• 著者: O. Holz, I. Zühlke, E. Jaksztat, K.C. Müller, L. Welker, M. Nakashima, K.D. Diemel, D. Branscheid, H. Magnussen, R.A. Jörres
  • Corresponding author: O. Holz (Research Laboratory, Hospital Großhansdorf, Centre for Pneumology and Thoracic Surgery, Wöhrendamm 80, D-22927 Großhansdorf, Germany; o.holz@pulmoresearch.de)
  • 雑誌: The European respiratory journal
  • 発行年: 2004
  • Epub日: N/A
  • Article種別: Original Article
  • PMID: 15459135

背景

肺気腫は、肺胞壁の破壊とそれに伴う弾性反発の低下、ガス交換能の障害を特徴とする進行性の肺疾患である (Fabbri et al. 2003)。その病因には、好中球性炎症、プロテアーゼとアンチプロテアーゼの不均衡、酸化ストレス、そして内皮細胞および上皮細胞のアポトーシスなどが関与すると考えられている (Kasahara et al. 2001)。喫煙が主要な危険因子であることは広く認識されているが、α1アンチトリプシン欠損症のような遺伝的素因を除けば、同程度の喫煙曝露があるにもかかわらず、なぜ一部の喫煙者のみが肺気腫を発症し、他の喫煙者は発症しないのかというメカニズムは未解明な点が多い (Fabbri et al. 2003)。さらに、嚢胞性線維症のように広範な気道炎症が長期間持続する疾患においても、必ずしも肺気腫が一般的に発症するわけではないことから、炎症以外の因子が病態形成に重要な役割を果たしている可能性が示唆される。既存の抗炎症治療が肺気腫の疾患経過に与える影響が限定的であるという報告も、この仮説を裏付けるものである (Sherrill et al. 1999)。

肺の構造的完全性は、細胞外マトリックス成分に大きく依存しており、これらの成分の産生と維持を担う線維芽細胞がその中心的な役割を果たす (Absher 1995)。肺胞環境では、物理的・化学的ストレスによる細胞損傷が頻繁に発生するため、高い細胞ターンオーバー率が構造の恒常性維持に不可欠である (Aoshiba et al. 2003; Tuder et al. 2003)。この細胞置換のホメオスタシスが破綻すると、肺胞中隔の構造修復や再生が障害され、肺胞構造の持続的な喪失に繋がり得ると考えられる。先行研究では、肺気腫患者由来の肺線維芽細胞において増殖能の低下傾向が小規模コホートで報告されていた (Noordhoek et al. 2003; Nobukuni et al. 2002)。しかし、これらの研究はサンプルサイズが小さく (n=6〜16)、培養条件も多様であったため、肺気腫における線維芽細胞の増殖能低下が、生体内の炎症環境から独立した細胞固有の、持続的な特性であるかを標準化された条件下で系統的に実証するには至っておらず、この点に知識の不足が残されている。

本研究では、体外培養という炎症微小環境を除いた条件下で、肺気腫患者の肺線維芽細胞に固有の増殖能低下が存在するか否かを検証することを目的とした。この検証を通じて、肺気腫の進行を自律的に持続させる内因性因子の解明に貢献し、疾患の病態生理学に対する新たな視点を提供することを目指した。特に、線維芽細胞の増殖能低下が「早期細胞老化」のような表現型を反映している可能性に着目し、その持続性と安定性を評価することで、肺気腫における細胞置換と維持の恒常性機能不全の役割を明らかにしようと試みた。

目的

本研究の目的は、肺気腫患者と対照患者から単離した肺線維芽細胞を標準化された体外培養条件下で比較し、その増殖率、長期集団倍加能、および細胞生存率における差異を系統的に検証することである。これにより、肺気腫における線維芽細胞の固有な表現型変化、特に増殖能の持続的な低下が存在するか否かを実証し、この細胞特性が疾患の進行にどのように寄与し得るかを明らかにすることを目指した。具体的には、倍加時間 (DT) の測定、凍結保存後の増殖能の維持、長期培養における集団倍加レベル (PDL) の解析、および低血清培地条件下での増殖応答性の評価を通じて、肺気腫線維芽細胞の増殖能低下が、生体内の炎症環境から独立した細胞内在性の特性であるという仮説を検証する。さらに、細胞死率の評価により、観察される細胞数変化が増殖能の差異によるものであり、細胞死の増加によるものではないことを確認することも目的とした。

