- 著者: Limin Wang, Limin Cao, Huimin Wang, Boning Liu, Zhang Qicheng, Zhaowei Meng, Xiang Wu, Qinghua Zhou, Ke Xu
- Corresponding author: Ke Xu (Tianjin Medical University General Hospital)
- 雑誌: Oncotarget
- 発行年: 2017
- Epub日: 2017-06-28
- Article種別: Original Article
- PMID: 29100297
背景
肺がんは世界的に最も高い罹患率と死亡率を示す悪性腫瘍であり、非小細胞肺がん (NSCLC: non-small cell lung cancer) を中心に、多くの患者が遠隔転移によって予後不良となることが知られている。がんの進展や転移は、がん細胞自体の遺伝子変異だけでなく、それを取り囲む腫瘍微小環境 (TME: tumor microenvironment) によって強く制御されていることが近年の研究で明らかになっている (Quail et al. NatMed 2013)。TMEを構成する主要なストローマ細胞であるがん関連線維芽細胞 (CAF: cancer-associated fibroblast) は、α-平滑筋アクチン (α-SMA: α-smooth muscle actin) や線維芽細胞活性化タンパク質 (FAP: fibroblast activation protein) などのマーカーを高発現する活性化状態にあり、様々な成長因子やサイトカインを分泌してがん細胞の増殖、血管新生、浸潤、転移を支援することが知られている。しかしながら、肺がんにおけるCAFとがん細胞の相互作用、特にCAFが分泌する液性因子を介した転移促進の具体的な分子メカニズムについては未解明な部分が多く、治療標的としての確立に向けた詳細な知見が不足している。特に、炎症性サイトカインであるインターロイキン-6 (IL-6: interleukin-6) とその下流シグナルであるJAK2/STAT3経路が、肺がんの微小環境においてどのように機能しているかについては十分に解明されておらず、このギャップを埋める研究が強く求められていた。このように、肺がん微小環境におけるストローマ細胞由来のシグナル伝達機構の解明は、治療戦略の構築において極めて重要であるにもかかわらず、これまでの研究では検証が「不足」しており、詳細な分子機構は「未解明」のままであった。
目的
本研究の目的は、肺がん患者の原発巣組織から直接単離した一次培養CAFが、肺がん細胞の遊走、浸潤、および上皮間葉移行 (EMT: epithelial-mesenchymal transition) に及ぼす影響を定量的に評価することである。さらに、CAFが分泌する主要な可溶性因子としてIL-6を同定し、それが肺がん細胞側のJAK2/STAT3シグナル経路を活性化する詳細な分子機構を解明することを目指す。最終的には、IL-6中和抗体や特異的シグナル阻害剤を用いてこの経路を遮断することにより、CAF誘導性の転移能亢進を治療的に逆転させることが可能であるかを in vitro および in vivo の両モデルにおいて実証し、肺がん転移に対する新たな微小環境標的治療の科学的根拠を提示することを目的とする。
結果
患者由来CAFの単離と活性化マーカーの高発現: 肺がん患者の組織から単離されたCAFおよびNFは、いずれも紡錘形の線維芽細胞様形態を示した。qPCR解析において、CAFはNFおよび肺がん細胞株 (A549, SK-MES-1) と比較して、活性化線維芽細胞の特異的マーカーであるα-SMAおよびFAPのmRNA発現レベルが有意に高値であった (p<0.01) (Figure 1)。ウェスタンブロット解析でも、CAFにおいてα-SMAおよび間葉系マーカーであるvimentinの強力なバンドが検出された一方、上皮系マーカーであるE-cadherinの発現は完全に陰性であり、単離された細胞が活性化されたCAFの形質を維持していることが確認された (Figure 1)。この特性評価実験は、独立した3回の実験 (n=3 replicates) で再現され、CAFにおけるα-SMAの発現はNFと比較して約2.2-foldの上昇を示した。
CAF条件培地による肺がん細胞の遊走・浸潤能の著明な亢進: CAFが分泌する液性因子が肺がん細胞の運動能に及ぼす影響を評価するため、条件培地を用いた機能アッセイを実施した。創傷治癒アッセイにおいて、通常のDMEM (Dulbecco’s Modified Eagle Medium) 培地で培養した対照群の48時間後の遊走率は A549 で 42.9%、SK-MES-1 で 23.2% であった。これに対し、NF-CM処理群ではそれぞれ 61.6% および 43.5% に上昇し、CAF-CM処理群では 77.3% および 58.3% と極めて顕著な遊走促進効果が示された (p<0.001) (Figure 2)。トランスウェル浸潤アッセイにおいても、CAF-CMは対照群と比較して浸潤細胞数を約3.0-foldに増加させ、NF-CMよりも有意に強力な浸潤促進活性を示した (p<0.001) (Figure 2)。これらの in vitro アッセイは、厳密にコントロールされた条件下 (n=3 replicates) で実施され、CAFが肺がん細胞の悪性形質を強力に誘導することが確認された。
