- 著者: Danming He, Yixiang Zhu, Jia Zhong, Hongqing Cai, Li Yuan, Wei Zhuang, Yan He, Xu Yang, Linjie Fan, Kailun Fei, Boyang Sun, Jie Zhao, Jinghong Xian, Xue Zhang, Zixiao Ma, Zhijie Wang, Jianchun Duan, Weimin Li, Hua Bai, Jie Wang
- Corresponding author: Weimin Li (The Research Units of West China, Chinese Academy of Medical Sciences, West China Hospital, Chengdu, China), Hua Bai (State Key Laboratory of Molecular Oncology, Department of Medical Oncology, National Cancer Center, Beijing, China), Jie Wang (State Key Laboratory of Molecular Oncology, Department of Medical Oncology, National Cancer Center, Beijing, China)
- 雑誌: Journal of the National Cancer Center
- 発行年: 2026
- Epub日: 2025-11-28
- Article種別: Original Article
- PMID: 42282123
背景
肺がん、特に非小細胞肺がん (NSCLC) において、KRAS G12C 変異は重要なドライバー遺伝子変異として知られている。近年、sotorasib (AMG510) や adagrasib (MRTX849) といった選択的共役結合型 KRAS G12C 阻害薬が登場し、これまで「undruggable (創薬不可能)」とされてきた KRAS 変異陽性肺がんの治療体系は劇的に変化した。しかし、KRAS G12C 変異陽性 NSCLC 患者の約 27% から 42% は診断時にすでに脳転移 (BM) を合併しており、病勢進行中には最大 40% の患者が脳転移を来すことが知られている。
脳転移を有する患者の予後は極めて不良であり、中枢神経系 (CNS) への優れた移行性を有する治療薬の開発が強く望まれている。先行研究において、sotorasib は CodeBreaK 100 試験などで一定の有効性を示したものの、脳転移例に対する intracranial (頭蓋内) 活性の評価は限定的であった (Skoulidis et al. 2021)。また、adagrasib は KRYSTAL-1 (clinical trial name for adagrasib evaluation) 試験において良好な脳移行性と頭蓋内奏効率を示したが、忍容性の課題やさらなる治療選択肢の拡充が必要とされている (Sabari et al. 2022)。さらに、既存の阻害薬の多くは血液脳関門 (BBB) に存在する P-gp (P-glycoprotein) などの排出トランスポーターの基質となりやすく、脳内での十分な薬物濃度維持が困難であるという課題が指摘されていた。
このように、優れた中枢神経系移行性と強力な抗腫瘍活性を両立した次世代の KRAS G12C 阻害薬の開発は依然として未確立の領域であり、臨床現場における大きなギャップとして残されている。特に、未治療の活動性脳転移を有する患者に対する有効な薬物療法は極めて不足しており、BBB を効率的に透過して脳内病変を制御できる新規薬剤の創出が強く求められていた。
目的
本研究の目的は、新規の経口共役結合型 KRAS G12C 阻害薬である JMKX1899 の物理化学的特性、中枢神経系 (CNS) 移行性、および国内外のプレクリニカルモデルにおける抗腫瘍活性を検証することである。具体的には、in vitro における KRAS G12C 変異陽性細胞株に対するシグナル伝達抑制能と細胞増殖抑制効果を既存薬 (sotorasib、adagrasib) と比較評価する。さらに、マウス皮下異種移植モデルおよび脳転移モデルを用いて in vivo での薬物動態 (PK) 解析と抗腫瘍効果を実証し、初期臨床試験における脳転移陽性 NSCLC 患者での安全性と有効性を後方視的に評価することで、JMKX1899 の臨床開発における有用性を確立することを目的とする。
