• 著者: Suraokar MB, Nunez MI, Diao L, Chow CW, Kim D, Behrens C, Lin H, Lee S, Raso G, Moran C, Rice D, Mehran R, Lee JJ, Pass HI, Wang J, Momin AA, James BP, Corvalan A, Coombes C, Tsao A, Wistuba II
  • Corresponding author: Ignacio I. Wistuba (MD Anderson Cancer Center, Houston, TX)
  • 雑誌: Annals of Oncology
  • 発行年: 2014
  • Epub日: 2014-03-28
  • Article種別: Original Article
  • PMID: 24669013

背景

悪性胸膜中皮腫 (MPM) は、主に石綿暴露によって引き起こされる侵攻性の悪性腫瘍であり、診断後の生存期間中央値が約12〜17ヵ月と極めて予後不良である Campbell et al. Semin Respir Crit Care Med 2011。組織学的には類上皮型、肉腫型、二相型の3亜型に分類され、肉腫型は最も予後不良であり、類上皮型が比較的良好な生存を示すことが知られている Steele JP Hematol Oncol Clin North Am 2005。現在の標準一次化学療法であるペメトレキセドとシスプラチンの併用療法でも奏効率は約40%に留まり、二次以降の治療選択肢は著しく限られているのが現状である Kindler HL Curr Treat Options Oncol 2008

MPMの分子病態には、NF2/merlin、p16/CDKN2A、p14/ARF (alternative reading frame)、RASSF1A、LATS2、BAP1などの腫瘍抑制遺伝子の不活化が関与していることが知られている Sekido Y Carcinogenesis 2013。また、NFκB、PI3K-AKT、MAPK、Hippo経路の脱制御や、EGFRおよびMETシグナリングの異常も報告されている Sekido Y Cancer Sci 2010。しかし、これらの経路を標的とした臨床試験では、これまでのところ有意な奏効率は得られておらず、MPMに対する効果的な標的治療の開発は未解明な部分が多い Jakobsen JN Cancer Chemother Pharmacol 2011。このため、MPMにおける新規の治療標的経路を体系的に同定し、その前臨床的有効性を検証する研究が強く求められていた。

遺伝子発現プロファイリングによるMPMの分子亜型分類は、予後予測や個別化治療戦略の確立に向けた有望なアプローチとして注目されてきた。しかし、既存のプロファイリング研究では、組織学的亜型との関連性が十分に解明されておらず、再現性のある分子サブグループの確立や、それに基づく治療標的の同定には至っていなかった。例えば、Gordon et al. (2005) やLopez-Rios et al. (2006) の研究では、一部の有糸分裂紡錘体集合チェックポイント (MSAC) 経路構成要素の上方制御が示唆されたものの、経路全体のロバストな関与は報告されていなかった。また、これらの研究では、治療標的としての具体的な分子サブグループの同定や、それに基づいた薬剤感受性の評価が不足していた。本研究は、これらの知識ギャップを埋め、MPMの分子病態をより深く理解し、新たな治療戦略を開発することを目的としている。

目的

本研究の目的は、以下の3点である。(1) 外科的に切除された大規模な悪性胸膜中皮腫 (MPM) 腫瘍コホートの遺伝子発現プロファイリングを実施し、最も有意に脱制御されている分子経路およびネットワークを同定すること。(2) 教師なしクラスタリング手法を用いて、治療的意義を持つ新規の分子サブグループを確立すること。(3) 同定された主要な標的経路、特に有糸分裂紡錘体集合チェックポイント (MSAC) 経路および微小管ネットワークを標的とする小分子阻害薬の前臨床活性を評価し、新たな治療選択肢の可能性を検証すること。本研究は、MPMの分子病態をより深く理解し、効果的な標的治療法を開発するための基盤を提供することを目的とした。

