• 著者: Shigeki Nukaga, Shigeki Takeuchi, Tetsuya Yamada, Shinji Nanjo, Yoko Yoshida, et al.
  • Corresponding author: Hiroyuki Yasuda (Keio University School of Medicine)
  • 雑誌: Cancer Research
  • 発行年: 2017
  • Epub日: N/A
  • Article種別: Original Article
  • PMID: 28202511

背景

非小細胞肺癌 (NSCLC) において、EGFR活性化変異は重要なドライバー変異であり、EGFRチロシンキナーゼ阻害薬 (EGFR-TKI) はこれらの患者の治療戦略を劇的に変化させた。第1世代および第2世代EGFR-TKI(ゲフィチニブ、エルロチニブ、アファチニブなど)は、EGFR変異陽性NSCLC患者の予後を著しく改善したが、約1年で薬剤耐性が獲得されることが報告されている (Maemondo et al. 2010; Rosell et al. 2012; Miller et al. 2012)。これらの耐性メカニズムとしては、EGFR T790Mゲートキーパー変異が約50%の症例で関与するほか、小細胞肺癌への形質転換、MET、AXL、FGFR1などのバイパス経路の活性化が挙げられる (Kobayashi et al. 2005; Pao et al. 2005; Engelman et al. 2007; Zhang et al. 2012; Terai et al. 2013)。

T790M変異に対処するため、第3世代EGFR-TKI(オシメルチニブ、ロシレチニブ、ナザルチニブなど)が開発された。これらの薬剤は、EGFRのATP結合ポケットのC797残基と共有結合を形成することで、T790M変異による立体障害とATP親和性増加を同時に克服するように設計されている (Cross et al. 2014; Walter et al. 2013; Jia et al. 2016)。さらに、第3世代EGFR-TKIは、野生型 (WT) EGFRに対する影響を最小限に抑えつつ、EGFR活性化変異を選択的に阻害する「変異選択性」を持つことが報告されており、これによりWT EGFR関連の副作用(皮疹、下痢など)の軽減が期待された (Hirano et al. 2015)。この変異選択性は、第3世代EGFR-TKIの優れた有効性と安全性に寄与している (Janne et al. 2015; Sequist et al. 2015)。

しかし、第3世代EGFR-TKIに対しても獲得耐性が inevitably に発生する。これまでに報告された耐性メカニズムには、C797SやL798I変異、KRASやMEKによるMAPK経路の恒常的活性化、METやERBB2などのバイパス経路の活性化が含まれる (Thress et al. 2015; Chabon et al. 2016; Eberlein et al. 2015)。しかし、これらのメカニズムだけでは全ての耐性症例を説明するには不足しており、第3世代EGFR-TKIに対する獲得耐性の全容は未解明な部分が残されている。特に、第3世代EGFR-TKIの変異選択性という設計上の特徴が、WT EGFRを介した新たな耐性メカニズムを生み出す可能性が指摘されていたが、その実態はこれまで十分に検討されていなかった。本研究は、この知識ギャップを埋めることを目指した。

目的

本研究の目的は、第3世代EGFR-TKIであるrociletinib(CO-1686)に対する獲得耐性メカニズムを包括的に解明することである。特に、変異選択的EGFR-TKIの設計上の特徴が、野生型 (WT) EGFRアレル増幅という新規の耐性機序を生み出す可能性に着目し、これをin vitroおよびin vivoモデルで同定・実証する。さらに、このWT EGFRアレル増幅を介した耐性を克服するための治療戦略、特に抗EGFR抗体であるセツキシマブとの併用療法の有効性を探索し、その前臨床的根拠を確立することを目的とする。本研究は、第3世代EGFR-TKIに対する耐性メカニズムの多様性を明らかにし、新たな治療戦略開発に貢献することを目指す。

結果

第3世代EGFR-TKI耐性細胞株の樹立とクロス耐性の確認: PC9 (EGFR del19) およびH1975 (L858R/T790M) 細胞をrociletinibまたはosimertinibで漸増濃度 (0.03→1 µmol/L) 曝露することで、複数の耐性クローン (PC9-COR, PC9-AZDR, H1975-COR, H1975-AZDR) を樹立した。確立された耐性細胞は、rociletinib、osimertinib、nazartinibを含む全ての第3世代EGFR-TKIに対してクロス耐性を示し、IC50が親株と比較して著明に上昇した (Supplementary Table S2)。例えば、PC9-COR#9細胞のrociletinibに対するIC50は親株の約100倍に増加した。第1世代erlotinibへの耐性も確認された。Annexin V-FITC染色によるフローサイトメトリー解析で、耐性細胞ではTKI誘導アポトーシスが著明に減少しており (Supplementary Fig. S1)、増殖抑制耐性のみでなくアポトーシス回避が耐性の主要な表現型であることが示された。全エクソームシーケンス解析では、C797S・L798I変異、報告バイパス経路 (HER2・HGFR・IGF-1R・AXL) への活性化はほぼ認められず、phospho-RTKアレイでもバイパスシグナル活性化は検出されなかった (Supplementary Fig. S2)。

