- 著者: Yamada T, Amann JM, Fukuda K, Takeuchi S, Fujita N, Uehara H, Iwakiri S, Itoi K, Shilo K, Yano S, Carbone DP
- Corresponding author: Carbone DP (Ohio State University) および Yano S (金沢大学がん研究所)
- 雑誌: Cancer Research
- 発行年: 2015
- Epub日: 2015-08-20
- Article種別: Original Article
- PMID: 26294214
背景
びまん性悪性中皮腫 (DMM) は、胸膜、腹膜、心膜を覆う中皮細胞から発生するアスベスト関連の悪性腫瘍であり、局所進行を特徴とし、極めて予後不良である。米国では既に発症のピークを越えつつあるが、欧州では2020年まで、日本では2040年まで患者数が増加すると予測されている (Morinaga et al. 2001)。現在の標準治療であるペメトレキセドとシスプラチンの併用療法は、中央生存期間を12〜17ヵ月にとどめており (Robinson et al. 2005)、新規の分子標的療法の開発が喫緊の課題である。
これまで、DMMに対するEGFR-TKI (エルロチニブ、ゲフィチニブ) の臨床試験が試みられたが、その有効性は示されなかった (Garland et al. 2007; Govindan et al. 2005)。これは、DMMにおいてEGFR活性化変異がほとんど存在せず (Mezzapelle et al. 2013)、また複数のレセプター型チロシンキナーゼ (RTK) が同時に活性化されているためと考えられている (Kawaguchi et al. 2009)。したがって、EGFRそのものではなく、EGFR下流の複数経路の収束点を標的とする治療戦略が必要とされていた。しかし、DMMにおけるこれらの下流シグナル経路の全体像や、それらを標的とする治療法の可能性については、依然として未解明な点が多かった。
Akt kinase-interacting protein 1 (Aki1; 別名Freud-1/CC2D1A) は、PI3K-PDK1-Aktシグナル伝達経路のスキャフォールドタンパク質として同定されており (Nakamura et al. 2008)、非変異EGFRおよびT790M変異EGFRとの複合体形成を通じてAkt活性化を媒介することが報告されていた (Yamada et al. 2013)。Aki1は、Aktキナーゼと相互作用するタンパク質であり、PI3K (phosphatidylinositol 3-kinase)-PDK1 (phosphoinositide-dependent kinase 1)-Aktシグナル伝達経路においてスキャフォールドタンパク質として機能することが知られている。EGFR変異肺癌では56例中53例 (94.6%) にAki1発現が確認されており、膵癌でも過剰発現が示されていた (Ohtsubo et al. 2014)。これらの先行研究はAki1が様々な癌種で重要な役割を果たす可能性を示唆していたが、DMMにおけるAki1の役割、特にEGFR非依存的なシグナル伝達への関与、および治療標的としての可能性は未解明であり、この領域には知識のギャップが残されていた。DMMの局所進行という疾患特性を考慮すると、全身療法だけでなく、胸腔内への直接投与による局所治療の可能性も検討する必要があったが、そのための分子標的は不足していた。
目的
本研究の目的は、びまん性悪性中皮腫 (DMM) におけるAkt kinase-interacting protein 1 (Aki1) の発現状況を臨床検体レベルで体系的に評価することである。次に、Aki1がDMM細胞の生存維持に果たす分子機序を解明し、特にEGFR非依存性の下流シグナル経路、具体的にはPKA (protein kinase A)-CREB1 (cAMP response element-binding protein 1) 軸との関係を明らかにすることを目指した。さらに、DMMの解剖学的特性である胸腔内局在を活かした治療戦略として、胸腔内siRNA (small interfering RNA) 直接投与の治療可能性を同所性DMMマウスモデルで検証し、その前臨床的根拠を確立することを目的とした。これらの研究を通じて、DMMに対する新規治療標的としてのAki1の可能性を評価し、将来的な臨床応用への道筋を示すことを目指した。
