- 著者: Mizugaki H, Yamamoto N, Fujiwara Y, Nokihara H, Yamada Y, Tamura T
- Corresponding author: Noboru Yamamoto (Department of Thoracic Oncology, National Cancer Center Hospital, Tokyo, Japan)
- 雑誌: Journal of Clinical Oncology
- 発行年: 2015
- Epub日: 2015-04-27
- Article種別: Original Article
- PMID: 25918301
背景
がん治療における新規抗がん剤の開発は、前臨床試験から臨床試験へと段階的に進められる。特に第I相試験(フェーズI試験)は、ヒトにおける推奨投与量や安全性を評価する極めて重要な段階である。しかし、日本における抗がん剤の第I相試験は、欧米での FIH (first-in-human; 初回ヒト投与) 試験が完了した後に国内検証試験として実施されることが大半であった。このため、欧米での承認から日本での承認までに大きな時間差が生じる「オンコロジードラッグラグ(oncology drug lag)」が深刻な社会問題となってきた。
先行研究である Yonemori et al. (2011) は、日本におけるドラッグラグの構造的要因を指摘し、規制当局や製薬企業の意思決定プロセスにおける課題を浮き彫りにした。また、Tsuji et al. (2010) は、日米欧における新薬承認状況を比較し、日本での承認遅延が患者の治療選択肢を制限している実態を報告した。さらに、Ichimaru et al. (2010) は、医薬品医療機器総合機構(PMDA)による審査迅速化への取り組みと国際共同治験の推進の重要性を強調している。
しかし、これまでの開発プロセスにおいて、日本国内の第I相試験は「安全性の懸念」から、欧米で決定された最大耐用量(MTD)または MAD (maximum administered dose; 最大投与量) の約50%という極めて低い用量から開始されることが慣行となっていた。この慣行には科学的な根拠がなく、結果として国内での用量探索プロセスを長期化させ、ドラッグラグをさらに悪化させる要因となっていた。日本と欧米の患者間における用量制限毒性(DLT)プロファイルや、実際のMTD/MADの類似性について、大規模かつ包括的に比較した解析はこれまで存在せず、日本人患者における毒性特性が欧米人と本当に異なるのかどうかは不明であった。特に、1995年以降、がん治療開発の主流が従来の細胞傷害性抗がん剤から分子標的薬、さらには免疫チェックポイント阻害薬(例えば、Topalian et al. NEnglJMed 2012 に代表される抗PD-1抗体など)へとシフトする中で、試験デザインや毒性プロファイルも変化している。それにもかかわらず、日本人患者における具体的なデータや欧米データとの整合性に関する検証は圧倒的に不足している。この科学的エビデンスの欠如が、日本での国際共同第I相試験の並行実施を阻む大きな課題であり、臨床開発における重大なgapが残されている。
目的
本研究の目的は、NCCH (National Cancer Center Hospital; 国立がん研究センター中央病院) において1995年から2012年までの長期間にわたり実施された、単剤での抗がん剤第I相試験のデータを包括的に後ろ向きに解析することである。具体的には、日本人患者における用量制限毒性(DLT)のプロファイル、最大耐用量(MTD)、およびMADを同定し、これらを欧米で公表されている文献データと詳細に比較検証する。これにより、日本と欧米における抗がん剤の毒性および推奨用量の類似性を科学的に明らかにし、日本が早期臨床開発段階から欧米と並行して国際共同第I相試験に参画するための強固な科学的根拠を構築することを目指す。さらに、第I相試験に登録された予後不良な進行がん患者における生存期間を解析し、治療開始前の背景因子や臨床検査値から独立した予後不良因子を同定することで、今後の早期臨床試験における適切な患者選択基準を確立することも目的とする。
結果
登録患者背景と開発薬剤の時代的変遷:
本研究の対象となったのは、NCCHで実施された54の単剤第I相試験に登録された進行固形がん患者 n=777 例である (Table 1)。患者の年齢中央値は57歳(範囲:18-76歳)であり、性別は男性450例(57.9%)、女性327例(42.1%)であった。全身状態を示すECOG PSは、PS 0が300例(38.6%)、PS 1が475例(61.1%)、PS 2が2例(0.3%)であった。原発巣として最も頻度が高かったのは肺がんの248例(31.9%)であり、次いで大腸がん163例(21.0%)、肉腫107例(13.8%)の順であった。前治療としての化学療法歴の中央値は3レジメン(範囲:1-14)であり、全体の95.8%にあたる744例が化学療法の治療歴を有していた。開発薬剤の時代的変遷をみると、1995年から2004年までの期間においては、細胞傷害性薬 54% vs 分子標的薬 46% と、両者の割合は同等であった。しかし、2005年から2012年までの期間においては、分子標的薬 80% vs 細胞傷害性薬 20% と、分子標的薬の割合が急増しており、開発の重心が分子標的薬へと完全に移行していることが示された (Table 3)。
