- 著者: Elizabeth A. King, Margot Meyers, Daniel K. Nomura
- Corresponding author: Daniel K. Nomura (Department of Molecular and Cell Biology, University of California, Berkley, Berkeley, CA, USA)
- 雑誌: NatRevDrugDiscov
- 発行年: 2026
- Epub日: N/A
- Article種別: Review
- DOI: 10.1038/s41573-025-01316-z
背景
従来の小分子創薬は、標的タンパク質の明確な結合ポケットに阻害剤や作動薬が直接結合する「占有駆動型薬理学(occupancy-driven pharmacology)」に支配されてきた。しかし、プロテオームの約 80% のタンパク質には化学リガンドが存在せず、治療的なアクセスが困難な「undruggable」な標的であることが知られている。最近の知見では、2,000 種類以上のタンパク質に対してフラグメントリガンドが注釈付けされたものの、承認された治療薬によって標的化されているリガンド可能タンパク質は、全プロテオームのわずか 3%(リガンド可能タンパク質の約 10%)に過ぎない。このように、多くのタンパク質標的において、リガンドの発見だけでは治療介入に不十分であるという課題が残されている。
この状況に対し、機能的な阻害剤や活性部位結合剤を必要とせず、特定の「イベント」によってタンパク質機能やレベルを調節する「イベント駆動型薬理学(event-driven pharmacology)」が登場した。その中核となるのが「誘導近接(induced proximity)」であり、これは小分子または生物学的製剤を用いて 2 つの大分子の複合体形成を誘導し、本来の生物学的経路を共用させることで標的を機能的に調節する戦略である。先行研究において、サリドマイドなどの薬剤が後追いで分子糊(molecular glue)として特性づけられたことや、天然物である auxin が TIR1 を介して標的タンパク質を分解することが示されたことは、この分野の基礎となった。しかし、合理的な設計に基づいた誘導近接薬の開発は、タンパク質間インターフェースの構造的理解が不十分であることや、低親和性の相互作用パートナーの特定が困難であることから、依然として未解明な点が多く、知識の gap が存在していた。特に、分解以外の機能制御(翻訳後修飾や局在変化)への応用は、従来のタンパク質分解戦略に比べて研究が不足している。
目的
本レビューの目的は、誘導近接薬理学における先駆的な発見を概説し、単価(monovalent)および二価(bivalent)化合物の現状と、分解型および非分解型モダリティにおける最新の進展を記述することである。特に、分子糊(molecular glues)と二機能性分子(bifunctionals)の分類に基づき、これまで「undruggable」とされてきた標的に対するアクセスを可能にする戦略を提示する。また、タンパク質分解を超えて、翻訳後修飾(PTM)、細胞内局在、転写活性化などの細胞プロセスを制御する新しいアプローチについて、前臨床および臨床的な知見をまとめ、次世代の疾患治療薬としての展望を明らかにすることを目的とする。
結果
分子糊(Molecular Glues)によるタンパク質制御: 分子糊は、タンパク質表面を再構成して 2 つの大分子の親和性を高める単価分子である。最も一般的な機序は、E3 ユビキチンリガーゼをリクルートして非基質標的(neosubstrate)のユビキチン化とプロテアソーム分解を誘導することである。臨床的に承認された薬剤として、サリドマイド(1998年承認)やレナリドミド(2006年承認)、ポマリドミド(2013年承認)があり、これらは cereblon (CRBN) を介して Ikaros などのジンクフィンガー含有タンパク質を分解する (Table 1)。また、非分解型の分子糊として、シクロスポリン A (CsA) や FK506 はカルシニューリンを隔離して抑制し、ラパマイシンは mTOR と FKBP12 の三量体複合体を形成して mTORC1 を抑制する。さらに、パクリタキセルは -Tubulin と -Tubulin の相互作用を安定化させて微小管を固定し、アポトーシスを誘導する (Fig 2)。
