- 著者: Daniela F. Quail, Johanna A. Joyce
- Corresponding author: Johanna A. Joyce (Cancer Biology and Genetics Program, Memorial Sloan-Kettering Cancer Center, New York)
- 雑誌: Nature Medicine
- 発行年: 2013
- Epub日: 2013-11-07
- Article種別: Review
- PMID: 24202395
背景
癌は腫瘍細胞自身の遺伝的アベレーションだけでなく、それを取り巻く腫瘍微小環境 (TME) との相互作用により進展・転移することが認識されている。TMEは遺伝的に安定なストロマ細胞で構成され、薬剤耐性が獲得されにくいことから治療標的としての魅力を持つ。しかし、TMEは文脈依存的に癌促進的 (pro-tumorigenic) と癌抑制的 (anti-tumorigenic) の両面性を持つため、単純な細胞除去 (ablation) 戦略では不十分であるという課題が指摘されている。実際、慢性炎症と癌発生の臨床的関連は強く、肝硬変患者の約27%が約12年で肝細胞癌を発症し、炎症性腸疾患 (IBD) 患者では大腸癌リスクが2.2倍から7.0倍に上昇することが報告されている (Sangiovanni et al. 2004; Beaugerie et al. 2013)。一方で、免疫抑制下臓器移植患者では一部の癌リスクが上昇するものの、乳癌は減少するなど、免疫応答の二面性が示されており、その複雑性が治療介入を困難にしている。
これまでの癌研究は腫瘍細胞中心のパラダイムであったが、TMEの動的な変化が癌の進行と転移に不可欠であることが明らかになりつつある。特に、腫瘍関連マクロファージ (TAM)、骨髄由来抑制細胞 (MDSC)、制御性T細胞 (Treg)、癌関連線維芽細胞 (CAF) といったストロマ細胞群が、原発巣の成長から血行循環、前転移ニッチ形成、転移巣での増殖に至る各段階で、癌促進的および癌抑制的な両面を持つことが多くの研究で示されている (Joyce & Pollard, 2009; Hanahan et al. Cell 2011)。しかし、これらの細胞がどのように癌の各段階でその機能を切り替えるのか、またその可塑性を治療にどう活かすかについては、依然として多くの点が未解明である。特に、ストロマ細胞の「再教育 (re-education)」による抗腫瘍効果の誘導が、抵抗性リスクを低減し、癌治療に有効な戦略となる可能性が示唆されているが、その具体的なメカニズムや臨床的有効性については知識ギャップが残されている。本レビューは、原発巣から転移巣に至る各段階でTME細胞群が果たす役割を体系的に整理し、ablationよりも「re-education」を中心戦略として位置づけることで、この知識ギャップを埋めることを目指す。この分野におけるこれまでの研究では、個別のストロマ細胞の機能に焦点を当てたものが多かったが、TME全体の動的な相互作用を包括的に捉える視点が不足していた。
目的
本レビューの目的は、腫瘍細胞中心のパラダイムからTMEを含めた動的な生態系 (dynamic ecosystem) へと癌の概念を転換する観点から、以下の点を統合的に整理することである。(1) 原発巣においてTMEがどのように癌の発生と成長を胚胎化・支援するのか、そのメカニズムを詳細に解説する。(2) 腫瘍細胞が血流に浸潤し、循環中に生存する過程で関与するストロマ細胞の種類とその機能を特定する。(3) 遠隔臓器における前転移ニッチ (pre-metastatic niche) の形成機構と、その臓器特異性を規定する因子を明らかにする。(4) 転移巣での増殖 (metastatic outgrowth) における局所微小環境の貢献を評価する。さらに、各段階でストロマ細胞の再教育 (re-education) を介した治療介入の可能性と、その概念を裏付ける臨床試験データや前臨床研究の成果を提示し、TMEを標的とした新たな治療戦略の方向性を示すことを目指す。本レビューは、TMEにおける細胞間相互作用の複雑性を解明し、より効果的な治療戦略を開発するための基盤を提供することを意図している。
結果
