- 著者: Lucio Crinò, Giuseppe Bronte, Paolo Bidoli, Paola Cravero, Elisa Minenza, Enrico Cortesi, Marina C. Garassino, Claudia Proto, Federico Cappuzzo, Francesco Grossi, et al.
- Corresponding author: Giuseppe Bronte (Istituto Scientifico Romagnolo per lo Studio e la Cura dei Tumori (IRST) IRCCS, Meldola, Italy)
- 雑誌: Lung Cancer
- 発行年: 2019
- Epub日: N/A
- Article種別: Original Article
- PMID: 30797489
背景
非小細胞肺癌 (NSCLC) 患者において脳転移は頻繁に発生し、診断時に約20-40%、疾患経過中に30-50%の患者で認められる。脳転移は患者の予後を著しく悪化させる主要な要因であり、歴史的に中央値生存期間 (mOS) は3-6ヶ月と報告されている。このため、脳転移を有する患者は、特に症状のある場合や未治療の場合、全身療法に関する臨床試験から除外されることが多かった。例えば、ニボルマブの主要な登録試験であるCheckMate 017およびCheckMate 057では、症候性脳転移や未治療の脳転移は除外基準であった。このような状況下で、脳転移を有するNSCLC患者に対する有効かつ安全な全身治療の選択肢は限られており、新たな治療戦略の開発が喫緊の課題であった。
近年、免疫チェックポイント阻害薬 (ICI) は、全身の免疫系を活性化させることで、血液脳関門 (BBB) の制約を超えて中枢神経系 (CNS) 転移にも効果を発揮する可能性が示唆されている。しかし、脳転移を有するNSCLC患者におけるICIの有効性と安全性に関する大規模な実臨床データは不足していた。これまでの限定的なエビデンスとして、CheckMate 017、CheckMate 057、およびCheckMate 063のプール解析では、既治療のCNS転移を有する患者において、ニボルマブ群のmOSが8.4ヶ月 (95% CI: 5.0-11.6) であり、ドセタキセル群の6.2ヶ月 (95% CI: 4.4-9.2) と比較して延長傾向が示された Goldman et al. JThoracOncol 2016。また、ペムブロリズマブの小規模な単アーム第2相試験では、未治療の脳転移を有するNSCLC患者18例において、頭蓋内客観的奏効率 (ORR) が33%であり、頭蓋内病変に対する活性が示唆された Goldberg et al. LancetOncol 2016。さらに、ニボルマブを用いた小規模な研究でも、CNS転移患者における頭蓋内奏効が報告されている Dudnik et al. LungCancer 2016。
これらの初期の報告はICIのCNS転移に対する可能性を示唆するものの、実臨床環境における大規模なデータ、特に登録試験の除外基準に該当する患者群での有効性と安全性に関するエビデンスは依然として不足しており、その臨床的意義は未解明な部分が多かった。脳転移患者の治療選択肢を拡大するためには、より包括的なリアルワールドデータが必要とされていた。本研究は、イタリアの拡大アクセスプログラム (EAP) のデータを用いて、この知識のギャップを埋めることを目的とした。
目的
本研究の目的は、イタリアで実施された非扁平上皮非小細胞肺癌 (NSCLC) 患者を対象としたニボルマブの拡大アクセスプログラム (EAP) において、無症候性または安定した脳転移を有する患者サブグループにおけるニボルマブの実臨床での有効性および安全性を評価することである。具体的には、客観的奏効率 (ORR)、病勢コントロール率 (DCR)、無増悪生存期間 (PFS)、全生存期間 (OS) を主要な有効性評価項目とし、Grade 3-4の治療関連有害事象 (TRAE) を安全性評価項目として検証する。これにより、登録臨床試験の対象外であった脳転移患者に対するニボルマブの適用可能性を実地臨床環境で検証し、その臨床的意義を明らかにすることを目指した。
結果
患者背景と治療投与: 脳転移群409例の患者背景は、全集団1588例と比較して類似していた (Table 1)。脳転移群では男性が65% (n=264)、年齢中央値は63歳 (範囲 29-84歳) であった。ECOG PS 0-1の患者が92% (n=377) を占めていた。先行全身治療ライン数の中央値は2ラインであり、1ラインの患者が18% (n=74)、2ラインの患者が36% (n=147)、3ラインの患者が24% (n=99)、4ライン以上の患者が22% (n=88) であった。脳転移群の47% (n=191) が骨転移を、28% (n=115) が肝転移を併発していた。ベースライン時に117例 (29%) がステロイド治療を受けており、74例 (18%) はステロイドと放射線療法を併用していた。脳転移患者409例中242例が脳放射線療法を受けており、その69%がニボルマブ投与前であった。ニボルマブ投与回数の中央値は7回 (範囲 1-54) であり、全集団の投与回数中央値7回 (範囲 1-55) と同等であった。フォローアップ期間の中央値は脳転移群で6.4ヶ月 (範囲 0.1-27.2ヶ月) であった。
