• 著者: Jolliet P., Bulpa P., Thorens J.B., Ritz M., Chevrolet J.C.
  • Corresponding author: Philippe Jolliet (Soins Intensifs de Médecine, Hôpital Cantonal Universitaire, Geneva, Switzerland)
  • 雑誌: Thorax
  • 発行年: 1997
  • Epub日: N/A
  • Article種別: Original Article
  • PMID: 9196521

背景

PAH (pulmonary arterial hypertension、肺動脈性肺高血圧症) のうち、PPH (primary pulmonary hypertension、原発性肺高血圧症) は、適切な治療介入が行われない場合、極めて予後不良な経過をたどる致死的な呼吸循環器疾患である。Rich et al. (1987) による米国 NIH (National Institutes of Health) の全国前向き登録研究では、無治療患者における生存期間中央値がわずか 2.8 年と報告されており、有効な治療戦略の確立が急務とされていた。その後、Rich et al. (1992) は高用量 CCB (calcium channel blocker、カルシウム拮抗薬) である nifedipine や diltiazem を長期投与することにより、急性血管反応性試験 (vasoreactivity test) において反応陽性と判定された患者の 5 年生存率が 94% に達するという劇的な予後改善効果を報告した。これは非反応性患者の生存率 36% と比較して極めて際立った対比をなすものであり、急性血管反応性試験による反応性陽性患者の早期同定が治療選択における最重要ステップとして確立された。さらに Rich et al. (1987) は、反応性陽性患者に対する CCB 高用量長期療法が肺動脈圧の持続的低下と右心室肥大の退縮をもたらすことを示しており、急性負荷試験の結果が長期治療選択の分岐点となることが明確となった。

しかし、1990 年代当時の急性血管反応性試験に使用されていた薬剤には、重大な安全上の懸念が存在していた。当時の主要な試験薬は、経口 CCB 自体 (nifedipine) や、静注 PGI2 (prostacyclin、プロスタサイクリン)、静注アセチルコリンであったが、これらはいずれも強力な全身性血管拡張作用を併せ持つため、右心不全を合併した重症患者では重篤な全身性低血圧、反射性頻脈、肺内シャントの増大による重度低酸素血症を誘発し、最悪の場合には致死的なショックを引き起こすリスクが指摘されていた。実際に Partanen et al. (1993) は、nifedipine 20 mg の急性投与による PPH 患者の死亡例を報告しており、各試験薬の安全性プロファイルに関する比較データが不足しており、重症患者に安全に使用できる試験薬の選択は未解明の重大課題となっていた。特に、PGI2 は強力な全身性血管拡張作用により HPV (hypoxic pulmonary vasoconstriction、低酸素性肺血管収縮) を抑制し、換気血流不均等を増悪させることで低酸素血症を悪化させる懸念があった。

こうした背景のもと、吸入一酸化窒素である NO (nitric oxide) が注目を集めるようになった。吸入 NO は換気されている肺胞にのみ到達して局所の肺血管を選択的に拡張させ、全身循環に移行するとヘモグロビンと速やかに結合して不活化されるという薬理学的特性を持つ。Sitbon et al. (1995) は PPH 患者を対象に吸入 NO と静注 PGI2 の用量反応比較を行い、NO が PGI2 と同等の肺血管拡張能を有しつつ全身血行動態に影響を与えない安全な代替薬となり得ることを示唆した。しかしながら、以下の点が未解明のまま残されていた。第一に、吸入 NO が経口 nifedipine への反応性をどの程度の精度で予測できるかという具体的な一致率が不明であった。第二に、3 剤の全身血行動態とガス交換への影響の定量的差異がいかほどかという比較データが不足していた。吸入 NO、静注 PGI2、経口 nifedipine の 3 剤を同一の重症前毛細管性肺高血圧症患者において直接比較した研究は存在せず、重症例に安全に使用できる最適な試験薬の選択基準が未確立のままであり、これは臨床的に controversial な問題として残されていた。本研究は上記の未解明な問いに初めて体系的に答えることを目指した。

目的

重症前毛細管性肺高血圧症患者を対象として、吸入 NO (10、20、40 ppm)、静注 PGI2 (1-10 ng/kg/min)、および経口 nifedipine の 3 種類の血管拡張薬の急性血管反応性を直接比較し、以下の 3 点を検証することを目的とした。

第一に、吸入 NO に対する急性肺血管拡張反応が経口 nifedipine に対する反応性をどの程度の精度で予測できるか、静注 PGI2 の予測能と比較検証する。

