• 著者: Kaneda H, Kizaki M, Ochi M, Shiraiwa N, Akatsu S
  • Corresponding author: Shigemi Akatsu (Novartis Pharma K.K., Tokyo, Japan)
  • 雑誌: Scientific Reports
  • 発行年: 2020
  • Epub日: 2020-10-09
  • Article種別: Original Article
  • PMID: 33033286

背景

セリチニブは、選択的ALK阻害薬であり、ALK融合遺伝子陽性の切除不能進行・再発非小細胞肺がん (NSCLC) 患者の治療薬として承認されている。米国および欧州連合では既に承認されており (US FDA 2017, EMA)、日本では2016年3月にクリゾチニブ耐性または不耐容のALK陽性切除不能進行・再発NSCLCに対して初めて承認された。その後、2017年9月には、ALK陽性切除不能進行・再発NSCLCの一次治療を含む適応拡大承認を取得した (PMDA 2017)。しかし、セリチニブの安全性と有効性を評価する国際臨床試験 (例えば、Crino et al. JClinOncol 2016で報告されたASCEND-2試験やFelip et al. 2015のASCEND-3試験など) における日本人患者の登録数は限定的であったため、承認条件として、日本のリスク管理計画の一環として市販後調査 (PMS: Post-Marketing Surveillance) の実施が義務付けられた。

このPMSは、日本の医薬品、医療機器等の品質、有効性及び安全性の確保等に関する法律 (旧薬機法) およびGPSP省令 (Good Post-marketing Study Practice) に基づく非介入型調査であり、特定の適格基準を設けない実臨床における全患者を登録対象とする。これは、厳格な選択基準を持つ臨床試験とは異なり、より多様な患者背景を反映したデータが得られるという特徴がある。日本のALK陽性NSCLCの実臨床環境では、クリゾチニブとアレクチニブの両方で前治療を受けた後にセリチニブが投与されるケースが多く、これは承認臨床試験 (例えば、ASCEND-2試験のクリゾチニブ前治療後の患者集団) とは患者背景が大きく異なる。Hida et al. (2017) は日本人部分集団におけるセリチニブの有効性・安全性を報告しているが、実臨床での詳細なデータは不足していた。特に、高度な前治療歴を持つ患者や、特定の合併症を有する患者におけるセリチニブの安全性プロファイルは未解明な点が残されていた。

本PMS研究は、このような実臨床におけるギャップを埋め、日本人患者におけるセリチニブの安全性と有効性を包括的に評価することを目的としている。これにより、承認時以降の新たな安全上の懸念を特定し、より適切な治療戦略の確立に貢献することが期待される。

目的

本研究の目的は、日本人ALK陽性切除不能進行・再発NSCLC患者を対象として、セリチニブの実臨床における安全性と有効性を評価することである。具体的には、以下の項目を調査した。

  1. 臨床安全性: 有害事象 (AEs: Adverse Events)、副作用 (ADRs: Adverse Drug Reactions)、および優先調査項目 (消化器毒性、肝障害、間質性肺疾患、QT延長、高血糖、膵炎、徐脈、心膜炎、感染症) の発現頻度と重症度を評価する。
  2. 有効性: 客観的奏効率 (ORR: Objective Response Rate) および無増悪生存期間 (PFS: Progression-Free Survival) を評価する。
  3. 特定集団における安全性: 小児、高齢者、妊婦、腎機能障害、肝機能障害、間質性肺疾患、心疾患を有する患者における安全性上の懸念を特定する。

これらの評価を通じて、セリチニブの承認時リスク管理計画の一環として、日本人患者における実臨床での安全性プロファイルを確立し、新たな安全上の懸念がないかを確認することを最終的な目標とした。本研究は日本の薬機法に基づく特定使用成績調査であり、UMIN試験登録番号はUMIN000021669である。

結果

本研究では、112件の症例報告書が収集され、そのうち110例が安全性解析対象集団に含まれた。有効性解析対象集団は88例であった (Figure 1)。

患者背景: 安全性解析対象110例の患者背景をTable 1に示す。患者集団は女性が53.6% (59/110例)、中央年齢は63.0歳 (範囲29〜82歳) であった。65歳以上の高齢患者が41.8% (46/110例)、75歳以上が10.0% (11/110例) を占めた。ECOG PS (Eastern Cooperative Oncology Group Performance Status) は、0が30.0% (33例)、1が47.3% (52例)、2が10.9% (12例)、3が10.0% (11例)、4が1.8% (2例) であった。Stage IVB/IVの進行期NSCLC患者が87.3% (96例) を占め、脳転移を有する患者は57.3% (63例) であった。前治療ライン数は、3ラインが34.5% (38例)、4ライン以上が50.9% (56例) と、高度に前治療された集団であった。前治療歴としては、クリゾチニブが94.5% (104例)、アレクチニブが95.5% (105例)、白金製剤を含む併用化学療法が80.0% (88例)、免疫療法が6.4% (7例) であった。セリチニブの初回投与量は、承認用量である750 mgが79.1% (87例) と大多数を占めた。セリチニブの使用期間中央値は60.5日 (範囲1〜364日) であった。治療中止の主な原因は原疾患の増悪 (53.6%, 59例) であり、副作用による中止は30.0% (33例) であった。