有効性 (ORRおよびDCR): 脳転移群における客観的奏効率 (ORR) は17% (n=68) であり、病勢コントロール率 (DCR) は39% (n=164) であった (Table 2)。内訳は、完全奏効 (CR) が4例 (1%)、部分奏効 (PR) が64例 (16%)、安定 (SD) が96例 (23%) であった。全集団のORR 18% (n=290)、DCR 44% (n=704) と比較して、脳転移の有無によるニボルマブの全身効果に大きな減弱は認められなかった。この結果は、脳転移を有する患者においても、ニボルマブが全身的な抗腫瘍活性を維持していることを示唆する。
無増悪生存期間 (PFS): 脳転移群の無増悪生存期間 (PFS) 中央値は3.0ヶ月 (95% CI: 2.7-3.3) であった。1年PFS率は20%であった。これは全集団のPFS中央値3.0ヶ月 (95% CI: 2.9-3.1)、1年PFS率22%とほぼ同等であった。登録試験であるCheckMate 057におけるニボルマブ群のPFS中央値2.3ヶ月と比較しても、実臨床環境での成績として遜色ないものであり、脳転移という予後不良因子を持つ患者群においても、ニボルマブが臨床的に意味のあるPFSを提供することを示している。
全生存期間 (OS): 脳転移群の全生存期間 (OS) 中央値は8.6ヶ月 (95% CI: 6.4-10.8) であり、1年OS率は43%であった (Fig. 1)。全集団のOS中央値は11.3ヶ月 (95% CI: 10.2-12.4) であり、1年OS率は48%であった。脳転移群のOSは全集団と比較してわずかに短いが、脳転移という強力な予後不良因子を考慮すると良好な結果であった。これは、ニボルマブが脳転移患者の予後悪化を相対的に軽減する可能性を示唆する。例えば、CheckMate 057試験におけるニボルマブ群のOS中央値は11.3ヶ月であったが、本リアルワールドデータにおける脳転移患者のOSは、同試験のドセタキセル群のOS中央値よりも良好な傾向を示している。
安全性プロファイル: Grade 3-4の治療関連有害事象 (TRAE) は、脳転移群で7% (n=27) に発生し、全集団の6% (n=102) と同等であった (Table 3)。最も頻度の高いGrade 3-4 TRAEは、倦怠感/無力症 (1%)、呼吸困難 (1%)、肺炎 (1%) であった。脳転移患者において、ニボルマブ投与に伴う特異的な毒性の増加やCNS関連イベント (脳浮腫増悪、痙攣、出血など) の頻度増加は認められなかった。治療中止に至った患者は脳転移群で84% (n=344)、全集団で82% (n=1300) であった (Table 4)。治療関連AEによる中止は脳転移群で3% (n=11)、全集団で5% (n=65) であり、安全性プロファイルは全集団と一致していた。これらの結果は、ニボルマブが脳転移患者においても忍容性が高く、安全性に関する懸念が少ないことを裏付ける。
CNS奏効事例: 放射線療法なしでCNS病変の縮小を認めた症例が報告された。例えば、ある患者ではベースライン時に前頭葉および小脳に脳転移を認めたが、ニボルマブ治療3年後には両転移巣が消失し、前頭葉病変は壊死領域に置換されていた (Fig. 2)。この症例は、ニボルマブが頭蓋内病変に対して直接的な抗腫瘍効果を発揮する可能性を示唆するものである。
考察/結論
本研究は、イタリアの拡大アクセスプログラム (EAP) の大規模リアルワールドデータを用いて、無症候性または安定した脳転移を有する非扁平上皮NSCLC患者に対するニボルマブの有効性と安全性を評価した。結果として、ニボルマブ3mg/kgを2週間ごとに投与するレジメンは、この予後不良な患者群においても有効性を示し、その安全性プロファイルは脳転移のない全集団と一致することが確認された。具体的には、脳転移群のORRは17%、DCRは39%、mOSは8.6ヶ月であり、Grade 3-4のTRAE発生率は7%であった。
先行研究との違い: 従来の臨床試験では脳転移患者が除外されることが多かったのに対し、本研究は実臨床環境における脳転移患者の大規模コホート (n=409) を対象としており、これは免疫チェックポイント阻害薬の脳転移患者への適用を支持する最大規模のエビデンスの一つである。CheckMate 057試験のニボルマブ群のmOS 11.3ヶ月と比較して、脳転移群のmOS 8.6ヶ月はわずかに短いが、脳転移という強力な予後不良因子を考慮すると、ニボルマブが脳転移患者の予後を歴史的データ (mOS 3-6ヶ月) と比較して顕著に改善していることを示唆する。この結果は、ニボルマブが脳転移患者においても、これまで報告された全身効果と同様の臨床的利益をもたらす可能性を示している点で重要である。
