• 著者: Mehrnaz Nilsson, Ximing Sun, Babita Madan, et al.
  • Corresponding author: John V. Heymach (Department of Thoracic/Head and Neck Medical Oncology, The University of Texas MD Anderson Cancer Center, Houston, TX, USA)
  • 雑誌: Science Translational Medicine
  • 発行年: 2017
  • Epub日: N/A
  • Article種別: Original Article (Basic science / Translational)
  • PMID: 29118262

背景

EGFR変異を有する非小細胞肺がん (NSCLC) 患者に対するEGFRチロシンキナーゼ阻害薬 (TKI) 治療は、高い奏効率を示すものの、後天性耐性が不可避的に生じる。この耐性メカニズムとして、約50%の症例でEGFR T790M変異が報告されているが、残りの約50%はT790M非依存性の多様な機序によるものであることが知られている。T790M非依存性耐性の一因として、インターロイキン-6 (IL-6) /JAK/STAT3経路の活性化が先行研究で報告されていたが、腫瘍微小環境や全身性因子がEGFR-TKI耐性を促進するかどうかは未解明であった。

交感神経系ストレスホルモンであるノルエピネフリン (NE) およびエピネフリン (E) の受容体であるβ2-アドレナリン受容体 (β2-AR) は、複数のがん種において腫瘍の進展に関与することが知られている。しかし、EGFR変異肺がんにおけるTKI感受性との関連については、これまで詳細な研究が不足していた。また、がん抑制遺伝子であるLKB1 (STK11) は、EGFR変異NSCLCの一部で機能喪失が認められ、LKB1の喪失がEGFR-TKI感受性低下と関連するという臨床的観察も報告されていた。例えば、Koyama et al. CancerRes 2016は、STK11/LKB1欠損が腫瘍微小環境における好中球の浸潤と炎症性サイトカイン産生を促進し、T細胞活性を抑制することを示している。

慢性的なストレスは、副腎髄質および交感神経からNEやEといったストレスホルモンの産生を増加させる。これらのストレスホルモンは、標的細胞上のβ-ARに結合することで作用を発揮する。AR経路は、NSCLCを含む複数のがんにおいて腫瘍の発生と進行に寄与することが示されている。肺がん患者において、心理的苦痛は死亡率の予測因子であることが報告されており、前臨床モデルではβ-ARシグナルが肺腺がんの発生や増殖・浸潤プログラムの開始と関連することが示唆されていた。ARシグナルはIL-6を含むサイトカインの発現増加と関連することも知られており、Nilsson et al. (2007) は、ストレスホルモンが卵巣がん細胞においてARを活性化し、腫瘍由来のIL-6を増加させることを報告している。

これらの背景から、ストレスホルモンがNSCLC細胞におけるIL-6発現を促進するか、またARの活性化がEGFR-TKI耐性を促進するかどうかを検証する必要があった。特に、T790M非依存性耐性のメカニズムは依然として十分に確立されておらず、このギャップを埋めることが患者の治療成績向上に不可欠であると考えられた。また、Kobayashi et al. NEnglJMed 2005Pao et al. PLoSMed 2005Shigematsu et al. JNatlCancerInst 2005といった初期のEGFR-TKI耐性研究では、T790M変異が主要な耐性メカニズムとして同定されたが、T790M陰性耐性における治療戦略は依然として不足している。

目的

本研究の目的は、ストレスホルモンおよびβ2-アドレナリン受容体 (β2-AR) シグナルがEGFR-TKI耐性に与える影響とその分子メカニズムを詳細に解明することである。具体的には、以下の点を検証する。

  1. ストレスホルモン (ノルエピネフリン/エピネフリン) がEGFR変異NSCLC細胞のEGFR-TKI感受性に影響を与えるか。
  2. この影響がβ2-ARを介しているか、またその分子メカニズム (特にLKB1不活化とIL-6産生) を特定する。
  3. IL-6がEGFR-TKI治療効果のバイオマーカーとして利用可能か、ZEST試験 (ZACTIMA Efficacy Study versus Tarceva) の臨床データを用いて評価する。
  4. β遮断薬がストレスホルモン誘発性のEGFR-TKI耐性を解除し、IL-6濃度を低下させるか、in vitro、in vivo、およびLUX-Lung3試験の探索的臨床データを用いて検証する。
  5. β遮断薬とEGFR-TKIの併用が、EGFR変異NSCLC患者の治療成績を改善する可能性を評価し、今後の臨床試験の根拠を提示する。

