- 著者: Thatcher N, Hirsch FR, Luft AV, Szczesna A, Ciuleanu TE, Dediu M, Ramlau R, Galiulin RK, Bálint B, Losonczy G, Kazarnowicz A, Park K, Schumann C, Reck M, Depenbrock H, Nanda S, Kruljac-Letunic A, Kurek R, Paz-Ares L, Socinski MA
- Corresponding author: Nick Thatcher, MD (The Christie Hospital NHS Trust, Manchester, UK)
- 雑誌: Lancet Oncology
- 発行年: 2015
- Epub日: 2015-06-02
- Article種別: Original Article
- PMID: 26045340
背景
扁平上皮非小細胞肺がん (Sq-NSCLC) は、全非小細胞肺がん (NSCLC) の約30%を占める組織型であり、EGFR変異やALK転座などのドライバー変異が少ないため、分子標的療法の恩恵を受けにくいという特徴がある。このため、過去20年以上にわたり、一次治療の選択肢は白金製剤ベースの化学療法に限られており、新たな治療法の開発が強く求められていた。PIK3CA増幅、FGFR1増幅、MET増幅、DDR2変異など、いくつかの潜在的な分子標的が同定されてきたものの、これらのバイオマーカーはSq-NSCLCにおける予測因子として臨床的に確立されていなかった。この現状は、非扁平上皮NSCLCにおいてペメトレキセドやベバシズマブといった薬剤が一次治療や維持療法に導入され、全生存期間 (OS) の改善に貢献してきたことと対照的である。特に、EGFR変異やALK転座は腺癌において特異的な標的薬の有効性を予測するが、Sq-NSCLCではこれらの変異は非常に稀であると報告されている (Perez-Moreno et al. 2012)。したがって、Sq-NSCLC患者の治療成績を改善するための新たなアプローチが緊急の課題として残されていた。
一方、上皮成長因子受容体 (EGFR) 蛋白は、ほとんどのNSCLCで発現しており、特に扁平上皮型では高発現を示すことが多いとされている (Lopez-Malpartida et al. 2009)。第III相FLEX studyでは、第1世代キメラ型EGFR抗体であるセツキシマブが、EGFR発現陽性の進行NSCLC患者の一次治療において、シスプラチンとビノレルビン併用療法に上乗せすることでOSを改善することを示した (ハザード比 [HR] 0.871, 95% CI 0.762-0.996, p=0.044)。特に、この試験のサブグループ解析では、扁平上皮型NSCLC患者においてセツキシマブのベネフィットがより顕著である可能性が示唆された (HR 0.80, 95% CI 0.64-1.00)。しかし、セツキシマブの併用は発熱性好中球減少症の頻度増加を伴った。
ネシツムマブは、第2世代の完全ヒト型IgG1 EGFRモノクローナル抗体であり、EGFRのドメインIIIに高親和性で結合することで、リガンド結合を競合的に阻害し、受容体活性化と下流シグナル伝達を遮断する。さらに、抗体依存性細胞傷害 (ADCC) 活性も有すると考えられている。この完全ヒト型抗体は、キメラ型抗体と比較して免疫原性が低いという利点も持つ。前臨床試験では、ネシツムマブとゲムシタビン・シスプラチン併用療法が、マウスNSCLC異種移植モデルにおいて顕著な抗腫瘍活性の増加を示すことが報告されていた (Samakoglu et al. 2012)。これらの背景から、進行Sq-NSCLCの一次治療において、ネシツムマブと標準化学療法の併用がOSを改善する可能性が期待された。しかし、大規模な臨床試験でその有効性と安全性が確認された報告はこれまで不足しており、この治療戦略の臨床的意義を確立するための研究が求められていた。特に、これまでのSq-NSCLC治療において、特定の分子標的薬がOSを有意に改善した事例は未解明な点が多かった。
目的
本研究の主要な目的は、未治療のIV期扁平上皮非小細胞肺がん (Sq-NSCLC) 患者において、ネシツムマブとゲムシタビン・シスプラチン (GC) 併用療法が、GC単独療法と比較して全生存期間 (OS) を統計学的に有意に改善するかどうかを評価することであった。
副次目的としては、以下の項目を評価した。
- 無増悪生存期間 (PFS) の比較。
- 客観的奏効率 (ORR) の比較。
- 治療失敗までの期間 (TTF) の比較。
- 患者の健康状態および生活の質 (QoL) の評価 (Lung Cancer Symptom Scale [LCSS] および EuroQol-5D [EQ-5D] を用いて)。
- ネシツムマブの免疫原性および薬物動態プロファイルの評価。
- 併用療法の安全性プロファイルの評価。