安全性プロファイル: 有害事象は97.3% (107/110例) の患者で発現し、副作用 (セリチニブとの因果関係が否定できない事象) は90.0% (99例) で認められた。10%以上の頻度で認められた副作用 (全グレード) は、下痢51.8% (57例)、悪心36.4% (40例)、嘔吐28.2% (31例)、食欲減退15.5% (17例)、肝機能異常14.6% (16例)、腎障害10.0% (11例) であった。グレード3以上の主な副作用は、下痢6.4% (7例)、悪心5.5% (6例)、食欲減退3.6% (4例)、嘔吐2.7% (3例)、肝機能異常2.7% (3例)、肝障害2.7% (3例) であった。死亡は29例 (26.4%) で報告され、その大半は原疾患の増悪によるものであった。副作用関連死亡は1例 (肺炎および肺胞出血、59歳女性) であった。優先調査項目別の発現率は、悪心/嘔吐/下痢の複合事象が73.6% (81例、グレード3以上13.6%, 15例)、肝障害が33.6% (37例、グレード3以上9.1%, 10例)、間質性肺疾患が1.8% (2例、全例グレード3以上)、膵炎が1.8% (2例)、QT延長が0.9% (1例)、徐脈が0.9% (1例)、心膜炎が0.9% (1例)、感染症が1.8% (2例) であった (Table 3)。6つの臨床試験のプール解析 (N=822) と比較すると、本PMS研究では消化器毒性 (悪心36.4% vs 73.2%、嘔吐28.2% vs 59.0%、下痢51.8% vs 79.4%) の頻度が低かった。これは、実臨床における適切な用量調整や支持療法の活用が寄与した可能性が考えられる。一方、間質性肺疾患は本PMS研究で1.8%と、プール解析の0.4%よりやや高頻度で報告された。高血糖/糖尿病は本PMS研究では報告がなかった (プール解析では3.0%/0.2%)。

特定集団における安全性: 高齢者 (65歳以上) では、副作用が93.5% (43/46例) で認められ、消化器症状が多かった。腎障害合併患者6例全員に副作用が発現した。これらには腎障害が5例 (83.33%)、下痢が4例 (66.67%)、嘔吐が2例 (33.33%) 含まれた。重篤な副作用として、間質性肺疾患、肺炎、肺胞出血が同一患者で発生した。肝機能障害を合併していた5例中3例で副作用が発現し、間質性肺疾患、悪心、便秘、肝機能異常、血中ビリルビン増加がそれぞれ1例 (20.00%) で認められた。グレード4の間質性肺疾患の重篤な副作用が1例で報告された。心疾患を合併していた3例中2例で副作用が発現し、下痢と悪心が2例 (66.67%) で、肺炎、間質性肺疾患、肺胞出血、嘔吐、腎障害がそれぞれ1例 (33.33%) で認められた。

有効性: 有効性解析対象88例において、客観的奏効率 (ORR; CR+PR) は29.55% (95% CI 20.29-40.22) であった。内訳はCRが1例 (1.1%)、PRが25例 (28.4%) であった (Table 5)。病勢コントロール率 (DCR; CR+PR+SD) は53.41% (95% CI 42.46-64.12) であった。無増悪生存期間 (PFS) 中央値は91.0日 (95% CI 66.00-112.00、約3ヶ月) であった (Figure 2)。患者背景別のORR解析では、ECOG PSのみが有意な予測因子であった。ECOG PS 0の患者ではORRが52.0% (13/25例) であったのに対し、ECOG PS 1の患者では22.9% (11/48例) であり、オッズ比は0.27 (95% CI 0.10-0.77) であった。脳転移の有無、前治療ライン数、年齢では有意差は認められなかった (Table 6)。クリゾチニブ前治療歴のある86例におけるORRは30.2% (26例)、アレクチニブ前治療歴のある84例におけるORRは28.6% (24例) であり、クリゾチニブ後およびアレクチニブ後の両方の状況で臨床的に意義のある奏効が確認された。

考察/結論

本研究は、日本人ALK陽性NSCLC患者におけるセリチニブの市販後調査の中間解析結果を報告するものである。本PMS研究の患者集団は、承認臨床試験 (ASCEND-2試験など) と比較して、クリゾチニブとアレクチニブの両方で前治療を受けた患者が90%以上を占め、4ライン以上の前治療歴を持つ患者が50.9%に達するなど、実臨床における特に高度に前治療された集団であった点で、先行研究と異なる患者背景を示した。

