• 著者: Elizabeth A. King, Margot Meyers, Daniel K. Nomura
  • Corresponding author: Daniel K. Nomura (University of California, Berkley)
  • 雑誌: NatRevDrugDiscov
  • 発行年: 2026
  • Epub日: N/A
  • Article種別: Review
  • DOI: 10.1038/s41573-025-01316-z

背景

従来の小分子創薬は、標的タンパク質の活性部位や結合ポケットに直接結合して機能を制御する「占有駆動型薬理学 (occupancy-driven pharmacology)」に支配されてきた。しかし、プロテオーム全体の約 80% のタンパク質には適切な化学リガンドが存在せず、いわゆる「undruggable (創薬困難)」な標的として残されている。先行研究によれば、リガンド結合能を持つタンパク質であっても、実際に承認薬として治療に利用されているのは全プロテオームのわずか 3% 程度に過ぎないことが報告されている (King et al. 2026)。また、多くのタンパク質がリガンド結合ポケットを欠いているか、あるいは結合部位がタンパク質界面や活性部位に位置していないため、単純なリガンド探索のみでは治療介入に不十分である (Schreiber et al. 1992, Crabtree et al. 1992)。

このような背景から、機能的な阻害剤や活性部位への結合を必要とせず、特定の「イベント」によってタンパク質の機能や量を調節する「イベント駆動型薬理学 (event-driven pharmacology)」が注目を集めている。その中核となるのが「誘導近接 (Induced Proximity)」戦略である。これは、小分子や生物学的製剤を用いて 2 つの大きな生体分子を強制的に近接させ、もともと生体内に存在する経路(例:ユビキチン・プロテアソーム系)を共用させることで、標的タンパク質の分解、抑制、翻訳後修飾、あるいは細胞内局在の変化を誘導する手法である。

特に、分子糊 (Molecular glues) や PROTAC (Proteolysis-targeting chimeras) といったモダリティは、従来のポケット依存的なアプローチでは到達できなかった広範な標的に対する制御を可能にした。しかし、これらの設計における三元複合体 (ternary complex) の形成効率や、組織特異的な分解の誘導、さらには分解後の獲得耐性メカニズムについては依然として未解明な点が多く、治療薬としての最適化における大きな課題となっている。特に、細胞内タンパク質以外の細胞表面受容体や分泌タンパク質を標的とする手法は、従来の PROTAC では不十分であり、新たなアプローチの開発という knowledge gap が残されていた。また、翻訳後修飾 (PTM: post-translational modification) の精密な制御や、細胞内局在の強制的な変更といった非分解的な機能制御に関する戦略は、分解誘導に比べて研究が手薄であり、体系的な整理が不足していた。

目的

本レビューの目的は、誘導近接療法の現状を包括的に概説し、従来の占有駆動型薬理学の制約を超えて「undruggable」な標的を制御するための戦略的アプローチを提示することである。具体的には、分子糊 (Molecular glues) と二機能性分子 (Bifunctionals) の分類に基づき、タンパク質分解のみならず、翻訳後修飾の制御、細胞内局在の変更、転写活性化といった非分解的な機能制御への応用可能性を検討する。

また、現在 60 剤以上の誘導近接薬が臨床試験段階にある現状を踏まえ、特に腫瘍学領域における臨床的進展と、今後の創薬における合理的設計 (Rational design) の方向性を明らかにすることを目的とする。さらに、細胞表面受容体や分泌タンパク質を標的とするリソソーム分解経路などの最新モダリティを整理し、次世代の治療戦略としての可能性を提示する。特に、従来の阻害剤に耐性を示す標的(例:KRAS(ON) 状態)に対する分子糊の有効性や、細胞外標的に対する LYTAC (Lysosome-targeting chimeras) などの新規プラットフォームのメカニズムを詳述し、創薬のパラダイムシフトを議論する。