用量制限毒性の発現プロファイルと日欧米間の類似性: 全登録患者777例のうち、用量制限毒性(DLT)が観察されたのは86例(11.1%)であり、発現したDLTの総数は125件であった (Table 4)。最も頻度の高いDLTは、肝機能指標であるAST/ALT上昇の20件(14.6%)であり、次いで好中球減少19件(13.9%)、血小板減少13件(9.5%)の順であった。治療関連死は2例(0.3%)に認められ、いずれも間質性肺炎(薬物有害反応としての肺障害)によるものであった。これらのDLTが発現した用量レベルについて欧米のデータと比較したところ、125件のDLTのうち66.4%が、欧米の第I相試験で決定されたMTDまたはMADの80%から120%の用量範囲内で発現していた (Fig 1A)。また、日本と欧米の両地域でMTDまたはMADが決定され、直接比較が可能であった46薬剤(細胞傷害性抗がん剤11剤、分子標的薬35剤)を対象に、推奨用量の類似性を散布図を用いて評価した (Fig 1B)。その結果、全体の80.4%にあたる37薬剤(細胞傷害性抗がん剤9剤、分子標的薬28剤)において、日本のMTD/MADは欧米の80%から120%の範囲内に収まっており、両地域で推奨用量が「類似」していることが実証された。
進行がん患者における治療効果と生存成績: 第I相試験に登録された患者における治療効果を評価したところ、腫瘍縮小効果(RECIST基準による腫瘍縮小率20%以上)は20.8%の患者で観察された。全体の奏効率(ORR)は6.2%(95% CI 4.6-8.1%)であり、病勢コントロール率(DCR)は54.4%(95% CI 50.9-58.0%)に達した。生存解析の対象となった624例における全生存期間(OS)の中央値(MST)は10.0ヶ月(95% CI 9.1-11.0ヶ月)であった。また、1年生存率は47.4%(95% CI 43.3-51.5%)、2年生存率は19.5%(95% CI 16.3-23.0%)と、標準治療不応期の進行がん患者を対象とした早期臨床試験としては極めて良好な生存成績が示された。さらに、第I相試験終了後に、全体の60.6%にあたる患者が追加の抗がん治療(後治療)を受けており、試験終了後も適切な医療アクセスが維持されていた。
多変量解析による独立した予後不良因子の同定:
治療開始前の患者背景および臨床検査値を用いて、全生存期間(OS)に対する予後因子をCox比例ハザードモデルにより解析した。多変量解析の結果、主要な独立した予後不良因子として、肝転移を有することが HR 1.67 (95% CI 1.35-2.07, p<0.001) と同定され、肝転移なし群 vs 肝転移あり群で生存期間に有意な差を認めた。また、臨床検査値においては、基準値上限(ULN)以上のLDH上昇が HR 1.51 (95% CI 1.23-1.83, p<0.001)、および低アルブミン血症(基準値下限[LLN; lower limit of normal]未満)が HR 1.35 (95% CI 1.08-1.67, p=0.007) と、それぞれ独立した予後不良因子として同定された。さらに、全身状態を示すECOG PSが1以上であることも HR 1.37 (95% CI 1.13-1.67, p=0.002)、男性であることも HR 1.29 (95% CI 1.05-1.55, p=0.005)、基準値上限以上のAST上昇も HR 1.42 (95% CI 1.07-1.87, p=0.014) と、統計学的に有意な予後不良因子であった。これらの予後不良因子は、欧米の第I相試験登録患者を対象とした大規模解析で報告されている予後スコア(Royal Marsden Hospitalスコアなど)の構成因子と極めてよく一致しており、日本人患者においても同様の基準が適用可能であることを示している。
考察/結論
本研究は、日本国内の単一施設において過去17年間に実施された単剤第I相試験のデータを包括的に解析した、これまでで最大規模の後ろ向き研究である。
先行研究との違い: 従来の日本の臨床開発プロセスは、欧米でのFIH試験完了後に、安全性を過度に懸念して欧米MTDの約50%という極めて低い用量から国内試験を開始する慣行が一般的であった。この慣行は、科学的な検証を経ずに長年踏襲されてきたものであり、国内の用量探索期間を不必要に長期化させ、オンコロジードラッグラグを助長する要因となっていた。本研究は、このような従来の開発アプローチと異なり、日本と欧米の臨床試験データを直接かつ包括的に比較することで、両地域における毒性プロファイルおよび推奨用量(MTD/MAD)が約80%の薬剤において極めて類似していることを科学的に実証した。
