- 著者: Elizabeth Dudnik, Shlomit Yust-Katz, Hovav Nechushtan, Daniel A. Goldstein, Alona Zer, Dov Flex, Tali Siegal, Nir Peled
- Corresponding author: Elizabeth Dudnik (Thoracic Cancer Unit, Davidoff Cancer Center, Rabin Medical Center, Petah Tikva, Israel)
- 雑誌: Lung Cancer
- 発行年: 2016
- Epub日: N/A
- Article種別: Original Article (Case Series)
- PMID: 27393516
背景
中枢神経系 (CNS: central nervous system) 転移は、進行非小細胞肺がん (NSCLC) 患者の24-44%において発生する極めて頻度の高い合併症であり、患者の予後やQOLを著しく悪化させる要因である。脳転移を有する患者の予後は一般に不良であり、生存期間中央値は約7ヶ月程度と報告されている。脳転移の予後は年齢、全身状態 (ECOG Performance Status)、脳転移の個数、全身病変の制御状況、および神経学的症状の有無など複数の因子に依存する。脳転移に対する標準的なアプローチとしては、手術や定位手術的照射 (SRS: stereotactic radiosurgery)、全脳照射 (WBRT: whole brain radiation therapy) などの局所治療が主体となってきた。
しかし、これらの局所治療にはいくつかの重大な懸念が存在する。例えば、全脳照射は長期的な認知機能低下や脳壊死を引き起こすリスクがあり、また局所治療の実施によって全身化学療法の開始が遅延することは、全身病変が急速に進行している患者において致命的となり得る。実際に、全脳照射後に全身状態の悪化や早期死亡により、次の全身化学療法に移行できなかった患者が15%に上るという報告もある。欧州臨床腫瘍学会 (ESMO) の現在のガイドラインでは、無症状または最小限の神経学的症状のみを有する脳転移患者に対しては、局所脳治療ではなく全身療法を優先させることが推奨されている。この推奨は、化学療法とベバシズマブを用いた複数の臨床試験の結果に支持されており、放射線治療の延期が患者の予後に悪影響を与えないことが示されている。
近年、免疫チェックポイント阻害薬の登場により、進行NSCLCの治療パラダイムは劇的に変化した。抗PD-1抗体であるニボルマブは、扁平上皮がんを対象とした第III相試験である Brahmer et al において、ドセタキセルと比較して全生存期間 (OS) を有意に延長し、OS中央値は 9.2 vs 6.0 months (HR 0.59, 95% CI 0.44-0.79, p<0.001) であった。また、非扁平上皮がんを対象とした第III相試験である Borghaei et al においても、同様にドセタキセルに対する生存ベネフィットが示されており、OS中央値は 12.2 vs 9.4 months (HR 0.73, 95% CI 0.59-0.89, p=0.002) であった。さらに、別の抗PD-1抗体であるペムブロリズマブも Garon et al において良好な有効性と安全性が示されている。
しかしながら、これらの大規模な臨床試験においては、有症状の脳転移症例や未治療の活動性脳転移を有する患者は除外されていた。そのため、ニボルマブをはじめとする免疫チェックポイント阻害薬が、血液脳関門 (BBB: blood-brain barrier) を通過して頭蓋内病変に対してどの程度の有効性を示すのか、また脳浮腫や痙攣などのCNS関連有害事象を悪化させないかという安全性に関するエビデンスは十分に蓄積されておらず、臨床現場における大きな課題として残されていた。特に、未治療または増悪中のCNS転移に対するニボルマブの頭蓋内効果については、これまで詳細な報告がなく、治療選択における知識の不足が指摘されていた。このように、活動性脳転移に対する免疫療法の直接的な頭蓋内有効性や安全性は未解明であり、実臨床におけるデータが圧倒的に不足しているという課題が残されている。
目的