第二に、3 剤の投与が SAP (systemic arterial pressure、平均体血圧)、心拍出量、心拍数、SVR (systemic vascular resistance、体血管抵抗) に及ぼす影響を定量的に比較し、全身性低血圧などの有害事象発生頻度を明らかにする。

第三に、3 剤が動脈血酸素分圧 PaO2 および Qva/Qt (intrapulmonary venous admixture、肺内シャント率) に及ぼす影響を評価し、HPV の抑制に伴うガス交換悪化の程度を比較する。

結果

3 薬剤間の血管反応性一致度と予測能:

10 例中 6 例 (60%) が吸入 NO、静注 PGI2、経口 nifedipine の 3 剤すべてに対して反応陽性を示した (Table 1)。反応群 (n=6) と非反応群 (n=3) に加え、3 例 (30%) は 3 剤のいずれにも反応しなかった。残りの 1 例 (患者 10、HIV 関連肺高血圧症) のみが PGI2 単独に反応 (PVR 38% 低下) し、吸入 NO と nifedipine には反応しなかった。この結果、吸入 NO に対する反応性と経口 nifedipine に対する反応性の一致率は 9/10 例 (90%) であり、吸入 NO が経口 nifedipine への反応性の高精度な予測薬となり得ることが示された。反応陽性群 6 例における各薬剤投与による PAP (pulmonary artery pressure、平均肺動脈圧) 低下幅は、DPAPspont (spontaneous daily variation in mean PAP、平均肺動脈圧の自発的日内変動幅) 12 ± 5% と比較して統計的に有意に大きかった (NO で 23 ± 10%、PGI2 で 17 ± 7%、nifedipine で 20 ± 9%、Wilcoxon signed-rank test p<0.05) (Table 1)。反応陽性例 (n=6) と反応陰性例 (n=4) において NO 投与後の PAP 低下率は 23 ± 10% vs 5 ± 3% と有意に異なり (95% CI 6-30%, p<0.05)、NO と nifedipine の PVR 応答性には強い正相関が認められた (Spearman r=0.83, n=10, p<0.01)。PGI2 の反応例数は 7 例 (70%) と NO および nifedipine より 1 例多かったが、これは患者 10 の単独反応によるものであった。

吸入 NO の選択的肺血管拡張作用と安全性:

全 10 例において、吸入 NO は mean PAP を 49 ± 12 mmHg からベースライン比 16% 低下の 41 ± 10 mmHg へと有意に低下させ (p<0.01)、PVR を 974 ± 563 dyn·s·cm-5 から 798 ± 460 dyn·s·cm-5 へと有意に減少させた (p<0.01)。これに対し、全身血行動態への影響は認められなかった。平均 SAP はベースラインと不変 (89 ± 19 mmHg vs 88 mmHg)、SVR も変化なく、心拍出量 (CO) も不変であった。心拍数は NO 投与により 80 ± 13 beats/min から 74 ± 10 beats/min へとわずかに低下した (p<0.05)。ガス交換指標においても、PaO2 および Qva/Qt はともに有意な変化を示さなかった (Figure 1A)。3 例で Qva/Qt のわずかな増加が認められたが、群全体として有意差はなかった。吸入 NO は全 10 例において忍容性が極めて良好で、有害事象は皆無であった。

静注 PGI2 による全身性低血圧とガス交換悪化:

静注 PGI2 (平均投与量 9 ± 2 ng/kg/min) は肺血管拡張作用を示す一方で、重篤な全身性副作用を誘発した。全 10 例で PVR が 948 ± 435 dyn·s·cm-5 から 650 ± 366 dyn·s·cm-5 へと有意に低下したが (p<0.003)、強力な体血管拡張により mean SAP がベースラインの 89 ± 19 mmHg から 72 ± 14 mmHg へと著明に低下した (p<0.001)。SVR は 1887 ± 737 dyn·s·cm-5 から 1052 ± 390 dyn·s·cm-5 へ激減し (p<0.001)、心拍数は 73 ± 9 beats/min から 84 ± 9 beats/min へと反射性に増加し (p<0.001)、心係数は 2.2 ± 0.9 l/min/m2 から 3.2 ± 1.4 l/min/m2 へと代償的に増加した (p<0.002)。ガス交換においても深刻な悪化が認められ、PaO2 が 10.8 ± 1.0 kPa から 8.7 ± 1.4 kPa へと有意に低下し (p<0.01)、Qva/Qt が 14 ± 4% から 28 ± 9% へと約 2 倍に増加した (n=10, p<0.05)。全例で Qva/Qt の増加が確認され、これは HPV の抑制と CO 増加の相乗効果によるものと考えられる (Figure 1B)。また 3 例で胸部圧迫感、頭痛、顔面潮紅などの主観的副作用が報告された。

