• 著者: Wubing Zhang, Erin L. Brown, Abul Usmani, Noah Earland, Minji Kang, Chibuzor Olelewe, Anushka Viswanathan, Aadel A. Chaudhuri, Aaron M. Newman, et al.
  • Corresponding author: Aadel A. Chaudhuri (Mayo Clinic), Aaron M. Newman (Stanford University)
  • 雑誌: Nature
  • 発行年: 2026
  • Epub日: 2026-03-25
  • Article種別: Original Article
  • PMID: 42092150

背景

腫瘍微小環境 (TME) 内の多細胞プログラムは、がんの進展と治療応答を規定する重要な要素である。これまでの研究では、単一細胞およびバルクゲノミクス解析により、がんにおける多細胞エコシステム(腫瘍エコタイプ)に関する重要な知見が得られてきたが、TMEにおける細胞状態と空間的文脈の相互作用、特に多様な悪性腫瘍や細胞種にわたるその全容は未解明な点が多かった。例えば、Tirosh et al. Science 2016は転移性黒色腫のTMEを単一細胞レベルで解明したが、細胞の空間的配置と臨床的関連性については十分な情報が不足していた。また、Jackson et al. Nature 2020Danenberg et al. NatGenet 2022の研究では、乳がんにおけるTMEの構造と臨床転帰の関連が示唆されたものの、網羅的な空間エコタイプ (SE) の同定には至っていなかった。

TMEの臨床的プロファイリングには複数の課題が存在した。既存の空間解析手法は、マーカー数が限られる(多重タンパク質イメージングなど)Pelka et al. Cell 2021、空間情報を無視する(EcoTyperなど)Luca et al. Cell 2021、あるいは多様なサンプル、がん種、ゲノムプラットフォームにわたる統合解析が困難であるといった制限を抱えていた。これらの技術的および臨床的なギャップが、TMEの包括的な理解と臨床応用を妨げていた。特に、腫瘍微小環境における細胞状態と空間的文脈の相互作用は、多様な悪性腫瘍や細胞種において未解明な点が多かった。

さらに、固形腫瘍バイオプシーはサンプリングバイアスがあり、繰り返し採取が困難であるため、TMEの動的な変化を捉えることが難しいという課題があった。これにより、治療中のTMEの変化を連続的にモニタリングし、治療を個別化するための非侵襲的評価手法が強く求められていた。血漿cell-free DNA (cfDNA) は、非侵襲的なバイオマーカーとして有望視されているものの、これまでに多細胞エコシステムを非侵襲的に評価する液性生検アッセイは確立されていなかった。これらの技術的および臨床的なギャップが、TMEの包括的な理解と臨床応用を妨げていた。本研究は、これらの課題を克服し、TMEの空間的組織化と臨床的意義を解明するための新規アプローチを開発することを目的としている。

目的

本研究の目的は、以下の2点である。第一に、空間的に依存した細胞状態と多細胞エコシステム(空間エコタイプ:SE)を多角的にプロファイリングする機械学習フレームワーク「Spatial EcoTyper」を開発することである。このフレームワークは、既存手法の限界を克服し、多様なゲノムプラットフォームやがん種にわたるTMEの空間的組織化を包括的に解析することを目指した。特に、Spatial EcoTyperは、MERSCOPEやXeniumなどの高解像度空間トランスクリプトミクスデータと、10x Visiumなどのバルク空間トランスクリプトミクスデータを統合し、がん種横断的に保存されたSEを同定することを目的とした。

第二に、血漿cell-free DNA (cfDNA) メチル化解析に基づく「Liquid EcoTyper」を開発し、SEの非侵襲的定量が可能であることを実証すること、およびそのSEレベルが免疫チェックポイント阻害薬 (ICI) 奏効予測に有用であることを検証することである。Liquid EcoTyperは、Deep learningを用いて、血漿cfDNAメチル化プロファイルからこれらのSEレベルを非侵襲的に推定し、ICI治療を受ける患者の奏効予測バイオマーカーとしての有用性を評価することを目的とした。これにより、非侵襲的なTME評価が臨床現場でのリスク層別化と治療個別化に貢献する可能性を探る。