炎症と発癌の臨床的関連: 慢性炎症が発癌リスクを高めることは臨床的に広く認識されている。肝硬変患者417例のレトロスペクティブコホート研究では、約12年間に27%の患者が肝細胞癌を発症した。また、炎症性腸疾患 (IBD) 患者19,486例(うち長期大腸炎患者2,841例)では、大腸癌リスクがそれぞれ2.2倍および7.0倍に上昇した。約15%の癌はウイルス(HBV、HCV、HPV、EBV)、細菌(H. pylori)、寄生虫(住血吸虫)などの感染に直接起因し、これらが慢性炎症を介して発癌を促進することが示されている。一方で、25,914例の免疫抑制下臓器移植女性レシピエントでは、肺、消化管、生殖器、皮膚癌のリスクが上昇するが、乳癌は減少するという逆説的な結果も報告された。さらに、122,993例のAIDSコホートでは、カポジ肉腫などのAIDS関連癌に加え、舌、皮膚、肺、中枢神経系、多発性骨髄腫といった非関連癌も増加した。これらのデータは、免疫応答が腫瘍の文脈によって癌促進的にも癌抑制的にも作用する二面性を持つことを示唆している。
TAMの可塑性と腫瘍促進機能: 腫瘍関連マクロファージ (TAM、CD11b+ CD68+ CSF1R+ CD163+ EMR1 (Epidermal Growth Factor-like Module Containing Mucin-like Hormone Receptor 1)+) は、組織常在型と骨髄由来の末梢動員型からなり、M1(古典的活性化、抗腫瘍)とM2(代替活性化、癌促進的)の連続体として機能する (Table 1)。TAMは腫瘍辺縁でCSF-1(腫瘍由来)とEGF(マクロファージ由来)のパラクリンループを介して浸潤を駆動し、システインカテプシンなどのプロテアーゼ産生により治療抵抗性に寄与する。低酸素環境はエンドセリン-2やVEGFを介してTAMを低酸素領域に動員し、M1からM2への分極転換を誘導する。TAMの再教育戦略として、(i) TAM特異的IKK-β (IκB Kinase β) 不活化(NF-κB阻害)によるM2からM1への転換とNK細胞動員、(ii) miR-155過剰発現による抗腫瘍M1状態への再分極、(iii) TLR3-TICAM-1 (Toll-like receptor 3-TIR domain-containing adaptor molecule 1)-TNF-α軸の活性化、(iv) CSF-1R阻害による脱分極が示されている。特に、CSF-1R阻害は膠芽腫モデルで堅牢な腫瘍退縮を示し、マクロファージの枯渇ではなく再プログラミングが関与することが報告された (Pyonteck et al., 2013, Nat Med)。
MDSCとTregの免疫抑制: 骨髄由来抑制細胞 (MDSC、ヒトCD11b+ CD33+ HLA-DR-、単球性CD14+または顆粒球性CD15+) は癌患者で増加し、腫瘍進行および治療抵抗性と相関する (Table 1)。MDSCは、樹状細胞 (DC) の抗原提示阻害、T細胞活性化抑制(アルギナーゼ-1、iNOS産生)、M1分極阻害、NK細胞細胞傷害性阻害、腫瘍血管新生促進など、多面的な免疫回避機構を担う。動物モデルでは、MDSCの枯渇が転移を著しく減少させることが示されている。MDSCの再教育戦略として、細菌模倣刺激(LPSなど)により単球性MDSCを抗腫瘍表現型へ再プログラミングできることが示された。制御性T細胞 (Treg、CD4+ CD25+ FOXP3+ CTLA-4+) は、癌種により予後との関連が異なり、乳癌や肝細胞癌では高Tregが短い全生存期間 (OS) と相関する一方、大腸癌では長いOSと相関する。抗CD25抗体やHodi et al. NEnglJMed 2010などのCTLA-4阻害剤との併用がTreg制御戦略として提案される。
CAFとECMの癌支援機能: 癌関連線維芽細胞 (CAF) は正常線維芽細胞とは異なり、異常に増加し、前立腺癌や乳癌モデルで発癌・転移を誘導する (Fig 1)。CAFの起源は内皮間葉転換 (EndMT)、上皮間葉転換 (EMT)、組織常在線維芽細胞由来など多様であり、TGF-β、MCP-1 (Monocyte Chemoattractant Protein-1)、PDGF (Platelet-Derived Growth Factor)、FGF (Fibroblast Growth Factor) などで活性化される。YAP転写因子はCAFのECMリモデリング機能に必須であり、活性化CAFはVEGF(血管新生)、CXCL12/IGF1(骨転移指向性付与)、炎症性因子を分泌する。乳癌におけるECM組成に基づく4つのサブクラス分類は予後と相関し、プロテアーゼ阻害剤高発現群は良好な予後、インテグリン/MMP高発現群は不良な予後と関連する。プロテオミクスによる「マトリソーム (matrisome)」解析は、腫瘍細胞由来とストロマ由来ECMの差異を可視化する。