経口 nifedipine による血行動態虚脱と低酸素血症:

経口 nifedipine (平均投与量 34 ± 30 mg) の急性投与では PGI2 と類似の副作用プロファイルが観察された。全 10 例において mean PAP が 48 ± 14 mmHg から 42 ± 15 mmHg へと有意に低下し (p<0.04)、PVR が 1008 ± 570 dyn·s·cm-5 から 757 ± 376 dyn·s·cm-5 へと有意に減少した (p<0.01)。しかし同時に mean SAP が 86 ± 17 mmHg から 72 ± 15 mmHg へと有意に低下し (p<0.003)、SVR が 1860 ± 750 dyn·s·cm-5 から 1331 ± 604 dyn·s·cm-5 へと著明に減少した (p<0.002)。ガス交換では PaO2 が 10.2 ± 1.5 kPa から 8.6 ± 1.4 kPa へと有意に悪化し (p<0.01)、Qva/Qt が全 10 例で増加した (13 ± 5% から 22 ± 9%、p<0.02) (Figure 1C)。非反応例 1 例では収縮期血圧が 75 mmHg 未満に低下し昇圧薬が必要となり、他 2 例でも低血圧、悪心、めまいが発現し試験が中断された (Table 1)。

3 薬剤の血行動態・ガス交換プロファイルの比較:

3 剤の副作用プロファイルを直接比較すると、吸入 NO のみが全身血行動態とガス交換を完全に保持した。PGI2 と nifedipine はともに mean SAP を約 17 mmHg 低下させ (PGI2: p<0.001、nifedipine: p<0.003)、PaO2 を約 1.5-2 kPa 低下させ (p<0.01)、Qva/Qt を 2 倍前後に増加させた点で類似したリスクプロファイルを示した (Table 1、Figure 1)。一方で吸入 NO は、他の 2 剤と同等以上の肺血管拡張作用を示しながら、これらの全身性副作用を一切生じなかった点が際立った相違点である。nifedipine の肺血管拡張効果は PGI2 と同程度であり、反応例では mean PAP を平均 11 ± 14%、PVR を平均 22 ± 22% 低下させた。

考察/結論

本研究は、重症前毛細管性肺高血圧症患者における急性血管反応性試験において、吸入 NO が静注 PGI2 や経口 nifedipine と比較して安全性と予測精度の両面で優れた試験薬であることを示した。吸入 NO に対する反応性と経口 nifedipine に対する反応性の一致率は 9/10 例 (90%) に達し、PGI2 と同等以上の予測能を持ちながら、PGI2 や nifedipine とは異なる安全性プロファイルを有することが実証された。

先行研究との違い: 本研究は Sitbon et al. (1995) や Cockrill et al. (1995) による先行研究の知見を確認しつつも、3 剤を同一患者において直接比較した点においてこれまでの研究と異なる。全体の反応率 60% は Sitbon et al. (37%) および Cockrill et al. (50%) の報告より高く、この差は対象患者が PPH 単独ではなく肝硬変、結合織病、CTEPH (chronic thromboembolic pulmonary hypertension、慢性血栓塞栓性肺高血圧症)、HIV 感染など多様な前毛細管性肺高血圧症を含む非均一集団であったこと、および反応陽性の定義として Weir et al. (1989) に準じた「mean PAP または PVR の 20% 以上低下」を採用したことによると考えられる。より厳格な基準 (PVR 50% 低下 + mean PAP 33% 低下) を用いた既報との直接比較は困難である。また自発的 24 時間変動 (PAP 11 ± 3%、PVR 13 ± 5%) を事前に定量化し、反応陽性の基準をそれより大きい変化と設定した方法論も既報との相違点である。

新規性: 本研究は、吸入 NO が HPV を阻害せず肺内シャント率を増大させないという生理学的特性を重症前毛細管性肺高血圧症患者において初めて直接的に証明した。静注 PGI2 が Qva/Qt を 14 ± 4% から 28 ± 9% へと 2 倍近く増加させたのに対し、吸入 NO では群全体で有意な変化が認められなかったことは新規の知見である。PGI2 による Qva/Qt 増大の機序として、HPV の抑制による低換気肺域への血流増加と、CO 増加自体による肺内シャント血流の増加の 2 つの機序が考えられる (Lynch & Dantzker, 1979)。吸入 NO はその化学的特性 (ヘモグロビンへの急速な結合と不活化) により全身循環に移行しないため、これらの機序が働かないことが本研究で示されたことは新規の生理学的エビデンスである。

