- 著者: Li X, Zhang C, Sun Z, Yang F, Xiao R, Sui X, Wang J, Chen K
- Corresponding author: Jun Wang (Department of Thoracic Surgery, Peking University People’s Hospital, Beijing, China)
- 雑誌: Lung Cancer
- 発行年: 2019
- Epub日: N/A
- Article種別: Original Article
- PMID: 31319994
背景
肺癌は世界における癌関連死亡の主要な原因であり、早期非小細胞肺癌 (NSCLC) に対する標準的な根治治療は外科的切除である。しかし、完全切除が施行された症例であっても、術後の腫瘍再発や遠隔転移は治療失敗を招く極めて深刻な問題である。国際補助肺癌試験 (IALT) などの大規模臨床試験 Arriagada et al の報告を皮切りに、複数のランダム化比較試験 (RCT) において、完全切除後のNSCLC患者に対する術後補助化学療法 (ACT) の統計学的に有意な生存ベネフィットが実証されてきた。これにより、現在ではStage IIおよびIIIAの切除後NSCLC患者に対しては、シスプラチンベースのACTが標準治療として広く確立されている。
しかしながら、Stage IB (T2aN0M0) NSCLC患者に対するACTの適応については、臨床的な評価が分かれており極めて controversial である。例えば、米国臨床腫瘍学会 (ASCO) のガイドラインではStage IB患者に対するACTのルーチンな使用は推奨されていない。一方で、National Comprehensive Cancer Network (NCCN) や欧州臨床腫瘍学会 (ESMO) のガイドラインでは、腫瘍径が4cmを超える高リスク因子を有するStage IB患者においてACTの実施を考慮すべきであるとされている。このように、治療指針における見解の不一致が存在し、臨床現場での合意は未だ確立されていない。
Stage IB患者のみを対象とした唯一の多施設共同RCTであるCALGB 9633試験では、全集団におけるACTの有意な全生存期間 (OS) 改善効果は示されなかったが、事後サブグループ解析において腫瘍径4cm以上の患者群でのみ生存ベネフィットが示唆された。しかし、その後の長期追跡調査ではハザード比の漸増が認められており、この結果の臨床的解釈には慎重な姿勢が求められている。さらに、先行研究における解析の多くは、生存期間に影響を及ぼし得る詳細な臨床病理学的データ (併存疾患や術後合併症など) が不足しており、癌以外の死亡原因を考慮したがん特異的生存期間 (CSS) の評価も手薄であった。このような背景から、実際の臨床現場におけるStage IB NSCLCに対するACTの真の治療価値や、腫瘍径4cm以上の患者群における有効性の有無については、依然として重要な knowledge gap が残されており十分に解明されていない。本研究は、中国の2つの主要な医療センターにおいて前向きに収集された詳細なデータベースを活用し、完全切除されたStage IB NSCLC患者における白金製剤ベースのACTの有用性を、傾向スコアマッチング (PSM) を用いて客観的に再評価することを目的とする。
目的
本研究の目的は、完全切除 (R0切除) が施行された病理学的Stage IB (T2aN0M0) の非小細胞肺癌 (NSCLC) 患者において、術後補助化学療法 (ACT) が全生存期間 (OS)、無病生存期間 (DFS)、がん特異的全生存期間である CS-OS (cancer-specific overall survival)、およびがん特異的無病生存期間である CS-DFS (cancer-specific disease-free survival) を改善するかどうかを検証することである。また、後方視的コホート研究における選択バイアスを最小限に抑えるため、傾向スコアマッチング (PSM) 解析を適用して比較の客観性を担保する。さらに、ガイドラインで推奨されている腫瘍径4cmのカットオフ値に基づき、腫瘍径4cm未満および4cm以上のサブグループにおけるACTの生存ベネフィットを個別に検証し、Stage IB NSCLCにおけるACTの最適な適応基準を明らかにすることを目指す。
結果
患者背景と傾向スコアマッチングによる偏りの解消: 本研究の全コホートとして、条件を満たす1005例のStage IB NSCLC患者が特定された。このうち、202例 (20.1%) が術後補助化学療法 (ACT) を受け、803例 (79.9%) が手術単独 (観察群) で経過観察された。マッチング前の全コホートにおいては、ACT群は観察群と比較して、年齢が有意に若く (59.6 ± 9.5 vs 64.0 ± 10.1 years, p<0.001)、腫瘍径が有意に大きく (3.1 ± 1.2 vs 2.8 ± 1.0 cm, p=0.004)、扁平上皮癌の割合が高く (24.7% vs 14.4%, p<0.001)、リンパ管侵襲の陽性率が高かった (13.4% vs 8.0%, p=0.017) (Table 1)。このように、ベースライン特性に顕著な選択バイアスが存在していた。これらの不均衡を解消するため、11個の共変量を用いて傾向スコアマッチング (PSM) を実施した結果、各群196例、計392例が1:1で良好にマッチングされ、すべての臨床病理学的背景因子が両群間で極めて均一にバランスされた (Table 1)。ACT群の171例で詳細な治療内容が確認され、ペメトレキセド+シスプラチン (31.6%) およびパクリタキセル+カルボプラチン (25.1%) が多くを占め、89.5%の患者が3サイクル以上の治療を完遂していた。追跡期間中央値は37ヶ月であった。