結果

9種類の空間エコタイプ (SE) の同定と特徴: Spatial EcoTyperを用いて、MERSCOPEでプロファイリングされた5癌腫の844,315個のTME細胞および計10悪性腫瘍から、SE1〜SE9の9つの空間エコタイプ (SE) を同定した (Figure 2b-e)。各SEは腫瘍辺縁からの平均距離順に命名され、それぞれが独自の生物学的特徴、地理空間的特徴、および臨床転帰との関連性を示した。例えば、SE1は隣接間質に最も富み、FOS (Fos proto-oncogene, AP-1 transcription factor subunit)、EGR1 (Early growth response 1) などの早期応答遺伝子を発現するナイーブT細胞、FOLR2 (Folate receptor beta) 陽性マクロファージ、cDC2細胞、線維芽細胞、活性化毛細血管細胞などから構成された。一方、SE9は腫瘍コアに濃縮され、血管新生を促進するTREM2 (Triggering receptor expressed on myeloid cells 2) 陽性マクロファージと先端細胞内皮細胞 (INSR (Insulin receptor) 陽性内皮細胞) を含むことが示された。SE3はIGLL5 (Immunoglobulin lambda-like polypeptide 5) 陽性形質細胞、C1QB (Complement C1q B chain) 陽性マクロファージ、CD1E (CD1e molecule) 陽性樹状細胞、CXCL12 (C-X-C motif chemokine ligand 12) 陽性癌関連線維芽細胞、CD36 (CD36 molecule) 陽性内皮細胞からなる多表現型ハブとして同定された。SE4はMYH11 (Myosin heavy chain 11) 陽性筋線維芽細胞と低酸素関連FBLN5 (Fibulin 5) 陽性内皮細胞によって定義され、創傷治癒に関連する。SE5はFAP (Fibroblast activation protein alpha) 陽性癌関連線維芽細胞とAPOE (Apolipoprotein E) 陽性M2様マクロファージから構成され、免疫抑制に関連し、全生存期間の短縮と最も強く相関した。SE7はインターフェロンシグナルが亢進した炎症性SEで、腫瘍辺縁に局在し、抗原提示関連遺伝子を発現する。SE8もインターフェロンシグナルが亢進した炎症性SEであるが、腫瘍コアに局在し、代謝亢進遺伝子を発現する特徴があった。

クロスプラットフォーム検証と汎用性: 90例の保留ST標本 (6プラットフォーム) での検証では、全9種類のSEが再現性よく同定された (Extended Data Fig. 6a,b)。scRNA-seq (144腫瘍例) での参照誘導細胞ラベリングでも全SEが有意に検出され (Extended Data Fig. 7a,b)、脳転移標本64例 (5がん種由来) でも保存が確認された (Extended Data Fig. 7c)。これは、SEが多様なプラットフォームや疾患状態を超えて保存された生物地理学的特徴を持つことを示している。例えば、MERSCOPEデータとXeniumデータを用いた解析では、SE特異的細胞状態の空間的共局在が有意に認められ、SEの生物学的実体がプラットフォーム間で一貫していることが示された (Extended Data Fig. 6c-g)。

臨床的意義 (全生存およびICI奏効予測): TCGAデータ (n=7,076 patients) では、9種類のSEのうち6種類が全生存期間 (OS) と有意に相関した (年齢・性別補正後) (Figure 3g)。SE5は最大の短縮生存規定因子であり、SE7とSE8は良好な生存予測因子であった。前立腺癌、食道癌、膵癌では逆転関連が観察されたが、これはMHC-I/II発現の低さや線維性間質などの抗腫瘍免疫を阻害する要因と一致していた (Extended Data Fig. 9e)。 1,249例のICI前治療RNA-seqデータにおいて、SE8 (Q = 3.9 × 10⁻¹³) はICI奏効の最強相関因子であり、既存のCE9を超えた (Figure 3h)。SE7もほぼ同等の奏効予測力を示した。ICI抵抗性の最強予測因子はSE4 (Q = 3.9 × 10⁻⁷) であった。多変量モデルにおいても、SE7およびSE8はTMB (腫瘍変異負荷) およびCD274 (PD-L1) よりも優れた全生存予測を示した (n=465 patients) (Figure 3i)。SE4の高レベルはICI抵抗性を示し、短いPFS (HR = 2.92, p < 0.001) と短いOS (HR = 2.29, p = 0.006) と関連した。

