- 著者: Kelvin Young, Luis Paz-Ares, Nick Thatcher, David R. Spigel, Javad Shahidi, Victoria Soldatenkova, Gerrit Grau, Raffael Kurek, Frances A. Shepherd
- Corresponding author: Kelvin Young (Division of Medical Oncology, Nova Scotia Health Authority, Canada)
- 雑誌: Thrombosis Research
- 発行年: 2018
- Epub日: 2018-05-07
- Article種別: Original Article (Retrospective cohort analysis)
- PMID: 29787943
背景
悪性腫瘍は静脈血栓塞栓症(VTE)の既知の危険因子であり、特に肺がん患者ではVTEリスクが1.3〜4倍に増加することが複数の研究で示されている。がんにおける過凝固状態は、プロコアグラントや急性期反応物質の誘導といった内因性因子、および中心静脈カテーテル、患者の不動、併用薬といった外因性因子に起因する可能性がある。全身化学療法、特にプラチナ製剤は、肺がん患者においてVTEの重要なリスク因子であることが知られている。
抗EGFRモノクローナル抗体(moAb)と化学療法の併用療法におけるVTEリスクの増加は、先行研究のメタアナリシスで報告されている。例えば、Petrelli et al. (2012) のメタアナリシスでは、化学療法と抗EGFR moAbレジメンの併用によりVTEリスクが34%増加することが示され、Miroddi et al. (2016) のメタアナリシスでも同様の増加(相対リスク [RR]: 1.46)が報告されている。これらの研究は、VTEリスクの増加がEGFR moAbのクラスエフェクトである可能性を示唆する。しかし、これらの既存のメタアナリシスには、第二世代ヒトIgG1抗EGFR moAbであるネシツムマブ(necitumumab)に関するデータは含まれていなかった。
ネシツムマブは、転移性非小細胞肺がん(NSCLC)の一次治療として標準化学療法との併用で評価されてきた。2つのランダム化第III相試験であるSQUIRE試験(Thatcher et al. LancetOncol 2015)およびINSPIRE(Pemetrexed-Cisplatin +/- Necitumumab in Stage IV Non-squamous Non-small Cell Lung Cancer)試験、ならびに2つの第II相試験であるJFCL(Paclitaxel-Carboplatin +/- Necitumumab in Stage IV Squamous Non-small Cell Lung Cancer)試験およびJFCK(Gemcitabine-Cisplatin + Necitumumab in Japanese Patients with Stage IV Squamous Non-small Cell Lung Cancer)試験において、ネシツムマブ群でVTE発生率の増加が観察されている。特に、SQUIRE試験ではネシツムマブ群で9.1% vs 対照群で5.4%、INSPIRE試験では13.2% vs 8.3%のVTE発生率が報告された。INSPIRE試験では、中間安全性解析において、致死的な血栓塞栓イベントの不均衡が観察され、IDMC (Independent Data Monitoring Committee: 独立データモニタリング委員会) が登録中止を勧告するに至った経緯がある。
これまでのメタアナリシスでは、様々な腫瘍部位や病期、化学療法やチロシンキナーゼ阻害薬(TKI)を含む多様な治療法が混在した異質な集団が対象とされており、ネシツムマブレジメンは含まれていなかった。そのため、進行NSCLC患者において、ネシツムマブ併用療法がVTEリスクに与える影響を詳細に評価し、その予後への影響と独立したリスク因子を特定することは、依然として未解明な課題として残されている。特に、高リスク患者集団におけるVTE予測能の不足が指摘されており、この知識ギャップ (knowledge gap) を埋めることが喫緊の課題である。
目的
本研究の目的は、進行非小細胞肺がん(NSCLC)の一次治療において、ネシツムマブと化学療法の併用療法が、化学療法単独と比較して静脈血栓塞栓症(VTE)の発症リスクに与える影響を定量化することである。さらに、DVT (deep vein thrombosis: 深部静脈血栓症) や肺塞栓症を含むVTEの発生が全生存期間(OS)に与える影響を評価し、VTEの独立したリスク因子を同定することも目的とする。この統合解析により、ネシツムマブ併用療法を受ける進行NSCLC患者におけるVTEの発生率、関連するリスク因子、およびVTEが患者の予後に及ぼす影響について、より包括的な理解を得ることを目指す。特に、既存のVTEリスクスコアの限界を考慮し、高リスク集団に特化した新たな予測因子の探索も視野に入れる。
