- 著者: David A. Barbie, Pablo Tamayo, Jesse S. Boehm, So Young Kim, Susan E. Moody, Ian F. Dunn, Tyler Jacks, William C. Hahn ほか
- Corresponding author: William C. Hahn (william_hahn@dfci.harvard.edu)
- 雑誌: Nature
- 発行年: 2009
- Epub日: 2009-10-21
- Article種別: Original Article (Letter)
- PMID: 19847166
背景
proto-oncogene である KRAS はヒトの広範な癌種で変異しており、その多くは悪性度が高く標準治療への反応も乏しい。特定の oncogene 同定が分子標的治療の開発につながった例 (例えば EGFR や BCR-ABL) がある一方で、KRAS 自体は長らく直接の薬剤標的化が困難なままであった。KRAS を標的化する相補的な戦略として、Hartwell et al. (1997) や Kaelin (2005) が提唱した「合成致死 (synthetic lethality)」の概念がある。これは、ある遺伝子産物を阻害したときに oncogenic allele が存在する場合のみ細胞死を誘導するパートナーを同定するアプローチである。これまでの研究では、RNA interference (RNAi) を用いた大規模機能スクリーンが Moffat et al. (2006) のレンチウイルス shRNA ライブラリや Luo et al. (2008) の並列スクリーンにより実用化されつつあったが、KRAS への応用は限定的であった。しかし本研究以前には、KRAS 変異に対して臨床的に追求可能な合成致死パートナーを系統的かつ統計的に頑健な方法で同定した報告は乏しく、どの下流経路が KRAS 駆動癌の生存に真に不可欠かは未解明であった。先行する候補解析は再現性の検証や下流機構の解明が不足しており、すなわち「KRAS 変異細胞を選択的に殺す標的が何であり、それがどの生存シグナルを担うのか」という機構的理解のギャップが残されていた。
目的
oncogenic KRAS の合成致死パートナーを系統的 RNAi スクリーンによって同定し、その遺伝子が KRAS 変異細胞の生存にどのような分子機構で寄与するのかを解明する。これにより創薬困難な KRAS に対する間接的標的化の合理的基盤を提示することを目的とした。
結果
RNAi メタ解析による TBK1 の同定:著者らは kinase・phosphatase・oncogene を標的とする shRNA ライブラリ (5,002 shRNA / 957 遺伝子) を用い、19 細胞株で arrayed format の RNAi スクリーンを実施した。データは B-score 指標で正規化し、2 つの相補的解析を行った。第一に class-discrimination feature selection により t 検定統計量で上位 250 (5%) の shRNA を抽出し、KRAS 変異株と野生型株を区別する 17 遺伝子を得た。第二に閾値非依存の RIGER (RNAi gene enrichment ranking) で各遺伝子に normalized enrichment score (NES) を付与し上位 40 遺伝子を選定、両解析の和集合 45 遺伝子 (318 shRNA) を二次スクリーンに進めた。独立の KRAS 変異/野生型肺腺癌パネルでの二次スクリーン (P ≤ 0.0002 で候補 shRNA が有意に濃縮) の RIGER 解析では、KRAS (FDR 0.04) に次いで TBK1 (FDR 0.18) が最も有意な遺伝子として浮上した (Fig 1d)。上位 4 shRNA のうち 3 つが KRAS 特異的であり、解析の妥当性が裏付けられた。
