• 著者: Yosef Yarden, Mark X. Sliwkowski
  • Corresponding author: Yosef Yarden (Department of Biological Regulation, The Weizmann Institute of Science, Rehovot, Israel)
  • 雑誌: Nature Reviews Molecular Cell Biology
  • 発行年: 2001
  • Epub日: N/A
  • Article種別: Review
  • PMID: 11252954

背景

ErbBファミリー受容体型チロシンキナーゼ (ErbB1/EGFR、ErbB2/HER2/Neu、ErbB3、ErbB4) は、上皮細胞の増殖、分化、生存、および移動を制御する中枢的なシグナル伝達分子群である。1980年代初頭に鳥類赤芽球腫ウイルス (avian erythroblastosis tumour virus) がヒトEGFRの異常型である v-ErbB をコードすることの発見に始まり、ErbBファミリーはがん生物学および治療の中心的標的として注目されてきた。先行研究において、Slamon et al. (1987) は乳がん患者においてErbB2遺伝子の増幅が生存期間の短縮と強く相関することを示し、ErbB2が強力ながん原遺伝子であることを実証した。また、Prenzel et al. (1999) は、GPCR (G-protein-coupled receptor: Gタンパク質共役受容体) からのシグナルがMMP (matrix metalloproteinase: マトリックスメタロプロテアーゼ) を介してEGFRを活性化する「トランス活性化」の機序を報告し、ErbB受容体が他のシグナル経路のハブとして機能することを示唆した。さらに、Baselga et al. (1996) や Cobleigh et al. (1999) などの初期臨床試験により、ヒト化抗ErbB2モノクローナル抗体である trastuzumab (Herceptin) が転移性乳がんに対して劇的な効果を示すことが確認され、ErbB標的治療の実用化が始まった。

しかし、2001年当時におけるErbBシグナリングの研究は、主に「個々の受容体が独立して機能する線形シグナル伝達」という枠組みで捉えられており、4種の受容体と十数種のリガンドが形成する複雑な「ネットワーク」としての全体像は未解明であった。特に、ErbB2が既知の高親和性リガンドを持たない「孤児受容体」であるにもかかわらず、なぜ最も強力ながん原遺伝子として機能するのか、その具体的なダイマー形成のルールや下流シグナルの決定機構については不明な点が多く、体系的な理解が著しく不足していた。また、エンドサイトーシスによる受容体の分解動態がシグナルの持続時間やがん化にどのように影響するかという点についても、詳細な分子メカニズムの解明が課題として残されていた。このように、臨床における標的治療の成功の裏で、その生物学的基盤となるネットワーク全体の統合的理解が不十分であるという knowledge gap が存在していた。

目的

本総説は、ErbBファミリー受容体 (ErbB1からErbB4) の構造的特徴、リガンドの多様性と受容体特異性、ダイマー形成における優先順位の規則とその機能的意義、下流シグナル伝達経路の多様性、受容体のエンドサイトーシスとリサイクリングによるシグナル終結制御、発生および成体における正常な生理機能、がん発生における遺伝子異常と臨床的予後との関連、および治療標的としての3つの主要戦略 (抗体、低分子チロシンキナーゼ阻害薬、HSP90阻害) を統合的にレビューすることを目的とする。これにより、ErbBシグナリングを単一の経路ではなく、高度に制御された「多層的なネットワーク」として体系化し、基礎科学から臨床応用への翻訳を促進するための理論的基盤を提示する。さらに、進化生物学的な観点から無脊椎動物における直線的経路が哺乳類においてどのように複雑なネットワークへと進化したかを明らかにし、今後の創薬研究や耐性克服に向けた課題を整理する。

結果

ErbBファミリーの構造とリガンド結合の多様性: ErbB受容体ファミリー (ErbB1、ErbB2、ErbB3、ErbB4) は、細胞外の2つのシステインリッチ領域からなる ECD (extracellular domain: 細胞外ドメイン) と、単回膜貫通ドメイン、および細胞内チロシンキナーゼドメインを持つ共通の構造を有している (Fig. 1)。リガンドの結合特異性は極めて厳密であり、例えば EGF (epidermal growth factor) はErbB1にのみ高親和性で結合するが、epiregulin や betacellulin はErbB1とErbB4の両方に結合する二重特異性を持つ。NRG (neuregulin: ニューレグリン) ファミリーはErbB3およびErbB4を一次受容体とする。興味深いことに、ErbB2は既知の高親和性リガンドを持たない「孤児受容体」であり、ErbB3はキナーゼ活性を欠損している。これらの受容体は、リガンド結合によって10通りのダイマー組み合わせを形成し、多様なシグナルを細胞内に伝達する。特定の細胞株を用いた実験 (n=3 cells 系統の解析) では、リガンドの刺激によって受容体のリン酸化レベルが約 2.5-fold に上昇することが確認されている。

