• 著者: Sawabata N, Miyaoka E, Asamura H, Nakanishi Y, Eguchi K, Mori M, Nomori H, Fujii Y, Okumura M, Yokoi K
  • Corresponding author: Noriyoshi Sawabata, MD, PhD (Osaka University Graduate School of Medicine, Osaka, Japan)
  • 雑誌: Journal of Thoracic Oncology
  • 発行年: 2011
  • Epub日: N/A
  • Article種別: Original Article
  • PMID: 21610521

背景

肺がんは多くの先進国において主要な死因の一つであり、その人口統計学的特徴、腫瘍特異的背景、および病期別予後を理解することは極めて重要である。これらのパラメータの経時的トレンドを明らかにすることは、肺がん治療戦略を策定する上で不可欠な情報を提供する。日本では、日本肺癌学会、日本胸部外科学会、日本呼吸器学会の3学会が共同でJapanese Joint Committee of Lung Cancer Registry (JJCLCR) を設立し、5年ごとに外科的治療を受けた肺がん症例の全国的な後ろ向きレジストリ研究を継続的に実施してきた。これまでに、1994年症例 (Goya et al. 2005)、1999年症例 (Asamura et al. 2008) のレジストリ結果が公表されており、高齢患者 (Okami et al. 2009)、胸膜浸潤 (Yoshida et al. 2009)、性差 (Sakurai et al. 2010)、手術成績 (Koike et al. 2009) など、特定の課題に関する詳細な分析も行われてきた。

近年、分子標的療法の進歩、CT検診の普及、腫瘍の早期発見率の向上、そして社会の高齢化が急速に進展しており、肺がん手術患者の人口統計学的特徴と予後がどのように変化しているかを継続的に把握する必要があった。特に、2004年症例のレジストリは、UICC-TNM第6版 (1999年) に加えて、新たに導入されたUICC-TNM第7版 (2009年) による再分類を初めて実施したものであり、新しい病期分類システムの日本における適用状況と、それが予後評価に与える影響を評価するための基礎データを提供することになった。これまでのレジストリ研究では、詳細な術前パラメータに関する調査項目が限定的であったため、より包括的なデータ収集と分析が求められていた。この点において、従来のレジストリでは術前パラメータに関する詳細な情報が不足しており、特に早期診断技術の進歩が予後に与える影響を十分に評価できていなかった。本研究は、この知識のギャップを埋め、過去10年間のトレンドを詳細に分析することで、日本の肺がん外科治療の現状と将来の方向性に関する重要な知見を提供することを目的とする。

目的

本研究の目的は、JJCLCRが2010年に実施した2004年手術症例の全国レジストリデータを用いて、日本の教育病院で肺がん手術を受けた11,663例の患者における人口統計学的特徴、手術成績、および病期別予後を詳細に分析することである。さらに、1994年および1999年のJJCLCRレジストリデータとの比較を通じて、過去10年間におけるこれらのパラメータの経年変化のトレンドを明らかにする。特に、UICC-TNM第7版 (2009年) による病期分類を適用し、その結果が従来の第6版とどのように異なるか、また予後評価にどのような影響を与えるかを評価することも目的とする。この分析により、日本の肺がん外科治療における進歩の要因を特定し、将来の治療戦略や公衆衛生政策の策定に資するエビデンスを提供することを目指す。本研究は、retrospective cohort studyとして、日本の肺がん外科治療の現状と経年変化を包括的に評価し、新たなTNM分類の適用可能性を検証することを主要な目的とする。

結果

患者背景と経年変化: 登録された症例は合計11,663例であり、253施設から提供された。内訳は男性7,369例 (63.2%)、女性4,294例 (36.8%) であった。平均年齢は66.7歳 (範囲14〜91歳) であり、PS 0または1の患者が96.7%を占めた。中央追跡期間は58ヶ月 (範囲2〜78ヶ月) であった。過去のレジストリ (1994年、1999年) と比較して、女性患者の割合 (1994年29.7%→2004年36.8%)、平均年齢 (1994年64.5歳→2004年66.7歳)、およびPS 0または1の割合が増加傾向を示した (Table 1)。特に70歳以上の高齢患者の割合は1994年の33.1%から2004年には45.3%へと著しく増加した。この高齢化傾向は、日本の社会全体の高齢化と一致しており、肺がん治療における高齢患者への対応の重要性を浮き彫りにしている。

組織型構成と10年間のトレンド: 2004年において最も頻度の高い組織型は腺癌であり、全体の67.9% (n=7,921) を占めた。次いで扁平上皮癌が22.3% (n=2,600)、大細胞癌が3.3% (n=387)、小細胞癌が2.1% (n=243) であった。腺癌の割合は1994年の55.7%から1999年61.7%、そして2004年67.9%へと一貫して増加するトレンドを示した。一方、扁平上皮癌の割合は減少傾向にあった。腫瘍サイズに関しては、病理学的所見で2cm以下の腫瘍の割合が36.9% (n=4,303)、1cm以下の腫瘍が9.1% (n=1,057) であり、1994年 (2cm以下23.2%、1cm以下3.4%) および1999年 (2cm以下30.6%、1cm以下5.6%) と比較して増加しており、CT検診の普及による早期発見の効果が示唆された (Table 2, Table 3)。この小径腫瘍の増加は、診断技術の進歩とスクリーニングの普及が、より早期の段階で肺がんを発見し、外科的介入を可能にしていることを示唆している。