結果

MPMにおける遺伝子発現異常の全体像と分子サブグループの同定: 腫瘍と正常組織のペア間で、FDR ≤ 1E-09という高い有意水準で2,310プローブセット(1,746遺伝子/ORF)が差次的に発現していることが同定された (補足表S2)。これらの遺伝子発現データを用いたロバストクラスタリングにより、MPM腫瘍は3つの新規分子サブグループに再現性高く分類された (Figure 1)。これらのサブグループは、従来の組織学的亜型(類上皮型、二相型、肉腫型)とは完全には一致しなかった。具体的には、サブグループ1には類上皮型が多数(35例中19例)、サブグループ2には二相型が優位(12例中7例)、サブグループ3には肉腫型が最多(6例中4例)含まれていた。3つのサブグループ間でFDR ≤ 1E-04の基準で比較した結果、1,636プローブセット(1,616遺伝子/ORF)が差次的に発現していることが明らかになった (Figure 2)。しかし、これらの分子サブグループと患者の臨床病理学的特徴(全生存期間など)との間に有意な関連は認められなかった。

有糸分裂紡錘体集合チェックポイント (MSAC) 経路の最大異常の同定: MetaCoreを用いた経路解析の結果、有糸分裂紡錘体集合チェックポイント (MSAC) 経路がMPM腫瘍において最も有意に脱制御されている経路として同定された (補足表S3)。この経路に属する18遺伝子が腫瘍で上方制御されており、主要なメンバーとしてMAD2L1、BUB1、BIRC5 (survivin)、AURKA (Aurora Kinase A) などが含まれる (補足Figure S1)。このMSAC 18遺伝子シグネチャーは、GSEAのcanonical経路解析においても上位2位内に含まれることが確認された。RNA-seq解析を8例の腫瘍サンプルで実施し、MSAC遺伝子の変異を探索したが、MAD2L1を含むいかなるMSAC遺伝子にも変異は検出されなかった。このことから、MSAC経路の過活性は遺伝子変異ではなく、野生型タンパク質の発現量増加に起因することが示唆された。

MAD2L1の多面的検証: MAD2L1の発現は、マイクロアレイ、RT-qPCR、ウエスタンブロット、および免疫組織化学 (IHC) の複数の手法で検証された。マイクロアレイ解析では、全腫瘍で正常対照と比較して3.09倍高発現していた (probeset 203362_s_at, p = 9.9E-10)。RT-qPCRによる23例のマッチドペア解析では、腫瘍組織で正常組織よりも平均3倍高いMAD2L1 mRNA発現が認められた (p = 0.036) (Figure 3A)。マイクロアレイとqPCRのMAD2L1 mRNA発現レベルはR² = 0.62 (p < 0.01) と良好な相関を示した (補足Figure S4)。ウエスタンブロット解析では、80例の腫瘍組織と54例の非悪性組織の比較で、腫瘍組織でMAD2L1タンパク質が平均2.7倍高発現していることが示された (p < 0.0001) (Figure 3B)。

MAD2L1タンパク質発現と予後との関連: 80例のFFPE組織TMAを用いたIHC解析では、類上皮型腫瘍で細胞質MAD2L1発現が他の2亜型よりも有意に高値であった (p = 0.046)。また、リンパ節転移陽性例は転移陰性例と比較して細胞質MAD2L1発現が有意に高かった (平均スコア 57.1 vs 33.2, p = 0.011)。単変量解析では、核MAD2L1高発現(中央値44.0以上)は、全MPM患者において有意な全生存期間の短縮と関連していた (p = 0.043) (Figure 4B)。類上皮型患者でも同様の傾向が認められた (p = 0.09) (Figure 4C)。しかし、性別、病期、リンパ節転移で補正した多変量解析では、MAD2L1の予後的意義は統計的に有意ではなかった。

3分子サブグループの特性と治療標的の可能性: 分子サブグループ3は、MSAC経路遺伝子の発現が最も高い特徴を示し、18遺伝子中13遺伝子がこのサブグループで最高発現レベルであった (Figure 2)。サブグループ1はMETおよびFGFR1受容体の高発現を特徴とし、サブグループ3はRPS6KA1キナーゼ、TOP2A、およびAXL受容体チロシンキナーゼの高発現を示した。これらのサブグループ特異的な発現プロファイルは、サブグループに応じた個別化治療戦略の可能性を示唆する。