これらの目的を達成することで、T790M非依存性EGFR-TKI耐性の新たな標的可能なメカニズムを同定し、既存薬であるβ遮断薬の再利用 (repositioning) による治療戦略の確立に貢献することを目指す。

結果

T790M陰性後天性TKI耐性細胞におけるIL-6高発現とZESTトライアルでのIL-6の予後予測能: EGFR-TKI耐性細胞株 (HCC827 ER-1, ER-3, ER-6およびHCC4006 ER-3, ER-5, ER-6) は、T790M変異陰性でありながら、親株と比較して有意に高いIL-6産生を示した (HCC827 ER-1,3,6 vs HCC827, p=0.005; HCC4006 ER3,5,6 vs HCC4006, p=0.0005) (Fig 1A)。ZEST試験 (erlotinib投与アーム、n=209) の解析では、ベースライン血清IL-6高値群 (中央値以上) の患者は、低値群と比較して有意に短い全生存期間 (OS) を示した (中央値 4.8ヶ月 vs 11.5ヶ月、p<0.0001) (Fig 1B)。同様に、無増悪生存期間 (PFS) もIL-6高値群で有意に短かった (p=0.0092)。これらの結果は、IL-6がEGFR-TKI治療効果の独立した予後・予測バイオマーカーとして利用できる可能性を示唆する。

ストレスホルモン (NE/E) によるEGFR-TKI耐性誘発とβ2-AR依存性: ノルエピネフリン (NE) およびエピネフリン (E) (10nM-1µM) の添加は、EGFR変異NSCLC細胞株 (HCC827、HCC4006、H3255、PC9、H1975、H1650) においてerlotinib感受性を有意に低下させ、IC50値を3~10倍上昇させた (Fig 4A)。この耐性誘発効果は、β2-AR選択的阻害薬ICI118,551または非選択的β遮断薬プロプラノロール (PPL) の前処置により完全に阻害された (p<0.001) (Fig 4B)。重要なことに、NE/Eによる耐性誘発はEGFR野生型NSCLCセルラインでは認められず (Fig 2A)、EGFR変異特異的な現象であった。Duolink近接ライゲーションアッセイ (PLA) および共免疫沈降 (co-IP) により、β2-ARと変異型EGFRが物理的に近接し、相互作用することが示された (野生型EGFRとの相互作用は低値) (Fig 2B, C, D)。この物理的クロストークがEGFR変異特異性の分子的基盤を提供すると考えられる。

β2-AR→PKC→LKB1不活化→CREB→IL-6シグナルカスケードの解明: NE添加後のシグナル解析により、β2-AR活性化がPKC活性化を介してLKB1のS428リン酸化 (LKB1不活化) を引き起こし、その結果としてCREB Ser133リン酸化 (活性化) およびIL-6 mRNA・タンパク発現上昇という順序的シグナルカスケードが明らかとなった (Fig 2E, F, G, H; Fig 3A, B, C, E, F)。PKC阻害薬Ro31-8220およびPKC阻害ペプチドの処置により、LKB1 S428リン酸化とIL-6産生がともに抑制され、CREBBP阻害薬SGC-CBP30によりIL-6産生のみが選択的に抑制された。これにより、経路の各ステップの因果関係が確認された。LKB1はがん抑制遺伝子であり、そのNE/β2-AR依存的不活化がEGFR-TKI耐性の上流制御因子として機能するという新機序が実証された。LKB1を安定的に過剰発現させたHCC827細胞では、NEによるIL-6増加が抑制された (p=0.009) (Fig 3D)。また、erlotinib単剤では抑制されるpERKおよびpAKTが、NE同時添加により回復 (rescue) し、IL-6産生を介したJAK/STAT3経路の活性化がEGFR-TKIシグナル遮断の迂回メカニズムとして機能することが支持された。