新規性: 本研究で初めて、ニボルマブが非扁平上皮NSCLCの無症候性脳転移患者において、全身病変と同様に頭蓋内病変に対しても有効性を示し、安全性プロファイルも許容可能であることを大規模なリアルワールドデータで実証した。これは、免疫チェックポイント阻害薬が血液脳関門の制約を超えてCNS転移にも効果を発揮するという仮説を裏付ける新規な知見である。免疫チェックポイント阻害薬は免疫系を活性化させることで、T細胞が脳転移巣に浸潤し、抗腫瘍効果を発揮する可能性が考えられる。脳転移巣ではPD-L1発現が原発巣よりも高いことが報告されており Mansfield et al. AnnOncol 2016、これがICIの有効性に関連する可能性もある。
臨床応用: 本研究の知見は、非扁平上皮NSCLCの無症候性脳転移患者に対するニボルマブの臨床応用を強く支持するものである。これにより、全身治療の選択肢が限られていたこの患者群に対して、新たな治療アプローチが提供される。ニボルマブ単剤でCNS制御が可能な症例が存在することから、全脳照射 (WBRT) や定位放射線治療 (SRS) などの局所療法との併用戦略や、その必要性の再評価に繋がる可能性がある。ICIによるCNS制御は、放射線療法に伴う認知機能低下や脳壊死などの合併症を回避できる可能性も秘めており、臨床的意義は大きい。
残された課題: 本研究にはいくつかの限界が残されている。第一に、後方視的なEAP解析であるため、患者選択バイアスやデータ収集の不均一性のリスクがある。第二に、PD-L1発現や腫瘍変異負荷 (TMB) などのバイオマーカー情報が不足しており、奏効予測因子の特定には至らなかった。第三に、各施設での画像評価であり、中央判定によるORRやDCRの評価は行われていない。第四に、症候性脳転移や高用量ステロイド使用患者は除外されており、これらの患者群におけるニボルマブの有効性と安全性は不明である。最後に、脳転移の画像評価基準 (RANO-BM) の標準化が不十分であったこと、およびフォローアップ期間の中央値が6.4ヶ月と比較的短いことも今後の検討課題である。今後の研究では、前向き臨床試験による検証、ICIとSRS併用の最適タイミング、CNS特異的奏効予測バイオマーカーの特定、および症候性脳転移患者への適用基準の確立が重要となる。
方法
本研究は、イタリア全国の153施設で実施された非扁平上皮NSCLC患者を対象としたニボルマブEAPの大規模リアルワールドコホートから、無症候性または安定した脳転移を有する患者を抽出したレトロスペクティブコホート解析である。EAPには合計1588例の患者が登録され、そのうち409例 (26%) が脳転移を有していた。
患者選択基準: 脳転移を有する患者のEAPへの組み入れ基準は以下の通りであった。(1) 組織学的または細胞学的に確認されたStage IIIB/IVの非扁平上皮NSCLCの診断、(2) 18歳以上、(3) 予想生存期間が6週間以上、(4) ECOG Performance Status (PS) が0-2、(5) 正常な血液、腎機能、肝機能、(6) 少なくとも1ライン以上の全身化学療法後に病勢進行を認める患者。脳転移患者の特異的な包含基準は、(a) 無症候性かつ神経学的に安定していること、(b) コルチコステロイドの使用量がプレドニゾロン換算で10mg/日以下であること、(c) 神経症状を理由とする放射線療法または手術を必要としないことであった。癌性髄膜炎の患者は除外された。
治療プロトコル: ニボルマブは3mg/kgを2週間ごとに静脈内投与された。治療は病勢進行、許容できない毒性、または同意撤回まで継続され、最長24ヶ月間であった。毒性発現時には投与を遅延させることは可能であったが、減量は認められなかった。医師の判断により、急速な病勢進行がない限り、初期の画像上の進行後も治療継続が許可された。同時期の放射線療法は許可されたが、ニボルマブ投与の前後1週間は休薬が必要であった。
評価項目: 主要な評価項目はORR、DCR (完全奏効 [CR]、部分奏効 [PR]、安定 [SD] の合計)、PFS、およびOSであった。安全性は、National Cancer Institute Common Terminology Criteria for Adverse Events (CTCAEs) version 4.0に基づき、有害事象 (AE) のグレード分類により評価された。疾患状態の評価は8-12週間ごとに、各施設の日常診療に従い、全身CTスキャン (脳、胸部、腹部) または胸部・腹部CTスキャンと脳MRIを用いて実施された。脳転移の画像評価基準 (RANO-BM: Response Assessment in Neuro-Oncology Brain Metastases) の標準化は本研究では実施されていない。
統計解析: 解析は、イタリアEAPコホートのうち、少なくとも1回のニボルマブ投与を受けたCNS転移患者を対象とした。データカットオフは2017年9月であった。PFSおよびOSはカプラン・マイヤー法を用いて推定され、中央値および95%信頼区間 (95% CI) が報告された。PFSはニボルマブ投与開始から病勢進行または死亡のいずれか早い方まで、OSはニボルマブ投与開始からあらゆる原因による死亡または最終フォローアップまでと定義された。統計解析にはIBM SPSS Statistics 21.0ソフトウェアが使用された。