結果

分子糊による標的タンパク質の分解と抑制: 分子糊は、タンパク質表面を再構成して非天然の相互作用を誘導する単価分子である。代表的な例として、サリドマイドおよびその誘導体であるレナリドミド、ポマリドミドは、E3 ユビキチンリガーゼの基質受容体である cereblon (CRBN) に結合し、Ikaros などの亜鉛フィンガー含有タンパク質をネオ基質としてリクルートし分解を誘導する。構造解析により、CRBN の浅い疎水性ポケットにある 3 つの必須トリプトファン残基 (Trp382, Trp388, Trp400) が結合に重要であることが示された。また、非分解的な分子糊として、エベロリムスなどの rapalog は mTOR (mammalian target of rapamycin) と FKBP12 (FK506-binding protein 12) の相互作用を誘導し、mTORC1 経路を選択的に抑制する (Fig. 1c)。さらに、RMC-6236 は KRAS(ON) 状態のタンパク質を cyclophilin A (CypA) にリクルートすることで、従来の KRAS 阻害剤に耐性を持つ GTP 結合型 KRAS を強力に抑制し、現在 Phase III 試験においてその有効性が検証されている (Table 1)。特に RMC-6236 は、KRAS(OFF) 状態を標的とする sotorasib 等の阻害剤とは対照的に、活性型 KRAS を直接的に捕捉することで、より持続的な治療効果を期待できる。

PROTAC による触媒的タンパク質分解: PROTAC は、標的タンパク質リガンドと E3 リガーゼリガンドをリンカーで繋いだ二機能性分子であり、標的を触媒的に分解する。VHL (von Hippel-Lindau) または CRBN をリクルートする設計が主流であり、特に ARV-471 はエストロゲン受容体 (ER) を標的として分解し、乳がん治療において FDA 承認に至った。また、前立腺がんを標的とする ARV-766 や BMS-986365 は、アンドロゲン受容体 (AR) を分解し、Phase II/III 試験で評価されている。PROTAC の利点は、従来の阻害剤よりも低濃度で長時間作用することにあり、例えば pan-CDK 結合リガンドを thalidomide と結合させた THAL-SNS-032 は、CDK9 特異的な分解を誘導し、単なる阻害剤を上回る抗腫瘍効果を示した。しかし、耐性メカニズムとして、CRBN の機能喪失 (LOF: loss-of-function) 変異や、薬物排出ポンプ MRD1 (multidrug resistance protein 1) の発現上昇が 7 日から 2 週間という短期間で観察されることが報告されており、これが臨床上の大きな limitation となっている。

リソソーム経路を用いた細胞外・膜タンパク質の分解: 細胞質外の標的に対しては、LYTAC や KineTAC などの手法が開発されている。LYTAC は、マンノース-6-リン酸 (M6P) 受容体 CI-M6PR (cation-independent mannose-6-phosphate receptor) を利用して標的をエンドソームへ輸送し、リソソームで分解する。例えば、PD-L1 を標的とする LYTAC は、nM (nanomolar) 濃度で PD-L1 の分解を誘導し、乳がん細胞において高い有効性を示した。また、ASGPR (asialoglycoprotein receptor) を利用した MoDE-As (Molecular Degraders of ASGPR) などの手法では、肝細胞特異的な分解が可能である。Biohaven 社が開発した BHV-1300 は、IgG を標的としてリソソーム分解に導く MoDE デグレーダーであり、2024 年に Phase I 試験に入り、患者において標的分解が誘導されることが確認された。さらに、bispecific antibodies (二特異性抗体) を用いて膜結合型 E3 リガーゼ RNF43 や ZNRF3 を標的タンパク質 (EGFR や PD-L1) に近接させることで、膜表面からのクリアランスを誘導する手法も開発されており、これにより従来の小分子 PROTAC では到達不能であった膜タンパク質の制御が実現している (Fig. 5)。

翻訳後修飾の制御と機能的変調: タンパク質の分解以外に、翻訳後修飾 (PTM) を操作する誘導近接戦略が進展している。PhosTAC (Phosphorylation-targeting chimera) は、ホスファターゼ (例:PP2A) を標的タンパク質にリクルートし、脱リン酸化を誘導する。例えば、Tau タンパク質の脱リン酸化を誘導する PhosTAC は、Tau の蓄積を抑制し、神経変性疾患モデルにおいて有効性を示した。また、DUBTAC (Deubiquitinase-targeting chimera) は、脱ユビキチン化酵素 OTUB1 をリクルートして標的タンパク質を安定化させる。CFTR (cystic fibrosis transmembrane conductance regulator) を標的とした DUBTAC は、CFTR の脱ユビキチン化を促進し、細胞表面での CFTR 依存的な経上皮伝導能を改善させた。さらに、ACETAC (Acetylation-targeting chimera) は、p300/CBP をリクルートして p53 変異体の Lys382 をアセチル化し、p53 阻害単独よりも強力に細胞増殖を抑制することが示された (Fig. 7f)。