in vivoモデルにおけるストレスホルモンによる腫瘍増殖促進とEGFR-TKI耐性、およびβ遮断薬・IL-6阻害による解除: ヌードマウスを用いた異種移植モデルにおいて、慢性ストレスはHCC827およびHCC4006細胞の腫瘍体積を対照群と比較して2倍以上に増加させた (p ≤ 0.04) (Fig 4D)。ストレス負荷マウスの腫瘍ではIL-6発現の増加が免疫組織化学的に確認された (p=0.002)。β-ARアゴニストであるイソプロテレノール (ISO) をHCC827腫瘍担持マウス (n=7 mice) に投与すると、腫瘍組織のIL-6 mRNAレベルが有意に増加した (p=0.02) (Fig 4E)。erlotinibによる腫瘍退縮後、ISOを併用したマウスではerlotinib単独群と比較して耐性疾患の出現が促進された (p=0.018) (Fig 4G)。このISOによる耐性促進効果は、β遮断薬プロプラノロール (p=0.035) またはIL-6中和抗体siltuximab (p=0.009) の併用により阻害された (Fig 4G)。これらのin vivoデータは、ストレスホルモンがβ-ARを介してIL-6を誘導し、EGFR-TKI耐性を促進すること、そしてβ遮断薬やIL-6阻害がこの耐性を解除できることを明確に示した。

β遮断薬使用とIL-6濃度低下、およびLUX-Lung3試験におけるafatinib治療効果の改善傾向: BATTLEトライアルの解析では、β遮断薬を服用していた患者 (n=3) は非服用患者 (n=185) と比較して血清IL-6濃度が有意に低値であった (p=0.02) (Fig 1I)。LUX-Lung3試験の探索的後ろ向きサブグループ解析では、β遮断薬を服用していたEGFR変異陽性NSCLC患者において、afatinibのPFSが非服用患者よりも大幅に改善する傾向が示唆された。具体的には、β遮断薬非服用患者ではafatinib群のPFS中央値が11.1ヶ月、化学療法群が6.9ヶ月 (HR 0.60, p=0.001) であったのに対し、β遮断薬服用患者ではafatinib群のPFS中央値が13.6ヶ月、化学療法群が2.5ヶ月 (HR 0.25, p=0.0001) であった (Fig 5)。この結果は、β遮断薬がEGFR-TKI耐性の出現を遅らせる可能性を示唆する。

考察/結論

本研究は、患者が日常的に経験するストレス応答 (交感神経活性化によるノルエピネフリン/エピネフリン放出) が、β2-アドレナリン受容体 (β2-AR) を介してLKB1不活化とそれに続くIL-6産生という新規のシグナル経路を活性化し、EGFR-TKI耐性を誘発するという「腫瘍外因性」耐性メカニズムを解明した。

新規性: 本研究で初めて、β2-ARと変異型EGFRが物理的に相互作用し、この物理的クロストークがEGFR変異特異的なシグナル伝達の基盤となることを示した。また、ストレスホルモンシグナルがLKB1のがん抑制機能を不活化するという新規メカニズムを明らかにした。EGFR変異NSCLCではLKB1がほぼ常に無傷であるため、この不活化メカニズムは特に重要である。

先行研究との違い: これまでの研究ではIL-6がT790M非依存性EGFR-TKI耐性のメディエーターとして示唆されていたが、本研究はストレスホルモンがIL-6産生を誘導する上流メカニズムを詳細に解明した点で、これまでと異なる知見を提供する。また、β遮断薬がEGFR-TKI耐性を克服する可能性を示唆する点で、既存の治療戦略に新たな視点をもたらす。例えば、Ercan et al. CancerDiscov 2012ではERKシグナルの再活性化がEGFR-TKI耐性を引き起こすことが示されたが、本研究はストレスホルモンを介したLKB1不活化とIL-6産生という異なる上流メカニズムを提示している。

臨床応用: ZESTトライアルでのIL-6高値とOSの強い相関 (OS差: 6.7ヶ月、p<0.0001) は、IL-6がEGFR-TKI治療効果の予測バイオマーカーとして臨床で有用であることを示す。β遮断薬がこの経路を遮断し、IL-6産生を抑制することは、既存の安価で安全性が確立されたβ遮断薬を「repositioning」してEGFR-TKI耐性克服に応用できる可能性を示す実践的な提案である。LUX-Lung3試験の探索的解析結果も、β遮断薬併用によるafatinibのPFS改善傾向 (HR 0.25 vs 0.60) を示唆しており、臨床的意義は大きい。これは、がん患者の心理的ストレス管理が直接的な抗腫瘍効果と関連しうるという精神神経腫瘍学 (psycho-oncology) の枠組みとも一致する。