結果
JMKX1899 の強力な KRAS G12C 結合能と in vitro 増殖抑制効果: JMKX1899 は、GDP 結合型 KRAS G12C の Switch II ポケットに共有結合する新規化合物である (Fig. 1)。nanoDSF (nano differential scanning fluorimetry) 解析において、JMKX1899 は既存の阻害薬である AMG510 や MRTX849 と比較して、より大きな熱変性温度シフト (ΔTm) を示し、GDP 結合型 KRAS G12C に対する強力な結合親和性が確認された (Fig. 1)。in vitro 細胞増殖抑制試験では、H358 や H23 などの KRAS G12C 変異陽性細胞株において、JMKX1899 は選択的かつ強力な細胞生存率低下作用を示した (Fig. 1)。JMKX1899 の H358 細胞における p-ERK 抑制能の IC50 値は 5.61 nmol/L であり、非変異株 (A549 など) には影響を与えなかった。さらに、1 nmol/L の濃度で 4 時間処理した際、JMKX1899 は AMG510 や MRTX849 よりも有意に p-ERK/ERK および p-AKT/AKT 比を抑制した (p<0.01) (Fig. 1)。また、48 時間および 72 時間後の MAPK 経路のリバウンド現象に対しても、JMKX1899 は持続的な抑制効果を示した。
in vivo 皮下異種移植モデルにおける腫瘍退縮効果: KRAS G12C 変異陽性 NSCLC 細胞株 H358 を用いた皮下異種移植マウスモデル (n=10 mice per group) において、JMKX1899 を 10 mg/kg、30 mg/kg、および 100 mg/kg で 1 日 1 回経口投与したところ、用量依存的に顕著な腫瘍退縮が認められた (Fig. 2)。腫瘍増殖抑制率 (TGI) は、10 mg/kg 群で 102.99% (p<0.001)、30 mg/kg 群で 112.35% (p<0.0001)、100 mg/kg 群で 112.17% (p<0.0001) に達した (Fig. 2)。投与開始後、活性型 RAS-GTP レベルは有意に低下し、投与 6 時間後の腫瘍組織内 p-ERK レベルも用量依存的に抑制された (Fig. 2)。SW837 大腸がん異種移植モデルにおいても、10 mg/kg、30 mg/kg、100 mg/kg 投与によりそれぞれ 107.23%、114.03%、114.28% の退縮率が得られた (p<0.001)。すべての投与群において、マウスの有意な体重減少や肝腎機能異常は観察されず、良好な忍容性が示された (Fig. 2)。
優れた血液脳関門透過性と中枢神経系移行性: MDCK-MDR1 (Madin-Darby canine kidney-multidrug resistance-1) 細胞を用いた in vitro 透過性試験において、JMKX1899 の efflux ratio (排出比) は 3.5 であり、MRTX849 の 2.5 と同等であったが、AMG510 の 12.4 と比較して著しく低かった (Table 1)。これは JMKX1899 が P-gp による排出を受けにくいことを示唆している。マウスに JMKX1899 を 30 mg/kg で単回経口投与した 4 時間後、血漿中濃度は 153 ng/mL、脳脊髄液 (CSF) 中濃度は 1.06 ng/mL、脳組織内濃度は 9.17 ng/mL であった (Fig. 3)。算出された unbound CSF-to-plasma concentration ratio (KpuuCSF) は 0.31 であった。さらに、100 mg/kg 投与 8 時間後における KpuuCSF は 0.394 に達し、CSF 中薬物濃度 (23.3 nmol/L) は in vitro の IC50 値 (5.61 nmol/L) を大きく上回っていた (Table 2)。
