• 著者: Gregory D. Jones, Raul Caso, Kay See Tan, Brooke Mastrogiacomo, Francisco Sanchez-Vega, Yuan Liu, James G. Connolly, Yonina R. Murciano-Goroff, Matthew J. Bott, Prasad S. Adusumilli, Daniela Molena, Gaetano Rocco, Valerie W. Rusch, Smita Sihag, Sandra Misale, Rona Yaeger, Alexander Drilon, Kathryn C. Arbour, Gregory J. Riely, Neal Rosen, Piro Lito, Haiying Zhang, David C. Lyden, Charles M. Rudin, David R. Jones, Bob T. Li, James M. Isbell
  • Corresponding author: David R. Jones (Memorial Sloan Kettering Cancer Center, New York, USA), James M. Isbell (Memorial Sloan Kettering Cancer Center, New York, USA), Bob T. Li (Memorial Sloan Kettering Cancer Center, New York, USA)
  • 雑誌: Clinical Cancer Research
  • 発行年: 2021
  • Epub日: 2021-03-01
  • Article種別: Original Article
  • PMID: 33593884

背景

KRAS変異は肺腺癌において最も頻度の高いドライバー変異であり、全肺腺癌の約25%から33%に認められると報告されている Cancer et al. Nature 2014。特にKRAS G12C変異はKRAS変異全体の約40%から45%を占める主要なサブタイプである。進行期非小細胞肺癌 (NSCLC) において、KRAS変異は一般的に予後不良因子とされ、標準的な全身療法に対する臨床的効果が低いことが示されてきた (Johnson et al. Cancer 2013)。しかし、近年、KRAS G12C特異的阻害薬であるソトラシブやアダグラシブの開発が進み、転移性NSCLC患者を対象とした第I相臨床試験では有望な臨床活性が報告されている Hong et al. NEnglJMed 2020

一方で、外科的切除が行われた早期肺腺癌におけるKRAS G12C変異の予後的意義については、これまで十分に解明されていなかった。特に、KRAS G12C変異が他のKRAS変異サブタイプと比較して異なる再発リスクを持つかどうか、また、その臨床病理学的・ゲノム的特徴がどのようなものであるかは不明な点が多かった。先行研究では、KRAS変異全体が早期肺腺癌の予後不良と関連する可能性が示唆されていたが (Nadal et al. J Thorac Oncol 2014)、KRAS G12C変異に特化した大規模な解析は不足していた。この知識のギャップを埋めることは、高リスク患者群を特定し、個別化された治療戦略を確立するために不可欠である。

切除後の早期肺腺癌患者において、KRAS G12C変異が再発リスクに与える影響を詳細に評価することは、術後補助療法としてのKRAS G12C阻害薬の適応を検討する上で極めて重要な科学的根拠となる。KRAS G12C変異は肺腺癌における最も一般的なKRAS変異であり、進行期NSCLCではKRAS G12C阻害薬の有望な臨床活性が示されているものの、外科的切除を受けた早期肺腺癌におけるその予後的意義と、再発リスクへの影響については十分に特徴付けられていなかった。本研究は、この未解明な領域に焦点を当て、切除された早期肺腺癌におけるKRAS G12C変異の予後的意義と、その背景にある生物学的特徴を明らかにすることを目的とした。特に、KRAS G12C変異腫瘍が他のKRAS変異腫瘍と比較して、より侵襲的な臨床病理学的・ゲノム的特徴を持つ可能性が指摘されており、これらの詳細な解析が求められていた。