全エクソームシーケンスによるWT EGFRアレル増幅の同定: 各耐性クローンの全エクソームシーケンスにより、コピー数変化・体細胞変異を網羅的に解析した。PC9-COR#9 (rociletinib耐性) において、野生型 (WT) EGFRアレルの顕著なコピー数増加 (増幅) が同定された (Table 1, Fig. 3A)。アレル特異的定量PCR (LINE1を参照遺伝子として使用) により、PC9-COR#9細胞でのWT EGFRアレルが変異EGFRアレル (del19) より約8.5倍多く存在することが定量的に確認された (Fig. 3C)。一方、PC9-AZDR#4・#5 (osimertinib耐性) ではKRAS G13D変異が同定されたが、WT EGFR増幅は認められなかった (Supplementary Fig. S5)。H1975耐性クローンでは、PIK3CA G118D変異のヘテロ接合性からホモ接合性への変化 (LOH) が観察されたが、これは機能的にEGFR-TKI耐性を引き起こさないことがsiRNA・阻害薬実験で示された (Supplementary Fig. S6)。WT EGFRアレル増幅は変異選択的EGFR-TKI特有の耐性機序であり、第1・2世代EGFR-TKI耐性での「全EGFR増幅」とは異なり、「阻害薬が温存するWT EGFRアレルの選択的増幅」という逆説的な選択圧の産物である。

H1975耐性クローンでのEMT様表現型とSrc-AKT二重経路活性化: H1975耐性クローンでは形態的に紡錘形細胞様への変化が観察された (Fig. 2A)。Western blot解析でビメンチン (間葉系マーカー) の上昇とE-cadherin (上皮系マーカー) の低下という特徴的なEMTマーカー変化が確認された (Fig. 2B)。さらに総Srcおよびリン酸化Src (p-Src Tyr416) がいずれも上昇しており、Src経路の活性化が認められた。EGFR下流シグナルの評価では、耐性クローンにおいてrociletinib/osimertinib処理後もpAKTが維持されており (pERKは抑制)、Src→AKT軸がEGFR経路の迂回路として機能していることが示された (Fig. 2C)。Src阻害薬であるbosutinibとrociletinibの組み合わせはH1975耐性クローンで相乗的な増殖抑制を示し (Fig. 2F, G)、Src活性化が耐性に機能的に寄与することが確認された。

WT EGFR増幅耐性の機能検証とCetuximab組み合わせによる克服: WT EGFR増幅がPC9-COR#9の耐性に因果的に寄与することを検証するため、H1975細胞にWT EGFRまたはC797S変異EGFRを外因性に過剰発現させた。WT EGFR過剰発現H1975では第3世代TKI (nazartinib) に耐性を示したが、C797S変異EGFR過剰発現では類似した耐性を示さず、WT EGFRアレル増幅が機能的な耐性決定因子であることが実証された (Fig. 4B)。WT EGFRを標的とするモノクローナル抗体cetuximabとrociletinibの組み合わせは、PC9-COR#9細胞 (WT EGFR増幅) に対して単剤では得られない相乗的な増殖抑制とアポトーシス誘導 (Annexin V+細胞がDMSO 10%から組み合わせで39%に増加) を示した (Fig. 5C, E)。Western blotでは組み合わせにより pEGFR・pAKT・pERKが完全に抑制されることが確認された (Fig. 5D)。In vivo PC9-COR#9 xenograftモデル (n=12 mice) でも、rociletinib (30 mg/kg/日)+cetuximab (1 mg/マウス、週2回) の組み合わせがvehicle・rociletinib単剤・cetuximab単剤と比較して有意に優れた腫瘍増殖抑制を達成した (p<0.01) (Fig. 6A)。腫瘍体積の増加はrociletinib単剤群で平均1200 mm³であったのに対し、併用療法群では平均200 mm³に抑制された (p<0.01)。

考察/結論

本研究は、第3世代EGFR-TKIの「変異選択性」という設計上の特徴が、逆説的に野生型 (WT) EGFRアレル増幅という新規の獲得耐性メカニズムを生み出すことを実証した重要な研究である。この機序は、第1・2世代EGFR-TKIへの耐性として報告された全EGFR増幅とは異なり、阻害薬が温存するWT EGFRアレルが選択的に増幅するという点で独自性がある。

先行研究との違い: これまでのEGFR-TKI耐性研究では、主に変異型EGFRの二次変異やバイパス経路の活性化が注目されてきた。しかし、本研究は、変異選択的EGFR-TKIの文脈において、WT EGFRアレル自体が耐性ドライバーとなり得ることを初めて示した点で、これまでの知見と対照的である。特に、Piotrowska et al. (2015) はrociletinib耐性クローンにおけるEGFR T790Mアレル増幅を報告しているが、本研究はWT EGFRアレル増幅の役割を明確に区別し、その機能的意義を解明した。