脳転移モデルにおける頭蓋内抗腫瘍効果と生存期間延長: H358-Luc (luciferase-expressing H358) 細胞を脳内移植した頭蓋内移植マウスモデル (n=6 mice per group) において、JMKX1899 (100 mg/kg) は、対照群および AMG510 投与群と比較して、生物発光イメージング (BLI) による頭蓋内腫瘍シグナルを有意に抑制した (p<0.01) (Fig. 3, Fig. 4)。投与 21 日目の組織学的評価 (IHC) において、JMKX1899 群は脳腫瘍組織内の p-ERK 陽性率および Ki-67 陽性細胞率を有意に減少させた (p<0.01) (Fig. 4)。生存期間解析において、JMKX1899 (100 mg/kg) 投与群は、対照群 (vehicle) と比較して生存期間を有意に延長した (p<0.05) (Fig. 4)。一方、同用量の AMG510 (100 mg/kg) 投与群では、十分な頭蓋内抗腫瘍効果や生存期間の有意な延長は得られなかった (p=0.086 vs vehicle) (Fig. 4)。
脳転移を有する KRAS G12C 変異陽性 NSCLC 患者における初期臨床効果: 現在進行中の Phase I/II 臨床試験 (RP2D: 500 mg QD) に登録された、脳転移を有する KRAS G12C 変異陽性 NSCLC 患者 4 例の経過を評価した (Fig. 5, Table 3)。
- Case 1 (60歳男性, TP53/CDKN2A共変異): 全脳照射および化学療法後に再発。JMKX1899 投与 7 サイクル後に部分奏効 (PR) を達成し、頭蓋内標的病変は 22.3 mm から 4.9 mm へと 80% 縮小した。頭蓋内 PFS は 7.3 ヶ月であった。
- Case 2 (女性, TP53共変異): 術後脳転移再発、全脳照射および抗血管新生薬併用化学療法後に増悪。JMKX1899 投与 5 サイクル後に安定(SD)を維持し、頭蓋内病変は 20% 縮小、周囲の脳浮腫も著明に改善した。頭蓋内 PFS は 6.4 ヶ月であった。
- Case 3 (69歳男性, 共変異なし): 化学放射線療法後に脳転移出現。JMKX1899 投与 10 サイクル後に頭蓋内病変の完全消失 (CR) を達成した。頭蓋内 PFS は 7.4 ヶ月であった。
- Case 4 (64歳男性, 共変異なし): pembrolizumab 治療後に脳転移増悪。JMKX1899 投与 17 サイクル後に両側小脳病変が消失し、完全奏効 (CR) を達成した。頭蓋内 PFS は未到達 (Not reached) であった。 主な治療関連有害事象 (TRAE) は、グレード 1-2 の AST/ALT 上昇、白血球減少、低アルブミン血症、および手足症候群であり、良好な忍容性を示した。
考察/結論
先行研究との違い: 本研究における JMKX1899 は、既存の第一世代 KRAS G12C 阻害薬である sotorasib (AMG510) と異なり、極めて高い中枢神経系 (CNS) 移行性を有することが実証された。先行研究において、sotorasib は P-gp による排出作用を受けやすく、脳転移モデルマウスにおける KpuuCSF はほぼ 0 に近かったが、JMKX1899 は P-gp による排出を回避し、KpuuCSF 0.31-0.39 という高い脳内移行率を示した。この値は、脳移行性が良好とされる adagrasib (MRTX849) の臨床データ (Kpuu 0.47) に対比し得る極めて良好なプロファイルである。
新規性: 本研究は、新規の脳移行性 KRAS G12C 阻害薬 JMKX1899 が、頭蓋内移植モデルにおいて AMG510 を凌駕する強力な腫瘍増殖抑制効果と生存期間延長効果を示すことを本研究で初めて明らかにした。さらに、基礎研究における高い BBB 透過性の証明にとどまらず、実際の臨床試験において未治療または前治療耐性の脳転移を有する NSCLC 患者 4 例において、2 例の完全奏効 (CR) と 1 例の部分奏効 (PR) を含む優れた頭蓋内抗腫瘍活性を新規に臨床実証した点が極めて独創的である。
