- 著者: Yuna Blum, Clement Meiller, Lisa Quetel, Nabila Elarouci, Mira Ayadi, Danisa Tashtanbaeva, Lucile Armenoult, Francois Montagne, Robin Tranchant, Annie Renier, Leanne de Koning, Marie-Christine Copin, Paul Hofman, Veronique Hofman, Henri Porte, Francoise Le Pimpec-Barthes, Jessica Zucman-Rossi, Marie-Claude Jaurand, Aurelien de Reynies, Didier Jean
- Corresponding author: Aurelien de Reynies (Ligue Nationale Contre le Cancer, Paris); Didier Jean (Inserm UMRS-1138, Paris)
- 雑誌: Nature Communications
- 発行年: 2019
- Epub日: 2019-03-22
- Article種別: Original Article
- PMID: 30902996
背景
悪性胸膜中皮腫 (MPM) は、アスベスト曝露が主要なリスク因子である希少かつ予後不良な悪性腫瘍であり、現在の治療選択肢ではごく一部の患者しか治癒に至らないのが現状である。多くの癌種と同様に、臨床試験ではMPMの予後や抗癌剤への反応性の多様性が強調されており Yap et al. Nat Rev Cancer 2017、これは腫瘍の不均一性 (tumor heterogeneity) が根底にあることを示唆している。腫瘍細胞だけでなくその微小環境も考慮に入れた腫瘍不均一性を多角的に理解することは、患者の治癒につながる治療戦略を特定するために極めて重要である。病理組織学的には、MPMは類上皮型 (MME: Epithelioid)、肉腫型 (MMS: Sarcomatoid)、およびこれら2つの型の混合である二相型 (MMB: Biphasic) の3つの主要な組織型に分類され、それぞれが異なる予後と関連することが知られている。これらの組織型は、腫瘍間および腫瘍内不均一性の両方を反映している。
大規模な分子プロファイリング研究においても、MPMの不均一性が強調されており Jean et al. Arch Pathol Lab Med 2012、これがMPMに特異的な単一のバイオマーカーを定義することの困難さの一因となっている可能性がある。アスベストはMPMの主要なリスク因子であり、広範な分子異常を引き起こすため、この分子不均一性にも寄与していると考えられる Huang et al. J Toxicol Environ Health B Crit Rev 2011。これまでに、いくつかのMPMの分子層別化が提案されており、これらは組織型や予後、そして特定の遺伝子変異と関連している de Reynies et al. Clin Cancer Res 2014、Bueno et al. NatGenet 2016、Tranchant et al. Clin Cancer Res 2017、Hmeljak et al. Cancer Discov 2018。しかし、これらの離散的な分類システムは、いずれも腫瘍内不均一性 (intratumor heterogeneity) を十分に捉えられないという限界があった。特に二相型のように中間的な表現型を持つ腫瘍では分類が困難であり、また同一の類上皮型診断の腫瘍内に肉腫様成分が混在する場合の予後を予測できないという問題が残されていた。既存の分子プロファイリング研究は、これまでMPMの腫瘍内不均一性には対処してこなかったため、この領域には依然として知識のギャップが残されている。
MPMの腫瘍内不均一性をより精細に定量化し、それに基づく予後予測・治療戦略個別化の枠組みが求められていたが、この領域には依然として知識のギャップが残されている。特に、厳密なサブタイプ分類に依存しない、より連続的なアプローチが不足しており、中間的な表現型を持つ腫瘍の特性を捉えることができていなかった。本研究は、この未解明な領域に焦点を当て、デコンボリューションアプローチを用いることで、MPMの腫瘍内不均一性に新たな光を当て、MPMの分子分類を再考するきっかけとなることを目指す。
目的
本研究の目的は、悪性胸膜中皮腫 (MPM) の転写プロファイルをデコンボリューション解析によって、類上皮様成分 (E-comp) と肉腫様成分 (S-comp) の比率という連続的な分子勾配として定量化することである。この新しいアプローチにより、各腫瘍が類上皮様および肉腫様成分の組み合わせとして分解できることを示し、その比率が予後と強く関連することを示す。さらに、このより精緻なMPM不均一性の特徴付けが、根底にある発癌経路、関連するエピジェネティックな制御、および免疫・間質微小環境のより良い理解を提供することを検証する。特に、既存の離散的分類システムが見逃す腫瘍内不均一性を捉えることで、より精密な層別化と治療選択への応用を目指し、免疫療法および標的療法を含む治療戦略の個別化に資する知見を提供することを目的とする。本研究は、MPMの病態生理学の理解を深め、個別化医療の進展に貢献することを目指す。
