- 著者: Takeshi Hirose, Masachika Ikegami, Makoto Endo, Yoshihiro Matsumoto, Yasuharu Nakashima, Hiroyuki Mano, Shinji Kohsaka
- Corresponding author: Shinji Kohsaka (Division of Cellular Signaling, National Cancer Center Research Institute, Tokyo, Japan)
- 雑誌: Lung Cancer
- 発行年: 2021
- Epub日: N/A
- Article種別: Original Article
- PMID: 33395611
背景
EGFR exon 20挿入変異は、非小細胞肺癌(NSCLC)におけるEGFR変異陽性例の5〜10%を占める比較的稀なドライバー変異群であり、全NSCLCの約1.5〜2.5%に相当する。COSMICデータベースには30種類以上のexon 20挿入変異が報告されており、その多様性にもかかわらず、個々の変異型に対する薬剤感受性の情報はこれまで極めて乏しかった。先行研究では、第一世代EGFR-TKIであるgefitinibや第二世代EGFR-TKIであるafatinibに対するexon 20挿入変異の一般的な耐性が示されていた。例えば、afatinibを用いたLUX-Lung試験の事後解析では、exon 20挿入変異を有する23例中わずか2例(8.7%)しか奏効せず、その有効性が限定的であることが明らかになった(Yang et al. LancetOncol 2015)。
一方、第三世代EGFR-TKIであるosimertinibについては、一部の変異型で感受性の可能性が示唆されていたものの、各変異型における感受性の全体像は未解明であった。また、poziotinibやmobocertinibといったexon 20挿入変異を特異的に標的とする新規薬剤の前臨床データや臨床データも蓄積途上であり、その有効性プロファイルは十分に確立されていなかった。これらの背景から、EGFR exon 20挿入変異の治療戦略を最適化するためには、個々の変異型が持つ形質転換能と薬剤感受性を網羅的に評価することが喫緊の課題であった。しかし、従来の個別の増殖アッセイなどの手法では、多数の変異型を効率的かつ系統的に評価することが困難であり、大規模な機能的評価を行う上での技術的なギャップが存在した。
本研究の著者らが開発したMANO (Mixed-All-Nominated-in-One) 法は、バーコードを付与した複数の変異型を競合培養し、次世代シーケンシング(NGS)で定量化することで、多種類の変異型を同時かつ高速に評価できる革新的な方法論である(Kohsaka et al. SciTranslMed 2017)。このMANO法を用いることで、これまで不足していたEGFR exon 20挿入変異の機能的評価と薬剤感受性プロファイルの包括的な解明が期待された。特に、EGFR変異陽性NSCLCの治療において、共通変異(exon 19欠失やL858R変異)に対するEGFR-TKIの有効性は確立されているが(Lynch et al. NEnglJMed 2004, Paez et al. Science 2004, Maemondo et al. NEnglJMed 2010, Soria et al. NEnglJMed 2018)、稀な変異、特にexon 20挿入変異に対する治療選択肢は限られており、個々の変異型に応じた精密医療の実現には、詳細な機能的データが不可欠であった。
目的
本研究の目的は、COSMIC database v89に記載されたEGFR exon 20挿入変異21種を含む計25種の組換え型EGFR変異体について、著者らが開発したMANO (Mixed-All-Nominated-in-One) メソッドを用いて、in vitro(3T3細胞およびBa/F3細胞)およびin vivo(マウスゼノグラフトモデル)での形質転換能およびEGFR-TKI(gefitinib、afatinib、osimertinib、poziotinib、mobocertinib)への薬剤感受性を系統的に評価することである。
具体的には、以下の点を明らかにすることを目指した。