結果
ネシツムマブ併用によるVTEリスクの有意な上昇: 解析対象となった1917名の患者のうち、ネシツムマブと化学療法の併用療法を受けた患者はn=1009、化学療法単独群はn=908であった。ベースライン特性に両群間で顕著な差は認められなかった(Table 1)。全体として、ネシツムマブ併用群におけるon-study VTEの発生率は9.9%(試験間では3.8%〜13.2%の範囲)であり、対照群では6.3%(3.6%〜8.3%の範囲)であった。ネシツムマブと化学療法の併用は、VTEリスクの有意な上昇と関連しており、相対リスク(RR)は1.579(95% CI: 1.155–2.158, p=0.0044)であった。この結果は、既存のメタアナリシス(Petrelli et al. 2012のRR 1.34、Miroddi et al. 2016のRR 1.46)と概ね一致するが、本研究では全グレードのVTEイベントを含めたため、やや高値を示した可能性がある(Table S1)。
VTEの独立したリスク因子と保護因子の同定: 統合された患者集団において、VTE既往(RR: 1.899; 95% CI: 1.142–3.156, p=0.0308)および心血管/心血管系イベント既往(RR: 1.514; 95% CI: 1.102–2.082, p=0.0115)がon-study VTEリスクを有意に上昇させる独立した予測因子であることが示された(Figure 1)。一方で、男性であること(RR: 0.696; 95% CI: 0.502–0.964, p=0.0355)、東欧の地理的地域に属すること(RR: 0.387; 95% CI: 0.267–0.562, p<0.0001)、および扁平上皮組織型であること(RR: 0.653; 95% CI: 0.483–0.883, p=0.0073)は、VTEリスクの有意な低下と関連していた。Khoranaスコアが3以上の高リスク群では、VTE発生率が低い傾向が示唆されたものの、統計的有意差は認められなかった(RR: 0.716; 95% CI: 0.480–1.069, p=0.1102)。これは、進行NSCLCのような高リスク集団において、KhoranaスコアのVTE予測能が限定的であることを示唆しており、特に陽性予測値(PPV)は7.1%と低く、陰性予測値(NPV)は98.5%であった(Table S2)。
VTE発生と全生存期間の関連性: 時間依存性共変量としてVTEを考慮したCox比例ハザードモデル解析では、VTEの発生と全生存期間(OS)との間に有意な関連は認められなかった。VTEを発症した患者群のOS中央値は11.5 vs 11.1 monthsであり、VTEを発症しなかった患者群とほぼ同等であった(Figure 2)。治療群を固定共変量として含めた解析においても、VTEの発生はOSの低下と有意に関連しておらず、ハザード比(HR)は1.121(95% CI: 0.930–1.351, p=0.231)であった。また、主要な臨床試験であるSQUIRE試験におけるネシツムマブ併用群のOS中央値は11.5 vs 9.9 months (HR 0.84, 95% CI 0.74-0.96, p=0.012) であり、VTEの発生は認められたものの生存期間の延長効果は維持されていた。
サブグループにおけるVTEリスクの傾向: ネシツムマブ併用群と化学療法単独群の間で、ベースライン変数によってVTEリスクがどのように異なるかを評価したサブグループ解析では、ほとんどのサブグループでネシツムマブ併用群の方がVTEリスクが増加する傾向が見られたが、多くは統計的に有意ではなかった(Figure 3)。糖尿病、VTE既往、および高Khoranaリスクスコアのサブグループでは、両治療群間でVTE発生率が類似しており、ネシツムマブによるVTEリスク増加がこれらの既存リスク因子と共通のメカニズムを共有している可能性が示唆された。しかし、サブグループ間のVTE発生率の差が小さいため、確定的な結論を導き出すことは困難である。
考察/結論
本統合解析は、進行非小細胞肺がん(NSCLC)患者において、ネシツムマブとプラチナ製剤化学療法の併用が、化学療法単独と比較して静脈血栓塞栓症(VTE)のリスクを約1.58倍に有意に上昇させることを明確に示した。このVTEリスクの増加は、先行研究における他の抗EGFRモノクローナル抗体(moAb)に関するメタアナリシスの結果と概ね一致しており、EGFR moAbのクラスエフェクトである可能性を裏付けるものである。
先行研究との違い: 本研究は、これまでのメタアナリシスに含まれていなかったネシツムマブに関する大規模な患者個人レベルデータを統合して解析した点で、既存の知見を補完する。特に、全グレードのVTEイベントを含めたことで、Miroddi et al. (2016) のメタアナリシスがグレード3-4のイベントのみを対象としていたのと異なり、より広範なVTEリスクを評価できた。また、本研究ではVTE発生とOSの間に有意な関連が検出されなかった点が、VTEががん患者の死亡率増加と関連するとした他の多くの研究結果と対照的であった。これは、本研究の患者集団がECOGパフォーマンスステータス0-1の患者が93%を占めるなど、比較的選択された集団であったこと、およびルーチンCT検査で偶発的に検出される無症候性肺塞栓症の割合が他の研究よりも高かった可能性が示唆される。