結果
分子勾配の同定と既存分類システムの統一的説明: WISP (Weighted In Silico Pathology) デコンボリューション解析により、442例のMPMサンプルにおいてE-scoreとS-scoreは互いに逆相関する連続的分子勾配を示した (Fig. 1b, Supplementary Figure 4a)。解析されたサンプルの90%がWISP推定に基づく腫瘍含有量が75%以上であり、スコアの信頼性が確認された。既存のすべての分子分類システム (CIT、Bueno et al. NatGenet 2016、TCGA、Gordon、Lopez分類) が、この2軸の分子勾配の異なる閾値の切り方によって統一的に説明できることが示された (Fig. 1a, b-d)。CIT C1A (純粋MME) およびBueno Epithelioidは高E-score・低S-scoreに集中し、CIT C2B (純粋MMS) およびBueno Sarcomatoidは逆のパターンを示した。この結果は、既存の離散的な分類が連続的な分子勾配の異なるカットオフを反映している可能性を示唆する。qRT-PCR検証コホート (n=173) でも、55遺伝子および15遺伝子の縮小シグネチャーを用いてE-scoreとS-scoreが組織型と関連することが確認された (Supplementary Figure 5d)。
S-scoreの強力な予後予測能: S-scoreが22%以上を閾値とした場合、CIT、Bueno et al. NatGenet 2016、TCGA、Gordonの4つの独立コホートすべてで、S-score高値群が有意に不良なOSを示した (log-rank p<0.05、各コホート) (Fig. 3a)。442例全サンプルの統合生存解析でのOS中央値差は平均10ヶ月以上であった (Fig. 3b)。二変量Cox解析 (シリーズ調整) でS-scoreのハザード比 (HR) は6.28 (95% CI 2.45-16.12, p=0.001) であった (Fig. 3d)。さらに、組織型・既存サブタイプシステムを同時投入したCoxモデルでもS-scoreの独立予後予測能が維持された。MMEと組織診断された類上皮型腫瘍に限定した解析でもS-scoreの予後予測能が維持され、病理組織型分類が見逃す肉腫様成分混在の臨床的意義を実証した (Fig. 3b)。qRT-PCR検証コホート (n=110) でも同一閾値22%での予後予測が再現された (Fig. 3c)。S-scoreのカットオフ (22%) は、ブートストラップ手順により最も低いp値を与える閾値として決定された (Supplementary Figure 11)。
薬剤感受性との相関と治療標的の提案: GDSC (Genomics of Drug Sensitivity in Cancer) データベース解析により、E-score/S-scoreと有意な相関を示した22化合物を同定した (Fig. 4a, Supplementary Data 6)。ROCK阻害薬 (GSK269962A) とWee1阻害薬 (681640) のIC50およびAUCがS-scoreと有意な正の相関を示した (S-scoreが高いほど感受性が高い、Pearson r、p<0.05) (Fig. 4b, c)。この相関はin vitroの独立検証実験 (12-17 MPM細胞株) でも確認された。AKT阻害薬 (KIN001-102) ではE-scoreとの相関は検証実験で確認されなかった。15遺伝子縮小シグネチャーでも同等の予測能が維持されることを確認し、臨床診断検体 (FFPE等) への実装可能性が示された。これらの結果は、S-score高値のMPMが特定の標的療法に対して高い感受性を示す可能性を示唆する。
免疫微小環境の特性: MCP-counter解析より、S-score高値腫瘍にはT細胞、単球、線維芽細胞、血管内皮細胞の豊富な浸潤が認められ、E-score高値腫瘍ではNK細胞との関連が確認された (Fig. 5a, Supplementary Data 8A)。免疫チェックポイントの発現プロファイルでは、PDL1、CTLA4、IDO1がS-scoreと正相関し (Fig. 5b, c)、これは腫瘍浸潤T細胞が多い環境での適応免疫応答を反映していると考えられる。PD-L1タンパク質発現もS-scoreレベルに応じて段階的に変化することがRPPA (Reverse Phase Protein Array) およびIHC (免疫組織化学) 染色で確認された (Fig. 5d, e)。TNFSF14 (LIGHT) およびVISTAはE-scoreと正相関した (Fig. 5b, c)。これらの知見は、S-scoreが免疫療法の応答予測バイオマーカーとして機能する可能性を示唆する。