新規性: 本研究で初めて、Src-AKT経路の活性化とWT EGFRアレル増幅が、第3世代EGFR-TKIに対する獲得耐性メカニズムとして機能することを新規に同定した。特に、rociletinib耐性PC9細胞において、WT EGFRアレルが変異アレルより約8.5倍多く存在し、EGFRリガンド誘導性活性化を介して耐性を誘導するというメカニズムは、これまで報告されていない新規の概念である。この「野生型アレルを介した耐性」は、変異選択的阻害薬に対する獲得耐性の新たな概念として提唱される。

臨床応用: 本知見は、第3世代EGFR-TKI治療後の耐性解析において、EGFR変異アレルだけでなく、WT EGFRアレルと変異アレルの比率を評価することの臨床的意義を強く示唆する。WT EGFR増幅が確認された場合、抗EGFR抗体であるセツキシマブと第3世代EGFR-TKIの併用療法が、WT EGFRを介した耐性を効果的に克服する合理的な治療選択肢となる可能性が示された。これは、将来的な臨床応用、特にオシメルチニブ耐性後の治療戦略開発に繋がるbench-to-bedsideの重要な知見である。

残された課題: 今後の検討課題として、WT EGFRアレル増幅が臨床検体においてどの程度の頻度で認められるか、また、その増幅がどのようにして誘導されるのか、分子メカニズムの詳細をさらに解明する必要がある。また、セツキシマブ併用療法の有効性と安全性について、非悪性細胞におけるEGFR経路阻害に関連する副作用を回避するため、追加の前臨床および臨床試験が必要である。本研究はrociletinibを用いて実施されたが、その開発中止後も、オシメルチニブを含む他の第3世代TKI全般への適用可能性を検証することが今後の研究方向性として残されている。

方法

耐性細胞株の樹立: EGFR del19変異を有するPC9細胞およびEGFR L858R/T790M変異を有するH1975細胞を、rociletinibまたはosimertinibで漸増濃度(0.03 µmol/Lから1 µmol/Lまで)で長期曝露することにより、複数の耐性細胞株(PC9-COR (rociletinib耐性PC9細胞), PC9-AZDR (osimertinib耐性PC9細胞), H1975-COR (rociletinib耐性H1975細胞), H1975-AZDR (osimertinib耐性H1975細胞))を樹立した。

細胞増殖アッセイとアポトーシス評価: MTSアッセイを用いて、樹立した耐性細胞株のEGFR-TKIに対する感受性を評価した。アポトーシスは、Annexin V-FITCアポトーシス検出キットを用いたフローサイトメトリー解析により評価した。

全エクソームシーケンス (WES) とコピー数解析: 親細胞株および耐性細胞株から抽出したDNAを用いてWESを実施し、体細胞変異およびコピー数変異を網羅的に解析した。コピー数変異は、GATK Depth of Coverageツールを用いて親細胞と耐性細胞間のリード深度のlog比を算出し、ExomeCNVパッケージを用いてCNVセグメントを同定した。WESデータはDDBJデータベースに寄託された (アクセッション番号: DRA004904, PRJDB5021, SAMD00056514-SAMD00056521)。

アレル特異的定量PCR: WT EGFRアレルと変異EGFRアレルの相対的なコピー数比率を評価するため、LINE1 (long interspersed nuclear element-1) をリファレンス遺伝子としてアレル特異的定量PCRを実施した。

ウエスタンブロット解析: EGFR、AKT、ERK1/2、Src、EMTマーカー(E-cadherin、Vimentin)などのタンパク質の発現およびリン酸化レベルをウエスタンブロットにより評価した。

リン酸化受容体チロシンキナーゼアレイ: ヒトリン酸化受容体チロシンキナーゼアレイキットを用いて、耐性細胞におけるバイパス経路の活性化をスクリーニングした。

遺伝子過剰発現とsiRNAノックダウン: H1975細胞にHAタグ付きWT EGFRまたはC797S変異EGFRをレトロウイルス感染により安定的に過剰発現させ、EGFR-TKI感受性への影響を評価した。また、PIK3CA特異的siRNAを用いたノックダウン実験も実施した。

薬物併用療法: rociletinib単剤、cetuximab単剤、およびrociletinibとcetuximabの併用療法が、耐性細胞の増殖抑制およびアポトーシス誘導に与える影響をin vitroで評価した。Src阻害薬であるbosutinibとrociletinibの併用効果も検討した。

マウス異種移植モデル: 雌性BALB/cヌードマウスにPC9-COR#9細胞を皮下移植し、腫瘍体積が150 mm³に達した後、vehicle、rociletinib単剤(30 mg/kg/日、経口)、cetuximab単剤(1 mg/マウス、週2回、腹腔内)、または両者の併用療法群にランダムに割り付けた。腫瘍体積およびマウス体重をモニタリングし、治療効果を評価した。動物実験は慶應義塾大学医学部実験動物センターの承認を得て実施した。

統計解析: GraphPad Prismソフトウェアを用いて統計解析を実施した。2側Studentのt検定を用い、p<0.05を有意差ありと判断した。