臨床応用: 本研究の知見は肺高血圧症の急性血管反応性試験における薬剤選択の臨床的意義を明確にした。PGI2 や nifedipine を使用した場合に見られる全身性低血圧・低酸素血症のリスクは、右心不全を合併した重症例において生命に関わる事象に発展する可能性があり、吸入 NO がより安全な代替試験薬として臨床現場で正当化されることを本研究は示した。後年のガイドラインにおいて吸入 NO が急性血管反応性試験の推奨薬として採用されたことは、本研究が臨床応用に与えた貢献の大きさを示している。

残された課題: 最大の limitation は単一施設・n=10 の小規模試験であり、原因疾患別のサブグループ解析が統計学的に不可能な点である。また反応陽性基準として採用した「mean PAP または PVR の 20% 以上低下」は、現在の国際ガイドラインが採用する基準とは異なり、今後の検討においてより現代的な基準での再評価が必要である。さらに、本研究は各薬剤の投与順序 (NO → PGI2 → nifedipine) を統一しており、投与順の交絡が排除されていない。今後の課題 (future research) として、大規模多施設コホートにおける吸入 NO 反応性陽性患者の CCB 長期治療に対する生存率改善効果の検証や、現代の PAH 標的治療薬普及後における CCB 療法の位置付け再定義、吸入イロプロストなど新規吸入プロスタサイクリン製剤と吸入 NO の比較検証が求められる。

方法

患者選択: ジュネーブ大学病院の集中治療部および呼吸器内科で右心カテーテル検査により重症前毛細管性肺高血圧症と診断された連続 10 例 (n=10) を登録した。前毛細管性肺高血圧症の定義は、安静時の PAP >25 mmHg かつ PCWP (pulmonary capillary wedge pressure、肺毛細管楔入圧) <15 mmHg であり左心不全を合併しないこととした。原因疾患の内訳は原発性肺高血圧症 4 例、肝硬変関連門脈肺高血圧症 2 例、結合織病関連肺高血圧症 2 例、CTEPH 1 例、HIV 感染関連肺高血圧症 1 例であった。ベースラインの平均 PAP は 49 ± 13 mmHg、PVR は 974 ± 573 dyn·s·cm-5、心係数は 1.9 ± 0.5 l/min/m2 (8 例で低心拍出)、PaO2 は 8.9 ± 1.2 kPa であった。倫理委員会承認済み、書面インフォームドコンセント取得。

測定方法: フロー指向性肺動脈カテーテル (Swan-Ganz) および橈骨動脈カテーテルを挿入した。CO は熱希釈法で測定した。動脈血・混合静脈血を同時採取して血液ガス分析を行い、Qva/Qt を標準 Berggren 式で算出した。

プロトコル: 薬剤投与前の 24 時間、1 時間ごとに血行動態パラメータを測定して自発的変動幅 (coefficient of variation) を算出した。先行研究で PAP の 24 時間自発変動が 11%、PVR が 14% であることが確認されており (Chevrolet & Schmid, 1992)、今回の測定でも 24 時間変動は mean PAP 11 ± 3%、PVR 13 ± 5% であった。その後、各薬剤間に少なくとも 1 時間のウォッシュアウト期間を設けて以下の順で投与した。

(1) 吸入 NO: 10、20、40 ppm を各 15 分間投与、電気化学式モニタ (Polytron, Dräger AG) でリアルタイム濃度監視。

(2) 静注 PGI2 (Flolan): 1 ng/kg/min から開始し 10 分ごとに 1 ng/kg/min 増量、最大 10 ng/kg/min まで漸増。

(3) 経口 nifedipine: 翌日に 10 mg 負荷後 20 mg/h で追加投与。ベースライン SAP ≤75 mmHg の患者では 5 mg/10 mg に減量。

反応基準と統計: 反応陽性の定義は mean PAP または PVR の 20% 以上低下とした。投与中止基準は主観的不耐失、SAP ≤60 mmHg、SaO2 <90% のいずれか。統計解析はベースライン対各薬剤投与後の比較に対応のある Student’s paired t-test を使用し、自発的変動と薬剤投与による PAP 低下の比較には Wilcoxon signed-rank test を用いた。p<0.05 を有意とした。なお、本臨床評価は単一アームの前後比較試験デザイン (prospective interventional study) であり、主要評価項目 (primary endpoint) は各薬剤投与時の平均 PAP および PVR の変化率とした。