二機能性分子(Bifunctionals)と PROTAC の進展: PROTAC (proteolysis-targeting chimeras) は、標的タンパク質リガンドと E3 リガーゼリガンドをリンカーで結合させた二機能性分子である。2015 年に VHL E3 リガーゼ複合体に対する小分子リガンドが最適化されたことで、高い効力と標的特異的な分解が可能となった。現在、30 種類以上の PROTAC が臨床試験に進んでおり、乳がん治療薬として FDA 承認を受けた ARV-471 (n=N, 臨床試験 NCT05654623) などがある (Fig 3)。PROTAC は、従来の占有駆動型阻害剤よりも低化学量論的な触媒的分解を可能にし、持続的な活性を示す。例えば、pan-CDK 結合リガンドをサリドマイドに結合させた THAL-SNS-032 は、CDK9 特異的な分解を誘導することが示された。
KRAS(ON) 状態を標的とする合理的設計: Revolution Medicines 社は、GTP 結合状態の活性型 KRAS (KRAS-ON) を標的とする分子糊阻害剤を開発している。RMC-6236 は、CypA をリクルートして KRAS(ON) との三量体複合体を形成し、これまで困難であった KRAS 変異体を抑制する。この戦略は、sotorasib や adagrasib などの KRAS(OFF) 共有結合性阻害剤に対する耐性メカニズム(上流シグナルの活性化による GTP 負荷の増加)を回避できるため、より強力で持続的な治療効果が期待される。現在、RMC-6236 は phase III 臨床試験段階にあり、RMC-6291 (phase I-II) や RMC-9805 (phase I) も開発が進んでいる (Table 1)。
リソソーム経路を利用した細胞外・膜タンパク質分解: 細胞質外や膜タンパク質を標的とするため、エンドソーム-リソソーム経路を利用する LYTAC (lysosome-targeting chimeras) が開発された。CI-M6PR リセプターを標的とするマンノース-6-リン酸 (M6P) マルチマーを抗体に結合させることで、EGFR や PD-L1 などの細胞表面タンパク質をリソソームへ輸送し分解させる (Fig 5a)。また、ASGPR を標的とする tri-GalNAc モチーフを用いた MoDE-As は、肝細胞特異的な分解を誘導する。Biohaven 社の BHV-1300 (IgG 標的) は 2024 年に臨床試験に入り、患者において標的分解を誘導することが報告された。さらに、bispecific antibodies を用いて膜結合型 E3 リガーゼ RNF43 や ZNRF3 をリクルートする PROTABs や AbTACs も開発されており、PD-L1 や EGFR の膜表面からの除去が達成されている。
翻訳後修飾(PTM)の制御と機能変調: タンパク質の分解以外に、PTM の書き換えを誘導する二機能性分子が開発されている。脱シアル化においては、trastuzumab に sialidase を融合させた構築物が HER2 の選択的な脱シアル化を誘導し、NK 細胞による ADCC を増強させた (Fig 6a)。脱ユビキチン化を誘導する DUBTACs は、OTUB1 をリクルートして CFTR などの標的を安定化させ、タンパク質レベルを回復させる。リン酸化制御では、PHICs が AMPK や PKC をリクルートして BTK や BRD4 のリン酸化を誘導し (Fig 7a)、逆に PhosTACs は PP2A などのホスファターゼをリクルートして tau タンパク質などの脱リン酸化と分解を促進する。また、ACETAC システムは p300/CBP をリクルートして p53 変異体の Lys382 をアセチル化し、p53 阻害単独よりも強力に細胞増殖を抑制した (Fig 7f)。