小分子阻害薬の感受性試験: MSAC経路を直接標的とする5種類のキナーゼ阻害薬(AURKA、Nek2、CENP-A、PLK1、KIF11阻害薬)は、MPM細胞株において十分な細胞傷害活性を示さなかった (IC50 > 10〜100 µM)。サブグループ特異的遺伝子を標的とする阻害薬(MET、FGFR1、RPS6KA1、AXL阻害薬)も、ほとんどの細胞株でIC50 > 5,000 nMと無効であった。唯一の例外として、TOP2A阻害薬であるエトポシドが、肉腫型MPM細胞株2種(DM3: IC50 = 1.6 nM、Mero-14: IC50 = 247 nM)で選択的な細胞傷害性を示した。これは、TOP2Aの発現が肉腫型に富むサブグループ3で高いというマイクロアレイ解析結果と一致する。

微小管標的薬エポチロンBの卓越した活性: ネットワーク解析により、微小管ネットワークがMPM腫瘍で2番目に有意に影響を受けるネットワークであることが示された (補足Figure S2)。非タキサン系微小管安定化薬であるエポチロンBは、14種のMPM細胞株に対して卓越した細胞傷害活性を示した。そのIC50値は0.01〜27 nMの範囲であり、中央値1.5 nMという極めて低い濃度で活性が観察された (補足Figure S6)。パクリタキセルも一部の細胞株で活性を示したが、中央値IC50は416 nM(範囲4〜25,285 nM)とエポチロンBよりも大幅に高かった。また、パクリタキセル耐性を示す細胞株がエポチロンBには感受性を示すケースも認められた。エポチロンBはパクリタキセルと同じチューブリン結合部位に結合するが、より単純な化学構造と高い水溶性により、優れた活性を示すと考えられた。

考察/結論

新規性: 本研究は、悪性胸膜中皮腫 (MPM) 腫瘍が遺伝子発現プロファイルに基づいて3つの新規分子サブグループに分類され得ることを大規模に初めて示した。また、有糸分裂紡錘体集合チェックポイント (MSAC) 経路がMPMにおいて最も有意に上方制御された経路であることを明らかにした。特に、MSAC経路の主要構成要素であるMAD2L1の過剰発現が、遺伝子変異ではなく野生型タンパク質の発現増加に起因すること、およびMAD2L1の核内高発現が全生存期間の短縮と関連する可能性を示唆したことは、本研究で初めて報告された知見である。

先行研究との違い: これまでのプロファイリング研究では、MSAC経路の一部の構成要素の上方制御が示唆されていたものの、経路全体のロバストな関与や、MAD2L1の過剰発現が変異ではなく発現量増加によるものであることは十分に解明されていなかった。本研究は、この点においてこれまでの報告と異なり、MSAC経路の病態生理学的意義をより深く掘り下げた。また、既存研究では組織学的分類と分子サブグループの関連が不明瞭であったが、本研究では部分的な重なりを示しつつも、組織型を超えた分子的不均一性を明確に示した。

臨床応用: 本研究で同定された3つの分子サブグループは、MPMの精密医療的アプローチに向けた重要な基盤を提供する。例えば、サブグループ1におけるMET/FGFR1の高発現や、サブグループ3におけるTOP2Aの高発現は、それぞれのサブグループに特異的な標的治療の優先的な検討を示唆する。特に、微小管ネットワークを標的とする非タキサン系薬剤であるエポチロンBが、MPM細胞株において卓越した前臨床活性(中央値IC50 1.5 nM)を示したことは、MPM患者に対する新規治療選択肢としての臨床応用に大きな期待を抱かせる。エポチロンBのアナログであるイキサベピロンは既に乳がんで承認されており、MPMへの適用可能性が強く支持される。また、Barretina et al. Nature 2012 や Yang et al. (2013) によるがん細胞株の薬剤感受性データセットは、エポチロンBのような微小管標的薬の予測バイオマーカー探索に利用できる。

