- 著者: Yosuke Togashi, Katsuhiro Masago, Satohiro Masuda, Tomoyuki Mizuno, Masahide Fukudo, Yasuaki Ikemi, Yuichi Sakamori, Hiroki Nagai, Young Hak Kim, Toshiya Katsura, Michiaki Mishima
- Corresponding author: Yosuke Togashi (Department of Respiratory Medicine, Graduate School of Medicine, Kyoto University)
- 雑誌: Cancer Chemotherapy and Pharmacology
- 発行年: 2012
- Epub日: 2012-07-18
- Article種別: Original Article
- PMID: 22806307
背景
EGFR変異陽性非小細胞肺がん(NSCLC)患者における脳転移および髄膜転移は、患者のQOLと予後に深刻な影響を及ぼす重要な臨床的課題である。これらの転移は、薬剤の血液脳関門(BBB)透過性の低さに起因すると考えられており、CNS(中枢神経系)は薬剤の「薬理学的サンクチュアリ」と見なされてきた。第1世代EGFR-TKIであるgefitinibとerlotinibは、EGFR変異陽性NSCLCに対して高い奏効率を示すが、CNS転移に対する臨床効果には差異があるとの観察的報告が複数存在する。例えば、gefitinibに抵抗性を示したCNS転移がerlotinibによって改善した症例や、高用量gefitinibや間欠的高用量erlotinibがCNS転移に有効であったという報告がある(Jackman et al. J Clin Oncol 2006、Grommes et al. Neuro Oncol 2011)。これらの報告は、EGFR-TKIのCSF(脳脊髄液)中濃度がCNS転移に対する治療効果に影響を与える可能性を示唆している。
これまでの研究では、個々の薬剤のCSF濃度が報告されてきたが(Fukuhara et al. Tohoku J Exp Med 2008、Togashi et al. J Thorac Oncol 2010)、gefitinibとerlotinibのCSF中薬物濃度を同一の患者集団で直接比較し、そのCNS浸透率の差異が臨床効果の差にどのようにつながるかを前向きに検討したデータはこれまで不足しており、この点が残された課題であった。薬剤のBBB透過性は、分子量、脂溶性、およびP糖タンパク(P-gp)との親和性など複数の要因に依存するが、両薬剤間でのこれらの薬理学的特性の違いは未解明な点が多かった。特に、gefitinibに抵抗性を示したCNS転移がerlotinibによって改善したという報告(Katayama et al. J Thorac Oncol 2009)は、両薬剤のBBB透過性に質的な差異がある可能性を示唆するものの、その薬物動態学的根拠は不足している状況であった。本研究は、これらのギャップを埋めることを目的とした。
目的
本研究の目的は、EGFR変異陽性NSCLC患者の脳・髄膜転移例において、gefitinib(250 mg/日)とerlotinib(150 mg/日)の定常状態におけるCSF薬物濃度と血漿/CSF浸透率を直接測定し、比較することである。さらに、これらの薬物動態学的差異がCNS転移に対する治療効果とどのように関連するかを検討し、CNS転移を有するEGFR変異陽性NSCLC患者に対する最適な治療選択肢を薬理学的な観点から示唆することを目指す。本研究は、両薬剤のCSF濃度を直接比較することで、その薬物動態学的プロファイルの違いを明確にし、臨床的有効性の差異を説明する薬理学的根拠を提供することを企図した。
結果
患者背景: 本研究には15名の日本人NSCLC患者が登録された。6名の患者がgefitinib治療中にCSF検査を受け、7名がerlotinib治療中にCSF検査を受けた。2名の患者(症例14、15)はgefitinibとerlotinibの両方の治療中にCSF検査を受けたため、合計17の血漿およびCSFサンプルが解析対象となった(Table 1)。患者の平均年齢は63.9歳、女性が73%を占めた。EGFR変異の内訳は、エクソン19欠失が10例、L858R変異が5例であった。
GefitinibのCSF薬物動態: Gefitinib群(n=8サンプル)における平均CSF濃度は3.7 ± 1.9 ng/mL(8.2 ± 4.3 nM)であり、血漿定常状態濃度(Css)326 ± 116 ng/mLに対するCSF浸透率は1.13 ± 0.36%であった(Table 2)。個々の患者のCSF濃度は1.7 ng/mLから6.6 ng/mLの範囲であった。この低いCSF濃度は、gefitinibのBBB透過性が極めて限定的であることを示唆し、CNS転移病変において十分な治療濃度に達しにくい可能性が考えられた。
