) において転移は予後を決定的に規定するが、転移能 (metastatic competence) がどの時点でどのような機序で最初に獲得されるかは依然として十分に解明されていない。Sottoriva ら (Nat Genet, 2015) の「Big Bang モデル」は大腸がんの遺伝的多様性が腫瘍発生の極初期から確立されると主張し、転移能の早期獲得という可能性を提起していた。Cañellas-Socias ら CanellasSocias et al. Nature 2022 は大腸がん転移再発が EMP1 (epithelial membrane protein 1; 上皮膜タンパク質 1)+ 細胞に由来することを示し、当該細胞集団が HRC (high-relapse cells; 高再発性細胞) シグネチャを持つことを報告した。Moorman ら Moorman et al. Nature 2025 は進行 CRC の転移過程における段階的な可塑性増強を示し、Househam ら Househam et al. Nature 2022 は腫瘍進化における表現型可塑性と遺伝的制御の関係を論じたが、これらの研究は主として進行がん (Stage III-IV) を対象としており、T1 大腸がん (最早期浸潤がん; 浸潤前縁を形成した最初の段階) における転移能獲得の時間的起源はほとんど未解明であった。
がん関連線維芽細胞 (CAF: cancer-associated fibroblast) が転移において重要な役割を果たすことは知られていたが、その細胞起源・時間的出現・機能的サブタイプの多様性、およびがん胎児性可塑性との関係は largely elusive であった。特に、正常腸管の線維芽細胞サブタイプが CRC 発生初期においてどのように CAF へ変化し腫瘍細胞の細胞状態を環境的に制御するかという核心的問いに答える機能的証拠が不足していた。
目的
T1 大腸がんの浸潤前縁形成という最早期浸潤段階において、がん胎児性細胞状態 (HRC/epiHR) の普遍性・非遺伝的起源・CAF サブタイプによる誘導機序・時間的出現タイミングを、空間トランスクリプトーム・患者由来オルガノイド・シングルセル解析の多層的アプローチで解明する。
結果
がん胎児性細胞状態は T1 大腸がん浸潤前縁に普遍的に存在する: GeoMx 空間トランスクリプトーム解析 (CTA 10 例・WTA 9 例、計 T1 CRC 19 例) により、転移能に関連する HRC および epiHR (epithelial high-relapse; 上皮高再発性) シグネチャが浸潤前縁に普遍的に発現することを示した (Fig 1)。腸管 4 組織領域間の間質遺伝子発現分散が区域によって有意に異なることを VariancePartition 解析で確認した (ANOVA P=2.31×10^-11)。232 例の T1 CRC TMA (5 年追跡) では、転移例 (T1N+M+) が非転移例と比較して浸潤前縁の免疫プログラムを選択的に下方制御していることを GSEA (BH 補正) で示した。また、FAP+ (CAF マーカー) 陽性で LAMC2 (がん胎児性マーカー) 陰性の腫瘍 (n=35) が LAMC2+/FAP- の腫瘍 (n=3) を大幅に上回っており、trophocyte-like CAF ががん胎児性細胞状態に時間的に先行して出現することが示唆された。
がん胎児性可塑性は遺伝的変化ではなく環境シグナルによって誘導される: 患者由来オルガノイドモデルを用い、浸潤前縁のがん胎児性細胞状態が遺伝的差異ではなく腫瘍微小環境 (TME: tumor microenvironment) からの環境的リプログラミングに由来することを示した (Fig 2)。16 患者から 73 オルガノイド株を樹立 (>90% 成功率) し、8 患者の WGS 解析では腫瘍コアと浸潤前縁の CNA カリオタイプが高度に類似しており (コサイン類似度 平均 0.87)、Pearson r=0.90 (p<0.001) の高い相関を示した。APC・TP53・KRAS・SMAD4 などのドライバー変異は全患者で早期から存在し、浸潤前縁には腫瘍コアに対する追加のドライバー変異は認められなかった。一方、コアと浸潤前縁のオルガノイドでは増殖特性が有意に異なり (p=0.0013 および p=0.00081)、同一腫瘍内の類似度は高かった (p=0.99)。これらの結果は、浸潤前縁の独自表現型が後天性遺伝的変化ではなく TME 環境シグナルによって可塑的に誘導されることを示している。