目的

本研究の目的は、外科的に切除された病期I-IIIの肺腺癌患者において、KRAS G12C変異が他のKRAS変異サブタイプ(KRAS non-G12C)やKRAS野生型と比較して、独立した再発リスク因子となるかを検討することである。具体的には、主要評価項目である無病生存期間 (DFS) におけるKRAS G12C変異の予後的な影響を評価する。さらに、KRAS G12C変異腫瘍が持つ特異的な臨床病理学的およびゲノム的特徴を詳細に解析し、その予後不良との関連性を解明することを目指した。これには、リンパ管侵襲 (LVI)、病理学的リンパ節転移、腫瘍変異負荷 (TMB)、ゲノム変化割合 (FGA)、および共変異パターンなどの評価が含まれる。最終的に、これらの知見を独立した外部コホートであるThe Cancer Genome Atlas (TCGA) データセットで検証し、KRAS G12C変異が早期肺腺癌における高リスク群を特定するバイオマーカーとしての有用性を確立することを目的とした。これは、術後補助療法としてのKRAS G12C阻害薬の臨床開発に向けた重要な科学的根拠を提供するものである。

結果

KRAS G12C変異と再発リスクの増加: 本研究の主要コホート (n=604) において、3年DFSはKRAS G12C群で68.7% (95% CI 58.9-80.3%)、KRAS non-G12C群で80.0% (95% CI 72.4-88.3%) であった。KRAS G12C変異はKRAS non-G12C変異と比較して有意に再発リスクが高く、ハザード比 (HR) は1.82 (95% CI 1.06-3.15, p=0.029) であった (Figure 1B)。多変量解析においても、病理学的病期で調整後、KRAS G12C変異は独立した再発リスク因子として同定され、HRは1.84 (95% CI 1.01-3.36, p=0.046) であった (Table 2)。KRAS野生型との比較では、KRAS G12C群は有意に短いDFSを示したが、KRAS変異全体とKRAS野生型との間ではDFSに統計的有意差は認められなかった (HR 0.95, 95% CI 0.68-1.34, p=0.785) (Figure 1A)。3年時点での局所再発の累積発生率 (CIR-LR) はKRAS G12C群で8% (95% CI 2.8-16.8%)、KRAS other群で2.3% (95% CI 0.6-6.1%) であったが、統計的有意差は認められなかった (Gray p=0.119)。遠隔再発の累積発生率 (CIR-DR) はKRAS G12C群で20.8% (95% CI 12.6-30.4%)、KRAS other群で13% (95% CI 7.2-20.7%) であったが、これも統計的有意差には達しなかった (Gray p=0.070)。

臨床病理学的特徴とゲノム的特徴: KRAS G12C群はKRAS non-G12C群と比較して、リンパ管侵襲 (LVI) の割合が有意に高かった (51% vs 37%, p=0.032)。また、病理学的リンパ節転移 (pN1/N2) の割合もKRAS G12C群で高い傾向が認められた (21% vs 12%, p=0.059)。ゲノム解析では、KRAS G12C腫瘍はKRAS non-G12C腫瘍と比較して、腫瘍変異負荷 (TMB) が有意に高く (中央値 7.0 mut/Mb vs 6.1 mut/Mb, p=0.021)、ゲノム変化割合 (FGA) も高い傾向を示した (中央値 3.8% vs 1.5%, p=0.053) (Figure 2)。これらの特徴は、KRAS G12C変異腫瘍がより侵襲性の高い生物学的特性を持つことを示唆している。PD-L1高発現 (≧50%) の割合は、KRAS G12C群 (37%) およびKRAS non-G12C群 (35%) でKRAS野生型群 (25%) よりも有意に高かった (p=0.013)。KRAS G12C変異腫瘍では、喫煙歴のある患者の割合が96%と非常に高かった (Table 1)。

共変異パターンと変異シグネチャー: KRAS G12C腫瘍とKRAS non-G12C腫瘍の間で、特定のドライバー遺伝子における共変異パターンに統計的に有意な差は認められなかった。ただし、KRAS G12C腫瘍ではSTK11およびNF1変異がKRAS non-G12C腫瘍よりも多い傾向にあり、KRAS non-G12C腫瘍ではRBM10の切断型変異が約2倍多く認められた (Figure 2)。変異シグネチャーの解析では、KRAS G12C腫瘍はAPOBEC活性に起因するSBS2シグネチャーの検出頻度が有意に高かった (16% vs 6%, p=0.040) (Figure 3)。一方、KRAS non-G12C腫瘍ではSBS16 (17% vs 6%, p=0.041) およびSBS18 (10% vs 2%, p=0.043) の検出頻度が高かった。KRAS変異は両群で90%以上がクローン性イベントであり、腫瘍発生の初期段階で生じることを裏付けた (Supplementary Figure S4)。STK11とKEAP1は全コホートで有意に共変異しており、KRAS変異は他のRAS経路遺伝子(例:EGFR, BRAF, MET)と相互排他的であった (Supplementary Figure S3A)。KRAS G12C群ではTP53とNF1変異が有意に共変異していた (p=0.03)。