さらに、探索的解析として、腫瘍組織におけるEGFR蛋白発現レベル (H-score) が、ネシツムマブの治療効果を予測するバイオマーカーとなり得るか否かを検討することも目的とした。具体的には、H-score 200以上を高発現群、200未満を低発現群として、各群におけるOSおよびPFSのハザード比 (HR) を比較した。これらの目的を通じて、進行Sq-NSCLC患者に対するネシツムマブ併用療法の有効性と安全性を包括的に評価し、新たな一次治療選択肢としての位置づけを確立することを目指した。
結果
2010年1月7日から2012年2月22日までに、合計1093例の患者が登録され、ネシツムマブ+GC群に545例、GC単独群に548例が無作為に割り付けられた (Figure 1)。両群のベースライン特性は良好にバランスが取れていた (Table 1)。患者の年齢中央値は62歳、男性が83〜84%、喫煙者が90〜92%を占めた。多臓器転移 (>2臓器系) を有する患者は55%であり、ECOG PS 2の患者は9%であった。データカットオフは2013年6月17日であり、その時点で1093例中860例 (79%) が死亡していた。追跡期間中央値はネシツムマブ+GC群で25.2ヶ月 (IQR 19.7-30.5)、GC単独群で24.8ヶ月 (IQR 19.4-31.3) であった。
全生存期間 (OS) の有意な改善: ネシツムマブ+GC群のOS中央値は11.5ヶ月 (95% CI 10.4-12.6) であったのに対し、GC単独群では9.9ヶ月 (95% CI 8.9-11.1) であった。層別ハザード比 (HR) は0.84 (95% CI 0.74-0.96, p=0.01) であり、ネシツムマブ併用群で統計学的に有意なOSの改善が認められた (Table 2)。死亡イベント数はネシツムマブ+GC群で418例 (77%)、GC単独群で442例 (81%) であった。1年OS率はネシツムマブ+GC群で48% (95% CI 43-52%)、GC単独群で43% (95% CI 39-47%) であり、2年OS率はそれぞれ20% (95% CI 16-24%) と17% (95% CI 13-20%) であった。Kaplan-Meier曲線は、約3ヶ月の早期から両群の分離を示し、その差は研究期間を通じて維持された (Figure 2A)。Cox比例ハザードモデルの仮定に違反は認められなかった。
無増悪生存期間 (PFS) および疾患コントロール率の改善: ネシツムマブ+GC群のPFS中央値は5.7ヶ月 (95% CI 5.6-6.0) であったのに対し、GC単独群では5.5ヶ月 (95% CI 4.8-5.6) であった。層別HRは0.81 (95% CI 0.67-0.98, p=0.03) であり、ネシツムマブ併用群で統計学的に有意なPFSの改善が認められた (Table 2)。Hochberg法による多重性調整後もこの有意性は維持された。6ヶ月PFS率はネシツムマブ+GC群で45%、GC単独群で37%であった。疾患進行または死亡のイベント数は、ネシツムマブ+GC群で431例 (79%)、GC単独群で417例 (76%) であった。客観的奏効率 (ORR) は、ネシツムマブ+GC群で31% (完全奏効 [CR] 0例、部分奏効 [PR] 170例/545例) vs GC単独群で29% (CR 3例、PR 155例/548例) であり、統計学的な有意差は認められなかった (Cochran-Mantel-Haenszel p=0.40)。しかし、疾患コントロール率 (CR+PR+安定 [SD]) は、ネシツムマブ+GC群で82% (95% CI 78-85%) vs GC単独群で77% (95% CI 73-80%) であり、ネシツムマブ併用群で有意に高かった (p=0.043)。治療失敗までの期間 (TTF) 中央値も、ネシツムマブ+GC群で4.3ヶ月 (95% CI 4.2-4.8) vs GC単独群で3.6ヶ月 (95% CI 3.3-4.1) と、ネシツムマブ群で有意に長かった (層別HR 0.84, 95% CI 0.75-0.95, p=0.006)。
安全性プロファイルと有害事象: グレード3以上の有害事象は、ネシツムマブ+GC群で72% (388/538例) に発生したのに対し、GC単独群では62% (333/541例) であった (Table 3)。重篤な有害事象 (SAE) の発生率も、ネシツムマブ+GC群で48% (257/538例) と、GC単独群の38% (203/541例) より高かった。ネシツムマブ併用群でより頻繁に認められたグレード3以上の有害事象は、低マグネシウム血症 (9% [47/538例] vs 1% [6/541例]) および皮疹 (4% [20/538例] vs <1% [1/541例]) であった。これらはEGFR抗体の既知のクラス効果と一致する。グレード3以上の静脈血栓塞栓症 (VTE) は、ネシツムマブ+GC群で5% (27/538例) vs GC単独群で3% (14/541例) と、ネシツムマブ群で増加傾向が認められた。肺出血の発生率は両群で<1%であり、扁平上皮NSCLC患者におけるEGFR抗体使用時の懸念は増加しなかった。治療関連死は、ネシツムマブ+GC群で15例 (3%)、GC単独群で10例 (2%) であった。治療中止率は、毒性を理由としてネシツムマブ群でやや高かった (31% vs 25%)。