全集団における予後因子の同定と生存解析: マッチング前の全コホート (1005例) における生存解析では、ACT群と観察群の間でOS、DFS、CS-OS、CS-DFSのいずれにおいても統計学的に有意な差は認められなかった (Fig. 1)。全コホートにおけるOSのハザード比は HR 0.765 (95% CI 0.494-1.183, p=0.228) であり、DFSのハザード比は HR 0.764 (95% CI 0.550-1.062, p=0.109) であった。また、他死を競合リスクとして考慮した Fine and Gray 競合リスク回帰モデルにおいて、CS-OSのサブハザード比は SHR 0.801 (95% CI 0.505-1.272, p=0.347)、CS-DFSのサブハザード比は SHR 0.783 (95% CI 0.558-1.100, p=0.158) であった。多変量解析の結果、年齢、腫瘍径、および腫瘍分化度が、がん特異的生存 (CS-OSおよびCS-DFS) の独立した予後不良因子として同定されたが、ACTの実施は予後改善に寄与する有意な独立因子ではなかった (Table 2)。なお、全コホートにおいて、腫瘍径4cm以上の患者群は4cm未満の患者群と比較して、OSおよびDFSが有意に不良であった (OS: HR 2.048, 95% CI 1.413-2.966, p<0.001; DFS: HR 1.364, 95% CI 1.011-1.841, p=0.042) (Fig. 2)。
マッチドコホートにおけるACTの生存利益の検証: 臨床病理学的背景を完全に一致させたPSM後のマッチドコホート (各群196例) において、ACT群と観察群の生存アウトカムを比較した。その結果、背景因子の偏りを補正した後においても、ACTによる生存期間の延長効果は一切認められなかった (Fig. 3)。具体的には、OSのハザード比は HR 1.058 (95% CI 0.569-1.968, p=0.858) であり、DFSのハザード比は HR 0.956 (95% CI 0.611-1.497, p=0.845) と、両群間で生存曲線に有意差はなかった。さらに競合リスク解析においても、CS-OS (SHR 1.000, 95% CI 0.520-1.924, p=1.000) および CS-DFS (SHR 0.920, 95% CI 0.584-1.450, p=0.720) のいずれも、両群間で統計学的な差は全く認められなかった。この結果は、マッチング前に見られたACT群のわずかな生存延長傾向が、単に「若年で合併症が少ない」といった患者選択バイアスに起因する見かけ上の現象であったことを明確に示している。
腫瘍径別サブグループにおける詳細な解析: ガイドラインでACTの適応基準として議論されている腫瘍径4cmを閾値として、マッチドコホートにおけるサブグループ解析を実施した (Fig. 4)。まず、腫瘍径4cm未満のサブグループ (288例) において、ACT群と観察群の間でOSおよびDFSに有意な差は認められなかった (OS: HR 0.835, 95% CI 0.324-2.152, p=0.709; DFS: HR 0.876, 95% CI 0.491-1.563, p=0.653)。注目すべき点として、高リスク群とされる腫瘍径4cm以上5cm以下のサブグループ (104例) においても、ACT群は観察群と比較して生存期間の改善を示さず、統計学的な有意差は得られなかった (OS: HR 1.424, 95% CI 0.625-3.244, p=0.401; DFS: HR 1.141, 95% CI 0.560-2.322, p=0.717)。この結果は、CALGB 9633試験の事後解析で示唆された「腫瘍径4cm以上のStage IB患者におけるACTのベネフィット」を、実際の臨床データにおいて再現できなかったことを示している。
考察/結論
先行研究との違い: 本研究の結果は、完全切除されたStage IB (T2aN0M0) NSCLC患者において術後補助化学療法 (ACT) が生存アウトカムを改善しないことを示しており、ACTによる生存改善効果を報告した一部の後ろ向き研究 (Park et al. や Tsutani et al. の報告) とは対照的である。また、米国国家がんデータベース (NCDB) を用いた大規模解析において、腫瘍径4cm未満のStage IB患者でもACTが生存改善と関連するとされた報告とも異なり、本解析ではそのような有益性は認められなかった。この不一致は、NCDBなどの大規模レジストリ研究では、患者の併存疾患や術後合併症、詳細な手術術式といった予後に影響を及ぼす重要な臨床変数が不足していることに起因すると考えられる。本研究はこれらの臨床データを網羅的に補正した上で解析を行っており、より信頼性の高い結果を提示している。