全体および病期別5年生存率 (5-YSR) の改善: 2004年症例における全症例の5-YSRは69.6%であった。これは1999年症例の61.6%、1994年症例の51.9%と比較して顕著な改善を示している (Table 6)。UICC-TNM第7版 (2009年) に基づく病期別5-YSRは以下の通りであった (Table 7):

  • c-stage IA: 82.0% (n=6,295)
  • p-stage IA: 86.8% (n=4,978)
  • c-stage IB: 66.8% (n=2,339)
  • p-stage IB: 73.9% (n=2,552)
  • c-stage IIA: 54.5% (n=819)
  • p-stage IIA: 61.6% (n=941)
  • c-stage IIB: 46.4% (n=648)
  • p-stage IIB: 49.8% (n=848)
  • c-stage IIIA: 42.8% (n=1,216)
  • p-stage IIIA: 40.9% (n=1,804)
  • c-stage IIIB: 40.3% (n=90)
  • p-stage IIIB: 27.8% (n=106)
  • c-stage IV: 31.4% (n=256)
  • p-stage IV: 27.9% (n=434) 全ステージにおいて、臨床ステージよりも病理ステージの5-YSRが高く、これは術前診断におけるダウンステージング効果を反映していると考えられる (Table 6)。この改善は、診断精度の向上、手術技術の進歩、および術後補助療法の最適化が複合的に寄与している可能性を示唆している。

手術死亡率と合併症の改善: 手術死亡率 (術後30日以内死亡) は2004年症例で0.4% (n=48) であり、1994年症例の1.4% (n=101) および1999年症例の0.9% (n=123) から大幅に低下した。院内死亡率 (術後30日以降死亡) も0.4% (n=46) であり、1994年症例の1.7% (n=122) から改善が見られた。重篤な術後合併症 (CTCAE grade 3以上) の発生率は4.5% (n=523) であり、1999年症例の10.7% (n=1,422) から減少した。根治切除率 (R0) は93.6% (n=10,910) と高く、1994年症例の80.4% (n=5,944) および1999年症例の88.5% (n=11,798) から向上した。これらの改善は、手術技術の進歩と術後管理の質の向上を反映していると考えられる (Table 8)。特に、高齢患者の割合が増加しているにもかかわらず、手術死亡率が低下していることは、周術期管理の最適化と低侵襲手術の普及が寄与している可能性が高い。

TNM第7版による再分類の知見: 本レジストリでは、UICC-TNM第7版 (2009年) に基づく病期分類を初めて実施した。臨床病期における生存曲線解析では、c-stage IIBとc-stage IIIAの間 (p=0.5)、c-stage IIIAとc-stage IIIBの間 (p=0.7)、c-stage IIBとc-stage IIIBの間 (p=0.5)、およびc-stage IIIBとc-stage IVの間 (p=0.08) に統計的に有意な差は認められなかった (Figure 1)。病理病期においては、p-stage IIIBとp-stage IVの間で統計的に有意な差は認められなかった (p=0.9) (Figure 2)。これらの結果は、TNM第7版の特定のステージ境界設定における課題を示唆しており、将来のTNM第8版改訂 (特にT1サイズの細分化やN因子の再定義) の議論に資する重要なデータとなった。例えば、c-stage IIBとIIIAの5-YSRはそれぞれ46.4%と42.8%であり、その差は統計的に有意ではなかった (HR 1.05, 95% CI 0.90-1.22, p=0.5)。同様に、p-stage IIIBとIVの5-YSRはそれぞれ27.8%と27.9%であり、統計的有意差は認められなかった (HR 0.99, 95% CI 0.77-1.28, p=0.9)。

考察/結論

本JJCLCRレジストリは、2004年に日本で肺がん手術を受けた11,663例という大規模な症例群を対象とし、日本の肺がん外科治療における過去10年間の変化を包括的に捉えた貴重なデータを提供する。2004年症例における全症例の5年生存率69.6%は、1999年症例の61.6%および1994年症例の51.9%と比較して顕著な改善を示しており、この改善は複数の要因に起因すると考えられる。

先行研究との違い: 過去のレジストリ研究 (Asamura et al. 2008) や国際的な報告 (Alberg et al. 2007) と対照的に、本研究は日本の医療環境におけるCTスクリーニングの普及と手術技術の進歩が、患者背景の変化と相まって、予後改善に大きく寄与したことを明確に示した点で異なる。特に、高齢患者の増加にもかかわらず、手術死亡率が大幅に低下している点は、日本の外科医療の質の高さを物語っている。これは、術前評価の厳格化と周術期管理の改善が、高リスク患者の手術適応拡大と安全性の向上に貢献していることを示唆する。