残された課題: 本研究の限界として、(1) マイクロアレイ解析コホートのサイズが53例と比較的少数であること、(2) 前処置や組織型などの交絡因子がサブグループ間の比較に影響を与える可能性が完全に排除できないこと、(3) 前臨床の細胞株実験の結果を直接臨床に外挿することの限界、(4) 多変量解析においてMAD2L1の予後的意義が統計的に有意でなかったこと(これはサンプルサイズの問題である可能性が高い)、が挙げられる。今後の検討課題として、エポチロンBのMPMを対象とした臨床試験での評価、分子サブグループを前向きに層別化した治療試験の実施、およびMAD2L1などのMSAC遺伝子をバイオマーカーとして利用した精密医療アプローチの開発が重要である。

方法

組織サンプルおよび細胞株: 本研究では、外科的に切除されたMPM腫瘍の新鮮凍結標本53例(類上皮型35例、二相型12例、肉腫型6例)と、対照として38例の対応する正常組織が使用された。これらの腫瘍はWHO分類に従って病期分類および組織学的サブグループ化された。さらに、免疫組織化学 (IHC) 検証のために、独立した80例のホルマリン固定パラフィン包埋 (FFPE) MPM腫瘍組織マイクロアレイ (TMA) が用意された。MPM細胞株は、ATCC、Sigma-Aldrich、DSMZ (Deutsche Sammlung von Mikroorganismen und Zellkulturen) などの商業サプライヤーおよび共同研究者から取得された。

遺伝子発現解析: 全RNAは組織から抽出され、品質および量の評価後、Affymetrix U133 Plus 2.0マイクロアレイチップに標識・ハイブリダイゼーションされた。RNAシーケンス (RNA-seq) は、8例の腫瘍サンプルに対してSOLiD 4.0プラットフォームで実施され、Bioscope 1.3.1を用いてリードのアライメントとRPKM値の算出が行われた。マイクロアレイデータは、線形回帰モデルを用いてバッチ効果を補正した後、腫瘍と正常組織間の差次的発現遺伝子が同定された。経路およびネットワーク解析にはMetaCore (GeneGo) ソフトウェアスイートが用いられ、Gene Set Enrichment Analysis (GSEA) によりcanonical経路の遺伝子セット富化解析が実施された。分子サブグループの確立には、ロバストクラスタリング手法が採用され、1,000回の反復と毎回500〜2,000プローブセットのランダム選択によりコンセンサス行列が生成された。マイクロアレイデータはGene Expression Omnibus (GEO) のGSE51024として公開されている。

MAD2L1 (mitotic arrest deficient-like 1) の検証: MAD2L1 mRNAの発現レベルは、TaqMan RT-qPCR法を用いて定量された(GAPDHを内部標準とし、全サンプル3連で実施)。タンパク質発現は、腫瘍および正常組織ライセートのウエスタンブロット解析により確認された(β-アクチンで正規化)。IHC解析では、80例のFFPE組織TMAにおいてMAD2L1タンパク質の発現が評価された。発現スコアは、4段階の強度スコア (0〜3+) と反応性割合 (0〜100%) の積として0〜300点の範囲で算出された。

細胞株における薬剤感受性試験: 細胞生存率はMTSアッセイを用いて96ウェルプレートで測定され、各薬剤のIC50値が算出された。評価された薬剤には、MSAC経路標的薬(AURKA、Nek2 (NIMA-never in mitosis gene a-related kinase 2)、CENP-A、PLK1、KIF11阻害薬)、サブグループ特異的オンコジーン標的薬(MET、FGFR1、RPS6KA1、TOP2A、AXL阻害薬)、および微小管標的薬(エポチロンB、パクリタキセル)が含まれた。これらの薬剤は14種のMPM細胞株で評価された。

バイオインフォマティクスおよび統計解析: 遺伝子発現データのバイオインフォマティクス解析および統計解析の詳細は、補足Sweaveレポートに記載されている。マイクロアレイデータは線形回帰モデルによりバッチ効果を補正し、差次的発現遺伝子を同定した。qPCR、ウエスタンブロット、およびIC50データの統計解析はPrism 6.0 (GraphPad Software, Inc.) を用いて実施された。生存解析にはカプラン・マイヤー法が用いられ、ログランク検定で比較された。多変量解析にはCox比例ハザードモデルが使用された。