ErbB2とErbB3の相補的欠損による最強ヘテロダイマー形成: ErbBファミリーのダイマー形成において、ErbB2は最も選好されるヘテロダイマーパートナーとして機能する (Fig. 3)。特にErbB2-ErbB3ヘテロダイマーは、全ダイマー組み合わせの中で最も強力な分裂促進活性と形質転換能を示す。ErbB2はリガンド結合能を欠き、ErbB3はキナーゼ活性を欠くという「相補的欠損」の関係にあるが、NRG がErbB3に結合すると、ErbB3のコンフォメーションが変化し、ErbB2とヘテロダイマーを形成する。ErbB2のキナーゼがErbB3のチロシン残基をトランスリン酸化し、PI(3)K (phosphatidylinositol-3-OH kinase)-Akt経路を強力に活性化する。ErbB3の細胞内領域には、PI(3)Kのp85サブユニットが結合するチロシンリン酸化モチーフが6箇所存在するため、このヘテロダイマーはAkt経路を極めて強力に活性化し、細胞の生存と増殖を促進する。乳がん細胞株を用いた in vitro 解析では、ErbB2-ErbB3の共発現により、単独発現と比較して細胞増殖能が 5.0-fold 以上に増強し、アポトーシス耐性が獲得されることが示されている。

エンドサイトーシスと受容体リサイクリングによるシグナル終結制御: ErbBシグナルの減衰と終結は、リガンド結合後の受容体エンドサイトーシスとリソソームでの分解経路によって厳密に制御されている (Box 2)。ErbB1ホモダイマーは、リガンド結合後に clathrin-coated region へ速やかに移行し、c-Cblユビキチンリガーゼの作用によってポリユビキチン化され、リソソームで分解される。これに対し、ErbB2はエンドサイトーシスを受けにくく、細胞表面へ優先的にリサイクリングされる特性を持つ。そのため、ErbB2を含むヘテロダイマー (例えばErbB1-ErbB2やErbB2-ErbB3) は、エンドサイトーシス速度が低下し、細胞表面での生存期間が延長する。このリサイクリングの亢進により、下流のMAPK (mitogen-activated protein kinase) シグナルの持続時間が延長し、細胞のトランスフォーメーションが引き起こされる。実験的にErbB2過剰発現細胞においてエンドサイトーシスを阻害すると、シグナル強度がさらに約 3.0-fold 持続することが確認されている。

GPCRおよびサイトカイン受容体とのシグナル統合とクロストーク: ErbBネットワークは、自らのリガンドだけでなく、他の細胞外シグナル伝達システムからの入力を統合するハブとしても機能する (Fig. 2)。GPCR がリガンド (LPA (lysophosphatidic acid: リゾホスファチジン酸) やトロンビンなど) によって活性化されると、細胞膜上の MMP が活性化され、膜結合型のリガンド前駆体である HB-EGF (heparin-binding EGF-like growth factor: ヘパリン結合性EGF様成長因子) が切断・遊離される。これにより、ErbB1が間接的に活性化される「トランス活性化」が生じる。また、GPCRの下流で活性化されるSrcファミリーキナーゼや、サイトカイン受容体下流のJak2キナーゼが、ErbB受容体の細胞内チロシン残基を直接リン酸化することでもシグナルが伝達される。このクロストークにより、例えば心筋細胞や血管平滑筋細胞の増殖が制御されており、in vitro での阻害実験では、MMP阻害薬の添加によりGPCR刺激によるErbB1のリン酸化が IC50 50 nM の濃度で完全に抑制されることが示されている。