結果

細胞純度と被験者特性の確認: passage 2の細胞は、ほぼ全てが典型的な線維芽細胞形態を示し、vimentin陽性であった。CD45陽性細胞 (免疫細胞汚染の指標) の割合は、気腫群で中央値0.13% (IQR 0〜0.75%)、対照群で0% (0〜0%) であり、群間に有意差はなかった。同様に、サイトケラチン陽性細胞 (上皮細胞汚染の指標) の割合も、気腫群で1.1% (0.4〜3.8%)、対照群で0.6% (0.4〜1.2%) と、群間で有意差は認められなかった。平滑筋アクチンは陰性であり、筋線維芽細胞の汚染もなかった。passage 1後の細胞生存率も、気腫群で95% (93〜97%)、対照群で98% (97〜98%) と差異はなかった。被験者群は肺機能において大きく異なり、FEV1は気腫群で39.6% pred、対照群で94.8% pred (p<0.01) であった。ITGV (intrathoracic gas volume) は気腫群で175.5% pred、対照群で103.8% pred (p<0.01)、RV/TLCは気腫群で59.1%、対照群で41.6% (p<0.01) と、いずれも有意な差が認められた (Table 1)。しかし、年齢 (気腫65.5歳 vs. 対照63.5歳) および体重 (気腫65.5 kg vs. 対照75.5 kg) に有意差はなかった。気腫群の喫煙歴は対照群より有意に多く (47.5 vs. 22.5 pack-years、p<0.05) (Table 1)。

倍加時間 (DT) の有意な延長: 肺気腫患者由来の線維芽細胞の平均 (±SEM) 倍加時間 (DT) は33.6±2.8時間であり、対照患者の24.8±1.4時間と比較して有意に高かった (Mann-Whitney U検定、p<0.001) (Figure 1, Figure 2)。個別データの中央値 (IQR) では、気腫群が31.2時間 (29.3〜40.9時間) であったのに対し、対照群は25.0時間 (21.7〜25.4時間) であった (Table 1)。倍加時間とドナー年齢の間には、全体 (r=0.11)、気腫群内 (r=-0.15)、対照群内 (r=0.04) のいずれにおいても有意な相関は認められなかった。初代培養期間もDTと相関せず、最長DTを示した2例の気腫患者 (最も長い一次培養期間を有した) を除外した感度解析でも、群間の有意差は維持された (p=0.003)。肺機能指標 (FEV1、ITGV、RVなど) と線維芽細胞DTとの間に有意な相関は、気腫・対照いずれの群でも認められなかった。

凍結保存後の増殖差異の持続性: 凍結保存 (液体窒素保存、解凍後1週間培養) 後の実験においても、気腫群のDTは対照群よりも有意に高く維持された (気腫: 中央値36.3時間 [IQR 34.1〜47.9時間] vs. 対照: 29.0時間 [26.0〜36.8時間]、p=0.05) (Table 1)。細胞数不足のため、気腫群2例、対照群1例が解析から除外された (凍結保存前後のnはそれぞれ10→8例、10→9例の細胞株)。凍結保存前後のDTは有意に相関し (r=0.66、p=0.004)、凍結保存による全体的なDT延長 (気腫: +2.7時間、対照: +4.0時間) にもかかわらず、群間差異は一貫して維持された。この安定性は、増殖能低下が一時的な環境要因ではなく、細胞固有の持続的特性であることを裏付けるものである。