TBK1 抑制が KRAS 依存細胞に選択的アポトーシスを誘導:上位 2 つの TBK1 shRNA は NCI-H23 細胞 (KRAS G12C) で TBK1 を抑制し顕著な細胞死を誘導した (Fig 2a)。複数の肺癌株で KRAS 依存性と TBK1 依存性は強く相関し、KRAS 変異状態と依存性が乖離した株でも一致した (Fig 2b)。等遺伝子モデルでは、不死化ヒト肺上皮細胞に oncogenic KRAS を導入した AALE-K 細胞は KRAS と TBK1 の双方に依存したが、ベクター対照の AALE-V 細胞は依存しなかった (Fig 2c)。in vivo では A549・NCI-H2009 (KRAS 変異) で TBK1 抑制により腫瘍形成が阻害された一方、NCI-H1437・NCI-H1568 (KRAS 野生型) では影響がなかった (Fig 2d、各群 n=11 以上 replicates)。腫瘍形成率は A549-GFP shRNA で 10/13 に対し A549-TBK1 shRNA で 0/11、NCI-H2009 では 9/12 対 3/11 と劇的に低下した。viability assay は in triplicate で実施され (n=3 replicates)、各 shRNA の効果は GFP shRNA 対照に正規化された。機構的には TBK1 shRNA が NCI-H23 で PARP 切断の増加 (Fig 2e) と TUNEL 陽性核の増加 (P < 0.01, Fig 2f) を誘導したが NCI-H1437 では誘導せず、KRAS 駆動マウス肺癌由来 LKR-13 細胞でも mouse Tbk1 抑制がアポトーシスを誘導した。RAF1・BRAF・AKT1 抑制は KRAS 依存株を選択的に殺せなかったのに対し、RALB 抑制は有意な選択的致死性を示し (P < 0.01, Fig 2g)、RALB–TBK1 シグナルの関与が示唆された。
TBK1 は NF-kB 抗アポトーシスシグナルを駆動する:AALE 細胞の発現プロファイリングと GSEA により、oncogenic KRAS を発現する AALE-K 細胞では既知の oncogenic RAS シグネチャと複数の NF-kB 経路活性化シグネチャが最も有意に濃縮されたが (P ≤ 4.5 × 10⁻⁷, hypergeometric test)、野生型 KRAS を発現する AALE-WT-K 細胞では濃縮を認めなかった (Fig 3a)。128 例の肺腺癌での解析では、KRAS 変異腫瘍の大半 (19 例中 14 例) が RAS シグネチャ活性化と NF-kB シグネチャの共発現を示し (P ≤ 1.3 × 10⁻¹⁵, Spearman 相関 Bonferroni 補正)、IKKe 制御 NF-kB サブセットとも相関した (P ≤ 0.008) が、IRF3 制御遺伝子セットとは相関しなかった (P ≤ 0.18) (Fig 3b)。KRAS 野生型腫瘍 109 例中 30 例も RAS/NF-kB 共活性化を示した (Fig 3c)。TBK1 はインターフェロン経路ではなく NF-kB を優先的に活性化し、AALE-K での TBK1 抑制は抗アポトーシス遺伝子 BCL-XL を含む NF-kB ターゲットを最も有意に下方制御した (Fig 3d)。AALE-K では IkBa と p105 の cytoplasmic 量が AALE-V より低下し、TBK1 抑制でこれらが野生型レベルに回復した (Fig 3e, f)。IkBa super-repressor (IKB-SR) の発現は KRAS 変異細胞に特異的に細胞死を誘導した (Fig 3g, P < 0.002)。
c-Rel と BCL-XL が下流メディエーターである:NF-kB ファミリーの c-Rel (REL) 抑制は IRF3 抑制と異なり KRAS 変異細胞に選択的にアポトーシスを誘導した (P ≤ 0.001, Fig 4a)。KRAS 変異癌細胞での TBK1 抑制は total および核内 c-Rel レベルを低下させた (Fig 4b)。c-Rel ターゲットである BCL-XL は複数株で特異的に下方制御され (Fig 4b)、BCL-XL の過剰発現は KRAS または TBK1 抑制によるアポトーシスを NCI-H23 細胞でレスキューした (Fig 4c, d) が、BIRC5 (survivin) 抑制による細胞死には影響しなかった。これにより p105・c-Rel・BCL-XL が TBK1/KRAS 下流の NF-kB 生存シグナルのメディエーターであることが確定した。
考察/結論