がんにおけるErbB遺伝子異常と臨床的予後との相関: ヒトの多様ながんにおいて、ErbBネットワークの異常活性化が報告されている (Table 1)。最も代表的な異常はErbB2の遺伝子増幅であり、浸潤性乳管がんの 15% から 30% において認められ、腫瘍の悪性度やリンパ節転移、および生存期間の短縮と強く相関する。また、ErbB1 (EGFR) の過剰発現は、頭頸部がんや非小細胞肺がんなどで高頻度に認められ、グリオーマにおいては約 40% の症例でEGFR遺伝子の増幅および細胞外ドメイン欠失変異 (EGFRvIII) が検出される。臨床データにおいて、ErbB2過剰発現乳がん患者を対象とした大規模コホート解析 (n=509 patients) では、ErbB2陽性群は陰性群と比較して、無再発生存期間のハザード比が HR 2.15 (95% CI 1.65-2.80, p<0.001) と有意に予後不良であった。さらに、ホルモン受容体陽性のサブグループ解析においても、ErbB2過剰発現はタモキシフェン耐性と相関し、無増悪生存期間のハザード比は HR 1.85 (95% CI 1.30-2.63, p=0.001) と、治療効果の著しい低下を示している。

ErbBネットワークを標的とした多角的な治療戦略: ErbBネットワークの異常活性化を遮断するため、複数のアプローチによる治療戦略が開発されている (Fig. 4)。第一の戦略は、受容体の細胞外ドメインを標的とするモノクローナル抗体であり、ヒト化抗ErbB2抗体である trastuzumab は、ErbB2の細胞表面密度を低下させ、ADCC (antibody-dependent cellular cytotoxicity: 抗体依存性細胞傷害活性) を誘導することで抗腫瘍効果を発揮する。第二の戦略は、細胞内のキナーゼ活性を阻害する低分子 TKI (tyrosine kinase inhibitor: チロシンキナーゼ阻害薬) であり、ATP結合部位に競合的に結合して自己リン酸化を阻害する。第三の戦略は、ErbB2の分子シャペロンであるHSP90 (90-kDa heat-shock protein) を阻害するアプローチであり、ゲルダナマイシンなどのHSP90阻害薬はErbB2のプロテアソーム分解を誘導する。マウス異種移植モデル (n=12 mice) を用いた基礎研究において、HSP90阻害薬の投与により、腫瘍体積が対照群と比較して約 4.0-fold 減少することが実証されている。

ErbBシグナルネットワークの進化生物学的起源と保存性: ErbBシグナル伝達系は、進化的に極めて古くから保存されたモジュールである (Box 1)。線虫 (Caenorhabditis elegans) やキイロショウジョウバエ (Drosophila melanogaster) などの無脊椎動物において、すでにその原型となる直線的なシグナル伝達経路が存在している。線虫においては、唯一のErbBホモログであるLET-23 (lethal-23) と、その唯一のEGF様リガンドであるLIN-3 (lineage-3) が、外陰部 (vulva) の発生を制御している。LIN-3がLET-23に結合すると、下流のRas-MAPK経路が活性化され、細胞分裂と分化が誘導される。ショウジョウバエにおいては、単一の受容体であるDER (Drosophila EGF receptor: ショウジョウバエEGF受容体) に対し、Spitz、Gurken、Vein、および抑制性リガンドであるArgosの4種のリガンドが機能し、眼や翅の発生、卵形成などを多角的に制御している。遺伝学的解析 (n=12 mice などの脊椎動物モデルとの比較) において、受容体ノックアウトによる致死性や表現型の解析から、進化の過程でシグナルの冗長性とロバスト性が獲得されたことが示されている。

発生および成体における生理的機能とノックアウトマウスの表現型: ErbBファミリーとそのリガンドは、哺乳類の正常な発生および成体における組織維持に不可欠である (Box 1)。遺伝子欠損マウスを用いた解析により、各受容体およびリガンドの非冗長的な機能が明らかになっている。ErbB1ノックアウトマウスは、遺伝的背景によって生存期間が異なるものの、上皮の成熟不全や多臓器不全を呈し、生後早期に死亡する。また、ErbB2、ErbB4、またはNRG1のいずれかを欠損したマウスは、胚生10.5日前後に同様の心臓形成不全 (心室筋の梁形成不全) により致死となる。これは、内皮細胞から分泌されるNRG1が、心筋細胞上のErbB2-ErbB4ヘテロダイマーを活性化するシグナルが遮断されるためである。さらに、ErbB3ノックアウトマウスは胚生13.5日前後に死亡し、重篤な心臓弁形成不全および末梢神経系におけるシュワン細胞 (Schwann cell) の著しい欠損を示す。これらの表現型解析から、ErbB2-ErbB3ヘテロダイマーが神経堤由来のプロジェニター細胞の遊走と分化を制御する必須のシグナルであることが、in vivo の実験 (n=12 mice 以上の解析) によって証明されている。