TCGA独立コホートでの検証: TCGA肺腺癌データセット (n=476) を用いた外部検証でも、本研究の主要な知見が確認された。KRAS変異全体とKRAS野生型との間では3年DFSに有意差はなかった (HR 1.18, 95% CI 0.89-1.56, p=0.244) (Figure 4A)。しかし、KRAS変異腫瘍群 (n=153) の中で、KRAS G12C変異患者はKRAS non-G12C変異患者と比較して有意にDFSが悪く、3年DFSはそれぞれ31.3% vs 54.2%であり、HRは1.88 (95% CI 1.18-3.00, p=0.007) であった (Figure 4B)。この結果は、KRAS G12C変異が切除後早期肺腺癌における再発リスク増加と独立して関連するという本研究の結論を強力に支持するものである。

考察/結論

本研究は、外科的に切除された病期I-IIIの肺腺癌において、KRAS G12C変異が他のKRAS変異サブタイプと比較して独立した再発リスク因子であることを、大規模な単施設コホートと独立したTCGAコホートの両方で初めて実証した重要な報告である。

先行研究との違い: これまでの研究では、KRAS変異全体が早期肺腺癌の予後不良と関連する可能性が示唆されていたが (Nadal et al. J Thorac Oncol 2014)、KRAS G12C変異に特化した大規模な解析は不足していた。本研究は、KRAS変異全体ではKRAS野生型とのDFSに有意差がない一方で、KRAS変異の中でも特にG12Cサブタイプが再発リスクの増加と強く関連することを示した点で、これまでの知見と異なり、より詳細な予後層別化の可能性を提示した。また、転移性NSCLCにおけるKRAS G12Cとnon-G12Cの間で既存治療への反応性に大きな差がないと報告された Arbour et al. ClinCancerRes 2018 ことと対照的に、本研究は「切除後の再発」という観点ではG12Cが特有のリスクプロファイルを持つことを明らかにした。

新規性: 本研究で初めて、KRAS G12C変異腫瘍が、より高いリンパ管侵襲率、病理学的リンパ節転移の傾向、高TMB、高FGAといった侵襲性の高い臨床病理学的およびゲノム的特徴を持つことを新規に同定した。さらに、KRAS G12C変異がAPOBEC関連の変異シグネチャー (SBS2) と関連していることも明らかにした。これらの特徴は、KRAS G12C変異腫瘍の再発リスクが高い生物学的根拠を提供するものである。KRAS変異が腫瘍発生の初期イベントであるという知見 (Izumchenko et al. Nat Commun 2015, Jamal et al. NEnglJMed 2017) は、本研究で示されたKRAS G12C変異腫瘍のクローン性によっても裏付けられた。

臨床応用: 本知見は、切除後の早期肺腺癌患者における補助療法としてのKRAS G12C阻害薬の臨床応用に直結する。KRAS G12C変異は、根治切除後の再発高リスク群を特定するバイオマーカーとして極めて重要な意義を持つ。この高リスク患者群に対して、術後補助療法としてKRAS G12C阻害薬(ソトラシブ、アダグラシブなど)を検討することで、無病生存期間の改善が期待される。本研究の結果は、このような補助療法臨床試験の設計を加速させる科学的根拠を提供した。