CAFによる上皮間葉移行の誘導と転移関連因子の発現上昇: CAF-CMが肺がん細胞のEMTプログラムを駆動するかを検証した。CAF-CMで24時間処理した A549 および SK-MES-1 細胞では、上皮系マーカーであるE-cadherinのmRNAおよびタンパク質発現が著明に低下し、間葉系マーカーであるvimentinおよびN-cadherinの発現が有意に上昇した (p<0.01) (Figure 3)。免疫蛍光染色においても、細胞膜および細胞質におけるE-cadherinのシグナル減衰が確認された。さらに、細胞外マトリックス分解酵素であるMMP2および血管新生因子であるVEGFの発現も、CAF-CM処理によってmRNAおよびタンパク質レベルで有意に上方制御された (Figure 3)。この発現変動は、対照群と比較してvimentinにおいて約2.8-foldの上昇、E-cadherinにおいて約0.3-foldへの低下として定量化された (n=3 replicates, p<0.01)。
CAF分泌IL-6によるJAK2/STAT3シグナルの活性化: CAFが分泌する遊走・浸潤促進因子の同定を試みた。ELISA解析の結果、CAF-CM中のIL-6濃度はNF-CMや肺がん細胞の培養上清と比較して極めて高値であり、A549の上清と比較して約10-fold以上の分泌量が検出された (Figure 4)。肺がん細胞に組換えヒトIL-6 (200 ng/ml) を添加すると、CAF-CM処理と同様の遊走能亢進、E-cadherin低下、およびvimentin、MMP2、VEGFの上昇が再現された。さらに、CAF-CM処理は肺がん細胞におけるJAK2およびSTAT3のリン酸化 (p-JAK2, p-STAT3) を速やかに誘導したが、IL-6中和抗体 (5 μg/ml) をCAF-CMに前添加することで、これらのリン酸化およびEMT関連遺伝子の発現変化は有意に消失した (p<0.01) (Figure 4)。この中和実験 (n=3 replicates) により、CAF由来のIL-6が肺がん細胞の遊走能を約2.5-fold increaseさせることが実証された。
JAK2/STAT3阻害によるCAF誘導性転移能の完全な解除: IL-6の下流シグナルであるJAK2/STAT3経路の機能的寄与を確定するため、特異的阻害剤を用いた検証を行った。肺がん細胞をJAK2阻害剤 AG490 (100 μM) またはSTAT3阻害剤 Stattic (7.5 μM) で前処理した後にCAF-CMで刺激したところ、CAF-CMによるp-JAK2およびp-STAT3の活性化が完全に遮断された (Figure 5)。これらの阻害剤は、CAF-CMが誘導するE-cadherinの低下、ならびにvimentin、MMP2、VEGFのmRNAおよびタンパク質発現上昇を有意に逆転させた (p<0.01)。創傷治癒アッセイにおいても、AG490およびStatticはCAF-CMによる遊走促進効果を完全に解除し、対照群と同等のレベルまで遊走率を低下させた (Figure 5)。このシグナル阻害実験 (n=3 replicates) において、遊走阻害効果は Stattic 処理群で約2.4-foldの減少を示した。
in vivo共移植モデルにおける腫瘍成長とEMTの促進: in vitro での知見を動物モデルで検証するため、BALB/c ヌードマウス (n=5 mice per group) を用いた異種移植実験を実施した。A549 細胞とCAFを共移植した群は、A549 単独移植群と比較して腫瘍の成長速度が著しく速く、移植後6週時点における平均腫瘍体積は約3.5-foldに達した (p<0.001) (Figure 6)。摘出した腫瘍組織のIHC解析により、共移植群ではα-SMA陽性の活性化線維芽細胞が豊富に存在することが確認された。さらに、ウェスタンブロットおよびqPCR解析により、共移植群の腫瘍組織においてE-cadherinの発現低下、vimentin、MMP2、VEGFの発現上昇、ならびにp-JAK2およびp-STAT3の顕著な活性化が実証された (Figure 6)。この in vivo 実験 (n=5 mice) により、CAFが肺がん細胞の微小環境を修飾し、EMTを駆動して腫瘍形成能を約3.5-foldに促進することが確認された。
考察/結論
先行研究との違い: 本研究は、CAFが単に物理的な支持組織として、あるいは一般的な成長因子の分泌を介して腫瘍進展をサポートするとした従来の報告と異なり、肺がん患者から直接単離した一次培養CAFが分泌するIL-6が、がん細胞側のJAK2/STAT3シグナル経路を直接的かつ特異的に駆動し、EMTプログラムおよび転移関連遺伝子 (MMP2, VEGF) の発現を精緻に制御しているという具体的な分子メカニズムを詳細に解明した点で対照的である。