臨床応用: 本知見は、脳転移を合併した KRAS G12C 変異陽性 NSCLC 患者に対する新たな個別化治療の臨床応用に直結する。これまで脳転移例に対しては WBRT (whole brain radiotherapy) などの局所療法が先行されることが多かったが、JMKX1899 の高い頭蓋内奏効率と良好な安全性プロファイルは、脳転移を有する患者に対するファーストラインからの全身化学療法の選択肢として、臨床現場における治療シークエンスを再定義する臨床的有用性を有している。
残された課題: 今後の検討課題として、JMKX1899 投与 21 日目以降の脳転移モデルマウスで観察された、獲得耐性の克服が挙げられる。脳転移巣における耐性獲得メカニズム (mTOR 経路の活性化や上皮間葉移行など) は未だ十分に解明されておらず、今後の研究において耐性メカニズムの同定と、それに基づく併用療法の開発が必要である。また、本研究の臨床データは 4 例という極めて限定的なサンプルサイズに基づいているため、現在進行中の Phase II 臨床試験において、より大規模なコホートでの頭蓋内 PFS および OS の検証が残された課題である。
方法
in vitro 評価および結合親和性解析: KRAS G12C 変異陽性細胞株 (H358, H23, H2030, SW1573, H1373, H2122, SW837, MIA-PaCa2 (pancreatic cancer cell line)) および非変異細胞株 (A549, A427, SKLU-1) を使用した。細胞生存率は CCK-8 アッセイ等で評価した。JMKX1899、AMG510、MRTX849 の KRAS G12C への結合親和性は、Prometheus NT.48 機器を用いた nanoDSF 解析により、熱変性温度 (Tm) のシフト (ΔTm) を測定することで算出した。MAPK 経路の抑制能は、ウェスタンブロッティングおよび MSD (Meso Scale Discovery) 96-well マルチスポットアッセイを用いて、p-ERK/ERK および p-AKT/AKT 比を定量化した。
動物モデルの構築と薬物動態 (PK) 解析: 5-6 週齢の雌性 BALB/c ヌードマウスを使用した。皮下移植モデルでは、H358、H2122、SW837 細胞を皮下接種した。脳転移 (BM) モデルでは、ルシフェラーゼを発現させた H358-Luc および H23-Luc (luciferase-expressing H23) 細胞を、ステレオタキシス装置を用いてマウスの脳線条体に精密に移植した。薬物投与は、JMKX1899 (10, 30, 100 mg/kg QD) または AMG510 (30, 100 mg/kg QD) を経口投与した。血漿、脳組織、および脳脊髄液 (CSF) 中の薬物濃度は、LC-MS/MS (液体クロマトグラフィー・タンデム質量分析法) を用いて定量し、Phoenix (version 8.3) を用いて非コンパートメント解析により PK パラメータ (KpuuCSF など) を算出した。
頭蓋内抗腫瘍効果の評価: 脳転移モデルにおける腫瘍増殖は、ルシフェリン腹腔内投与後の生物発光イメージング (BLI) システム (Living Image 4.4) を用いて、経時的に光子量 (radiance) を測定することで評価した。生存期間は Kaplan-Meier 法を用いてプロットし、群間比較には log-rank テストを用いた。投与終了後の脳組織を採取し、免疫組織化学染色 (IHC) により p-ERK および Ki-67 の発現を H-score にて半定量化した。統計解析には GraphPad Prism v9.0 を使用し、ANOVA および Wilcoxon rank-sum テスト等で有意差を検定した。
臨床試験プロトコル: JMKX1899 の安全性、忍容性、および有効性を評価するオープンラベル、多施設共同 Phase I/II 臨床試験 (登録番号: ChiCTR2200059986) の一部として実施された。推奨 Phase II 用量 (RP2D) である 500 mg QD を 21 日サイクルで連続経口投与された、脳転移を有する KRAS G12C 変異陽性 NSCLC 患者 4 例の頭蓋内病変の縮小効果を、RECIST 1.1 および RANO 基準に基づき MRI 画像を用いて後方視的に評価した。