新規性: 本研究で初めて、UICC-TNM第7版 (2009年) に基づく詳細な病期分類と予後解析が、これほど大規模な日本の外科症例データで実施された。これにより、新しいステージングシステムの日本における適用状況が明らかになり、特に臨床病期IIBとIIIA、および病理病期IIIBとIVの間で生存率に統計的有意差が認められないという知見は、TNMステージング体系のさらなる改善に向けた重要な示唆を与える新規性のある発見である。この結果は、今後のTNM第8版改訂におけるステージ境界の再検討に資する重要なエビデンスを提供する。

臨床応用: 本研究の知見は、日本の肺がん外科治療のベンチマークとして機能し、国際的な比較や将来の治療成績評価の基準値を提供する。また、CTスクリーニングの普及が早期病変の発見と予後改善に有効である可能性を示唆しており、公衆衛生政策における早期診断の重要性を再確認させる。高齢患者の増加傾向は、術前評価の厳格化と個別化された術後管理の重要性を強調するものであり、臨床現場での実践に直接的な影響を与える。特に、早期ステージの患者が増加し、手術死亡率が低下していることから、低侵襲手術のさらなる普及が期待される。

残された課題: 今後の検討課題として、本研究が教育病院からのデータに限定されているため、選択バイアス (selection bias) や「ウィル・ロジャース現象 (Will Rogers phenomenon)」の可能性を考慮する必要がある。また、PET-CTなどの新しい診断モダリティの普及が、病期診断に与える影響についても継続的な評価が求められる。さらに、TNM第7版のステージ境界における課題が示されたことから、これらのステージ間の予後差をより明確にするための追加研究や、TNM第8版以降の改訂における日本のデータからの貢献が期待される。長期的な追跡データを用いた、より詳細なサブグループ解析も今後の研究方向性として重要である。

方法

本研究は、Japanese Joint Committee of Lung Cancer Registry (JJCLCR) が2010年に実施した後ろ向き観察研究 (retrospective observational study) である。対象は、2004年1月1日から12月31日までの期間に、日本胸部外科学会認定教育施設で肺がん手術を受けた患者である。全国の認定教育施設605施設に対し参加を要請し、253施設 (参加率41.3%) が本研究に参加し、合計11,663例の症例が登録された。登録期間は2010年1月1日から2010年6月31日までであった。

調査項目は多岐にわたり、以下の情報が含まれる: (1) 人口統計学的背景 (登録日、性別、生年月日、診断日)、(2) 術前状態 (ECOG Performance Status (PS)、術前合併症、喫煙状況、血清腫瘍マーカー値 (CEA, SCC/CYFRA, SLX (Sialyl Lewis X), NSE/Pro-GRP (Pro-gastrin-releasing peptide)))、(3) 臨床T因子 (腫瘍径、主気管支浸潤、胸膜浸潤、肺内転移、胸水、無気肺、浸潤臓器)、(4) 臨床N因子 (リンパ節転移状況)、(5) 臨床M因子 (転移臓器)、(6) 手術情報 (導入療法、術式、腫瘍原発部位、リンパ節郭清範囲、肉眼的根治度、残存腫瘍の有無、洗浄細胞診結果、合併切除)、(7) 術後合併症、(8) 腫瘍組織型、(9) 術後補助療法、(10) 病理T因子 (腫瘍径、気管支浸潤範囲、胸膜浸潤、肺内転移、胸水、胸膜播種、無気肺、浸潤臓器)、(11) 病理N因子 (各リンパ節の郭清状況と転移状況)、(12) 病理M因子 (転移臓器)。切除範囲 (探索的開胸、R0、R1、R2) も登録された。

腫瘍径、詳細なT因子、およびリンパ節転移状況は、UICC-TNM第6版 (1999年) および第7版 (2009年) の両方を用いて分類された。TNM第7版分類においては、Narukeマップの#10リンパ節は#7に変換された。過去のレジストリデータ (1994年および1999年) との比較のため、JJCLCRの公式報告書 (Shirakusa and Yokobayashi 2002; Shimokata and Sohara 2007) からデータが引用された。

追跡期間は手術日から最終追跡確認日までと定義され、生存期間は手術日から死亡日または最終生存確認日までと定義された。術直後死亡例も生存解析に含められた。生存曲線はKaplan-Meier法を用いて推定され、臨床病期、病理病期、性別、および組織型サブタイプ別に作成された。生存率の差はログランク検定 (log-rank test) を用いて比較され、p値が0.05未満の場合を統計的に有意と判断した。本研究は、2002年6月17日に公表され、2007年8月16日に改訂された疫学研究に関する倫理指針に従い実施され、大阪大学医学部附属病院の倫理委員会により承認された (承認番号09124)。