• 著者: Finn SP, Addeo A, Dafni U, Thunnissen E, Bubendorf L, Madsen LB, Biernat W, Verbeken E, Hernandez-Losa J, Marchetti A, Cheney R, Warth A, Speel EJM, Quinn AM, Monkhorst K, Jantus-Lewintre E, Tischler V, Marti N, Dimopoulou G, Molina-Vila MA, Kammler R, Kerr KM, Peters S, Stahel RA
  • Corresponding author: Stephen P. Finn, MD (Cancer Molecular Diagnostics Laboratory, Central Pathology Laboratory Building, LabMed Directorate, St. James’s Hospital, Dublin, Ireland)
  • 雑誌: Journal of Thoracic Oncology
  • 発行年: 2021
  • Epub日: 2021-02-26
  • Article種別: Original Article
  • PMID: 33647504

背景

KRAS変異は非小細胞肺癌 (NSCLC) において最も頻度の高い機能獲得型変異であり、全oncogenic変異の最大25%を占める。長年にわたり「druggable (薬剤標的可能)」ではないとされてきたが、2019年以降、KRAS G12C選択的共有結合阻害薬であるAMG-510 (sotorasib) およびMRTX849 (adagrasib) の発見と前臨床的有効性が相次いで報告され、KRAS G12C (Kr_G12C) 変異が治療標的として急浮上した。これらの薬剤は、KRAS G12C変異タンパク質をGDP結合状態にロックすることで、下流のRAF/MEK/ERK経路の持続的な活性化を阻害する特異的な作用機序を持つ。この進展により、術後補助療法の文脈においてもKRAS G12C阻害薬の適用が検討されつつあり、切除NSCLC集団におけるKr_G12C変異の予後的意義の解明が緊急課題となっていた。

これまでの研究では、NSCLCにおけるKRAS変異全体の予後的意義については一貫した結論が得られておらず、一部の報告では予後不良との関連が示唆される一方で、別の研究では有意な関連が見られないなど、結果がcontroversialであった。特に、KRAS変異の中でも特定のサブタイプ、例えばG12C変異が持つ独自の生物学的特性や臨床的影響については、大規模なコホートでの詳細な解析が不足していた。例えば、Kerr et al. AnnOncol 2018によるETOP (European Thoracic Oncology Platform) Lungscapeプロジェクトの先行研究では、KRAS変異全体やコドン12変異の予後影響は有意ではないと報告されており、特定のサブタイプに焦点を当てた解析の必要性が示唆されていた。また、Yu et al. JThoracOncol 2015Zer et al. JThoracOncol 2016らの報告も、KRAS変異サブタイプ間の予後差について議論してきたが、大規模な切除検体コホートでのG12C変異の独立した予後不良性については、依然として知識ギャップが残されていた。

ETOP Lungscapeプロジェクトは、欧州多施設から集積された切除I-III期NSCLCの大規模なバーチャルバイオバンクであり、詳細な臨床情報が完全に注釈されている。このプロジェクトは、KRAS G12C変異の頻度、臨床病理学的特徴、他の分子変異との関連、そして術後予後 (全生存期間 [OS]、無再発生存期間 [RFS]、再発までの期間 [TTR]) との関係を大規模かつ系統的に評価するための最適な基盤を提供した。特に、KRAS G12C変異が他のKRAS変異やKRAS野生型と比較して、術後予後にどのような影響を与えるのかという点が未解明であり、その解明は今後の治療戦略、特に術後補助療法の開発において重要な知識ギャップを埋めるものと考えられた。本研究は、この知識不足を解消することを目的とした。

目的

本研究の目的は、臨床的に詳細な情報が注釈されたETOP Lungscapeプロジェクトの切除I-III期NSCLCコホートにおいて、KRAS G12C変異の頻度、臨床病理学的特徴、他の分子変異との関連、および術後予後 (OS、RFS、TTR) との関係を大規模かつ系統的に明らかにすることである。特に、KRAS G12C変異が他のKRAS変異やKRAS非変異と比較して、独立した予後因子として機能するかどうかを評価することを主要な目的とした。本研究は、Kr_G12C変異が切除NSCLC患者の予後に与える影響を明確にし、将来の個別化された術後補助療法の開発に向けた臨床的意義のあるエビデンスを提供することを目指した。