新規性: 本研究は、日本の第I相試験における用量制限毒性(DLT)の発現用量のうち、66.4%が欧米のMTD/MADの80%から120%の範囲内にあることを本研究で初めて明らかにした。この知見は、日本人患者における抗がん剤の耐容性が欧米人と本質的に同等であることを示すものであり、従来の「日本人には欧米人より低い用量から開始しなければならない」という固定観念を覆す新規のエビデンスである。
臨床応用: 本研究の成果は、日本の新薬開発における臨床的意義が極めて大きい。約80%の薬剤で日欧米のMTD/MADが同等であるという事実は、日本が早期開発段階から欧米と並行して国際共同第I相試験(グローバルフェーズI試験)を計画・実施することが十分に可能であることを示唆している。これにより、国内での無駄な用量探索ステップをスキップし、開発期間を大幅に短縮することが期待される。実際の臨床現場においても、有望な新規治療薬へのアクセスが迅速化されることで、ドラッグラグの解消と患者の予後改善に直結する。また、同定された6つの独立した予後不良因子(男性、PS ≥ 1、肝転移、AST上昇、LDH上昇、低アルブミン血症)は、早期臨床試験への適切な患者選択を可能にする実用的なスクリーニングツールとして活用できる。
残された課題: 一方で、今後の課題および本研究の limitation として、いくつかの点が挙げられる。第一に、本研究は単一施設(国立がん研究センター中央病院)の後ろ向きデータに基づいているため、他施設での検証が必要である。第二に、約20%の薬剤(temsirolimusなど)においては、日本と欧米でMTDに明らかな乖離が認められており、すべての薬剤で一律に国際共同第I相試験が適しているわけではない。この乖離の背景にある民族的・体格的差異や、薬物代謝酵素である CYP (cytochrome P450; シトクロムP450) 遺伝子多型などの関与については、本研究では遺伝子データが収集されておらず、今後の検討課題として残された課題となっている。今後は、薬物動態(PK)および薬力学(PD)データと遺伝子多型情報を統合した、より詳細なトランスレーショナルリサーチが必要とされる。
方法
本研究は、1995年7月から2012年12月までにNCCHにおいて実施された、単剤での抗がん剤第I相試験に登録された進行固形がん患者を対象とした単施設後ろ向きコホート研究である。合計54の臨床試験に登録された777例の患者データを電子カルテおよび治験管理システムから抽出した。これら54の治験薬には、5つのFIH試験が含まれており、対象となった新規開発化合物(IND)は細胞傷害性抗がん剤17剤(31.5%)および分子標的薬37剤(68.5%)に分類された。分子標的薬はさらに、小分子阻害薬26剤(48.1%)、抗体医薬8剤(14.8%)、その他3剤(5.6%)に細分類された。なお、本解析に含まれる臨床試験群には、日本国内で実施された初期の第I相試験だけでなく、国際共同第I相試験(例えば、抗PD-1抗体であるnivolumabの初期開発に関連する臨床試験登録番号 NCT00730639 などの試験プログラム)も含まれている。
安全性評価項目として、各試験で定義された用量制限毒性(DLT)の発現状況を調査した。毒性の評価には、各試験の実施時期に対応する米国がん研究所(NCI)の共通有害事象共通用語基準(CTCAE)が用いられた。日本国内の試験で得られたDLT発現用量および決定されたMTD/MADを、欧米で実施され公表されている同一薬剤の第I相試験の文献データと比較した。本研究では、日本と欧米の用量差が「80%から120%の範囲内」にある場合を「類似(等価)」と定義した。
生存解析および予後因子の同定においては、全生存期間(OS)を主要評価項目とした。OSは、第I相試験における最初の薬剤投与日から、あらゆる原因による死亡日までと定義し、生存例は最終生存確認日にてセンサー(打ち切り)扱いとした。生存曲線および中央生存期間(MST)の算出には Kaplan-Meier 法を用いた。予後因子の解析には、治療開始前の患者背景(年齢、性別、ECOG PS、体重減少、転移部位数、前治療歴など)および血液・生化学検査値(白血球数、ヘモグロビン、血小板数、AST、ALT、LDH、総ビリルビン、アルカリフォスファターゼ、アルブミン)を候補変数として用いた。単変量解析で有意であった因子を抽出し、Cox proportional hazards model(コックス比例ハザードモデル)を用いた多変量解析を実施することで、独立した予後不良因子を同定した。すべての統計解析は STATA version 13 を用いて行われ、p値が0.05未満を統計学的有意差ありと判定した。