ErlotinibのCSF薬物動態: Erlotinib群(n=9サンプル)における平均CSF濃度は28.7 ± 16.8 ng/mL(66.9 ± 39.0 nM)であり、血漿Css 1140 ± 937 ng/mLに対するCSF浸透率は2.77 ± 0.45%であった(Table 2)。個々の患者のCSF濃度は11.5 ng/mLから58.6 ng/mLと、gefitinibと比較して高い値を示し、患者間での変動も認められた。ErlotinibのCSF濃度はgefitinibの約7.8倍高値であり、より高い脳内薬物移行性が直接的に確認された。
両薬剤間のCSF濃度および浸透率の有意差: ErlotinibのCSF濃度はgefitinibと比較して有意に高く(P=0.0008)、CSF浸透率もerlotinibが有意に高かった(P<0.0001)(Figure 2)。この結果は、erlotinibがgefitinibよりもCNSへ効率的に移行することを示している。具体的には、erlotinibの平均CSF濃度は66.9 nMであり、gefitinibの8.2 nMと比較して約8倍高かった。また、CSF浸透率はerlotinibで2.77%(95% CI 2.38-3.16%)であり、gefitinibの1.13%(95% CI 0.89-1.37%)と比較して有意な差が認められた。
CNS病変への治療効果との相関: RECIST v1.1評価に基づくCNS奏効率は、gefitinib群で1/3例(33%)、erlotinib群で4/7例(57%)であった。統計学的な有意差は認められなかった(Fisher’s exact test, P=1.00)。しかし、症例15ではgefitinibに抵抗性を示した髄膜転移がerlotinibへの変更後に劇的に改善した(Figure 1a, b)。この患者のCSF濃度はgefitinibで7.2 nMであったのに対し、erlotinibでは68.2 nMと約9.5倍に増加していた。また、erlotinib投与後にはPSが4から2へと改善した。症例7では脳MRIは実施できなかったものの、erlotinib投与後に症状、PS、およびCSF細胞診の改善が認められた。これらの臨床的観察は、CSF薬物濃度の違いが実際のCNS抗腫瘍効果に反映される可能性を支持する。
CSF中EGFR阻害と有効濃度の比較: 既知のEGFR阻害データに基づくと、gefitinibのCSF濃度8.2 nMはEGFR変異細胞でのIC50(<10 nM)に相当するが、血漿蛋白結合率(gefitinib約90%)を考慮した遊離薬物濃度はさらに低くなる可能性がある。一方、erlotinibのCSF濃度66.9 nMは変異EGFRのIC50を大幅に上回る値であり、脳内での持続的なEGFR阻害に十分な濃度が達成されていることが示された。このIC50との比較は、CSF薬物濃度の臨床的意義を薬力学的に評価する初めての試みであり、後の第3世代TKIのBBB透過性評価における比較基準として重要な役割を果たした。
考察/結論
先行研究との違い: 本研究は、EGFR変異陽性NSCLC患者のCNS転移例において、gefitinibとerlotinibのCSF中濃度およびBBB浸透率を直接比較した初めての研究である。これまでの報告では個々の薬剤のCSF濃度が示されていたが、両薬剤を同一の患者集団で比較したデータは不足している状況であった。本研究の結果は、erlotinibがgefitinibよりも有意に高いCSF濃度と浸透率を達成することを示し、この薬物動態学的差異がCNS転移に対する臨床効果の差を説明する可能性を強く示唆する。この知見は、これまで観察的に報告されてきたerlotinibのCNS転移に対する優位性(Katayama et al. J Thorac Oncol 2009)に、明確な薬物動態学的根拠を与えるものであり、先行研究とは異なり、直接比較によってその差異を定量的に示した点で重要である。
新規性: 本研究で初めて、erlotinibのCSF浸透率が2.77%であるのに対し、gefitinibのCSF浸透率が1.13%と、erlotinibが約2.5倍高い浸透率を示すことを直接的な測定データで明らかにした。さらに、CSF中の達成濃度はerlotinibがgefitinibの約7.8倍高値であり、この濃度差が臨床的有効性の違いに寄与する可能性を薬物動態学的に裏付けた点は新規である。また、CSF中薬物濃度とEGFR変異細胞のIC50を比較することで、CSF薬物濃度の臨床的意義を薬力学的に評価する初めての試みを実施した。これにより、erlotinibがCNSにおいてより強力なEGFR阻害効果を発揮しうることを薬理学的に示した。