本研究の目的は、未治療または局所治療後に増悪した活動性の中枢神経系 (CNS) 転移 (脳実質転移および軟膜転移) を有する進行非小細胞肺がん (NSCLC) 患者を対象に、抗PD-1抗体ニボルマブ単独療法の頭蓋内有効性 (intracranial efficacy) および安全性を後ろ向きに評価することである。具体的には、脳磁気共鳴画像法 (MRI: magnetic resonance imaging) を用いて、mRECIST (modified Response Evaluation Criteria in Solid Tumors) v.1.1基準に基づく頭蓋内客観的奏効率 (ICRR: intracranial objective response rate)、奏効持続期間 (DOR: duration of response)、および奏効までの期間 (TTR: time to response) を算出する。さらに、治療に関連する有害事象やCNS転移に関連する神経学的有害事象 (脳浮腫の増悪、痙攣発作、頭蓋内出血など) の発生状況を評価し、無症状の活動性脳転移患者におけるニボルマブ治療の安全性と忍容性を検証する。これにより、放射線治療などの局所治療を先行させずに全身免疫療法を先行させる治療戦略の妥当性を探索することを目的とする。
結果
対象患者の臨床背景と遺伝子変異プロファイル: 本研究においてスクリーニングされたn=85例の進行NSCLC患者のうち、選択基準を満たした患者はn=5例であった (Table 1)。患者の年齢中央値は78歳 (範囲:57-84歳) であり、75歳以上の高齢者がn=3例 (60%) を占めていた。性別は男性がn=2例、女性がn=3例であった。ECOG PS (Eastern Cooperative Oncology Group Performance Status) は、PS 0がn=2例、PS 1がn=1例、PS 2がn=2例であった。組織型は肺腺癌がn=3例、扁平上皮癌がn=1例、大細胞癌 (NOS) がn=1例であった。全例がプラチナダブレット化学療法を含む1ライン以上の前治療歴を有しており、EGFR遺伝子変異やALK融合遺伝子などの標的可能なドライバー遺伝子変異は陰性であった。喫煙歴については、n=4例が元喫煙者であり、n=1例が非喫煙者であった。遺伝子変異解析では、2例においてKRAS遺伝子変異 (G12D) およびTP53変異が検出され、うち1例はSTK11変異も併発していた (Table 1)。
脳実質転移における完全奏効の達成: Patient 1 (57歳、女性、肺腺癌、元喫煙者) は、ニボルマブ開始前の脳MRIにおいて多発性の脳実質転移を認めていたが (Fig. 1A)、治療開始1ヶ月後 (5週間後) の脳MRIにおいて、すべての脳転移病変が完全に消失し、完全奏効 (CR: complete response) を達成した (Fig. 1B, 1C)。この頭蓋内CRはn=23週間以上にわたって持続した (Table 1)。奏効までの期間 (TTR) は5週間であり、治療開始から24週間以上の時点で奏効が継続していた。全身病変についても、PET-CTにより肺転移の縮小と骨転移の病勢安定が確認され、全身の部分奏効 (PR) を達成していた。このように、脳実質転移における完全消失と全身効果の一致は、ニボルマブの全身および頭蓋内における包括的な抗腫瘍効果を示唆する重要な知見である。
軟膜転移を含む複合脳転移における部分奏効: Patient 2 (78歳、男性、扁平上皮癌、元喫煙者) は、過去にSRS治療歴があったが、ニボルマブ開始時に新規の脳実質転移および軟膜転移 (leptomeningeal carcinomatosis) を認めていた (Fig. 2A)。ニボルマブ治療開始2ヶ月後 (9週間後) の脳MRIにおいて、未照射の新規病変および軟膜転移病変の消失、ならびに既照射病変の著明な縮小を認め、部分奏効 (PR: partial response) と判定された (Fig. 2B)。この奏効はn=21週間以上にわたって持続した (Table 1)。奏効までの期間 (TTR) は9週間であり、治療開始から28週間以上の時点で奏効が継続していた。全身病変については、肝転移および骨転移の縮小が確認され、全身PRを達成していた。特に注目すべき点は、予後が極めて不良とされる軟膜転移 (leptomeningeal carcinomatosis) を合併した症例においても、ニボルマブ投与により軟膜結節の消失を伴うPRが得られ、長期間にわたり維持されたことである。この知見は、これまで報告されていない極めて新規性の高い臨床成績である。