新規性: 本研究で初めて、肺がんの微小環境において、CAF由来のIL-6が肺がん細胞のJAK2/STAT3経路を活性化させることが、上皮間葉移行の誘導および遊走・浸潤能の獲得における必須の駆動源であることを新規に同定した。また、in vivo 共移植モデルにおいて、CAFが腫瘍成長を約3.5-foldに促進し、その組織内で実際にJAK2/STAT3シグナルが活性化していることを初めて実証した。
臨床応用: 本研究の知見は、肺がんの転移抑制を標的とした新たな治療戦略の臨床応用に直結する。IL-6中和抗体や、JAK2阻害剤 (AG490など)、STAT3阻害剤 (Statticなど) を用いることで、CAFが誘導するEMTおよび転移能亢進を効果的に遮断できることが示された。これは、既存の分子標的薬や免疫療法に加え、腫瘍微小環境を標的とした新規のコンビネーション治療を臨床現場へ導入するための強固な translational な基礎データを提供するものであり、肺がん治療における臨床的意義は極めて大きい。
残された課題: 今後の課題として、本研究におけるCAFの単離が n=2 patients という限られた臨床検体数に基づいている点が挙げられ、より大規模な患者コホートから得られたCAFを用いた検証が必要であるという limitation が残されている。また、TME内には線維芽細胞以外にも免疫細胞や血管内皮細胞など多様な細胞種が存在するため、それらを含めた多細胞間相互作用におけるIL-6/STAT3シグナルの役割についても、今後の検討課題としてさらに追究されるべきである。
方法
細胞の単離および培養: 術前化学療法を受けていない非小細胞肺がん患者 (n=2 patients) の原発腫瘍組織および隣接する正常肺組織から、それぞれCAFおよび正常線維芽細胞 (NF: normal fibroblast) を酵素消化法により単離した。肺がん細胞株として、ヒト肺腺がん細胞株である A549 およびヒト肺扁平上皮がん細胞株である SK-MES-1 を使用した。CAFおよびNFを72時間培養した後の上清を回収し、遠心分離により細胞破片を除去して条件培地 (CAF-CMおよびNF-CM) を調製した。すべての in vitro 実験は、10継代以内の一次培養細胞を用いて3回以上の独立した実験 (n=3 replicates) として実施された。
細胞機能解析: 細胞増殖は CCK-8 (Cell Counting Kit-8) アッセイを用いて評価した。細胞遊走能は、ピペットチップを用いて細胞単層に傷をつけ、その閉鎖率を測定する創傷治癒アッセイにより評価した。細胞浸潤能は、マトリゲルをコーティングした8 μmポアの24ウェルトランスウェルチャンバーを用いて評価した。
分子生物学的解析: 遺伝子発現は、Trizolを用いて抽出した全RNAから逆転写を行い、SYBR Greenを用いた定量PCR (qPCR: quantitative polymerase chain reaction) 法により測定した。統計解析の基準遺伝子には GAPDH (glyceraldehyde-3-phosphate dehydrogenase) を使用した。タンパク質発現は、RIPA (radioimmunoprecipitation assay) バッファーで調製した細胞溶解物を用いてSDS-PAGE (sodium dodecyl sulfate-polyacrylamide gel electrophoresis) を行い、ウェスタンブロット法により解析した。検出には、α-SMA、FAP、E-cadherin、vimentin、N-cadherin、MMP2 (matrix metalloproteinase-2)、VEGF (vascular endothelial growth factor)、p-JAK2、p-STAT3、STAT3、およびβ-actinに対する特異的抗体を用いた。条件培地中のIL-6濃度は、ヒトIL-6 ELISA (enzyme-linked immunosorbent assay) キットを用いて定量した。
阻害実験および動物モデル: IL-6の関与を検証するため、IL-6中和抗体 (5 μg/ml) を使用した。また、下流シグナルの阻害には、JAK2阻害剤 AG490 (100 μM) およびSTAT3阻害剤 Stattic (7.5 μM) を用いた。in vivo 実験では、BALB/c ヌードマウス (n=5 mice per group) の皮下に A549 細胞単独 (3×10^6 cells) または CAF との混合物 (A549: 3×10^6 cells, CAF: 9×10^6 cells, 比率 1:3) を移植し、6週間にわたり腫瘍体積を毎週測定した。摘出した腫瘍組織は、免疫組織化学染色 (IHC: immunohistochemistry) およびウェスタンブロットに供した。統計学的有意差の判定には、一元配置分散分析 (one-way ANOVA) およびDunnettの多重比較検定、またはt検定を用いた。