結果

解析コホートの概要: ETOP Lungscapeプロジェクトから、KRAS遺伝子の多重変異検査が評価可能であった2055例のNSCLC患者が本解析の対象となった。このうち、1014例が腺癌組織型であり、主要解析コホートを構成した。腺癌コホートの患者背景は、男性が54%、中央年齢66歳、81%が現在または元喫煙者であった。病期分布はI期53%、II期24%、III期22%であり、腫瘍径4cm以下が72%であった。追跡期間中央値は57.1ヶ月であり、患者の約3分の1 (33.3%) が疾患により死亡し、約半数 (48.1%) が最終追跡時に無病生存であった。

KRAS G12C変異の頻度: 腺癌コホート1014例中、KRAS変異陽性例は385例 (38.0%、95% CI: 35.0-41.0%) であった。このうち、Kr_G12C変異は172例 (17.0%、95% CI: 14.7-19.4%) に同定された。全NSCLCコホート2055例では、Kr_G12C変異は216例 (10.5%、95% CI: 9.2-11.9%) に認められた。KRAS変異の大部分はコドン12変異であり、G12Cは最も高頻度のサブタイプの一つであった (Supplementary Table S.A2)。

臨床病理学的特徴との関連: Kr_G12C変異を有する腺癌患者の中央年齢は63.1歳であり、他のKRAS変異群 (中央年齢65.9歳、p=0.0092) やKRAS野生型群 (中央年齢66.2歳、p=0.0059) と比較して有意に若年であった (Table 1)。喫煙歴については、Kr_G12C変異群の95%が現在または元喫煙者であり (不明例を除く)、KRAS野生型群の80%と比較して有意に多かった (p<0.001)。これはKRAS変異が喫煙関連変異であることを再確認するものであった。腫瘍局在では、Kr_G12C群で下葉への腫瘍局在が多く (33%)、KRAS野生型群の22%と有意差が認められた (p=0.033)。全NSCLCコホートでは、Kr_G12C変異群で女性患者の割合が高く (44% vs KRAS野生型31%、p<0.001)、腫瘍径が4cm以下の患者の割合も高かった (69% vs KRAS野生型61%、p=0.017)。

他の分子変異との関連: KRAS変異とEGFR変異またはPIK3CA変異の共存は極めて稀であった (Table 2)。KRASとEGFRの共存は2例のみであり、Kr_G12C変異は認められなかった。KRASとPIK3CAの共存は7例であり、うち2例がKr_G12C変異であった。MET遺伝子変異、ALK IHC、MET IHC、PTEN、PD-L1発現との有意な関連は、Kr_G12C変異陽性群と他のKRAS変異群またはKRAS野生型群との間で認められなかった (Table 2)。ただし、全NSCLCコホートでは、MET IHC陽性率がKr_G12C変異群および他のKRAS変異群でKRAS野生型群と比較して有意に高かった (33% vs 19%、p<0.001)。また、PTEN欠損はKr_G12C変異群でKRAS野生型群と比較してわずかに低かった (40% vs 48%、p=0.047)。

全生存期間 (OS) への影響: 腺癌コホートにおける中央OS (95% CI) は、Kr_G12C変異群で59.4ヶ月 (44.9ヶ月-NE)、他のKRAS変異群で81.7ヶ月 (55.3ヶ月-NE)、KRAS野生型群で72.0ヶ月 (62.2-82.4ヶ月) であった (Figure 1A)。Kaplan-Meier曲線による単変量解析では有意差に達しなかった (ログランクp=0.12)。しかし、人種、年齢、病期、パフォーマンスステータス、腫瘍径を調整した多変量Cox比例ハザードモデル解析では、Kr_G12C変異患者の死亡ハザードが他のKRAS変異群と比較して39%高く (HR 1.39、95% CI: 1.03-1.89、p=0.031)、KRAS野生型群と比較して32%高かった (HR 1.32、95% CI: 1.03-1.69、p=0.028) (Table 3)。全NSCLCコホート (組織型不問) でも同様の有意な悪化効果が確認された (Kr_G12C vs 他のKRAS変異: HR 1.35、95% CI: 1.02-1.75、p=0.036)。