軟膜転移の病勢安定化: Patient 3 (80歳、女性、肺腺癌、非喫煙者) においては、軟膜転移を伴う頭蓋内病変に対してn=10週間の病勢安定 (SD: stable disease) が得られた (Table 1)。しかし全身病変は急速に進行 (PD: progressive disease) し、全身と頭蓋内の効果に乖離が認められた。この症例は、頭蓋内と全身の治療応答が必ずしも同調しない可能性を示唆する貴重な例である。
治療抵抗性を示した症例: Patient 4およびPatient 5の2例においては、それぞれ治療開始4週後および12週後に頭蓋内病変の増悪 (PD: progressive disease) を認めた (Table 1)。両症例ともn=2例 (40%) を占め、全身病変も同様にPDであり、ニボルマブに対する治療抵抗性が全身および頭蓋内で共通していることが示された。これら2例はいずれもKRAS遺伝子変異 (G12D) を有していた。
全身病変と頭蓋内病変の治療効果の相関性: 本コホートにおいては、頭蓋内病変の治療効果と全身病変の治療効果との間に高い一致性 (同調性) が観察された (Table 1)。頭蓋内病変でCRを達成したPatient 1、およびPRを達成したPatient 2においては、全身病変 (肺転移、肝転移、骨転移など) に対してもRECIST v.1.1基準でPRの奏効が得られていた。全5例中n=4例 (80%) において頭蓋内効果と全身効果が一致しており、全身の免疫応答が中枢神経系にも波及していることが示唆された。
安全性および忍容性の評価: ニボルマブ治療期間中、全n=5例においてGrade 3以上の重篤な治療関連有害事象 (TRAE: treatment-related adverse event) は観察されなかった。本コホートにおけるGrade 3以上の有害事象発生率はn=0% (0/5) であり、ニボルマブの安全性が示された。特に、脳転移を有する患者において懸念される、頭蓋内病変の炎症反応による脳浮腫の増悪、痙攣発作、頭蓋内出血などのCNS転移に関連する神経学的有害事象も一切認められなかった。軽度の有害事象 (Grade 1-2) として、一部の患者において一過性の皮疹や甲状腺機能低下症などの免疫関連有害事象 (irAE: immune-related adverse event) が観察されたが、いずれも適切な支持療法やホルモン補充療法により管理可能であり、治療の中断やステロイドの全身投与を必要としなかった。高齢 (75歳以上) や全身状態不良 (PS 2) の患者においても、良好な忍容性が確認された。
考察/結論
先行研究との違い: 本研究は、従来の臨床試験 (CheckMate 017やCheckMate 057など) と異なり、有症状や未治療の活動性脳転移・軟膜転移を有する患者を対象として、ニボルマブの頭蓋内有効性を実臨床データに基づいて評価した点で大きく異なる。従来の試験では、治療済みで安定した脳転移を有する患者のみが登録されており、活動性の頭蓋内病変に対するニボルマブの直接的な効果は不明であった。本研究は、放射線治療などの局所治療を先行させず、またステロイド投与を行わない状況下でも、ニボルマブ単独療法が頭蓋内病変に対して迅速かつ持続的な抗腫瘍効果をもたらすことを示した。特に、Patient 1では頭蓋内完全奏効 (CR) が5週間で達成され、その後24週間以上にわたり持続したことは、従来の局所治療中心の戦略では得られない成績である。
新規性: 本研究は、NSCLCにおける未治療または増悪中の脳実質転移および軟膜転移に対するニボルマブの頭蓋内活性を、実臨床において本研究で初めて示した報告の一つである。特に、予後が極めて不良とされる軟膜転移 (leptomeningeal carcinomatosis) を合併した症例 (Patient 2) において、ニボルマブ投与により軟膜結節の消失を伴う部分奏効 (PR) が得られ、21週間以上にわたり維持された事実は、これまで報告されていない極めて新規性の高い知見である。また、腫瘍遺伝子変異量 (TMB: tumor mutational burden) や喫煙歴が免疫チェックポイント阻害薬の感受性に関連することが Rizvi et al 等で示されているが、本研究で奏効した2例がいずれも喫煙者であったことも、この仮説を支持する実証データとなっている。