腫瘍血管系とリンパ管系: 血管新生は癌のホールマークとされ、VEGF/FGF/Ang2などの血管新生促進因子と周皮細胞 (pericyte)、TIE2発現単球 (TEM)、CAFが関与する。ベバシズマブなどのVEGF阻害療法は単独効果が限定的であり、一過性の血管正常化期と再血管化リバウンドが課題である。代替としてANG-2阻害や再正常化戦略が提案される。リンパ管新生も癌細胞の転移経路であり、活性化マクロファージがVEGF-C/Dを産生し、ヒト子宮頸癌でリンパ管新生と相関する。骨髄由来の骨髄細胞がリンパ管内皮細胞 (LEC) に分化転換することも報告されている。
腫瘍細胞の血流への浸潤と循環: 腫瘍細胞はEMT、CAF/TAM/好中球由来プロテアーゼによるECM分解、無秩序で漏出性の血管構造を介して血管内皮細胞を通過し、血流に侵入する (intravasation) (Fig 2)。循環腫瘍細胞 (CTC) は、NETosis(好中球細胞外トラップ)、血小板によるクローキング、TAMとのクラスター形成により血流中での殺傷を回避する。血小板は腫瘍細胞と凝集塊を形成し、NK細胞による細胞傷害性を阻害することで免疫回避を促進する (Gay & Felding-Habermann, 2011)。血小板数が多い血小板増多症は、乳癌、膠芽腫、膵癌など複数の癌種で不良な予後と関連する。
前転移ニッチの形成: 原発巣由来のVEGFA、PlGF、TGF-β、TNF-α、S100A8/A9、エクソソームなどが遠隔臓器(肺、骨、肝)の微小環境を改変し、「前転移ニッチ (pre-metastatic niche)」を構築する (Kaplan et al. Nature 2005)。このニッチは、骨髄由来VEGFR1+造血前駆細胞の動員、フィブロネクチン沈着、TAM/MDSC集積を誘導する。臓器特異的転移指向性(乳癌の骨転移 vs 肺転移)は、CXCL12-CXCR4、IGF1-IGF1R、ペリオスチンなどのニッチ因子によって規定される。特に、Peinado et al. NatMed 2012は、悪性黒色腫由来エクソソームが骨髄由来細胞を前転移部位に動員し、血管新生促進表現型を誘導することを示した。この効果はMET受容体チロシンキナーゼに依存し、エクソソーム中のMET阻害により前転移効果が損なわれた。
転移巣での休眠と増殖: 播種性腫瘍細胞 (DTC) は骨髄などで長期休眠状態に入り、TGF-β2、BMP4、トロンボスポンジン-1などのニッチシグナルにより休眠が維持される (Fig 3)。再活性化は微小環境の変化(炎症、老化、創傷治癒様反応、コラーゲンリモデリングなど)で誘発される。肺転移ではペリオスチン+CAFとWnt経路が転移巣増殖に必須であり、骨転移では破骨細胞活性化(悪循環)とJagged1-Notch経路が関与する。休眠中の腫瘍細胞は、細胞周期停止 (G0期) や免疫誘導性休眠(免疫編集による平衡状態)など、複数のメカニズムによって維持される (Schreiber et al. Science 2011)。
新興ストロマ構成要素: 肥満関連脂肪細胞とクラウン様構造、神経(神経周囲浸潤、神経生成)、腸内細菌叢(Fusobacteriumと大腸癌、抗生物質/アスピリン介入)が、全身性のTME修飾因子として注目されている。これらに対するボツリヌス毒素、マイクロバイオーム調節、抗炎症薬の併用が提案される。例えば、大腸癌患者においてアスピリン使用は腫瘍のPIK3CA変異と関連し、生存率を改善する可能性が示唆された (Liao et al., 2012)。
治療戦略のパラダイム転換: ストロマ細胞の単純な枯渇ではなく、再教育による癌促進的から抗癌抑制的表現型への変換が中心戦略となる (Fig 4)。具体例として、TAMのCSF-1R阻害によるM1化、MDSCの細菌模倣刺激による再教育、TregのCTLA-4阻害、CAFのHedgehog/FAP標的化、血管の正常化、ECM修飾、マイクロバイオーム調節などが挙げられる。これらを既存の細胞傷害性化学療法、分子標的薬、免疫療法と組み合わせた併用療法が今後の主流となる。例えば、Wolchok et al. NEnglJMed 2013では、進行性悪性黒色腫患者において80%以上の腫瘍縮小が認められた。また、Hamid et al. NEnglJMed 2013(PD-1リガンド阻害抗体)は、悪性黒色腫患者で52%の奏効率を示し、無増悪生存期間は7ヶ月を超えた。
考察/結論
本レビューは、QuailとJoyceが原発から転移までの全段階でTMEの動的変化を整理し、その後の腫瘍生態学 (cancer ecosystem) 研究の基盤となった重要文献である。発表当時は癌細胞自律的なドライバー変異を中心とするパラダイムが支配的であったが、本稿はストロマ細胞が疾患進行と治療応答を規定する重要な調節因子であることを体系化し、特にTAMの可塑性とCSF-1R阻害(後のcabiralizumab、pexidartinib)、MDSCの再教育、CAFの異質性(後のTuveson lab、Stanger labによるmyCAF/iCAF/apCAF分類)、前転移ニッチ(Lyden, Hiratsuka系統)、ECMマトリソーム(Hynes系統)への展開を予見した点で新規性が高い。