エピゲノムおよび遺伝子レベルの生物学的特性: S-comp関連遺伝子はCpGアイランドのメチル化と負相関し、S-comp優位腫瘍でCIMP (CpG Island Methylator Phenotype) インデックスが高く (Supplementary Figure 9)、DNMT1およびIDH2の過発現と相関した。腫瘍抑制遺伝子RUNX1およびPBRM1のS-compでの過メチル化・低発現と、癌遺伝子ETS1、ABL1、IDH2のS-compでの低メチル化・過発現が示された (Fig. 2c)。遺伝子変異ではNF2およびTP53変異がS-scoreと正相関した (Supplementary Figure 7)。miRNA解析では、miR-148a-3p (EMT抑制機能) がS-comp優位腫瘍で低発現であり、miR-21-5p/3pはE-compで低発現であった (Fig. 2e, f)。これらのエピゲノム・miRNA変化は、S-comp優位腫瘍における間葉系形質の後成的制御機序を示唆し、ROCK阻害薬・Wee1阻害薬による表現型の可塑性への介入可能性を支持する。
考察/結論
本研究は、MPMの腫瘍内不均一性を離散的な組織型分類では捉えられない連続的分子勾配として定量化するWISPデコンボリューション法を新規開発し、S-score (肉腫様成分比率) が独立予後因子 (HR=6.28, 95% CI 2.45-16.12, p=0.001、4コホートで再現) であることを実証した最初の研究である。このアプローチは、腫瘍の生物学的特性と治療反応性をより詳細に理解する新たな視点を提供する。
先行研究との違い: これまでのMPMの分子分類システムは、腫瘍を離散的なサブタイプに分類するものであったが、本研究は、WISPデコンボリューション法を用いることで、類上皮様および肉腫様成分の連続的な分子勾配として腫瘍内不均一性を捉えるという点で、これまでの研究とは対照的なアプローチを提示した。この連続的な勾配は、既存のすべての離散的分類システムを統一的に説明できることを示しており、より汎用的で詳細な腫瘍不均一性の記述を可能にする。
新規性: 本研究で初めて、S-scoreが組織型分類や既存の分子サブタイプシステムよりも優れた予後予測能を持つことを実証した。特に、組織学的に類上皮型と診断された腫瘍内においてもS-compの混在が予後を規定するという知見は、病理診断の限界を補完する分子的層別化の新規な重要性を示す。また、S-score高値のMPM細胞株におけるROCK阻害薬およびWee1阻害薬への感受性増強は、肉腫様成分優位のMPMに対する新規治療戦略の候補として、これまで報告されていない治療標的の可能性を提示する。
臨床応用: 本知見はMPMの治療戦略の個別化に直結する臨床的意義を持つ。第一に、予後精密化の観点から、S-score≥22%というシンプルな閾値と15遺伝子縮小シグネチャーの実装により、臨床診療への橋渡しが現実的になった。第二に、免疫療法選択への示唆として、S-score高値はPDL1・CTLA4の発現上昇およびT細胞浸潤と相関し、抗PD-L1/PD-1・抗CTLA-4療法の恩恵が期待されるサブグループを分子的に規定する可能性がある。この知見は、CheckMate 743試験 (ニボルマブ+イピリムマブ、OS HR=0.74) における非類上皮型でのより顕著な効果と整合しており、S-scoreが既存組織型分類を超えた免疫療法応答予測バイオマーカーとなる可能性を示す。E-score高値はVISTA・LIGHT関連およびNK細胞との関連から異なる免疫療法標的の適応を示唆する。第三に、新規標的療法への示唆として、S-score高値MPM細胞株でのROCK阻害薬・Wee1阻害薬感受性の増強は、肉腫様成分優位のMPMに対する新規治療戦略の候補としてprospectiveな臨床検討が必要であることを示す。
残された課題: 今後の検討課題として、S-scoreに基づく免疫チェックポイント阻害薬やROCK/Wee1阻害薬の臨床試験デザインへの組み込みが挙げられる。特に、S-scoreが免疫療法応答のバイオマーカーとして機能するかどうかを評価するためには、既存の臨床試験コホートでのS-scoreの決定と、その後の治療反応性との関連解析が不可欠である。また、WISP法はバルク組織のデコンボリューションに基づくため、単一細胞レベルでの腫瘍内不均一性をさらに詳細に特徴付ける研究も今後の方向性として重要である。Limitationとして、本研究は主にトランスクリプトームデータに基づいているため、ゲノム、プロテオームなど、より多層的なオミクスデータを統合した解析により、MPMの不均一性の包括的な理解を深める必要がある。
方法