細胞内局在の変更と転写活性化: タンパク質の細胞内局在を強制的に変更する手法も開発されている。TRAMs (Targeted relocalization-activating molecules) は、核受容体 (ERα など) を利用して細胞質タンパク質を核内へ移行させる。また、NICE (Nuclear import and control of expression) システムでは、BRD4 をリクルートすることで細胞質 FKBP12 を核内へ移行させることが可能である。転写制御においては、TCIP (Transcription chemical inducers of proximity) が開発され、転写活性化因子 BRD4 を BCL6 抑制プロモーターにリクルートすることで、BCL6 によって抑制されていた遺伝子の転写を再活性化させた。この手法は、BET (bromodomain and extra-terminal) タンパク質や BCL6 の単純な阻害剤よりも強力な抗増殖効果を示し、gain-of-function 機序による治療の可能性を提示している (Fig. 9b)。

標的細胞特異的な細胞死の誘導: RIPTAC (Regulated induced proximity-targeting chimera) は、特定の標的タンパク質と、細胞生存に必須なエフェクタータンパク質 (例:PLK1, CDK) を近接させ、エフェクターの機能を阻害することで、標的タンパク質を発現している細胞のみを特異的に死滅させる。このコンセプトに基づき、前立腺がんを標的とする HLD-0915 が開発され、現在 Phase I 試験 (NCT06800313) に入っている。この手法は、疾患原因となる変異タンパク質を直接阻害するのではなく、標的の存在を利用して必須タンパク質を「罠」にかけることで細胞死を誘導するため、従来の阻害剤とは異なるアプローチとなる (Fig. 9c)。

RNA 標的分解の進展: RIBOTAC (Ribonuclease-targeting chimera) プラットフォームにより、RNase L をリクルートして標的 RNA を分解する手法が開発された。最適化された小分子リガンドを用いた RIBOTAC は、マウスがんモデルにおいて oncogenic miRNA-21 の分解を誘導し、また筋萎縮性側索硬化症 (ALS) モデルにおいて病的な RNA 反復配列の分解を誘導した。ただし、最大 RNA 分解率は 60% 程度に留まっており、PROTAC などのタンパク質分解薬と比較してさらなる最適化が必要であることが示唆されている。

三元複合体の構造的制約と設計最適化: 誘導近接薬の有効性は、標的、リガンド、およびエフェクターが形成する三元複合体の安定性と幾何学的配置に強く依存する。PROTAC の設計において、リンカーの長さや剛性は分解効率に決定的な影響を与え、不適切なリンカーは分解活性を 10-fold 以上低下させることが報告されている。また、CRBN を利用した IMiDs (immunomodulatory drugs) の場合、C4 位置への嵩高い置換基の導入により、CRBN が「開いた」不活性コンフォーマーから「閉じた」活性コンフォーマーへと移行し、Ikaros の結合とユビキチン化が促進されることが構造生物学的に明らかにされた。このようなアロステリック効果の理解は、次世代の分子糊(例:iberdomide, mezigdomide)の合理的設計に寄与しており、より強力で選択的な分解能を実現している。

臨床試験における多様な標的の展開: Table 1 にまとめられた 60 剤以上の臨床候補化合物は、単なるタンパク質分解にとどまらず、多様な機序を包含している。例えば、Cyclosporin A や FK506 は、calcineurin を FKBP12/cyclophilin にリクルートして機能を抑制する古典的な分子糊である。一方で、最新の候補である RMC-6291 や RMC-9805 は、KRAS G12C(ON) や G12D(ON) を CypA に近接させ、活性型 RAS を特異的に抑制する。また、ARV-102 は LRRK2 を標的として分解し、血液脳関門 (BBB) を通過してパーキンソン病への適用を目指している。このように、誘導近接療法は腫瘍学のみならず、炎症性疾患や神経変性疾患へと適応を拡大しており、従来の「undruggable」な標的へのアクセスを現実のものとしている。