再発までの期間 (TTR) への影響: 腺癌コホートにおける中央TTRは、Kr_G12C変異群で66.6ヶ月 (39.5ヶ月-NE)、他のKRAS変異群で85.8ヶ月 (66.2ヶ月-NE)、KRAS野生型群で84.6ヶ月 (59.4ヶ月-NE) であった (Figure 1C)。多変量Cox解析 (病期、手術術式、腫瘍径調整) では、Kr_G12C変異患者の再発ハザードが他のKRAS変異群と比較して41%高く、有意に悪化していた (HR 1.41、95% CI: 1.03-1.92、p=0.030) (Table 5)。KRAS野生型群と比較しても再発ハザードは27%高かったが、統計的有意水準には達しなかった (HR 1.27、95% CI: 0.99-1.64、p=0.063)。全NSCLCコホートでは、Kr_G12C変異患者の再発ハザードが他のKRAS変異群と比較して41%高く (HR 1.41、95% CI: 1.06-1.85、p=0.016)、KRAS野生型群と比較して28%高かった (HR 1.28、95% CI: 1.03-1.59、p=0.027)。

無再発生存期間 (RFS) への影響: 腺癌コホートにおける中央RFSは、Kr_G12C変異群で46.7ヶ月 (28.5-66.6ヶ月)、他のKRAS変異群で55.3ヶ月 (44.3-84.4ヶ月)、KRAS野生型群で50.3ヶ月 (43.1-63.2ヶ月) であった (Figure 1B)。多変量解析 (人種、病期、手術術式、パフォーマンスステータス、腫瘍径調整) では、Kr_G12C変異のRFSへの悪化効果は有意傾向を示したが、有意水準0.05には達しなかった (Kr_G12C vs 他のKRAS変異: HR 1.30、95% CI: 0.98-1.72、p=0.070;Kr_G12C vs KRAS野生型: HR 1.23、95% CI: 0.98-1.56、p=0.066) (Table 4)。一方、全NSCLCコホートでは、Kr_G12C変異のRFSへの有意な悪化効果が確認された (KRAS野生型と比較してHR 1.27、95% CI: 1.04-1.54、p=0.017)。

純粋なKRAS変異の感度分析: 共変異や他の検出された変異を除外した探索的感度分析では、G12C変異患者が他のKRAS変異患者 (3つのエンドポイント全て) および野生型患者 (RFSおよびTTR) と比較して予後不良であることが確認された (Supplementary Fig. S.A4a-c)。特にOSにおいては、G12C変異患者はEGFR変異患者と比較して有意に予後が悪かった。ステージ別のサブグループ解析では、全体的なコホートで認められた有意性は主にステージIIIの患者によってもたらされていることが示唆されたが、KRAS変異ステータスとステージの間に有意な相互作用は認められなかった (Supplementary Figs. S.A1a-S.A3c)。

考察/結論

本研究は、ETOP Lungscapeという欧州最大規模の切除NSCLC臨床注釈コホートを用い、KRAS G12C変異が腺癌および組織型を問わないNSCLCにおいて、臨床病理学的因子調整後もOSおよびTTRに有意な悪化効果を持つ独立した予後不良因子であることを初めて大規模かつ系統的に示した。

先行研究との違い: 同一コホートで以前報告されたKRAS変異全体やコドン12変異では有意な予後影響がみられなかったことと対照的に、本研究ではG12Cサブタイプに特異的な生物学的悪性度が示唆された。これは、G12C変異により生じる特異的なシグナル活性化特性 (GDP結合状態でのロック、RAF/MEK/ERK経路の持続的活性化) に起因するものと考えられる。また、Yu et al. JThoracOncol 2015Zer et al. JThoracOncol 2016などの先行研究では、KRAS変異サブタイプ間の予後差について議論されてきたが、本研究は大規模な切除検体コホートでG12Cの独立した予後不良性を明確に示した点で異なる。

新規性: 本研究で初めて、切除I-III期NSCLCにおいてKRAS G12C変異が独立した予後不良因子であることを明確に同定した。この知見は、sotorasibやadagrasibなどのKRAS G12C選択的阻害薬の術後補助療法への展開に重要な根拠を提供する。