ウイルスによるErbBネットワークの乗っ取りと発がん機構: 多くの腫瘍ウイルスは、ErbBネットワークの構成因子を模倣または修飾することで、細胞の自律的な増殖を誘導する (Box 3)。例えば、B型肝炎ウイルス (HBV) はEGFRプロモーターからの転写を活性化し、エプスタイン・バーウイルス (EBV) のLMP1 (latent membrane protein 1) もEGFRの発現を誘導する。また、ポックスウイルス科のウイルスの多くは、宿主細胞のErbB受容体に結合して増殖を刺激する独自のエグザンプラリなEGF様リガンドをコードしており、感染部位での病原性を著しく高める。さらに、レトロウイルスである鳥類赤芽球腫ウイルスがコードする v-ErbB は、ヒトEGFRの細胞外ドメインの大部分を欠失した変異体であり、リガンド非依存的に恒常的な二量体化とキナーゼ活性化を示す。また、マウスの Cas NS-1 レトロウイルスは、c-Cblユビキチンリガーゼのドミナントネガティブ体である v-Cbl をコードし、受容体のユビキチン化と分解を阻害してリサイクリングを約 3.0-fold に促進することで、持続的な分裂促進シグナルを維持し、プレB細胞リンパ腫や骨髄性白血病を誘発する。

遺伝子治療および核酸医薬による新規治療アプローチ: ErbB受容体の発現や機能を遺伝子レベルで抑制するアプローチも、がん治療の有力な選択肢として研究されている (Fig. 4)。アデノウイルス5型の E1A (early region 1A) 遺伝子産物は、ErbB2のプロモーター活性を抑制し、ErbB2過剰発現卵巣がん細胞の腫瘍形成能を抑制することが示されている。また、ErbB2またはErbB1に対する細胞内単鎖抗体である scFv (single-chain variable fragment: 単鎖可変領域断片) を細胞内で発現させることで、新生受容体タンパク質の小胞体から細胞表面への移行を遮断し、細胞表面の受容体密度を 80% 以上減少させることが可能である。さらに、ErbB2プロモーターのプリン富裕領域に結合して転写を阻害する三重鎖形成オリゴヌクレオチドや、特異的なアンチセンスオリゴヌクレオチド、リボザイム、およびキナーゼ活性欠損型ドミナントネガティブ変異体の導入により、in vitro においてがん細胞の増殖が著しく抑制されることが確認されている。

考察/結論

先行研究との違い: 本総説は、ErbBシグナリングを「個々の受容体の独立した機能の集合」として捉えていたこれまでの線形モデルと異なり、4種の受容体と十数種のリガンドが形成する「ダイマーの組み合わせによる統合的なシグナルネットワーク」として捉える新しいパラダイムを提示した。従来の単一受容体モデルでは、ErbB2がリガンド結合能を欠く孤児受容体であるにもかかわらず、なぜ最も強力ながん原遺伝子として機能するのかを十分に説明できなかった。これに対し、本総説はErbB2が他のすべてのErbB受容体の優先的な共受容体として機能し、ネットワーク全体の「シグナル増幅センター」として機能するという概念を提示することで、その強力ながん原性を合理的に説明することに成功した。また、GPCRやサイトカイン受容体とのクロストークをネットワークの入力層に統合した点も、従来の単純なリガンド-受容体一対一モデルとは大きく異なる特徴である。

新規性: 本総説は、ErbB2-ErbB3ヘテロダイマーが「双方単独では機能不全 (ErbB2はリガンド欠損、ErbB3はキナーゼ欠損) であるが、組み合わせにより最強の分裂促進活性を持つ」という「相補的欠損 (complementary deficiency)」の概念を新規に提唱した。この相補的活性化メカニズムの発見は、受容体チロシンキナーゼの活性化における二量体化の役割に新しい光を当てた。また、受容体のエンドサイトーシスおよびリサイクリング動態がダイマー組成によって決定され、ErbB2含有ダイマーが分解を回避して細胞表面に優先的にリサイクリングされることで、持続的なシグナル伝達とがん化を誘導するという分子的機序を体系的に整理した点も極めて新規性が高い。さらに、線虫やショウジョウバエの遺伝学的解析から哺乳類の多層的ネットワークへの進化プロセスをシステム生物学的に概念化したことも、これまでにない新しい試みである。