Liquid EcoTyper:非侵襲的SE定量: Liquid EcoTyperは、in silicoでシミュレートされたcfDNA (訓練346例、テスト115例) において、評価された全SEに有意な相関 (p < 10⁻⁶) を示した (Figure 4c)。メラノーマ患者23例のペア血漿cfDNA、腫瘍ST、腫瘍EM-seqデータでは、血漿EM-seqとVisiumのSEレベルが良好に一致した (Pearson r: SE3で0.74, SE4で0.74, SE8で0.81など) (Figure 4f)。PBMCではSEシグナルが検出されず、血漿シグナルが転移性メラノーマ特異的であることが示された (Figure 4i)。Liquid EcoTyperは、13種類の癌腫においても概念実証が示され、その汎用性が裏付けられた (Extended Data Fig. 10d)。Liquid EcoTyperは、各SEに特異的なCpGメチル化シグネチャを学習し、これらのシグネチャが生物学的に関連する遺伝子セットと一致することが示された (Extended Data Fig. 10h,i)。

Liquid EcoTyperによるICI奏効予測: 前治療血漿cfDNA (n=78 patients、ICI単剤35例・併用43例) において、血漿SE7高値およびSE8高値は、持続的臨床ベネフィット (HR < 0.38, p < 0.001) および全生存期間の延長と有意に相関した (Figure 5c,d)。一方、血漿SE4高値はICI抵抗性、短いPFS (HR = 2.92, p < 0.001) および短いOS (HR = 2.29, p = 0.006) と関連した (Figure 5e,f)。これらの関連は、バルクRNA-seqベースの所見と高い一致を示し、ICI種別、メラノーマサブタイプ、性別、年齢に関わらず保持された (Extended Data Fig. 12e)。Liquid EcoTyperは、既存のctDNAレベルやTMB、PD-L1レベルよりも優れたICI奏効予測能を示した (Extended Data Fig. 12h,i)。例えば、多変量解析では、血漿SE7、SE8、SE4のレベルが、ctDNAレベルやTMB、PD-L1発現よりも独立した予後因子として機能することが示された (Extended Data Fig. 12i)。

考察/結論

本研究は、Spatial EcoTyperとLiquid EcoTyperからなる統合的多モーダルTMEプロファイリングフレームワークを確立した。本研究で初めて、空間的多細胞エコシステム(SE)をcfDNAメチル化から非侵襲的に推定できることを実証し、特にSE7とSE8がICI奏効の、SE4がICI抵抗性の優れた血漿バイオマーカーとなることを示した。これはこれまで報告されていない新規な知見であり、腫瘍バイオプシーへの依存から解放され、連続的なTMEモニタリングと療法個別化への扉を開く画期的なアプローチである。

先行研究と異なり、本フレームワークは、限られたマーカー数や空間情報の欠如といった既存の空間解析手法の課題を克服し、多様なゲノムプラットフォームやがん種にわたるTMEの空間的組織化を包括的に解析することを可能にした。特に、SE8がICI奏効の最強相関因子であり、既存のCE9を凌駕する予測能を示した点は、新規性が高い。本研究で同定された9種類のSEは、それぞれが独自の生物学的特徴と臨床的意義を持ち、TMEの複雑な生態系をより詳細に理解するための基礎を提供する。

本知見は、がん治療における臨床応用に直結する。非侵襲的なLiquid EcoTyperによるSEプロファイリングは、患者のリスク層別化を改善し、ICI治療の個別化を促進する可能性を秘めている。13種類の癌腫でも概念実証が示されており、広範な臨床現場での応用が期待される。例えば、治療開始前の血漿SEレベルを測定することで、ICI治療の適応患者をより正確に選択し、不必要な治療による副作用や経済的負担を軽減できる可能性がある。