新規性: 本研究で初めて、VTE既往および心血管/心血管系イベント既往が、ネシツムマブ併用療法を受ける進行NSCLC患者におけるVTEの独立したリスク因子であることを新規に同定した。一方で、男性、東欧の地理的地域、および扁平上皮組織型はVTEリスクの低下と関連することが示された。これらの知見は、VTEリスク層別化のための新たな手がかりを提供する。
臨床応用: 本知見は、進行NSCLC患者の治療選択およびVTE管理において重要な臨床的含意を持つ。特に、VTE既往や心血管イベント既往のある患者では、ネシツムマブ投与の制限、あるいは予防的抗凝固療法の検討が臨床現場で必要となる可能性がある。現在のガイドラインでは、一部の高リスクがん患者に対する予防的抗凝固療法が推奨されているが、ネシツムマブ併用療法における具体的な推奨は確立されていない。
残された課題: 今後の検討課題として、本研究で同定された高リスク因子(VTE既往、心血管イベント既往)が真のVTEリスク因子であるかをさらに確認するための研究が必要である。また、Khoranaスコアは低リスク集団向けに開発された経緯から、進行NSCLCのような高リスク集団では予測能が不十分であることが示されており、当該集団に特化した新規VTEリスク評価スコアの開発が残された課題である。EGFR moAbによるVTEリスク増加の正確なメカニズムは完全には解明されていないが、VEGF/IL-8/bFGFの阻害による一酸化窒素(NO)減少、内皮細胞のアポトーシスを介した血栓促進が仮説として挙げられる。EGFR-TKIではこのリスクが報告されていないことも、moAb特有の機序を示唆しており、さらなる基礎研究が必要である。本研究のlimitationとしては、VTEイベント数が比較的少なかったため、多くのサブグループ解析が統計的検出力不足であったこと、VTEが主要評価項目ではなかったため、報告に不一致が生じる可能性があったこと、および症候性VTEと偶発性VTEの区別が記録されていなかった点が挙げられる。
方法
本解析では、進行期NSCLCの一次治療を対象とした4つのネシツムマブ臨床試験の患者個人レベルデータを統合した。対象となった試験は、SQUIRE試験(扁平上皮NSCLC患者1079名を対象としたシスプラチン/ゲムシタビン±ネシツムマブのランダム化第III相試験、NCT00981058)、INSPIRE試験(非扁平上皮NSCLC患者616名を対象としたシスプラチン/ペメトレキセド±ネシツムマブのランダム化第III相試験、NCT00981058)、JFCL試験(扁平上皮NSCLC患者161名を対象としたカルボプラチン/パクリタキセル±ネシツムマブのランダム化第II相試験)、およびJFCK試験(扁平上皮NSCLC患者61名を対象としたシスプラチン/ゲムシタビン+ネシツムマブの単群第II相試験、NCT01788566)である。合計1917名の患者が解析に含まれた。
VTEイベントは、MedDRA(Medical Dictionary for Regulatory Activities)v16.0(SQUIRE、JFCL、JFCK)およびv12.0(INSPIRE)の統合用語を用いて定義された。これには、腋窩静脈血栓症、深部静脈血栓症、内頸静脈血栓症、腸間膜静脈血栓症、肺動脈血栓症、肺塞栓症(PE)、肺静脈塞栓症、鎖骨下静脈血栓症、上大静脈症候群、血栓性静脈炎、表在性血栓性静脈炎、血栓症、デバイス内血栓症、大静脈血栓症、静脈血栓症、四肢静脈血栓症が含まれたが、表在性DVTは除外された。VTEの重症度はNCI-CTCAE v3.0およびv4.0を用いて評価された。解析では、ランダム化後の最初のVTE発生(「on-study VTE」)のみが使用され、全グレードのVTEイベントが含まれた。ランダム化前のVTEは「VTE既往」として扱われた。
全生存期間(OS)は、登録からあらゆる原因による死亡までの期間と定義され、生存が確認された最終日に打ち切りとした。VTEがOSに与える影響を評価するため、VTEを時間依存性共変量としたCox proportional hazardsモデルが用いられた。このモデルは、治療群を固定共変量として含める場合と含めない場合の両方で構築され、試験は層別因子として扱われた。
VTEの潜在的予測因子との関連を評価するため、Fisher’s exactテストが用いられ、各サブグループにおけるVTE発生の相対リスク(RR)が算出された。検討されたベースライン共変量には、Khoranaスコアの構成因子(年齢、性別、人種、地理的地域、喫煙歴、NSCLCサブタイプ、転移臓器数、ECOGパフォーマンスステータス、心血管イベント既往、糖尿病、VTE既往、抗血栓薬使用歴、BMI、白血球数、ヘモグロビン、血小板数)が含まれた。統計解析はすべてSASソフトウェアを用いて実施された。