- 各EGFR exon 20挿入変異が、細胞の形質転換能および増殖能に与える影響を評価し、oncogenic driverとしての機能を確認する。
- 第一世代TKI(gefitinib)、第二世代TKI(afatinib)、第三世代TKI(osimertinib)に対する各exon 20挿入変異の感受性プロファイルをin vitroおよびin vivoで網羅的に解析する。
- exon 20挿入変異特異的阻害薬であるpoziotinibおよびmobocertinibに対する各変異型の感受性を評価し、その治療的有用性を検討する。
- これらの包括的な機能評価データに基づき、EGFR exon 20挿入変異の多様な薬剤感受性パターンを解明し、個々の変異型に応じた精密医療のための基礎的データベースを構築する。
結果
Exon 20挿入変異の形質転換能とoncogenic driverとしての機能確認: COSMIC database v89に記載された21種のexon 20挿入変異のうち、ほとんどの変異型が3T3細胞においてフォーカス形成能を示し、アンカレッジ非依存性増殖を介してoncogenic driverとして機能することが確認された(Fig. 2)。野生型EGFRおよびP772_H773insPR変異体のみがフォーカス形成を示さなかった。特に、D770_N771insSVDやV769_D770insASVといった臨床で比較的頻繁に報告される変異型は高い形質転換能を示した。しかし、一部の変異型(特に挿入サイズが小さい、またはATP結合ポケットへの影響が少ない位置の変異型)は形質転換能が低く、変異型間で癌化能に差異があることが示された。この形質転換能の多様性は、exon 20挿入変異の生物学的な不均一性を示唆する。Ba/F3細胞におけるIL-3非依存性増殖能の評価でも同様の傾向が確認され、in vitroでの細胞株非依存的な形質転換能が裏付けられた。
GefitinibおよびAfatinibへの感受性:全exon 20挿入変異の一律耐性: MANO法を用いたin vitroアッセイの結果、21種のexon 20挿入変異は、D761_E762insEAFQを除き、全てgefitinib(第一世代TKI)およびafatinib(第二世代TKI)に対して高度な耐性を示した(Fig. 3A)。これらの変異型は、IC90を大幅に超える濃度でも十分な増殖阻害が得られず、正常細胞毒性濃度を遥かに超えなければ阻害できないことが示された。この結果は、LUX-Lung試験におけるafatinibの低い臨床奏効率(8.7%)と一致し、第一・第二世代TKIがexon 20挿入変異に対して臨床的に無効であることの前臨床的根拠を系統的に確立した。PrestoBlueアッセイでも同様の結果が得られ、gefitinibおよびafatinibに対する一律の耐性が確認された(Fig. 3B)。
Osimertinibへの感受性:変異型依存性の差異: Osimertinib(第三世代TKI)に対する感受性は、exon 20挿入変異間で多様なプロファイルを示した(Fig. 3A, B)。一部の変異型、特にC-helix extension領域(codons 761〜764周辺)の挿入変異(例: A767_S768insTLA, D770_N771insG, N771_P772insH, N771_P772insN)は、osimertinibに対して比較的高い感受性を示した。これらの変異型では、IC90値が他の耐性変異型と比較して低値であった。しかし、全ての変異型がosimertinibに応答するわけではなく、osimertinibの有効性が変異型の挿入位置、サイズ、および配列に依存することが明らかになった。例えば、loop領域(ATP結合ポケット付近、codon 770〜774)の挿入変異は、osimertinibに対しても耐性を示す傾向があった。このin vitroの知見は、一部のexon 20挿入変異を有するNSCLC患者でosimertinibの臨床的奏効が得られる症例報告と整合していた。