栄養芽様 CAF が浸潤前縁に集積し、がん胎児性細胞と空間的に共局在する: scRNA-seq (5 患者、1,612 TME 細胞) と CosMx 空間解析の統合により、T1 CRC TME に 5 種の線維芽細胞サブタイプを同定した (Fig 3)。正常腸管の trophocyte (SFRP2+, GREM1+, RSPO3+) に対応する trophocyte-like CAF (MMP+ および MMP-) が浸潤前縁に集積し、telocyte (SOX6+, BMP4+, WNT5A+) に対応する telocyte-like CAF が腫瘍コア側に局在するパターンを確認した。CosMx 解析 (pt5、約 63 万細胞) では、がん胎児性細胞が浸潤前縁の腫瘍細胞の約 5% を占め、trophocyte-like CAF との近接共局在が示された。CMS4 コホート (n=239) では trophocyte-like CAF の高発現が有意に短い DFS (disease-free survival; 無病生存期間) と相関し (log-rank 検定)、早期 CRC の TME scRNA-seq では CD8+ T 細胞の TME-HR スコアが低値を示した (ANOVA P=0.0015、Tukey’s HSD)。
TGFβ + プロスタグランジン軸がオルガノイドでがん胎児性状態を特異的に誘導する: EMP1-mNeon ノックインレポーターを用いたオルガノイドスクリーニングにより、TGFβ (TGFβ1 + TGFβ3) とプロスタグランジン (PGE2 + PGD2) の組み合わせが EMP1+ がん胎児性細胞を最も強力に誘導することを同定した (Fig 4)。n=5 株を用いた系統的スクリーニング (ANOVA + Bonferroni 補正) では、テロサイト由来因子 (BMP2/4、WNT5a、CXCL14) や炎症性サイトカイン (TNF、IL-1β、IL-27、IL-36) は EMP1+ 細胞を誘導しなかった。3D 共培養条件では 2D と比較して線維芽細胞が TGFB3 を顕著に高発現し (Wald 検定 + BH 補正)、4 早期 CRC 患者由来の 7 独立オルガノイド株 (各 n=3 測定、比率 paired t 検定) の qPCR でも TGFβ + プロスタグランジンが EMP1・LAMC2 等のがん胎児性マーカーを有意に誘導することを確認した (p<0.05)。これらの結果はインビボでの trophocyte-like CAF による TGFβ + プロスタグランジン産生が、隣接腫瘍細胞のがん胎児性リプログラミングを駆動する機序を示す。
がん胎児性可塑性と栄養芽様 CAF は悪性形質転換直後に時空間的に共出現する: CosMx を用いた 11 早期 CRC 標本の疑似縦断解析 (約 125 万細胞、6,000 遺伝子プローブ) により、がん胎児性細胞状態と trophocyte-like CAF の出現タイミングを時系列的に解明した (Fig 5)。Intramucosal carcinoma (n=3)・T1 sm1 (筋粘膜直下浸潤、n=5)・T1 sm3 (粘膜下層深部浸潤、n=3) の 3 段階で解析した結果、trophocyte-like CAF は T1 sm1 段階 (筋粘膜溶解直後) から初めて出現し、がん胎児性細胞状態と時空間的に一致した。近傍解析 (50 μm 半径、n=11 患者、FDR<0.05) では、がん胎児性細胞の近傍間質における TGFβ およびプロスタグランジンシグナルが CSC (cancer stem cell) 近傍と比較して選択的に高値を示した (ssGSEA)。4 公開 CRC scRNA-seq データセットを統合した解析 (n=110 患者、約 4 万線維芽細胞) では、Monocle・Slingshot・CytoTRACE の 3 手法全てが組織常在性 trophocyte から trophocyte-like CAF への分化軌跡を支持し、正常サブ粘膜 trophocyte が trophocyte-like CAF の主要細胞起源である可能性が高いことが示された。
考察/結論
① 先行研究との違い: 従来の大腸がん研究は転移能を進行がんに特有の形質として捉え、がん胎児性細胞状態は転移例に選択的な分子特徴と理解されてきた。本研究の結果はこれと異なり、転移の有無にかかわらず T1 大腸がん全例の浸潤前縁に HRC/epiHR シグネチャが普遍的に存在することを示した。これは Moorman ら (Nature, 2025) が転移進行過程における段階的な可塑性増強を示したこととも対照的であり、可塑性の獲得が転移成立よりはるかに早い段階で起きることを意味する。また、Cañellas-Socias ら (Nature, 2022) が EMP1+ 細胞を転移再発の細胞起源として同定したことに対し、本研究は EMP1+ 状態の誘導が最早期浸潤段階から TME 依存的に起きる非遺伝的現象であることを新たに示した点で根本的に異なる。
② 新規性: 本研究で初めて、T1 大腸がんの浸潤前縁形成という最早期段階において、疑似縦断的多層空間解析 (GeoMx + CosMx + scRNA-seq) を実施し、がん胎児性可塑性と trophocyte-like CAF の時空間的共出現を示した。正常腸管サブ粘膜に常在する trophocyte が悪性形質転換直後 (T1 sm1) に CAF へと移行することを、CosMx 疑似縦断解析および 4 データセット統合 scRNA-seq (n=110 患者) による細胞軌跡推定で新規に明示した。さらにオルガノイドスクリーニングにより、TGFβ + プロスタグランジン (PGE2/PGD2) 軸ががん胎児性状態の主要誘導シグナルであることを機能的に新規同定した。