EGFR発現レベルと治療効果の関連性 (探索的解析): 982例 (90%) の患者から得られた腫瘍組織サンプルでEGFR蛋白発現レベル (H-score) が評価された。EGFR高発現 (H-score ≥200) は374例 (38%)、低発現 (H-score <200) は608例 (62%) であった。OSのHRは、高発現群で0.75 (95% CI 0.60-0.94) vs 低発現群で0.90 (95% CI 0.75-1.07) であり、高発現群でより良好な傾向が認められた (Figure 4A)。しかし、治療とEGFR発現レベルの間の交互作用検定のp値は非有意 (p=0.24) であり、H-score 200をカットオフとしたEGFR発現レベルがネシツムマブの治療効果を予測する確定的なバイオマーカーとはならなかった。PFSにおいても同様に、EGFR発現レベルと治療効果の間に有意な交互作用は認められなかった (Figure 4B)。
考察/結論
SQUIRE試験は、進行扁平上皮非小細胞肺がん (Sq-NSCLC) の一次治療において、EGFR抗体であるネシツムマブをゲムシタビン・シスプラチン (GC) 化学療法に上乗せすることで、全生存期間 (OS) を統計学的に有意に改善することを示した初めての大規模第III相臨床試験である。ネシツムマブ+GC群のOS中央値は11.5ヶ月 (95% CI 10.4-12.6) であり、GC単独群の9.9ヶ月 (95% CI 8.9-11.1) と比較して、ハザード比 (HR) 0.84 (95% CI 0.74-0.96, p=0.01) で有意な優越性を示した。無増悪生存期間 (PFS) もHR 0.81 (95% CI 0.67-0.98, p=0.03) で有意に改善しており、これらの結果はネシツムマブの臨床的有効性を裏付けるものである。
先行研究との違い: これまでのSq-NSCLCの一次治療では、分子標的薬がOSの有意な改善を示すことはなかった。本研究は、EGFRを標的とした薬剤がSq-NSCLCの一次治療においてOS有意優越性を達成した初の事例であり、この点で従来の治療パラダイムと異なる画期的な成果である。特に、Sandler et al. NEnglJMed 2006がNSCLC全体でベバシズマブの上乗せ効果として示したHR 0.79に匹敵する効果量であり、予後不良なIV期Sq-NSCLC患者集団における1.6ヶ月のOS延長は臨床的に意義深いと評価できる。
新規性: 本研究で初めて、完全ヒト型EGFR抗体であるネシツムマブが、標準化学療法に上乗せすることで進行Sq-NSCLC患者のOSを改善する新規の治療選択肢となり得ることを大規模臨床試験で実証した。これは、Sq-NSCLCにおける分子標的療法の有効性を確立した点で、これまでの報告にはない重要な知見である。
安全性プロファイル: ネシツムマブ併用群では、グレード3以上の有害事象の発生率がGC単独群より高かった (72% vs 62%)。特に、低マグネシウム血症 (グレード3/4: 9% vs 1%) と皮疹 (グレード3: 4% vs <1%) は、EGFR抗体の既知のクラス効果として特徴的であった。これらの有害事象は、定期的な血清マグネシウム測定と補充、および皮膚管理によって対処可能である。静脈血栓塞栓症 (VTE) の増加 (グレード3/4: 5% vs 3%) も認められたが、致死的なVTEの発生率に有意差はなかった。扁平上皮NSCLC患者で懸念される肺出血の増加は認められず、ネシツムマブの安全性プロファイルは全体として許容範囲内であると判断された。
EGFR発現とバイオマーカー: 探索的解析では、EGFR H-score高発現 (≥200) 患者群でOSのHRが0.75と、低発現群 (HR 0.90) よりも良好な傾向が認められた。しかし、治療とEGFR発現レベルの間の交互作用検定のp値は非有意 (p=0.24) であり、EGFR H-scoreがネシツムマブの治療効果を予測する確定的なバイオマーカーとはならなかった。この結果は、FLEX studyにおけるセツキシマブの知見と同様であり、EGFR蛋白発現量に基づく患者選択の難しさを示唆している。
臨床応用: 本試験の結果に基づき、ネシツムマブは2015年に米国食品医薬品局 (FDA) の承認を取得し、進行Sq-NSCLCの一次治療における新たな選択肢として臨床現場に導入された。これは、長らく治療選択肢が不足していたSq-NSCLC患者にとって、臨床的意義の大きい進歩であった。