有効性に関する所見: 本研究で得られたORR 29.55% (95% CI 20.29-40.22) およびPFS中央値91日 (95% CI 66.00-112.00) という有効性は、ASCEND-2試験の全集団におけるORR 37.1%およびPFS中央値5.7ヶ月と比較すると低い値であった。しかし、本PMS研究の患者集団がECOG PS 2以上、前治療4ライン以上、クリゾチニブおよびアレクチニブ双方の前治療歴を持つなど、一般的に予後不良とされる高度前治療集団であることを考慮すると、ORR約30%、DCR約53%という結果は臨床的に意義のある活性を示している。特に、ECOG PSのみがORRの独立予測因子であり、PS 0の患者で52.0%のORRが認められたのに対し、PS 1の患者では22.9%であり、オッズ比は0.27 (95% CI 0.10-0.77) であったことから、PSが良好な患者においてより高い効果が期待できることが示唆される。

安全性に関する所見: 本PMS研究で報告された安全性プロファイルは、承認時の臨床試験結果と概ね一致しており、新たな安全上の懸念は検出されなかった。消化器毒性 (悪心、嘔吐、下痢) の頻度が臨床試験のプール解析と比較して低かった点は注目に値する。これは、実臨床において、副作用発現時に適切な用量減量や制吐薬・止痢薬などの支持療法が積極的に活用された結果であると考えられる。一方、間質性肺疾患の発現率が1.8%と、臨床試験のプール解析 (0.4%) よりやや高かった点は、日本人患者特有のリスク因子 (間質性肺疾患の基礎疾患合併例を含む) として引き続き留意が必要である。

残された課題と今後の方向性: 本PMS研究は中間解析であり、目標登録症例数500例のうち110例のみのデータに基づいているというlimitationがある。また、セリチニブの承認用量である750 mg空腹時投与と、後に承認された450 mg食後投与の比較を行ったASCEND-8試験の結果は本解析には含まれていない。今後は、セリチニブが一次治療 (ASCEND-4試験でアレクチニブの一次治療としての優位性が確立された後のALK陽性NSCLCにおける位置付け) や、ロルラチニブ後の三次以降の治療設定における実臨床データの継続的な蓄積が求められる。本研究結果は、日本人ALK陽性NSCLC患者におけるセリチニブの実臨床での安全性と有効性に関する貴重な情報を提供し、今後の治療戦略の最適化に貢献するものである。

方法

本研究は、多施設共同、非介入型観察研究 (特定使用成績調査、全例調査) として実施された。日本のGPSP省令に準拠し、ノバルティス社の科学・倫理審査委員会および各参加施設の治験審査委員会 (IRB) の承認を得て実施された。本調査は非介入型であるため、GPSP省令に基づき患者からのインフォームドコンセントは必須ではなかったが、調査の目的、個人情報保護法、および調査情報の公開について、治験責任医師が患者に説明を行った。

患者集団: 2016年3月28日から2018年4月28日 (データカットオフ日) の期間にセリチニブの投与を開始した日本人ALK陽性切除不能進行・再発NSCLC患者全例を登録対象とした。目標登録症例数は520例、安全性解析対象症例数は500例と設定された。

主要観察期間: 各患者のセリチニブ治療開始から1年間 (52週間) または治療終了後30日までとした。

安全性評価: 有害事象および副作用は、CTCAE v4.0 (Common Terminology Criteria for Adverse Events version 4.0) に準拠して評価された。優先調査項目として、肝障害、QT延長、間質性肺疾患、高血糖 (糖尿病を含む)、悪心/嘔吐/下痢、膵炎、徐脈、心膜炎、感染症が設定された。安全性解析対象集団は、収集された症例報告書 (CRF) のうち、安全性解析除外基準 (例: 署名不足、契約期間外の治療、有害事象未記録、重複登録、セリチニブ前使用、未承認薬研究参加、適応外使用、初回投与後の未受診) に該当しない全患者とした。

有効性評価: 有効性は、客観的奏効率 (ORR) および無増悪生存期間 (PFS) によって評価された。ORRは、RECIST v1.1 (Response Evaluation Criteria in Solid Tumors version 1.1) に基づく最良総合効果 (治療開始後6ヶ月以内または観察期間終了時の最良奏効) として評価された。完全奏効 (CR) または部分奏効 (PR) が確認された患者を奏効例とした。PFSは、セリチニブ治療開始から原疾患の増悪または死亡までの期間として、カプラン・マイヤー法 (Kaplan-Meier method) を用いて評価された。有効性解析対象集団は、安全性解析対象集団のうち有効性評価が可能な患者とした。

特定集団の安全性評価: 65歳以上、75歳以上、腎機能障害合併、肝機能障害合併、間質性肺疾患合併、心疾患合併患者における個別の安全性評価を実施した。

統計解析: 統計解析にはSASソフトウェア (バージョン9.3) を使用し、有害事象および副作用はMedDRA (Medical Dictionary for Regulatory Activities) バージョン21.0を用いてコード化された。オッズ比とその95%信頼区間は、患者特性別の解析カテゴリーについて推定された。