③ 臨床応用: がん胎児性可塑性が転移の「必要条件だが十分条件ではない」という本研究の知見は、臨床的意義として T1 大腸がんの転移リスク評価に重要な示唆を与える。T1 CRC の転移リスク層別化において HRC/epiHR シグネチャ単独ではなく、免疫回避プログラムとの組み合わせ評価が必要であることが示唆される。CMS4 コホート (n=239) での trophocyte-like CAF と DFS 短縮の相関は、この線維芽細胞サブタイプが臨床バイオマーカーとなる可能性を示している。TGFβ + プロスタグランジン経路への干渉は、T1 大腸がん内視鏡切除後の転移予防という臨床応用の観点から探索価値のある間接的治療アプローチを提供する可能性がある。
④ 残された課題: 今後の検討として最も重要なのは、転移成立に必要なもう一つの条件である免疫回避プログラムがいつ・どのような機序で獲得されるかの解明である。疾患進行に伴うがん胎児性細胞割合の増加機序 (進化する TME シグナル vs 腫瘍細胞固有の感受性変化) も残された課題である。正常腸管での線維芽細胞パターニングを制御する BMP シグナルがCRC での CAF サブタイプパターニングにも関与するか、および trophocyte から CAF への移行を誘発するトリガーシグナルの同定も今後の研究が必要な課題として残る。さらに、本研究で確立したオルガノイドモデルを用いた TGFβ + プロスタグランジン阻害実験や、CRC 以外のがん種での腫瘍開始期における類似機構の普遍性検証も今後の方向性として重要である。
方法
患者コホートとオルガノイドバイオバンク: University Medical Centre (UMC) Utrecht 倫理委員会承認のもと、早期 CRC 疑いで手術切除を受けた患者 16 例から検体を取得した。Utrecht Platform for Organoid Technology を通じて患者由来 CRC オルガノイドを樹立 (73 株、>90% 成功率)。FFPE (formalin-fixed, paraffin-embedded; ホルマリン固定パラフィン包埋) 標本から TMA (tissue microarray; 組織マイクロアレイ) を作成し、オランダ多施設コホートの非有茎性 T1 CRC 261 例 (5 年追跡) で検証した。
GeoMx バルク空間トランスクリプトーム解析: Nanostring GeoMx (バルク空間トランスクリプトミクス) を CTA (Cancer Transcriptome Atlas; がん転写アトラス) パネル (10 T1 CRC 例、426 ROI 採取後 373 ROI 通過) と WTA (whole transcriptome atlas; 全転写アトラス) パネル (9 例、285 ROI 採取後 281 ROI 通過) の 2 コホートで実施した。ROI は 4 組織領域 (正常組織・腺腫成分・腫瘍コア・浸潤前縁) に配置し、PanCK 免疫蛍光で上皮 (PanCK+) と間質 (PanCK-) 区画を分離してプロファイリングした。品質管理後、Q3 正規化・バッチ補正・log2 変換を実施した。
CosMx シングルセル空間トランスクリプトーム解析: Nanostring CosMx (シングルセル空間トランスクリプトミクス) で早期 CRC 11 標本 (6,000 遺伝子プローブ) を解析し、約 125 万細胞を取得した。Intramucosal (n=3)・T1 sm1 (n=5)・T1 sm3 (n=3) の 3 疑似時間点 (pseudo-timed substage) を比較した。
WGS と CNA 解析: 8 患者の腫瘍コアおよび浸潤前縁の DNA に対し WGS (whole genome sequencing; 全ゲノム解析) を実施。inferCNV (v.1.14.2) で CNA (copy number alteration; コピー数変化) プロファイルを推定し、領域間コサイン類似度と Pearson 相関係数を算出した。
オルガノイド機能試験: 浸潤前縁オルガノイドに EMP1-mNeon ノックインレポーターを導入し、候補リガンドのスクリーニングを実施 (n=5 株、ANOVA + Bonferroni 補正)。qPCR 検証は 4 早期 CRC 患者由来の 7 独立オルガノイド株 (各 n=3 測定、比率 paired t 検定) で実施した。
統計解析: 線形混合モデル (log2(gene) ~ tissue region + (1 + tissue region | patient ID))、preranked GSEA (fgsea v.1.24.0) と ssGSEA (single-sample GSEA; GSVA v.1.46.0)、VariancePartition (v.1.38.1) による分散解析 (ANOVA + Tukey’s HSD)、Wald 検定 + Benjamini-Hochberg (BH) 補正、log-rank 検定、コサイン類似度算出。Monocle/Slingshot/CytoTRACE による細胞軌跡推定を 4 公開 CRC scRNA-seq データセットの統合解析 (n=110 患者) に適用した。