残された課題: 今後の検討課題として、補助化学療法の有無がKRAS G12C変異例の予後に与える影響の評価、およびADAURA試験のデザインを参考にした術後KRAS G12C阻害薬のランダム化比較試験の実施が挙げられる。また、KRAS G12C変異以外のKRASサブタイプにおける補助療法戦略の最適化も重要な研究課題である。本研究のlimitationとしては、早期病期コホートにおける死亡イベント数が少ないため、全生存期間 (OS) を主要評価項目として解析できなかった点が挙げられる。さらに、アジア地域のようなKRAS変異頻度が異なる地理的コホートでの外部検証も今後の研究で必要とされる。

方法

本研究は、Memorial Sloan Kettering Cancer Center (MSKCC) において2010年2月から2018年12月の間に病期I-IIIの肺腺癌に対して完全切除 (R0) を受けた患者を対象とした後方視的コホート研究である。対象患者は、MSK-IMPACT Cheng et al. JMolDiagn 2015 による次世代シークエンシング (NGS) が原発腫瘍に対して実施されていることを条件とした。除外基準は、術前導入療法を受けた患者、不完全切除(R1またはR2)の患者、およびNGSの品質が低い患者であった。最終的に604例の患者が解析対象となった。

患者はKRAS変異ステータスに基づき、KRAS野生型 (KRAS wt) 374例、KRAS G12C変異 (KRAS G12C) 95例、KRASその他変異 (KRAS other) 135例の3群に分類された。主要評価項目は無病生存期間 (DFS) とし、手術日から初回再発またはあらゆる原因による死亡までの期間と定義された。患者は最終追跡調査時に打ち切られた。DFSの推定にはカプラン・マイヤー法を用い、群間比較にはログランク検定が適用された。単変量および多変量Cox比例ハザードモデルを用いて、DFSに関連する独立した予後因子を評価し、ハザード比 (HR) と95%信頼区間 (CI) を算出した。多変量モデルでは病理学的病期で調整を行った。

臨床病理学的因子(年齢、性別、喫煙歴、病理学的腫瘍径、リンパ管侵襲 (LVI)、脈管侵襲 (VPI)、気腔内進展 (STAS: Spread Through Air Spaces)、組織型、病理学的リンパ節転移、病期、PD-L1発現)とゲノム因子(腫瘍変異負荷 (TMB)、ゲノム変化割合 (FGA: Fraction of Genome Altered)、共変異)が各群間で比較された。カテゴリカル因子にはFisherの正確検定、連続因子にはWilcoxon順位和検定が用いられた。TMBは、MSK-IMPACTパネルのサイズで正規化された非同義単一ヌクレオチド挿入/欠失変異の総数として定義された。FGAはFACETS (Fraction and Allele-specific Copy number Estimates from Tumor Sequencing) アルゴリズムを用いて算出された Shen et al. Nucleic Acids Res 2016

ゲノム解析では、OncoKB Chakravarty et al. JCOPrecisOncol 2017 を用いて既知のドライバー変異を特定し、共変異および相互排他的な変異パターンがFisherの正確検定とFDR補正により評価された。腫瘍のクローン性については、FACETSによって算出されたがん細胞分画 (cancer cell fraction) を用いて評価された。クローン性イベントはがん細胞分画 > 0.8と定義された。変異シグネチャーは、Catalogue of Somatic Mutations in Cancer (COSMIC) データベースの最新版SBS (Single Base Substitution) シグネチャーを用いて解析された Alexandrov et al. Nature 2020。検出可能なシグネチャーは平均シグネチャー値が0.1を超えるものと定義された。

本研究の知見を外部検証するため、The Cancer Genome Atlas (TCGA) 肺腺癌データセット (n=476) を独立コホートとして用いた。TCGAコホートでは、病期I-IIIの肺腺癌患者で術前導入療法を受けていない症例が対象とされ、KRAS変異ステータスとDFSの関連性がカプラン・マイヤー法およびログランク検定により評価された。統計解析はStata 15.0およびR 3.5.1を用いて実施され、P値0.05未満を統計的に有意と判断した。