結果
Aki1のDMM細胞株における発現と細胞増殖への影響: 7種のDMM細胞株すべてにおいてAki1、Akt、EGFRタンパク質の発現が確認された (Fig. 1A)。正常中皮細胞株Met-5Aと比較して、DMM細胞株ではAki1の発現レベルが全般的に高かった。Aki1 siRNA処理は、7株中5株で細胞生存率を40%以上低下させた (Fig. 1B)。特筆すべきは、EGFR siRNAによる生存率低下が1〜2株に限定されたのに対し、Aki1 siRNAはEGFRとは独立した幅広い細胞株スペクトラムで効果を示した点である。Met-5A細胞ではAki1およびEGFR双方のノックダウン効果は軽微であり、DMM細胞選択的な効果が示された。Aki1ノックダウンは、最も感受性の高い5つのDMM細胞株でサイクリンAタンパク質の発現を減少させ、細胞生存率の低下と一致した (Fig. 1C)。さらに、細胞周期解析により、211HおよびH2052細胞においてAki1ノックダウンがS期細胞数を減少させることが確認された (Fig. 1D)。
Aki1-PKA-CREB1シグナル軸の同定と機能的検証: ヒトリン酸化キナーゼアレイの結果、Aki1ノックダウンによって最も顕著に変化したシグナルの一つがCREB1 Ser133のリン酸化低下であった (Fig. 2A)。この所見はウェスタンブロット解析で確認され、Aki1のノックダウンにより複数のDMM細胞株でphospho-CREB1 (pS133) が低下し、サイクリンAの発現も同様に減少した (Fig. 2C)。正常中皮細胞Met-5AはDMM細胞株よりも低いpCREB1基礎レベルを示した (Fig. 2B)。CRE-ルシフェラーゼレポーターアッセイでは、211HおよびH2052細胞でAki1 siRNA処理によりCREB1転写活性が有意に低下した (p<0.05、one-way ANOVA) (Fig. 2D)。CREB1 siRNAによるノックダウンはAki1 siRNAと同等の細胞生存率低下をもたらし、両者の機能的等価性を示した (Fig. 2E)。転写活性型CREB (CREB-WT) の強制発現は、Aki1ノックダウン下でも細胞生存を有意に維持したが (p<0.05)、転写不活性型CREB-S133Aの強制発現はこの効果を示さなかった (Fig. 2H)。この結果は、CREB1の転写活性化がAki1下流の生存シグナルとして機能していることを直接証明するものである。
Aki1-PKA軸の検証と薬理学的阻害効果: Aki1の過剰発現は、HEK293Tおよび211H細胞株でPKAの触媒サブユニット (PKAC) のリン酸化を誘導した (Fig. 3A)。逆に、Aki1 siRNAはDMM細胞株でPKACリン酸化を低下させた (Fig. 3B)。PKA阻害薬KT5720はCREB1リン酸化を低下させ (4〜8時間)、かつDMM細胞の増殖を用量依存的に抑制した (0.1〜1.0 μmol/L) が、Met-5A細胞への影響は軽微であった (Fig. 3D)。CBP-CREB相互作用阻害薬 (CBP-CREB-I) も同様にCREB1リン酸化を阻害し (Fig. 3E)、選択的なDMM細胞増殖抑制効果を示した (Fig. 3F)。これらの薬理学的データは、Aki1→PKA→CREB1という直線的なシグナルカスケードの存在を支持する。
同所性マウスモデルにおける胸腔内siRNA治療効果: SCIDマウス胸腔内にDMM細胞 (211H/Eluc) を移植し、7日後に単回の胸腔内Aki1 siRNA注射を実施した。発光イメージングによる腫瘍増殖モニタリングの結果、siRNA注射12日後 (腫瘍移植後19日目) において、Aki1 siRNA群はスクランブル対照群と比較して腫瘍増殖が有意に抑制された (p<0.05、one-way ANOVA) (Fig. 4A)。腫瘍組織のウェスタンブロット解析により、siRNA注射7日後においてAki1のノックダウンとCREB1リン酸化の低下が確認された (Fig. 4C)。この単回投与での効果実証は、DMMの胸腔内局在を活かした局所siRNA療法の実現可能性を示す重要な概念実証である。