長期培養における集団倍加レベル (PDL) の差異: 長期培養 (各群n=7の細胞株、10% FCS) において、初期PDL曲線の傾きは気腫患者由来の線維芽細胞で有意に低下した (反復測定ANOVA、p<0.001) (Figure 3)。Newman-Keuls事後検定では、day 0 (p=0.94) およびday 7 (p=0.17) には群間差がなかったが、day 14 (p=0.01)、day 21 (p=0.0003)、day 28 (p=0.0002)、day 35 (p=0.0002) では有意差が認められた。最大PDLの中央値 (範囲) は、気腫群で13.8 (7.4〜22.6)、対照群で20.2 (11.2〜25.5) であり、差異は境界域の有意傾向を示した (p=0.070、片側検定)。day 42以降は増殖停止例が漸増し、気腫群の方が増殖停止が早い傾向が観察された。低血清培地 (1% FCS、増殖刺激を最小化した条件) での追加実験では、最大PDLの中央値 (範囲) が気腫群で1.8 (0.0〜2.6)、対照群で3.8 (0.8〜13.1) となり、有意差が明確化された (p=0.032、片側検定)。低血清条件で差異が拡大したことは、気腫線維芽細胞の増殖刺激への応答性自体が低下していることを示唆する。

細胞死率の差異なし: 増殖アッセイday 3におけるアポトーシス細胞率 (中央値: 気腫0.5% [0〜0.6%] vs. 対照0.8% [0.1〜1.7%]、NS)、LDH濃度 (気腫59 [56〜70] U/L vs. 対照58 [56〜70] U/L、NS)、およびトリパンブルー法による細胞生存率に有意差は認められなかった。増殖アッセイ中およびコンフルエント培養中の壊死・アポトーシス細胞はいずれも低率であった。これらの結果は、観察された気腫/対照間の細胞数差異が増殖速度の差異によるものであり、細胞死率の差の寄与は否定的であることを示している。これにより、DTの延長は増殖そのものの低下を反映し、細胞生存率の問題を反映したものではないことが確認された。

考察/結論

固有の線維芽細胞表現型変化の実証: 本研究は、体外の標準化培養条件下 (生体内の炎症環境を除いた条件) で肺気腫患者の肺線維芽細胞が増殖能の持続的かつ固有の低下を示すことを示した最初の系統的研究である。この特性が凍結保存後も維持され、ドナー年齢や初代培養期間とは独立していることから、疾患固有の細胞内在性変化、例えばエピジェネティックな変化を反映していると考えられる。この結果は、Nobukuni et al. (2002) や Noordhoek et al. (2003) の先行する小規模研究で示された傾向を、より大規模かつ標準化された実験デザインで確認し、その知見を強化するものである。

細胞老化と肺気腫病態との関連: 低血清培地 (1% FCS) でのPDLの有意な低下と、10% FCS条件での最大PDLの低下傾向は、肺気腫線維芽細胞が増殖刺激への応答性においても低下していることを示唆する。この「早期細胞老化」様表現型は、肺気腫患者が臨床的に実年齢よりも老化が進んでいるという観察とも一致する。これは、細胞分裂の分子的上限 (Hayflick限界) への早期到達、またはエピジェネティックな変化による増殖能の前倒しでの消耗が、長期の喫煙誘発損傷に対する修復応答として蓄積した結果と解釈できる。

肺気腫の進行を自律的に持続させるメカニズムとしての意義: 肺胞中隔の恒常性は、線維芽細胞による細胞外マトリックス成分の産生とターンオーバーに依存する (Absher 1995)。線維芽細胞の増殖能低下は、損傷に対する組織修復・再生の障害、および肺胞構造の持続的喪失の加速という形で、肺気腫の自律的な進行に寄与すると考えられる。これは、抗炎症治療の効果が限定的なCOPD/肺気腫において、炎症抑制とは独立した「修復機能の固有的障害」という新しい病態的視点を提供するものであり、臨床的意義は大きい。

残された課題と今後の方向性: 本研究では増殖能の変化を示したが、その分子機構 (DNA損傷修復、テロメア短縮、特定のエピジェネティック変化、サイトカイン応答性変化など) は未解明のままである。また、サンプルサイズ (n=10/群) は中等度であり、さらなる検証が必要である。Noordhoek et al. (2003) の先行研究が示したIL-1β刺激への応答性低下との関連から、線維芽細胞の成長因子やサイトカイン応答性の異常が並存する可能性も考えられる。今後の検討課題として、これらの分子レベルの機序解明が挙げられる。さらに、幹細胞や組織工学を応用した肺胞再生戦略、レチノイン酸誘導体など動物実験で示された肺成長促進因子の臨床応用研究が重要な方向性となる。本研究のlimitationとして、in vitroでの複製老化がin vivoでの事象を完全に模倣しているかには疑問が残る点も考慮する必要がある (Wright et al. 2002)。