臨床応用: ADAURA試験 (Soria et al. NEnglJMed 2018) で示されたEGFR変異陽性患者に対するオシメルチニブ補助療法と同様に、高再発リスクを有するKr_G12C変異陽性患者における術後補助標的療法の開発は臨床的に意義が大きい。本研究の結果は、これらの患者群に対する個別化された治療戦略の必要性を強調するものであり、KRAS G12C阻害薬の補助療法としての有効性を評価する臨床試験の推進を支持する。また、Herbst et al. AnnOncol 2019によるKEYNOTE-042試験の探索的解析から、KRAS変異 (特にG12C) が免疫チェックポイント阻害薬 (ICI) の恩恵と関連する可能性も示唆されており、補助療法としてのICI適用も今後の検討課題となる。KRAS変異腫瘍は、Rizvi et al. Science 2015が報告したように、高い腫瘍変異負荷 (TMB) を示すことが多く、これがICI感受性に関連する生物学的根拠となる可能性がある。

残された課題: 本研究のlimitationとして、multiplex PCRプラットフォームによる限定的な遺伝子カバレッジのため、STK11やKEAP1などの腫瘍抑制遺伝子の共変異情報が欠如している点が挙げられる。これらの共変異はKRAS変異腫瘍の免疫原性や治療感受性に影響することが知られており、例えばSkoulidis et al. CancerDiscov 2018が報告したように、STK11変異はPD-1阻害薬への抵抗性に関連する可能性がある。今後の解析では、次世代シーケンシング (NGS) などのより広範な遺伝子パネルを用いて、これらの共変異の役割を解明することが残された課題である。また、本研究は後方視的解析であり、前向き試験による検証が今後の方向性として必要である。

方法

本研究は、ETOPのLungscape 003 Multiplex Mutation研究の一部として実施されたレトロスペクティブコホート研究である。欧州10ヶ国16施設から集積された、切除されたI-III期NSCLC患者のホルマリン固定パラフィン包埋 (FFPE) 組織が対象とされた。KRAS変異の評価には、マイクロフルイディクスベースの多重PCRプラットフォームが用いられた。このプラットフォームは、AKT1、BRAF、EGFR、ERBB2、FLT3、HRAS、JAK2、KIT、KRAS、MET、MYD88、NRAS、PIK3CAの13遺伝子における130のホットスポット変異を網羅するものであった。

主要解析は、腺癌組織型を有する患者1014例からなるサブコホートを対象として実施された。副次解析として、組織型を問わない全NSCLCコホート2055例も対象とした。主要エンドポイントはOS、RFS、TTRと定義された。OSは手術日からあらゆる原因による死亡までの期間、RFSは手術日から初回再発またはあらゆる原因による死亡までの期間、TTRは手術日から初回再発までの期間とされた。追跡期間中央値は57.1ヶ月であった。

統計解析には、Kaplan-Meier法による生存曲線推定とログランク検定が用いられた。KRAS G12C変異の予後への影響は、Cox比例ハザードモデルを用いた多変量解析により評価された。多変量解析では、性別、年齢、喫煙歴、病期 (stage)、手術術式、腫瘍径、人種、術前パフォーマンスステータス、腫瘍局在、手術年などの臨床病理学的因子が調整された。有意な予後因子を特定するために、除去基準p値が0.10以上の後方選択法が用いられた。比例ハザード仮定はSchoenfeld残差の視覚化と時間依存性共変量との相互作用の検定により確認された。

KRAS変異と他の分子変異 (EGFR、PIK3CA、MET遺伝子、ALK IHC、MET IHC、PTEN、PD-L1発現) との関連は、Fisherの正確検定を用いて検討された。ベースライン特性の比較には、カテゴリ変数にはFisherの正確検定、連続変数にはMann-Whitney U検定が用いられた。すべての探索的解析において、両側p値が0.05以下を統計的に有意と判断した。統計解析はStatistical Analysis System (SAS) version 9.4を用いて実施された。本研究は、Lungscape masterおよびサブスタディプロトコルに従って実施され、各国の倫理的および規制要件、ならびにREMARK勧告を遵守した。