残された課題: 本試験はネシツムマブの有効性を示したが、その後の免疫チェックポイント阻害剤 (ICI) の登場により、Sq-NSCLCの治療環境は大きく変化した。例えば、KEYNOTE-407試験では、ペムブロリズマブと化学療法の併用がSq-NSCLCにおいてOS HR 0.71 (2年時更新でHR 0.64) を示し、免疫療法上乗せの優位性が明確となった。現在の国際ガイドラインでは、PD-L1発現に関わらずペムブロリズマブと化学療法の併用が推奨されており、ネシツムマブ+GCの標準治療としての位置づけは限定的となっている。今後の課題として、ネシツムマブとICIの併用療法や、特定のバイオマーカーに基づく患者選択の最適化が挙げられる。また、本試験のオープンラベルデザインは、有害事象の評価に影響を与えた可能性があり、今後の研究ではより厳密な盲検化が望まれるlimitationである。
方法
本研究は、多施設共同、オープンラベル、無作為化第III相臨床試験 (SQUIRE試験、ClinicalTrials.gov登録番号 NCT00981058) として、26カ国184施設で実施された。
対象患者: 組織学的または細胞学的にIV期扁平上皮NSCLCと診断された18歳以上の患者を対象とした。主要な選択基準は、Eastern Cooperative Oncology Group (ECOG) Performance Status (PS) が0〜2であること、十分な臓器機能を有すること、および先行する全身化学療法を受けていないことであった。脳転移が症候性である、またはステロイドや抗痙攣薬による継続的な治療を必要とする患者、過去12週間以内に胸部放射線治療を受けた患者、およびNCI-CTCAE version 3.0でグレード2以上の末梢神経障害を有する患者は除外された。バイオマーカー解析のため、アーカイブされた腫瘍組織の提出も必須とされた。
無作為化と盲検化: 患者は、ECOG PS (0-1 vs 2) および地理的地域 (北米、欧州、オーストラリア vs 南米、南アフリカ、インド vs 東アジア) で層別化され、ネシツムマブ+GC群またはGC単独群に1:1の割合で中央無作為化された。EGFR抗体のクラス効果として予想されるざ瘡様皮疹の発生により、ほとんどの患者および治験責任医師が治療割り付けを非盲検化されるため、本試験はオープンラベルで実施された。独立データモニタリング委員会が定期的に安全性を評価した。
治療プロトコル:
- ネシツムマブ+GC群: ネシツムマブ 800mg (Day 1および8、静脈内投与、最低50分間) に加え、ゲムシタビン 1250mg/m² (Day 1および8、静脈内投与、30分間) とシスプラチン 75mg/m² (Day 1、静脈内投与、120分間) を3週間サイクルで最大6サイクル投与した。化学療法終了後、病勢進行または許容できない毒性発現までネシツムマブ単剤を継続した。
- GC単独群: ゲムシタビン 1250mg/m² (Day 1および8) とシスプラチン 75mg/m² (Day 1) を3週間サイクルで最大6サイクル投与した。 制吐剤の前投薬は施設慣習に従い、皮膚毒性に対する予防的治療は初回サイクル後から許可された。
評価項目:
- 主要評価項目: 全生存期間 (OS)。無作為化からあらゆる原因による死亡までの期間と定義された。
- 副次評価項目: 無増悪生存期間 (PFS)、客観的奏効率 (ORR)、治療失敗までの期間 (TTF)、健康状態 (LCSSおよびEQ-5D)、ネシツムマブの免疫原性および薬物動態、安全性。 腫瘍反応は、RECIST version 1.0基準に基づき、ベースライン時および初回投与後6週間ごとに放射線学的に評価された。有害事象は、Medical Dictionary for Regulatory Activities (MedDRA) version 16.0でコード化され、NCI-CTCAE version 3.0でグレード分類された。
統計解析: 有効性解析はintention-to-treat (ITT) 集団で実施された。安全性は、少なくとも1回治験薬を投与された全患者で評価された。OSおよびPFSはKaplan-Meier法を用いて推定され、層別ログランク検定により両群間で比較された。ハザード比 (HR) および95%信頼区間 (CI) は、層別Cox比例ハザードモデルから推定された。主要評価項目で統計学的有意差が認められた場合、Hochberg法を用いてPFSおよびORRの多重性調整を行った。本試験は、HR 0.80を検出するために、1080例の登録 (脱落率5%考慮) で90%の検出力を有すると計算された。最終解析は844例の死亡イベント発生時に実施される計画であった。探索的解析として、EGFR蛋白発現レベル (H-score ≥200 vs <200) と治療効果の関連性を評価した。EGFR発現レベルは、免疫組織化学 (IHC) 法により評価された。