臨床応用: 本知見は、CNS転移を有するEGFR変異陽性NSCLC患者に対する治療選択において、erlotinibがgefitinibよりも優先されるべきであるという臨床的意義を持つ。特に、髄膜転移のようなBBBが比較的保たれている病態においては、より高いCSF濃度を達成できるerlotinibが有効である可能性が高い。症例15でgefitinib抵抗性の髄膜転移がerlotinibで劇的に改善したことは、この薬物動態学的優位性が臨床現場での効果に直結することを示唆している。髄膜転移が疑われる患者、あるいはgefitinibでCNS病変の進行が見られた患者に対しては、erlotinibへの切り替えが有効な治療戦略となる可能性が示された。
残された課題: 本研究は症例数が少ないため、CNS奏効率における統計学的な有意差は認められなかった。今後、より大規模な前向き研究によって、erlotinibのCNS転移に対する優位性を臨床的に検証する必要がある。また、erlotinibの承認用量(150 mg)が最大耐量(MTD)に近い一方で、gefitinibの標準用量(250 mg)がMTDの約1/3であるという用量設定の違いが、CSF濃度差の主要な要因である可能性が考察されたが、P糖タンパク(P-gp/MDR1)との親和性の違いも浸透率差の一因となりうる。しかし、本研究ではP-gpとの親和性を直接測定していないため、この点も今後の検討課題である。さらに、本研究は第1世代TKIに焦点を当てているが、後に開発された第3世代TKIであるosimertinibはCSF浸透率31.7%と、本研究で示されたerlotinibの値を大幅に上回ることが別の試験で報告されており、BBB透過性の重要性を先行して示した本研究は、次世代TKI開発の基盤となる先駆的研究として位置づけられる。
方法
本研究は、2010年4月から2012年3月にかけて京都大学医学部附属病院で治療を受けたEGFR変異陽性NSCLCかつCNS転移を有する日本人患者15例を対象としたレトロスペクティブコホート研究である。一部の患者はgefitinibとerlotinibの両方でCSF検査を受けたため、計17の血漿およびCSFサンプルが解析された。全ての患者から書面によるインフォームドコンセントを取得し、本研究は京都大学大学院医学研究科倫理委員会の承認を得た。
薬剤投与とサンプル採取: 患者にはgefitinib 250 mg/日またはerlotinib 150 mg/日が経口投与された。血漿およびCSFサンプルは、薬剤の血漿濃度が定常状態に達した後(投与開始8日目以降)、EGFR-TKI投与直前に同時採取された。
薬物濃度測定: 血漿およびCSF中のgefitinibとerlotinibの濃度は、高速液体クロマトグラフィー・タンデム質量分析法(LC-MS/MS)を用いて定量された。この方法は、先行研究で報告された高感度な測定法に基づいている(Jones et al. J Pharm Biomed Anal 2002、Zhao et al. J Chromatogr B Anal Technol Biomed Life Sci 2005)。
EGFR変異解析: EGFR変異解析には、ホルマリン固定パラフィン包埋組織ブロックまたは細胞診サンプルが用いられた。CNS病変自体はDNA解析には使用されなかった。変異解析は、PNA(ペプチド核酸)-LNA(ロックド核酸)PCR clamp法を用いて実施された(Nagai et al. Cancer Res 2005)。この方法は、野生型配列の増幅をPNAクランププライマーで抑制し、LNAプローブを用いて変異配列を特異的に検出するものであり、日本で報告されているEGFR変異の95%以上をカバーする特異的なPNA-LNAプローブセットが開発されている(Kosaka et al. CancerRes 2004)。
治療効果評価: CNS病変の治療効果は、RECIST v1.1(Eisenhauer et al. EurJCancer 2009)に基づくMRI評価と臨床的改善(パフォーマンスステータス(PS)の改善など)の複合評価によって行われた。RECIST v1.1では髄膜転移は「非標的病変」と定義されるため、明確な改善が見られた髄膜転移症例は部分奏効と判断された。
統計解析: 連続変数はt検定を用いて解析され、結果は平均値±標準偏差で示された。二値変数はFisherの正確検定を用いて解析された。全ての解析はJMP 8ソフトウェア(SAS Institute, Cary, NC, USA)を用いて実施され、両側検定でP値が0.05未満を有意差ありと判断した。