- 著者: Watanabe S, Tanaka J, Ota T, Kondo R, Tanaka H, Kagamu H, Ichikawa K, Koshio J, Baba J, Miyabayashi T, Narita I, Yoshizawa H
- Corresponding author: Watanabe S (Niigata University Medical and Dental Hospital, Niigata, Japan)
- 雑誌: BMC Cancer
- 発行年: 2011
- Epub日: N/A
- Article種別: Original Article
- PMID: 21194487
背景
ゲフィチニブ (gefitinib) は、進行非小細胞肺癌 (NSCLC) の治療薬として初めて承認された上皮成長因子受容体チロシンキナーゼ阻害薬 (EGFR-TKI) である。複数の臨床試験により、ゲフィチニブが特にEGFR遺伝子変異陽性患者において高い奏効率と無増悪生存期間 (PFS) の延長を示すことが確立された。例えば、Mok et al. NEnglJMed 2009やMaemondo et al. NEnglJMed 2010といった大規模な第III相試験では、EGFR変異陽性NSCLC患者に対する一次治療として、ゲフィチニブが化学療法と比較して有意に優れたPFSを示すことが報告されている。また、Lynch et al. NEnglJMed 2004やPaez et al. Science 2004らの研究は、EGFR遺伝子変異がゲフィチニブへの感受性と強く相関することを示し、アジア人、女性、非喫煙者、腺癌といった臨床的特徴がゲフィチニブへの高い奏効率と関連することも複数の研究で確認されている。Fukuoka et al. JClinOncol 2003やKris et al. JAMA 2003による初期の第II相試験でも、ゲフィチニブの有効性が示されており、特にアジア人や非喫煙者といった特定のサブグループで良好な結果が報告された。
しかし、ゲフィチニブ治療は高い病勢制御率 (DCR) を達成するものの、治癒的な治療ではなく、最終的にはほとんどの患者で薬剤耐性を獲得し病勢増悪に至る。初回ゲフィチニブ治療で奏効した後に増悪したNSCLC患者に対するその後の治療選択肢は限られており、有効な治療戦略の確立が臨床上の重要な課題として残されていた。一部の小規模な後方視的研究では、ゲフィチニブ奏効後に増悪した患者に対して、再度EGFR-TKI(ゲフィチニブまたはエルロチニブ)を投与することが有効である可能性が示唆されていたが、これらのデータは系統的な評価が不足しており、その有効性や安全性に関する確固たるエビデンスは未確立であった。特に、初回治療で良好な反応を示した患者群に限定したEGFR-TKI再投与の臨床的意義については、さらなる詳細な検討が必要であった。本研究は、この知識のギャップを埋めることを目的として実施された。ゲフィチニブ耐性メカニズムの解明も進められており、T790M変異やMET増幅などが報告されているが、これらの耐性機序を克服するための治療戦略は未だ発展途上であり、限られた治療選択肢の中で患者の生存期間を延長するアプローチが求められていた。
目的
本研究の目的は、初回ゲフィチニブ治療で部分奏効 (PR) または病勢安定 (SD) を達成した後に病勢増悪を認めた非小細胞肺癌 (NSCLC) 患者に対し、2回目のEGFR-TKI(ゲフィチニブまたはエルロチニブ)を再投与した場合の有効性および安全性を後方視的に評価することである。具体的には、2回目EGFR-TKI投与後の病勢コントロール率 (DCR)、奏効率 (ORR)、無増悪生存期間 (PFS)、全生存期間 (OS) を評価し、初回ゲフィチニブ治療後の病勢増悪に対する治療選択肢としてのEGFR-TKI再投与の臨床的意義を明らかにすることを目指した。また、初回ゲフィチニブ治療時と2回目EGFR-TKI治療時における有害事象プロファイルを比較し、再投与の忍容性についても検討した。本研究は、特に初回治療で良好な反応を示した患者群に焦点を当てることで、EGFR-TKI再投与の潜在的な恩恵をより明確に特定することを意図した。
結果