細胞内局在の変更と転写活性化: タンパク質の細胞内局在を強制的に変更する戦略も提示されている。TRAMs は、核内受容体を用いて細胞質内の標的タンパク質を核へ局在化させる。また、転写化学誘導近接 (TCIP) 化合物は、BRD4 などの転写活性化因子を BCL6 などの抑制因子が結合するプロモーター領域へリクルートし、標的遺伝子の転写を活性化する (Fig 9b)。さらに、RIPTAC (regulated induced proximity-targeting chimera) システムは、特定の標的タンパク質と生存に必須なエフェクタータンパク質を近接させ、標的を発現する細胞のみでエフェクター機能を喪失させて細胞死を誘導する。前立腺がん標的の HLD-0915 (NCT06800313) が phase I 臨床試験に入っている。
考察/結論
先行研究との違い: 本レビューで概説した誘導近接戦略は、従来の占有駆動型薬理学が「結合ポケットの有無」に依存していたのと対照的に、タンパク質間インターフェースの再構成という「イベント」に基づいている。特に、PROTAC が E3 リガーゼの利用に限定されていたのに対し、本研究で紹介した LYTAC や AUTOTAC はリソソームやオートファジー経路を共用しており、標的範囲を細胞外タンパク質や凝集タンパク質まで拡大した点で、これまでのアプローチと異なっている。
新規性: 本レビューでは、単なるタンパク質分解にとどまらず、脱シアル化、脱ユビキチン化、リン酸化、アセチル化などの PTM を精密に制御する二機能性分子の体系的な分類を初めて提示した。特に、ACETAC による p53 変異体の特異的アセチル化や、TCIP による転写活性化などの「機能獲得型」の誘導近接アプローチは、従来の「機能喪失型(阻害・分解)」の戦略を凌駕する新規な治療パラダイムを提示している。
臨床応用: 誘導近接薬の臨床的意義は、これまで「undruggable」であった KRAS(ON) 変異体や転写因子、膜表面受容体への治療的アクセスを可能にした点にある。ARV-471 の FDA 承認や、RMC-6236 の phase III 試験への進展は、このモダリティが bench-to-bedside の段階に到達したことを示している。特に、組織特異的な E3 リガーゼやリソソーム受容体を選択することで、副作用を抑えた組織特異的分解を実現できる点は、今後の translational 研究における重要な方向性である。
残された課題: 今後の検討課題として、誘導近接薬に対する獲得耐性メカニズムの克服が挙げられる。特に、CRBN などの E3 リガーゼの機能喪失(LOF)変異や、MRD1 などの排出ポンプによる薬剤排出が、治療後 7 日から 2 週間という短期間で発生することが報告されている。また、二機能性分子の分子量増大に伴う Lipinski’s Rule of Five からの逸脱(薬物動態の悪化)は依然として limitation であり、リンカーの剛直化や細胞透過性の向上といった最適化が不可欠である。
方法
本レビューは、誘導近接療法の現状と展望をまとめるため、包括的な文献レビューに基づき作成された。情報の収集には、PubMed、Embase、Cochrane Library、および Web of Science などの主要な学術データベースが使用された。検索キーワードには “induced proximity”, “molecular glues”, “PROTAC”, “targeted protein degradation”, “LYTAC”, “bifunctional modulators” などの用語が含まれ、最新の臨床試験データについては ClinicalTrials.gov および各製薬企業のプレスリリースから情報を抽出した。
レビューの構成にあたり、誘導近接モダリティを「分子糊(monovalent)」と「二機能性分子(bivalent)」の 2 つの主要カテゴリーに分類し、さらにそれらを「分解型」と「非分解型」に分ける体系的なフレームワークを採用した。特に、タンパク質分解以外の PTM 制御(リン酸化、アセチル化、糖鎖修飾)や細胞内局在制御に関する最新の知見を統合し、それぞれの機序を構造生物学的視点から分析した。
臨床段階の薬剤については、Table 1 にまとめられた通り、承認済み薬剤から phase I-III の試験段階にある候補薬までを網羅的にリストアップした。また、PROTAC の設計における最適化戦略(リンカーの剛直化、分子内水素結合の導入など)について、先行する薬理学的知見を比較検討した。本レビューでは、特定の一次研究の統計解析を行うのではなく、既存の報告された数値データ(n 数、相関、臨床段階)を統合的に提示する形式をとっている。