新規性: 本研究の新規性は、中国の2大医療センターから得られた前向き収集データベースを用い、Stage IB NSCLC患者におけるACTの治療効果を、傾向スコアマッチング (PSM) および他死を考慮した競合リスク解析 (Fine and Gray モデル) を用いて初めて詳細に検証した点にある。特に、がん特異的生存期間である CS-OS および CS-DFS を評価項目に含め、他病死の影響を排除してもなお、ACT群と観察群との間に予後の差が全く存在しないことを新規に実証した。
臨床応用: 本研究の臨床的意義として、現行のガイドラインが推奨する「腫瘍径4cm以上のStage IB患者に対する一律のACT推奨」という方針に対して、実際の臨床現場ではより慎重な判断が必要であることが示唆される。Stage IB NSCLCは不均一な集団であり、腫瘍径という単一の解剖学的指標のみに依存した治療決定は最適ではない。今後は、EGFR変異陽性例に対するオシメルチニブの有効性を示したADAURA試験 Soria et al. NEnglJMed 2018 のように、ドライバー遺伝子変異や分子生物学的特徴に基づいた個別化治療戦略の導入が期待される。さらに、循環腫瘍DNA (ctDNA) を用いた微小残存病変 (MRD) の評価など、より高精度な再発リスク層別化に基づき、真にACTの恩恵を受ける患者群を同定するアプローチが臨床応用において極めて重要となる。
残された課題: 本研究にはいくつかの limitation が存在する。第一に、前向きに収集されたデータベースを使用しているものの、デザイン自体は後方視的コホート研究であり、未知の交絡因子を完全に排除することはできない。第二に、ACT群の約15%において詳細な化学療法レジメンや投与サイクル数の情報が欠落しており、特定の治療スケジュールが持つ潜在的な効果を完全には否定できない。第三に、肺腺癌の組織亜型 (solid pattern や micropapillary pattern などの予後不良因子) を考慮した解析が行われていない点である。今後の検討課題として、AJCC第8版ステージングシステム (腫瘍径4cm超5cm以下がStage IIAに移行) に基づく再検証や、分子バイオマーカーおよびMRDガイド下でのACTの有用性を検証する前向き多施設共同共同臨床試験の実施が必要である。
方法
本研究は、中国の2つの主要な医療センター (Peking University People’s Hospital および Guangdong General Hospital) において、2004年から2015年までに完全切除 (R0切除) が施行された病理学的Stage IB (AJCC第7版に基づくT2aN0M0、腫瘍径3cm超かつ5cm以下、リンパ節転移なし、遠隔転移なし) のNSCLC患者を対象とした、2施設共同の後方視的コホート研究 (retrospective cohort study) である。対象患者の情報は、各施設で前向きに維持されているデータベースから抽出された。術前化学療法 (導入療法) の施行例、外科的剥離断端陽性例、術後1ヶ月以内の死亡例、および追跡データが不十分な症例は除外された。また、化学療法の遅延による影響を排除するため、術後120日以内にACTを開始した症例のみを対象とした。
ACTの実施およびレジメンの選択はランダム化されておらず、各診療科の医師の推奨および患者の同意に基づいて決定された。通常、白金製剤ベースの2剤併用化学療法が4サイクル計画された。主なレジメンはペメトレキセド+シスプラチン、パクリタキセル+カルボプラチン、ゲムシタビン+シスプラチンなどであった。
患者の術後追跡は、最初の2年間は3ヶ月ごと、その後は6ヶ月ごとに実施され、身体診察、胸部CTスキャン、腫瘍マーカー検査を含む血液検査が行われた。再発が疑われた場合は、脳MRI、骨シンチグラフィー、PET-CTなどの追加画像診断が実施され、臨床的に可能な限り組織学的な確認が行われた。主要評価項目 (primary endpoint) はOS (外科的切除日からあらゆる原因による死亡までの期間) およびDFS (外科的切除日から最初の再発またはあらゆる原因による死亡までの期間) とした。副次評価項目として、がん特異的生存期間である CSS (cancer-specific survival) を、肺癌による死亡をイベント、他病死を競合リスクとして定義した。
統計解析においては、ACT群と手術単独群 (観察群) のベースライン特性の不均衡を補正するため、傾向スコアマッチング (PSM) を実施した。共変量には、年齢、性別、併存疾患 (慢性閉塞性肺疾患、心血管疾患、糖尿病、腎不全など)、喫煙歴、腫瘍径、組織型、分化度、臓側胸膜浸潤、リンパ管侵襲、手術術式 (肺葉切除 vs 楔状切除)、リンパ節郭清度、および術後合併症の有無を含め、1:1の貪欲マッチングアルゴリズム (キャリパー幅 = 0.10) を用いてマッチドコホートを構築した。
生存曲線の推定には Kaplan-Meier 法を用い、群間比較には log-rank test を適用した。OSおよびDFSの予後予測因子の同定には、Cox比例ハザード回帰モデル (Cox proportional hazards model) を用いた。また、他死を競合リスクとして考慮したがん特異的生存 (CS-OSおよびCS-DFS) の解析には、Fine and Gray の競合リスク回帰モデル (competing risks regression model) を適用し、サブハザード比である SHR (subhazard ratio) を算出した。すべての統計解析は Stata/SE 14.0 を用いて行われ、p値が0.05未満を統計的有意と定義した。