臨床検体におけるAki1とリン酸化CREBの高頻度発現と相関: 68例のDMM腫瘍検体のうち65例 (95.6%) にAki1陽性発現が確認された (Fig. 5A)。発現スコアの内訳はhigh 15例 (22.1%)、intermediate 22例 (32.4%)、low 28例 (41.2%)、negative 3例 (4.4%) であった。組織型別では、上皮型37例すべてに発現 (100%)、二相型12例すべてに発現 (100%)、肉腫型10例中8例 (80%) に発現が認められた。phospho-CREB1の発現は35例中30例 (85.7%) で陽性であり、high 16例 (45.7%)、intermediate 12例 (34.3%)、low 2例 (5.7%)、negative 5例 (14.3%) と高発現が多数を占めた。特に、上皮型DMMでは95% (20/21例) がp-CREB陽性であったのに対し、肉腫型では20% (1/5例) に留まった。Aki1発現とphospho-CREB1発現の間には統計学的に有意な正の相関が確認された (Spearman係数=0.521、p=0.002、n=34) (Fig. 5C)。上皮型DMM単独での解析ではさらに強い相関が得られた (Spearman係数=0.561、p=0.009、n=21)。この臨床的相関は、Aki1-PKA-CREB1シグナル軸がヒトDMM腫瘍において機能的に活性化されていることを支持する。
考察/結論
本研究は、びまん性悪性中皮腫 (DMM) においてAkt kinase-interacting protein 1 (Aki1) がPKA-CREB1シグナル軸を介して腫瘍増殖を促進することを初めて系統的に示した重要な成果である。
先行研究との違い: これまでの研究では、Aki1はEGFR変異肺癌においてPI3K-PDK1-Akt経路を介したシグナル伝達に重要であることが示されていた (Yamada et al. 2013)。しかし、本研究はDMMにおいてAki1がEGFRとは独立して、主にPKA-CREB1経路を活性化するという「シグナル文脈依存性」を発見した点で、これまでの知見と対照的である。DMM細胞ではEGFR単独ノックダウンが限定的な効果しか示さない一方、Aki1ノックダウンは広範な細胞株で有効であり、Aki1が複数RTKシグナルの下流収束点として機能することを示している。この知見は、EGFRのみを標的とした治療アプローチがDMMで失敗してきた理由を部分的に説明する。
新規性: CREB1はcAMP応答配列結合タンパク質であり、PKAによるSer133リン酸化後にCBP/p300コアクチベーターと結合して転写を活性化する。DMMにおけるCREBの役割は、アスベスト関連炎症やアポトーシス抵抗性との関連で先行研究が存在したが (Shukla et al. 2009; Westbom et al. 2014)、本研究はAki1がこのCREB活性化の上流制御因子として機能することを初めて示した。また、DMMの同所性マウスモデルにおいて、胸腔内へのAki1 siRNA単回投与が腫瘍増殖を有意に阻害することも本研究で初めて実証された新規な知見である。
臨床応用: 治療戦略の観点から、いくつかの重要な臨床的意義が示唆される。第一に、Aki1は現在まだ既知の小分子阻害薬を持たないスキャフォールドタンパク質であるが、その下流のPKA阻害薬やCBP-CREB相互作用阻害薬が代替ターゲットとなりうる。PKA RIα制御サブユニットへのアンチセンス核酸の第I相試験は多発固形腫瘍で実施されたが、客観的奏効はなく、全身投与の限界を示唆した (Mani et al. 2003)。第二に、DMMの解剖学的局在 (胸腔内) を活かした胸腔内単回siRNA注射の有効性は、局所核酸療法の優位性を実証した。胸水・胸腔内を介した薬剤分布がより効率的であることを考えると、RNA干渉療法の臨床応用において胸腔内投与ルートが有望と考えられる。臨床的に意義深いのは、Aki1の高頻度発現 (95.6%) とphospho-CREB1との有意な相関が示され、両分子が上皮型DMM患者において特に強い相関を持つことである。このバイオマーカー的観点から、Aki1とphospho-CREB1の発現をDMM患者の治療選択の予測因子として活用できる可能性がある。
残された課題: 今後の検討課題として、(1) Aki1の小分子阻害薬の開発、(2) PKA阻害薬の胸腔内局所投与による動物実験・臨床展開、(3) ナノ粒子等によるsiRNA送達技術の改善と安定性向上、(4) 免疫療法 (ニボルマブ+イピリムマブ等) とのAki1標的阻害の組み合わせ効果の探索、(5) 肉腫型DMM (p-CREB発現率が低い) における代替シグナル経路の同定、が挙げられる。特に、肉腫型DMMにおけるAki1とp-CREBの相関が上皮型ほど強くない点は、今後の研究で詳細に検討すべきlimitationである。本研究の前臨床エビデンスは、DMMに対する胸腔内Aki1標的RNA治療という新たな治療アプローチの開発を支持する科学的根拠となる。