考察/結論

先行研究との違い: 従来の創薬アプローチが、標的タンパク質の活性部位を塞ぐことで機能を抑制する「占有駆動型」であったのに対し、本レビューで詳述した誘導近接療法は、タンパク質同士の近接という「イベント」をトリガーとする。これにより、結合ポケットを持たないタンパク質や、活性部位を阻害しても十分な効果が得られないスキャフォールド機能を持つタンパク質に対しても、分解や局在変更を通じて機能制御が可能となった。特に、単なる阻害ではなく、触媒的な分解を実現する PROTAC や分子糊は、低濃度での持続的な効果という点で、従来の TKI (Tyrosine Kinase Inhibitor) 等と対照的な薬理特性を示す。

新規性: 本レビューでは、タンパク質分解という従来の枠組みを超え、脱リン酸化 (PhosTAC)、脱ユビキチン化 (DUBTAC)、アセチル化 (ACETAC) といった翻訳後修飾の精密制御や、核内・細胞質間での局在変更、さらには RIPTAC による標的特異的な細胞死誘導という、誘導近接の概念を拡張した新規モダリティを包括的に提示した。特に、細胞表面受容体をリソソームへ導く LYTAC や KineTAC の進展は、これまで「undruggable」とされてきた膜タンパク質や分泌タンパク質に対する治療戦略を根本的に変える可能性を秘めている。

臨床応用: 誘導近接薬の臨床的意義は極めて高く、すでに ARV-471 が乳がんで承認され、多くの PROTAC や分子糊が Phase I-III 試験に移行している。特に KRAS(ON) を標的とする RMC-6236 などの分子糊は、従来の KRAS 阻害剤の耐性を克服する bench-to-bedside の好例である。また、リソソーム分解誘導薬 (BHV-1300 等) の登場により、自己抗体や可溶性因子などの細胞外標的に対する translational なアプローチが現実のものとなった。

残された課題: 今後の検討課題として、分解薬に対する獲得耐性(E3 リガーゼの LOF 変異や薬物排出ポンプの上昇)への対策が挙げられる。これを克服するためには、CRBN や VHL 以外の多様な E3 リガーゼの探索や、細胞外分解経路のさらなる最適化が必要である。また、三元複合体の構造的な制約やリンカーの最適化といった設計上の limitation が依然として存在しており、AI や構造生物学を用いた合理的設計の精度向上が今後の研究方向性となる。

方法

本論文は、誘導近接療法の最新動向をまとめたレビュー論文である。著者は PubMed, Embase, Web of Science などの主要なデータベースを用いて、分子糊、PROTAC、およびその他の二機能性分子に関する先行研究および臨床試験データを抽出した。特に、ClinicalTrials.gov および各製薬企業のプレスリリースから、現在臨床段階にある 60 剤以上の誘導近接薬の情報を収集し、標的タンパク質、結合パートナー、作用機序、適応症、および臨床ステージについて Table 1 にまとめた。

解析にあたっては、小分子による誘導近接(分子糊、PROTAC、AUTAC、LYTAC 等)と、生物学的製剤による誘導近接(二特異性抗体、ナノボディ接合体)を区別して整理した。また、タンパク質分解という「Degradative」な経路と、抑制・安定化・修飾・局在変更という「Non-degradative」な経路に分類し、それぞれの分子メカニズムを構造生物学的知見に基づいて考察した。

統計的な評価については、引用した個別の原著論文における解析手法(例:Kaplan-Meier 法による生存分析、Cox 回帰分析、t 検定、Mann-Whitney U 検定など)を精査し、その結果を要約して記載した。また、細胞株 (A549, MCF-7, HeLa 等) やマウス系統 (NSG, C57BL/6J 等) を用いた前臨床試験のデータについても、各モダリティの有効性を裏付ける根拠として抽出した。特に、三元複合体の形成効率や分解速度の定量的評価、および臨床試験における ORR (Overall Response Rate) などのエンドポイントについて、原著論文の数値を精査して記載した。