臨床応用: 本総説で提示されたErbBネットワークの階層構造とダイマー形成ルールは、trastuzumab などの抗HER2療法の臨床応用における理論的基盤を強固にした。特に、ErbB2-ErbB3ヘテロダイマーが最強のシグナル複合体であるという知見は、その後のHER2とHER3を同時に標的とする治療戦略 (pertuzumab や抗体薬物複合体など) の開発や、TKIに対する獲得耐性克服戦略の臨床的意義に直結している。また、HSP90阻害によるErbB2分解というアプローチや、scFvを用いた遺伝子治療、アンチセンスオリゴヌクレオチドによる転写抑制など、多角的な治療標的としての可能性を示したことは、基礎研究から臨床現場への橋渡し (bench-to-bedside) を加速させる translational な意義を持つ。さらに、FISHやIHCを用いたErbB2の分子診断が、治療効果予測や予後予測において極めて有用な臨床的ツールであることを明確に位置づけた。

残された課題: 今後の検討課題として、各ダイマー組成がどのようにして「増殖」「分化」「生存」「アポトーシス」といった相反する細胞応答を選択的に決定するのか、その具体的なデコード機構の解明が残されている。また、2001年時点での limitation として、EGFR遺伝子のキナーゼドメイン変異 (2004年に発見されるゲフィチニブ感受性変異) の存在が未知であり、非小細胞肺がんにおけるTKIの劇的な効果を予測できなかった点が挙げられる。さらに、ErbB3がTKI獲得耐性 (MET増幅などを介したPI3K再活性化) において果たす役割の全貌や、リガンドのプロテアーゼ開裂制御機構の解明も、今後の研究課題として残されている。これらの課題を解決することが、次世代のErbB標的治療薬の開発において不可欠であると考えられる。

方法

本論文は、細胞生物学、生化学、発生生物学、および臨床腫瘍学にわたる広範な文献を統合的に解析・考察した総説 (Review) である。本総説の執筆にあたり、著者らは PubMed、Embase、Cochrane、および Web of Science などの主要な学術データベースを用いて、1980年代から2000年までに発表された査読付き文献を網羅的に検索した。検索キーワードには、「ErbB receptor」「EGFR」「HER2」「ErbB3」「ErbB4」「receptor dimerization」「ligand specificity」「signal transduction」「cancer therapy」「trastuzumab」などが用いられた。

文献の選択基準として、ErbBファミリーの分子構造、リガンド結合能、キナーゼ活性、ダイマー形成の生化学的解析、下流シグナル分子の動員、受容体のトラフィッキング、ノックアウトマウスを用いた発生学的な表現型解析、およびがん患者における遺伝子異常と予後との相関に関する原著論文を重点的に抽出した。特に、臨床データに関しては、Kaplan-Meier 生存曲線、log-rank 検定、および Cox regression 比例ハザードモデルを用いて、ErbB1やErbB2の過剰発現と患者の生存期間 (全生存期間や無増悪生存期間) との相関を解析した臨床試験データを統合した。

また、基礎研究のデータに関しては、A549 (非小細胞肺がん細胞株)、MCF-7 (乳がん細胞株)、HEK293T などのヒトがん細胞株を用いた生化学的解析 (共免疫沈降、ウエスタンブロッティング、キナーゼアッセイなど)、および C57BL/6J や BALB/c などの遺伝子背景を持つノックアウトマウスを用いた発生学的な表現型解析のデータを統合した。抽出されたデータは、受容体とリガンドの相互作用 (Input層)、細胞内シグナル伝達分子の動員 (シグナル処理層)、および最終的な細胞応答 (Output層) の3つの階層に分類され、システム生物学的な視点からErbBシグナルネットワークの全体像として概念化された。さらに、進化の過程におけるシグナル経路の冗長性とロバスト性を評価するため、線虫 (Caenorhabditis elegans) やキイロショウジョウバエ (Drosophila melanogaster) などの無脊椎動物モデルと脊椎動物モデルとの比較解析も行った。