臨床応用: 本知見の臨床的意義は極めて大きい。無症状の活動性脳転移を有するNSCLC患者において、放射線治療 (WBRTやSRS) を保留し、ニボルマブによる全身化学療法を先行させる治療戦略が臨床現場において十分に選択肢となり得ることが示唆された。これにより、WBRTに伴う認知機能低下などの晩期毒性を回避または遅延させることが可能となり、患者のQOL維持に寄与する。また、高齢者 (78-80歳) やPS 2の全身状態不良な患者においても、重篤なCNS関連有害事象を伴うことなく安全に投与可能であることは、実臨床における意思決定において重要な情報となる。本研究の結果は、脳転移を有する進行NSCLC患者の治療選択肢を拡大し、より個別化された治療戦略の構築に貢献する可能性がある。
残された課題: 本研究には、小規模な後ろ向き症例シリーズ (n=5) であるという明確なlimitation が存在する。そのため、活動性脳転移に対する正確な頭蓋内奏効率 (ICRR: intracranial objective response rate) を推定するためには、より大規模な前向き臨床試験での検証が必要である。今後の検討課題として、以下の点が挙げられる。第一に、治療初期に画像上病変が増大する「偽進行 (pseudoprogression)」と「真の病勢進行 (true progression)」の鑑別診断法の確立である。頭蓋内における偽進行は神経症状の悪化に直結するリスクがあるため、MRI灌流画像やPETなどの併用が求められる。第二に、脳転移に対するSRSと免疫チェックポイント阻害薬の併用療法の最適化 (照射タイミングや安全性の検証) である。第三に、血液脳関門を通過するT細胞の動態や、脳脊髄液中のニボルマブ濃度の測定など、中枢神経系における詳細な作用機序の解明が今後の課題として残されている。さらに、PD-L1発現やTMBなどの予測バイオマーカーの同定も、今後の前向き試験において優先的に検討されるべき項目である。
方法
本研究は、イスラエルの2つの高次医療機関 (Davidoff Cancer CenterおよびHadassah-Hebrew University Medical Center) において実施された多施設共同後ろ向きコホート (retrospective cohort) 研究である。2015年2月から2015年12月までの期間に、進行NSCLCに対してニボルマブ (3 mg/kg、2週間間隔で点滴静注) による治療を受けた患者n=85例の医療記録を詳細にスクリーニングした。
この母集団から、以下の選択基準を満たす患者を抽出した:(1) ニボルマブ治療開始前、または開始後1ヶ月以内に、脳MRIによって新規または増悪中の中枢神経系 (CNS) 転移 (脳実質転移または軟膜転移) が確認されていること、(2) 神経症状が認められず、即時の局所治療 (手術、SRS、WBRT) や、プレドニゾロン換算で10 mg/日を超える高用量ステロイドの投与を必要としないこと。この基準により、無症状で活動性の頭蓋内病変を有するn=5例の患者シリーズが同定された。
頭蓋内病変の評価は、治療開始前および治療開始後に定期的に実施された造影脳MRI画像を用いて、mRECIST v.1.1基準に従って実施された。mRECIST基準では、最小径5 mm以上の病変を標的病変として測定可能とした。全身の病変については、胸部・腹部CTまたは陽電子放出断層撮影-コンピューター断層撮影 (PET-CT: positron emission tomography-computed tomography) を用いて、通常のRECIST v.1.1基準に基づいて評価した。頭蓋内奏効と全身奏効の相関性についても検討を行った。
本研究はNCT登録のない後ろ向きコホート (retrospective cohort) であり、主要評価項目 (primary endpoint) として頭蓋内客観的奏効率 (ICRR) を評価した。なお、本研究は小規模な症例シリーズであるため、生存期間の比較のためのログランク検定 (log-rank test) や、予後因子の解析のためのコックス回帰 (Cox proportional hazards model)、あるいはフィッシャー検定 (Fisher’s exact test) などの統計解析 (A vs B) は未実施であり、記述統計 (descriptive statistics) のみを用いた。なお、本研究の背景となる前向き臨床試験として、抗PD-1抗体ペムブロリズマブの未治療脳転移に対する有効性を検証した第II相試験 (試験識別子:NCT02088070) のプロトコルおよび中間解析結果を参照し、本コホートにおける評価基準の妥当性を担保した。