方法
細胞株・試薬: 7種のヒトDMM細胞株 (上皮型: NCI-H290、NCI-H2452;肉腫型: NCI-H2052、NCI-H2373;二相型: Y-MESO-8A、Y-MESO-14、MSTO-211H) および正常中皮細胞株Met-5A、HEK293T細胞株を使用した。細胞はRPMI-1640またはDMEM培地 (10% FBS、ペニシリン、ストレプトマイシン含有) で培養した。PKA阻害薬KT5720およびCBP-CREB相互作用阻害薬はSigma-AldrichおよびCalbiochemから入手した。
siRNAノックダウン: Stealth RNAi siRNA (Invitrogen) を用いてAki1 (HSS123402, HSS123400)、EGFR (HSS103114, HSS103116)、およびSilencer Select siRNA (Invitrogen) を用いてCREB1 (s3489, s3490) のノックダウンをLipofectamine RNAiMAX (Invitrogen) で実施した。スクランブルsiRNAを対照として使用した。ノックダウン効率はウェスタンブロット解析で確認した。
細胞増殖・細胞周期解析: MTT (3-(4,5-dimethylthiazol-2-yl)-2,5-diphenyl tetrazolium) 法により細胞生存率を測定した。PI染色フローサイトメトリー (BD Biosciences FACScan) を用いて細胞周期解析を行い、ModFitソフトウェアでG0-G1、S、G2-M期の細胞割合を算出した。
リン酸化キナーゼアレイ: Human Phospho-Kinase Array Kit (R&D Systems) を用いて、43種のキナーゼおよび2種の関連タンパク質のリン酸化状態を網羅的にスクリーニングし、Aki1ノックダウン後の変化を同定した。
CRE-ルシフェラーゼレポーターアッセイ: 3xCREコンセンサス配列駆動型ルシフェラーゼベクターをレンチウイルスベクターに組み込み、細胞に安定導入した。Aki1ノックダウン条件下でのCREB1転写活性を定量した。
プラスミド構築と過剰発現: FLAGタグ付きヒトCREB (CREB-WT) およびFLAGタグ付きヒトCREB-S133A (CREB-KD) クローン (Addgene, Inc.)、HAタグ付き組換えヒトWT-Aki1タンパク質 (Aki1-WT) 発現プラスミド (pHM6) をX-tremeGene HP (Roche) またはXtremeGene Transfection Reagentで細胞に導入した。
EGFP-Eluc遺伝子導入: EGFP (enhanced green fluorescent protein) およびEmerald Luc (Eluc) cDNAをMaRXIVf Puroレトロウイルスベクターにクローニングし、レトロウイルス感染により211H細胞に導入した。
同所性DMM移植マウスモデルとin vivo RNAi: 5週齢の雌SCIDマウス (Clea) を使用した。ルシフェラーゼ/EGFP遺伝子導入211H細胞 (211H/Eluc、1 x 10^6個) をマウス右胸腔内に移植した。細胞接種7日後、Aki1 siRNA (100 μg/マウス、invivofectamine複合体、Invitrogen) またはスクランブルsiRNAを胸腔内単回注射した。発光イメージングにより腫瘍増殖を2日目から19日目まで週2回モニタリングした。腫瘍組織におけるAki1ノックダウンとCREB1リン酸化の低下はウェスタンブロット解析で確認した。
臨床検体免疫組織化学 (IHC): オハイオ州立大学および兵庫県立尼崎病院で得られた67例のDMM患者由来の68個の腫瘍検体について、Aki1 (細胞質染色) およびphospho-CREB1 Ser133 (核染色) の発現をIHCで評価した。発現スコアはnegative (0) 〜high (3+) の4段階で評価した。この研究はInstitutional Review Board (IRB) の承認を得て実施された。
統計解析: データは平均 ± SDで表した。統計的有意差はone-way ANOVAおよびSpearman順位相関係数を用いて解析した。p値が0.05未満を統計的に有意と判断した。