残された課題として、本研究の成果を大規模な多施設コホートで前向きに検証する必要がある。また、他の癌治療(例えば、遺伝子改変免疫細胞療法や個別化ワクチンなど)への汎用性を検討し、特定の治療介入とSEの縦断的動態との相互作用を解明することが今後の検討課題である。さらに、現在のSTプラットフォームには空間分解能と遺伝子回収率のトレードオフが存在するため、より大規模で多様な単細胞STコホートが必要となる。Liquid EcoTyperの分析感度、特異性、および他の癌種への拡張性についても、さらなる研究が求められる。特に、治療効果や他の背景シグナルの存在下でのLiquid EcoTyperの性能評価は重要なlimitationである。

方法

本研究では、10種類の癌腫とメラノーマを網羅する1000万件以上の単細胞・スポットレベル空間トランスクリプトーム (scRNA-seq、10x Visium、Visium HD、Xenium V1/Prime、MERSCOPEなど) を統合した。

Spatial EcoTyperの開発と検証: Spatial EcoTyperは、細胞種別の遺伝子発現プロファイル (GEP) を空間情報付き共通埋め込みに融合する多オミクスデータフュージョン手法として開発された。このフレームワークは、各単細胞空間トランスクリプトーム (ST) サンプルにおいて、空間近傍 (SN) の細胞タイプ特異的GEPを構築し、SNF (Similarity Network Fusion) を用いてSN間の空間的共変動を計算した。その後、SNをクラスタリングしてサンプルレベルの空間クラスターを同定した。これらの空間クラスターは、共通のGEPを持つものを集約することで、9種類の保存された空間エコタイプ (SE) として定義された。SEの同定には、MERSCOPEでプロファイリングされた5つのFFPE腫瘍サンプル (乳癌、結腸癌、肝癌、前立腺癌、メラノーマ) からなる844,315個のTME細胞をディスカバリーコホートとして用いた。SN半径は50 µmに設定され、Louvainクラスタリングの解像度は30に設定された。SE特異的細胞状態の同定には、NMF (非負値行列因子分解) の特殊なバリアントとLOOCV (leave-one-sample-out cross-validation) を用いて、各SEに特異的に濃縮され、サンプル間で保存された細胞状態を特定した。

臨床的意義の評価: SEの臨床的意義を評価するため、TCGA (The Cancer Genome Atlas) データセットから7,076例(17がん種)のバルクRNA-seqプロファイルを用いて、SE組成を定量した。全生存期間 (OS) との関連は、年齢と性別で補正したCox回帰分析を用いて評価した。免疫チェックポイント阻害薬 (ICI) 奏効予測の評価には、1,249例のICI前治療RNA-seqデータセット(メラノーマおよび3種のがん)を用いた。ICI奏効との関連は、既存のCE (Carcinoma Ecotypes) やその他のバイオマーカーと比較して評価された。

Liquid EcoTyperの開発と検証: Liquid EcoTyperは、血漿cell-free DNA (cfDNA) メチル化データからSEレベルを推測するためのDeep learningフレームワークとして開発された。このアプローチは、識別的なCpGセットを学習する二値ニューラルネットワークに基づいている。モデルの訓練には、TCGAのメラノーマ461例の450Kメチル化アレイデータとバルクRNA-seqプロファイルを「ground truth」として使用し、健康なcfDNAメチル化プロファイルと組み合わせてシミュレートされたcfDNAデータセットを構築した。検証には、メラノーマ患者78例の前治療血漿cfDNA (whole-genome EM-seq) を用いた。EM-seq (Enzymatic Methyl-sequencing) は、DNAメチル化を高感度で検出する手法である。また、23例のメラノーマ患者から採取されたペアの血漿cfDNA、腫瘍ST (Visium)、および腫瘍EM-seqデータを用いて、Liquid EcoTyperの性能と特異性を評価した。PBMC (末梢血単核細胞) からのSEシグナルも比較のために分析された。統計解析には、Pearson相関分析、Spearman相関分析、Wilcoxon順位和検定、およびlog-rank検定が用いられた。