方法

被験者: 肺気腫患者10例 (Global Initiative for Chronic Obstructive Lung Disease (GOLD) IIa/IIb; FEV1中央値39.6% [IQR 34.2-46.0%]; 喫煙歴47.5 [40-75] pack-years; 全員男性) と、慢性閉塞性肺疾患 (COPD) や肺気腫の臨床的・形態的・機能的兆候がない対照患者10例 (FEV1中央値94.8% [83.9-103.3%]; 喫煙歴22.5 [20-30] pack-years; 男性6/女性4) を研究に含めた (Table 1)。両群とも年齢 (気腫65.5歳 vs. 対照63.5歳) および体重に有意差は認められなかった。対照患者1例を除く全例が肺腫瘍切除術目的で手術を受けた。診断は患者の病歴、症状、胸部X線、CT、組織学的所見、呼気フローボリューム曲線、抵抗ループ、肺過膨張、および一酸化炭素拡散能に基づいて行われた。研究は局所倫理委員会の承認を得ており、全患者から文書によるインフォームドコンセントを取得した。

線維芽細胞の単離と培養: 切除された肺組織の肉眼的観察後、胸膜を除いた末梢の非腫瘍性肺実質標本を採取した。Hank’s balanced salt solution (Invitrogen) で洗浄後、メスで1〜2 mm²に細切し、25 cm²培養ディッシュ上で初代explant培養を行った (37°C、5% CO2、湿潤チャンバー)。培地はDMEM (Invitrogen) に10% FCS (単一ロット使用)、100 U/mLペニシリン、100 µg/mLストレプトマイシン、50 µg/mLゲンタマイシンを添加したものを使用した。初代培養は細胞がコンフルエントになる前に終了し、細胞の一部はDMEM + 10% dimethylsulphoxide (DMSO) で凍結保存 (-80°C後、液体窒素へ)、残りは4,000 cells/cm²で継代培養した。培養期間中、細菌や真菌による汚染は認められなかった。

増殖アッセイ: passage 2 (初代培養後3〜4 population doublingに相当) の細胞を使用し、24ウェルディッシュに4,000 cells/cm²で播種した。24、48、72、96時間後に各3ウェルの細胞数を手動で計数した。対数変換後の細胞数データから線形回帰の傾きを算出し、倍加時間 (DT) を導出した。凍結保存細胞についても、解凍後1週間培養した後に同様の増殖アッセイを実施した。

免疫細胞化学: passage 2の細胞を顕微鏡スライドに播種し、一晩培養後、氷冷アセトンで固定した。抗vimentin抗体、抗汎サイトケラチン抗体、抗平滑筋アクチン抗体、抗CD45抗体 (いずれもDianovaまたはDako) を用いて染色し、各抗体につき少なくとも400細胞を解析することで線維芽細胞の純度を確認した。

細胞死率評価: passage 2の細胞をカバーガラスに播種し、2日間培養後、Annexin-V-Fluosキット (Roche) を用いてアポトーシス細胞を分析した。また、トリプシン処理後の細胞の生存率をトリパンブルー排除試験で評価し、3日間培養後の上清中の乳酸脱水素酵素 (LDH) 濃度を測定した。

長期培養 (Population Doubling Level; PDL): 各群7例の細胞を解凍後、passage 1から標準密度で播種した。passage 2以降は100,000 cells/25 cm²で週次継代を行い、収穫細胞数が播種数を下回るまで培養を継続した。最長63日間の観察期間で、毎週の倍加数を合計して最大PDLを算出した。初期PDL曲線の傾きは、全培養が継続していたday 35 (passage 6) までのデータを用いて評価した。さらに、10% FCSの代わりに1% FCSを含む低血清培地での追加実験も同様の手順で実施した。

統計解析: 細胞数および中央値の分布が歪んでいたため、記述統計には中央値と四分位範囲 (IQR) を用い、群間比較にはMann-Whitney U検定を適用した。PDL曲線の初期傾きの比較には反復測定ANOVAを使用し、Newman-Keuls事後検定で詳細な比較を行った。統計的有意水準はp<0.05とした。