PoziotinibおよびMobocertinibへの感受性:exon 20挿入特異的阻害薬の優位性: Poziotinibおよびmobocertinibは、exon 20挿入変異を標的として開発された小分子EGFR阻害薬であり、PrestoBlueアッセイの結果、exon 20挿入変異の多くがこれらの薬剤に対して比較的良好な応答を示した(Supplementary Fig. S3)。特にmobocertinibは幅広い変異型に対して感受性を示し、exon 20挿入変異全体への有効性の前臨床的根拠を提供した。Poziotinibも高い感受性を示したが、後の臨床試験では過剰毒性が問題となることが報告されている。
In vivo MANOメソッドによるTKI感受性の確認: In vivo MANOメソッドを用いたマウスゼノグラフトモデル(n=10 mice/群)でも、in vitroの結果が一部確認された(Fig. 4)。gefitinib処理群では、D761_E762insEAFQを除く全てのexon 20挿入変異が耐性を示し、腫瘍内の相対的な細胞クローン比率が維持または増加した。一方、osimertinib処理群では、20種のexon 20挿入変異のうち15種が感受性を示し、腫瘍内の相対的な細胞クローン比率が有意に減少した(p<0.01)。特に、A767_S768insTLA、D770_N771insG、D700_N771insGT、N771_P772insH、またはN771_P772insN変異型は、osimertinib処理により80%以上の細胞数減少を示し、in vivoでのosimertinib感受性が強く裏付けられた。これらの結果は、in vitroで観察された変異型依存的な感受性プロファイルがin vivo環境でも再現されることを示している。
挿入位置依存性の感受性プロファイルと臨床的意義: EGFR exon 20挿入変異の挿入位置(N-lobe領域、C-helix、loop領域など)によって、TKI感受性プロファイルが異なることが明確に示された(Fig. 5)。C-helix延長型(特にcodons 761〜764周辺の挿入)では、osimertinib、poziotinib、mobocertinibのいずれに対しても比較的感受性が保たれる傾向があった。これに対し、loop-insertion型(codon 770〜774付近)では、osimertinibへの耐性が高く、poziotinibおよびmobocertinibに限定的な感受性が見られた。このposition-dependent patternは、臨床における精密医療の観点から極めて重要であり、従来の「exon 20挿入変異」という一括した分類ではなく、個々の変異型を正確に同定した上での薬剤選択が必要であることを強く示唆する。この知見は、A763_Y764insFQEAのような特定の挿入変異型がerlotinib感受性を示すという先行報告とも一致するものであった。
考察/結論
本研究は、MANOメソッドという高度に並列化された機能評価プラットフォームを用いて、EGFR exon 20挿入変異21種の薬剤感受性を前例のない規模で網羅的に評価した基礎研究であり、EGFR exon 20挿入変異を有するNSCLCの治療戦略に直接的な情報を提供した。
先行研究との違い: これまでの研究では、個別のexon 20挿入変異に対するTKI感受性の報告はあったものの、これほど多数の変異型をin vitroおよびin vivoで包括的に評価した研究は存在しなかった。特に、全変異型がgefitinibおよびafatinibに耐性を示すという結果は確立されていた知見を系統的に確認したものであるが、osimertinib、poziotinib、mobocertinibに対する変異型依存的な感受性の差異を初めて包括的に示した点が本研究の新規性の核心である。
新規性: 本研究で初めて、EGFR exon 20挿入変異の挿入位置がTKI感受性プロファイルに大きく影響を与えることを詳細に解明した。C-helix延長型の変異はosimertinibに比較的感受性を示す一方、loop-insertion型の変異はより広範なTKI耐性を示すことが明らかになった。このposition-dependentな感受性パターンは、個々の変異型に応じた治療選択の重要性を強く示唆する新規の知見である。