残された課題: 今後の検討課題として、β遮断薬とEGFR-TKIの併用療法に関する前向きランダム化臨床試験 (例: NCCTG N1248) による確固たるエビデンスの確立が残されている。また、IL-6測定の診断的標準化、およびLKB1不活化がβ2-AR非依存性経路でも生じる場合の治療アルゴリズムの構築も今後の研究課題である。LUX-Lung3試験の解析はβ遮断薬服用患者数が限定的であり、化学療法群のPFSも短かったため、結果の解釈には注意が必要であるというlimitationも認識されている。さらに、非選択的β遮断薬と心臓選択的β遮断薬のどちらがより効果的か、また喫煙や併存疾患がIL-6発現に与える影響についても、より詳細な検討が必要である。

方法

in vitro実験: EGFR変異NSCLCセルライン (PC-9: exon 19 del、HCC827: exon 19 del、H1975: L858R/T790M) およびEGFR野生型セルライン (A549など) を用いて、ノルエピネフリン (NE) またはエピネフリン (E) (10nM-1µM) を添加し、erlotinib感受性 (IC50値)、IL-6産生量 (ELISA)、LKB1リン酸化 (S428部位)、CREB (cyclic adenosine 3’,5’-monophosphate response element-binding protein) 活性化 (Ser133リン酸化) を評価した。β2-AR阻害薬 (propranolol、ICI118,551) および各経路阻害薬 (PKC阻害薬Ro31-8220、PKC阻害ペプチド、CREBBP (CREB-binding protein) 阻害薬SGC-CBP30) によるrescue実験を実施し、シグナル経路の因果関係を検証した。β2-ARと変異型EGFRの物理的相互作用は、Duolink近接ライゲーションアッセイ (PLA) および共免疫沈降 (co-IP) により確認した。T790M陰性のerlotinib後天性耐性細胞株 (HCC827 ER-1、ER-3、ER-6) におけるIL-6産生レベルも評価した。RPPA (Reverse Phase Protein Array) を用いて、NE刺激後の広範なプロテイン発現・リン酸化プロファイルを解析した。

in vivo実験: ヌードマウスの側腹部にHCC827およびHCC4006細胞を皮下注射し、異種移植モデルを構築した。慢性ストレスは拘束ストレスモデルを用いて誘発した。腫瘍体積、腫瘍組織におけるIL-6発現 (免疫組織化学)、およびIL-6 mRNAレベル (定量的PCR) を評価した。erlotinib単独投与群、erlotinib + β-ARアゴニスト (ISO) 投与群、erlotinib + ISO + propranolol投与群、erlotinib + ISO + IL-6中和抗体 (siltuximab) 投与群を設定し、erlotinib耐性の出現に対する各薬剤の影響を評価した。動物実験はテキサス大学MDアンダーソンがんセンターのIACUC (Institutional Animal Care and Use Committee) の承認を得て実施された。各群 n=5 mice で実験を行った。

臨床データ解析:

  1. ZESTトライアル: プラチナ製剤治療歴のある進行NSCLC患者209例 (erlotinib投与アーム) のベースライン血清IL-6レベルをELISAで測定し、全生存期間 (OS) および無増悪生存期間 (PFS) との相関を解析した。患者は遺伝子型選択されていなかった。
  2. BATTLEトライアル: BATTLEトライアル (NCT00409968) の患者検体を用いて、β遮断薬服用患者と非服用患者における血清IL-6レベルを比較した (n=185非服用、n=3パンβ遮断薬服用)。
  3. LUX-Lung3トライアル: EGFR変異陽性NSCLC患者を対象とした第III相LUX-Lung3試験 (NCT00949650) のデータを後ろ向きに探索的に解析し、β遮断薬服用サブグループにおけるafatinib治療効果 (PFS) を非服用サブグループと比較した。

統計解析: in vitro実験ではStudentのt検定 (両側) または一元配置分散分析 (ANOVA) を使用し、p ≤ 0.05を有意とした。RPPAデータでは、タンパク質ごとにANOVAを使用し、β-uniform mixture modelを用いてF統計量からP値を算出し、偽発見率 (FDR) カットオフを決定した。in vivo実験では、反復測定の相関を考慮するため、一般化最小二乗法を用いた線形モデルを適用した。多重比較にはDunnettの検定を用いた。