患者背景と初回ゲフィチニブ治療の成績: 本研究の対象となった11例の患者は、年齢中央値55歳 (範囲46-70歳) であり、女性が8例 (73%)、非喫煙者が7例 (64%) を占めた。組織型は10例 (91%) が腺癌であった (Table 1)。EGFR遺伝子変異は3例 (27%) で確認されたが、残りの8例 (73%) では不明であった。全患者が初回ゲフィチニブ治療前にプラチナ製剤を含む化学療法を受けていた。初回ゲフィチニブ治療における最良奏効は、PRが8例 (73%)、SDが3例 (27%) であり、全例が病勢制御を達成した (Table 3)。初回ゲフィチニブ治療のPFS中央値は9.8か月 (95% CI: 6.6-16.7か月) と良好な初期応答を示したが、その後全例が増悪し、2回目のEGFR-TKI再投与の適応となった。
2回目EGFR-TKI治療の有効性: 2回目のEGFR-TKI投与 (ゲフィチニブ3例、エルロチニブ8例) による最良奏効は、PRが1例 (9%)、SDが7例 (64%)、病勢進行 (PD) が3例 (27%) であった。病勢コントロール率 (DCR) は73% (95% CI: 43-91%) であり、11例中8例で病勢制御が達成された。奏効率 (ORR) は9%と低く、病勢制御の主体はSDによるものであった (Table 4)。2回目EGFR-TKI開始後の中央値PFSは3.4か月 (95% CI: 2-5.2か月) であり、初回ゲフィチニブのPFS中央値9.8か月と比較して著しく短縮していた。2回目EGFR-TKIとしてゲフィチニブを再投与した3例とエルロチニブを投与した8例の間で、PFS (p=0.23) およびOS (p=0.052) に統計的有意差は認められなかった。
生存アウトカムの経時的変化: 2回目EGFR-TKI開始後の中央値OSは7.3か月 (95% CI: 2.7-13.0か月) であった。一方、診断からのOS中央値は36.7か月 (95% CI: 23.6-43.9か月) と良好であり、適切な後続療法のシーケンスにより長期生存が達成できる可能性が示された (Table 2)。初回ゲフィチニブ治療中止から2回目EGFR-TKI開始までの期間中央値は2.8か月 (95% CI: 1.9-6.9か月) であった (Table 3)。この期間に細胞傷害性化学療法を受けた患者が8例 (73%) 存在した。
2回目EGFR-TKIと化学療法の比較: ゲフィチニブ治療後に増悪し、2回目EGFR-TKIを投与されなかった9例の対照群と比較検討を行った。対照群の患者背景は2回目EGFR-TKI群と類似しており、初回ゲフィチニブのPFS中央値は2回目TKI群で9.8か月、対照群で8.7か月 (95% CI: 7.6-9.8か月, p=0.87) であり、有意差はなかった。初回ゲフィチニブ開始からのOS中央値は、2回目EGFR-TKI群で21.5か月 (95% CI: 14.6-28.4か月) であったのに対し、対照群で12.3か月 (95% CI: 9.4-15.2か月) であり、2回目EGFR-TKI群で延長する傾向が認められた (HR 0.60, 95% CI 0.33-1.07, p=0.07)。対照群のうち、ゲフィチニブ不応後に化学療法を受けた5例のサブグループでは、化学療法後のDCRは20% (SD 1例、PD 4例) であり、PFS中央値は2か月 (95% CI: 1.5-2.4か月)、OS中央値は2.5か月 (95% CI: 2.2-2.8か月) であった。2回目EGFR-TKI群と化学療法群の間で、ゲフィチニブ不応後のPFS (HR 0.76, 95% CI 0.38-1.52, p=0.1) およびOS (HR 0.65, 95% CI 0.32-1.32, p=0.12) に統計的有意差はなかったものの、2回目EGFR-TKIがより良い選択肢である可能性が示唆された (Table 4)。
有害事象プロファイル: 初回ゲフィチニブ治療と2回目EGFR-TKI治療における有害事象プロファイルを比較した結果、最も一般的な有害事象はGrade 1/2の皮疹であった (Table 5)。1例の患者 (症例7) では、ゲフィチニブおよびエルロチニブ治療の両方でGrade 3のγ-GTP上昇を認めたが、その他の有害事象は概ね許容範囲内であった。5例の患者では、初回ゲフィチニブと2回目EGFR-TKIで同様の有害事象プロファイルを示した。間質性肺疾患は認められなかった。全体として、2回目EGFR-TKIの忍容性は良好であり、初回ゲフィチニブ治療時と同程度であった。
考察/結論