臨床応用: 本研究が示した変異型別の薬剤感受性データベースは、個々の患者のEGFR exon 20挿入変異型を正確に同定した上での治療選択(精密医療)に向けた基礎情報を提供する。特に、mobocertinibは本研究の発表後にFDA承認(2021年)を取得し、exon 20挿入変異NSCLCに対する最初の標準治療の一つとなったが、本研究のデータはその前臨床的根拠の一部を形成するものである。また、in vivo MANOメソッドによるosimertinib感受性の確認は、今後の臨床試験における変異型選択基準の策定に貢献する可能性を秘めている。
残された課題: 本研究にはいくつかのlimitationが存在する。第一に、レトロウイルスによるEGFR cDNAの導入は、内因性EGFRレベルと比較してEGFRタンパク質の過剰発現を引き起こす可能性がある。特に、野生型EGFRの過剰発現自体が3T3アッセイで形質転換フォーカスを形成するため、形質転換能の評価には注意が必要である。第二に、3T3細胞およびBa/F3細胞を用いた実験系は、実際の肺組織の微小環境とは異なる可能性がある。第三に、本研究の実験データは、その稀少性から、全ての変異型について臨床データによって完全に裏付けられているわけではない。今後の検討課題として、本前臨床データ、特に各変異型における薬剤応答率の臨床的妥当性の前向き検証が必要である。最後に、PIK3CA変異など、EGFR変異と共存しうる他の遺伝子変異が薬剤感受性に与える影響は本研究では考慮されていない。
方法
本研究では、まずpcx6ベクター(10-bpランダムバーコード内蔵)に、COSMIC database v89から選択された25種のEGFR変異体(exon 19挿入2種、exon 19欠失1種、exon 20挿入21種、exon 21ミスセンス1種)の全長cDNAをクローニングした。各変異体について3つの異なるバーコードを持つクローンを作成し、各アッセイで三連のデータが得られるように設計した。これらの組換え型プラスミドは、HEK293T細胞にパッケージングプラスミドと共に導入され、組換え型レトロウイルス粒子が産生された。
次に、これらのレトロウイルスを用いて、マウス3T3線維芽細胞およびIL-3依存性マウスpro-B細胞株であるBa/F3細胞に各EGFR変異体を導入した。3T3細胞では、アンカレッジ非依存性増殖能を評価するため、フォーカス形成アッセイを実施し、Giemsa染色後にフォーカス形成の有無を観察した。
MANO法によるTKI感受性評価: MANO法は、個別に導入されたアッセイ細胞を等量混合し、競合培養する手法である。IL-3非依存性に増殖するBa/F3細胞に各EGFR変異体を導入し、等量混合した細胞をgefitinib、afatinib、osimertinib(100 pM〜10 μM)の異なる濃度で4日間培養した。培養終了後、細胞ライセートからゲノムDNAを抽出し、PCR増幅後にNGSを用いてバーコード配列を定量化した。DMSO処理群を基準として、各変異体の相対増殖阻害率を算出し、IC90値を指標として薬剤感受性を評価した。
PrestoBlue細胞生存率アッセイ: Ba/F3細胞を用いたPrestoBlueアッセイにより、gefitinib、afatinib、osimertinib(1 nM〜10 μM)に加え、poziotinib(100 pM〜1 μM)およびmobocertinib(1 nM〜10 μM)に対する感受性を確認した。4日間のTKI曝露後、PrestoBlue試薬を添加し、蛍光強度を測定することで細胞生存率を評価し、同様にIC90値を算出した。
In vivo MANOメソッド: 26種類の異なるコンストラクト(GFPコントロールを含む)を発現する3T3細胞クローンを等量混合し、合計5.0 × 10^6個の細胞をヌードマウスの皮下に移植した(n=10 mice/群)。移植後、マウスにはgefitinib(100 mg/kg体重)またはosimertinib(20 mg/kg体重)を2週間経口投与した。20日目に腫瘍を摘出し、機械的に均質化した後、ゲノムDNAを抽出した。抽出されたDNAからバーコード配列をPCR増幅し、NGSで定量化することで、各変異体の相対的な腫瘍増殖能を評価した。高耐性変異体(例: L858R_T790M)はin vivoアッセイの長期培養中に他の変異体を枯渇させる可能性があるため、in vivo MANOメソッドのコントロールには含めなかった。統計解析は、paired t-testを用いて行われ、p<0.01を有意差ありと判断した。