WISP (Weighted In Silico Pathology) デコンボリューション法の開発: WISPは、バルク分子プロファイルから腫瘍内不均一性を評価することを目的としたデコンボリューション手法である。本手法は2段階アプローチから構成される。まず、Step 1では、探索シリーズ (CIT、n=63 Affymetrix gene array、4正常胸膜サンプル) から、事前に定義された純粋な類上皮様成分 (E-comp) および肉腫様成分 (S-comp) の代表サンプルの転写プロファイルを推定する。純粋な集団プロファイルの予備選択は、C1Aサブタイプ(最も極端な類上皮様サブタイプ)に存在するMMEサンプルを類上皮様成分に、すべてのMMSサンプルを肉腫様成分に、そして利用可能な正常サンプルを非腫瘍成分に割り当てることで行った。WISPは反復手順を実行し、各純粋なサンプルについて異なる成分の割合を推定し、対応するクラスを主に含まないサンプルを除外する。WISPは、すべての利用可能な遺伝子を使用して、各純粋な集団の最適なマーカーを特定する。遺伝子フィルタリングは、すべての純粋な集団間の遺伝子発現を比較するANOVA検定のp値 (FDR調整p値 < 0.05) と、各純粋な集団について計算された曲線下面積 (AUC) スコア (AUC > 0.8) に基づいて行われた。各純粋な集団について、遺伝子は発現のfold changeに従ってランク付けされ、上位50個のマーカーが選択された。得られたデコンボリューションシグネチャーはSupplementary Data 10に報告されている。WISPのStep 2では、純粋な集団プロファイル(純粋な集団マーカーに基づいて計算されたセントロイド)に基づく非負最小二乗回帰モデルを用いて、二次計画法アルゴリズムによって最適化された重み(割合)を推定する。これにより、バルクMPMサンプルを「E-compの比率 (E-score)」「S-compの比率 (S-score)」「非腫瘍成分」に分解する(3成分の和が1)。
解析コホート: CITシリーズ、Bueno et al. NatGenet 2016、Lopez Lopez-Rios et al. Cancer Res 2006、Gordon Gordon et al. Am J Pathol 2005、TCGA Broad Institute TCGA Genome Data Analysis Center 2015、Reynies de Reynies et al. Clin Cancer Res 2014の各公開データセットを統合した計442例の転写データにWISPを適用した。メチローム (450K BeadChip, n=62) およびmiRNA-seq (n=60) データも統合解析し、エピジェネティックな特徴を評価した。qRT-PCR検証コホート (n=110+63=173例) で55遺伝子シグネチャーおよび縮小15遺伝子シグネチャーによるS-score予測を検証した。
薬剤感受性解析: GDSC (Genomics of Drug Sensitivity in Cancer) データベース Yang et al. Nucleic Acids Res 2013から最大21のMPM細胞株のAUCおよびIC50データを利用し、E-score/S-scoreとの相関をPearson相関で評価した。有望化合物については、in vitro細胞生存アッセイで独立検証 (12-17 MPM細胞株) を行った。
予後解析: S-score/E-scoreと全生存期間 (OS) の関係をLog-rank検定およびCox比例ハザードモデル (シリーズで調整した二変量Cox) で評価した。S-scoreのカットオフ (22%) は、0.1から0.5の範囲の閾値をテストするブートストラップ手順により決定された。この解析は、MPM患者の全生存期間を主要評価項目とするレトロスペクティブコホート研究として実施された。
免疫微小環境解析: MCP-counterツールを用いて、転写データから免疫細胞および非免疫間質細胞集団の相対量を定量化した。免疫チェックポイントの発現プロファイルも解析し、E-score/S-scoreとの相関を評価した。PD-L1タンパク質発現は、RPPA (Reverse Phase Protein Array) および免疫組織化学 (IHC) 染色により検証した。
統計解析: 遺伝子発現、miRNA発現、CpG DNAメチル化レベルとE-scoreまたはS-score間のPearson相関係数を計算した。多重検定補正にはFDR補正を用いた。機能濃縮解析にはEnrichrツール Kuleshov et al. Nucleic Acids Res 2016 (Fisher’s Exact test) を使用し、KEGG、GO、Reactomeデータベースを用いた。教師なしクラスタリング解析は、Wilkerson et al. Bioinformatics 2010のConsensusClusterPlusアルゴリズムの拡張版を用いて行った。