本研究は、初回ゲフィチニブ治療で奏効後に増悪した非小細胞肺癌患者に対するEGFR-TKI再投与の有効性と安全性を評価した小規模な後方視的解析である。病勢コントロール率 (DCR) 73%、無増悪生存期間 (PFS) 中央値3.4か月という結果は、ゲフィチニブ応答後の腫瘍が2回目のEGFR-TKIに対してもある程度の感受性を保持していることを示唆する。これは、EGFR-TKI耐性の不均一性によって説明される可能性がある。すなわち、T790M変異などの耐性機序を獲得したクローンが主要となった後も、EGFR-TKI感受性クローンが腫瘍内に残存している場合、再投与が有効となることが考えられる。
先行研究との違い: これまでの報告では、ゲフィチニブ不応例も含むEGFR-TKI再投与の有効性を評価した研究が多かったが、本研究は初回ゲフィチニブで病勢制御を達成した患者群に限定して解析を行った点で、より層別化された患者群における再投与の意義を検討した。また、初回ゲフィチニブ治療後に細胞傷害性化学療法を受けた患者群との比較も試み、2回目EGFR-TKIが化学療法と比較して良好な傾向を示す可能性を提示した点は、これまでの報告と対照的である。
新規性: 本研究で初めて、初回ゲフィチニブ治療で良好な奏効を示した患者における2回目のEGFR-TKI再投与が、診断からの長期生存 (OS中央値36.7か月) に寄与する可能性を示唆した。これは、EGFR-TKI再投与が単なる一時的な病勢制御に留まらず、複数ライン治療戦略の一部として患者の全体的な生存期間延長に貢献しうるという新規の知見である。この長期生存は、初回TKI治療後の適切なシーケンシャル治療の重要性を示唆するものであり、限られた治療選択肢の中で患者の予後改善に貢献しうる新たなアプローチとして評価できる。
臨床応用: 本研究の結果は、ゲフィチニブ奏効後に増悪した患者に対し、2回目のEGFR-TKI再投与が有効な治療選択肢となりうることを示唆しており、臨床現場での治療方針決定に重要な含意を持つ。特に、忍容性が良好であったことは、患者のQOLを維持しつつ治療を継続できる可能性を示している。この知見は、T790M変異の検査やオシメルチニブ (osimertinib) が利用可能となる以前の時代において、限られた治療選択肢の中で患者の生存期間を延長するための重要な戦略であったと考えられる。
残された課題: 本研究にはいくつかのlimitationが存在する。第一に、単施設における11例という小規模な後方視的解析であるため、選択バイアスが存在する可能性があり、結果の一般化には注意が必要である。第二に、EGFR変異状況(特にT790Mなどの耐性変異)の系統的な評価が不十分である。本研究実施時 (2009年以前) には、T790M変異のルーチン検査や第三世代EGFR-TKIであるオシメルチニブは存在せず、現在の診療環境とは大きく異なる。今後の検討課題として、より大規模な前向き研究や、耐性機序を詳細に解析したトランスレーショナル研究が必要である。これにより、EGFR-TKI再投与の恩恵を受ける患者を特定するためのバイオマーカーの同定が期待される。
方法
新潟大学医歯学総合病院において、2005年6月から2009年10月までの期間に、初回ゲフィチニブ (250mg/日) 治療でPRまたはSDを達成した後に病勢増悪し、その後EGFR-TKI再投与を受けた非小細胞肺癌患者の医療記録を後方視的に検索した。本研究は、倫理委員会の承認を得て、後方視的コホート研究として実施された。対象患者は11例であった。2回目のEGFR-TKIとしては、ゲフィチニブ (250mg/日) が3例、エルロチニブ (150mg/日) が8例に投与された。治療は病勢増悪が確認されるまで継続された。
腫瘍効果の評価は、固形がんの治療効果判定に関する新ガイドライン (RECIST) 基準に従って実施された。病勢制御 (Disease Control) は、完全奏効 (CR)、部分奏効 (PR)、または病勢安定 (SD) と定義された。無増悪生存期間 (PFS) は、治療開始日から病勢増悪または死亡が確認された日までの期間と定義された。全生存期間 (OS) は、治療開始日から死亡が確認された日までの期間と定義された。PFSおよびOSの推定にはKaplan-Meier法が用いられた。群間比較にはログランク検定が用いられた。有害事象の評価は、米国国立がん研究所の有害事象共通用語規準 (NCI-CTCAE) v3.0に基づいて行われた。統計解析には、PFSおよびOSの比較にログランク検定が用いられ、P値が0.05未満の場合を統計的に有意と判断した。患者の選択基準は、初回ゲフィチニブ治療でPRまたはSDを達成したこと、およびその後EGFR-TKI再投与を受けたことである。除外基準は、初回ゲフィチニブ治療でPDであった患者や、再投与を受けなかった患者であった。