本研究は、TMEの多様な構成要素が癌の各段階で果たす役割を詳細に分析し、ストロマ細胞の単純な除去ではなく「再教育」が有効な治療戦略となりうることを提唱した点で、これまでの癌治療アプローチと異なるパラダイムシフトを示唆した。特に、Fridman et al. NatRevCancer 2012が提唱した「免疫コンテクスト」の重要性とも合致し、TME全体を考慮した治療の必要性を強調している。これは、従来の癌細胞中心のアプローチでは見過ごされがちであった、TMEの文脈依存的な役割を明確にした点で、極めて臨床的意義が大きい。
臨床応用は、免疫チェックポイント阻害剤の主流化以降加速し、抗VEGF抗体と抗PD-1抗体の併用(アテゾリズマブ+ベバシズマブ、HCC IMbrave150試験)、CSF-1R阻害剤と抗PD-1抗体の併用(GBM試験)、TGF-βトラップ(bintrafusp alfa)、FAP-CAR-T細胞療法、マイクロバイオーム調節(FMT+ICI、IDO阻害)など、多くのTME標的療法が臨床評価されている。これらの治療法は、本レビューで示されたTME再教育の概念を具体化するものである。
残された課題として、(i) TAM/CAF/MDSCのサブポピュレーション分類は、シングルセルRNAシーケンス (scRNA-seq) や空間オミクスにより高解像度化され続けており、再教育標的のより精密な選択が必要である。(ii) 前転移ニッチの臨床早期検出(リキッドバイオプシー、イメージングバイオマーカー)の確立が求められる。(iii) 全身性の微小環境(肥満、マイクロバイオーム、老化)への介入治療化、(iv) 免疫冷腫瘍 (immune cold tumor) を免疫熱腫瘍 (hot tumor) に転換する併用療法の最適化、(v) 微小環境標的薬に対する抵抗性や適応的逃避機構の解明が挙げられる。本レビューは現代TME研究の必読文献であり、その引用数からも極めて高いインパクトを持つ歴史的文献である。
方法
本論文は、腫瘍微小環境 (TME) が癌の進行と転移に果たす役割を包括的にレビューした総説であるため、特定の実験方法論は含まれない。著者らは、既存の科学文献、特に癌生物学、免疫学、転移研究の分野における主要な研究論文、総説、臨床試験の結果を広範に調査し、分析した。文献検索は主にPubMed、Embase、Web of Scienceなどの主要な医学データベースを用いて実施された。検索期間は論文発行の直前までとし、関連性の高いキーワード(例: “tumor microenvironment”, “metastasis”, “macrophage”, “fibroblast”, “immune suppression”, “pre-metastatic niche”, “re-education”)を組み合わせて網羅的な検索を行った。
具体的には、原発腫瘍の成長、浸潤、血管新生、免疫抑制、転移性播種、前転移ニッチ形成、転移巣での増殖といった癌の各段階におけるTMEの構成要素(腫瘍関連マクロファージ (TAM)、骨髄由来抑制細胞 (MDSC)、制御性T細胞 (Treg)、癌関連線維芽細胞 (CAF)、血管内皮細胞、細胞外マトリックス (ECM) など)の役割に焦点を当てた。各細胞タイプの可塑性、癌細胞との相互作用、および癌促進的・癌抑制的機能の文脈依存性を評価した。特に、TMEの動的な変化が癌の進行に与える影響について、複数の研究から得られた知見を統合し、そのメカニズムを詳細に分析した。
また、TMEを標的とした治療戦略、特にストロマ細胞の除去 (ablation) ではなく「再教育 (re-education)」の概念に焦点を当て、そのメカニズムと前臨床・臨床的エビデンスを検討した。これには、免疫チェックポイント阻害剤、CSF-1R (Colony-Stimulating Factor 1 Receptor) 阻害剤、CD40アゴニスト、抗血管新生療法、ECM修飾剤などの薬剤がTMEに与える影響に関する研究が含まれる。各治療アプローチの有効性と限界について、複数の研究結果を比較検討し、その治療的含意を考察した。文献の選定においては、質の高いピアレビュー論文を優先し、エビデンスレベルの評価も考慮に入れた。本レビューは、特定のデータベース検索戦略やシステマティックレビューの手法を明示してはいないが、広範な文献調査に基づき、TME研究における主要な概念と最新の知見を統合し、今後の研究および治療開発の方向性を示唆することを目的としている。