本研究は oncogenic KRAS の合成致死パートナーとして TBK1 を同定し、RALB を介した TBK1 活性化が oncogenic KRAS 下流の特異的 NF-kB 制御生存シグナルの生成に連結することを示した。KRAS 変異癌の生存を担う中心経路として RAF・PI(3)K・RalGEF などの古典的下流を強調してきた先行研究とは異なり、本研究は RAF1・BRAF・AKT1 抑制が選択的致死性を示さない一方で TBK1–NF-kB 軸が不可欠であることを明確にし、従来の理解と相違する経路依存性を提示した。これは本研究で初めて、非標準的 IkB キナーゼ TBK1 が innate immunity における役割とは別に、腫瘍内では IRF3/インターフェロン経路ではなく NF-kB を優先的に活性化するという novel な機能分化を示した点で新規性が高い。臨床的意義として、後の KRAS(G12C) 直接阻害剤開発 (Kim et al) とは別軸で、創薬困難とされてきた KRAS に対し TBK1 ないし NF-kB シグナルが代替の標的化手段となりうること、さらに RAS/NF-kB シグネチャが TBK1 阻害への反応性を予測するバイオマーカーとなりうる可能性を示し、橋渡し研究としての方向性を提示した。同時期に報告された STK33 (Scholl et al.) や PLK1 (Luo et al.) も KRAS 合成致死パートナーであり、本研究の計算解析でも検出されたが初期閾値を下回っていた。なお KRAS 変異肺腺癌が co-occurring 変異 (STK11/KEAP1 等) によって生物学的に細分化されること (Skoulidis et al) は、TBK1 依存性の異質性を理解する上で重要である。残された課題として、確立した腫瘍において TBK1 や NF-kB シグナルを阻害した際の効果の検証、RAS/NF-kB シグネチャが治療反応性予測に有用かの確認、そして飽和的遺伝子スクリーンによる合成致死パートナーの網羅的同定が今後の検討事項 (limitation を含む) として残る。本研究が端緒となった KRAS 標的化の臨床的展開は Vasan et al にも概観されている。
方法
大規模 arrayed format RNAi スクリーンは Broad Institute RNAi Consortium (TRC) の kinase・phosphatase 標的 shRNA ライブラリのサブセットを用い、19 細胞株で 5,002 shRNA (957 遺伝子) の効果を評価した。細胞は 384-well プレートに 4 連で播種、day 1 に polybrene (8 µg/ml) 存在下で感染、day 2 から puromycin 選択 (多くの株で 2 µg/ml)、day 6 に ATP ベースの luminescence assay (Cell-Titer Glo, Promega) で細胞数を測定した。データは plate 間変動を補正する B-score 指標 (median absolute deviation を用いる Z-score 変種) で正規化した。Feature selection は GenePattern の Comparative Marker Selection application suite で t 検定統計量を用いて実施し、独立に RIGER 解析で各遺伝子の NES を算出した。RIGER は shRNA を hairpin set として扱い、Zhang C likelihood ratio 統計量で enrichment score を計算、1,000 回の random permutation で null 分布を生成し正規化・FDR を算出した。GSEA は MSigDB-C2 v2 gene set を用い、128 肺腺癌での signature projection は single-sample GSEA 拡張 (ECDF ベース, 重み指数 a=1/4) で実施した。統計検定には unpaired t-test、Spearman 相関 (Bonferroni 補正)、hypergeometric test を用いた。使用細胞株は NCI-H23 (KRAS G12C)・A549・NCI-H2009・NCI-H1437 (WT)・NCI-H1568 (WT)・NCI-H1792 ほか、および不死化肺上皮 AALE 細胞 (Lundberg ら, AALE-K は KRAS G12V/G13D, AALE-V はベクター)、KRAS 駆動マウス肺癌由来 LKR-13 細胞。腫瘍形成能は 2 × 10⁶ 細胞を免疫不全マウスに皮下注射し評価した。