- 著者: V Noronha, V Patil, A Joshi, N Menon, N Chougule, A Mahajan, A Janu, S Purandare, S Kumar, S More, A Ramaswamy, U Banavali, S Bhosale, K Prabhash
- Corresponding author: K Prabhash (Department of Medical Oncology, Tata Memorial Hospital, Mumbai, India)
- 雑誌: Acta Oncologica
- 発行年: 2020
- Epub日: 2020-09-12
- Article種別: Original Article
- PMID: 32924733
背景
小細胞肺がん (SCLC) は全肺がんの約15%を占める高悪性度腫瘍であり、急速な増殖と早期からの全身転移傾向を特徴とする。プラチナ製剤とエトポシドを基軸とする化学療法は、良好な performance status (PS) (ECOG PS 0-2) を有する患者において、60-80%の奏効率と8-13ヶ月の中央値全生存期間 (OS) を達成することが確立されている (Sundstrom et al. 2002; Faivre-Finn et al. 2017; Lara Jr et al. 2009)。しかし、SCLC患者の相当数、特に診断時には20-30%の患者がPS 3または4の不良PS状態にある。この不良PSは、腫瘍による全身消耗、急性神経麻痺、重度の衰弱、呼吸困難、疼痛、食欲不振、体重減少など、疾患自体に起因する症状が原因であることが多い。
不良PSは化学療法に伴う毒性リスクを増大させるため、多くの臨床試験ではPS 2以下が参加条件とされており、PS 3/4患者における化学療法の有効性と安全性に関する前向きデータは極めて乏しい。このため、不良PS患者に対する最適な治療戦略は未確立であり、NCCNガイドラインでは、不良PSが併存疾患ではなく疾患自体に起因する場合に化学療法を推奨しているものの、そのエビデンスレベルは低いとされている (NCCN Guidelines 2018)。先行研究では、Baldotto et al. (2012) がPS 3/4のSCLC患者40例を対象とした後ろ向き解析で、化学療法を受けた患者のOS中央値がECOG PS 3で64日、ECOG PS 4で7日と不良な結果を報告し、早期治療関連死亡を最小限に抑えるためのさらなる研究の必要性を提唱している。また、Giordano et al. (2005) は、重度の臓器機能障害を有するSCLC患者において、化学療法群のOS中央値が150日であったのに対し、BSC群では10日と報告している。
SCLCの高い化学療法感受性は、不良PSに起因する機能低下を治療によって回復できる可能性を示唆する。しかし、不良PS患者に対する化学療法の実施は、毒性増加のリスクと生存利益のバランスが未解明であり、特に低中所得国では支持療法体制が不十分な環境下での毒性管理の実態が欧米コホートとは大きく異なる可能性がある。この知識のギャップを埋めるため、インドのTata Memorial Hospitalでは長年にわたり不良PSのSCLC患者にも臨床的判断に基づき化学療法を実施しており、その治療経験を体系的にまとめることで実臨床データを提供できると考えられた。本研究は、このアンメットニーズに対応し、不良PSのSCLC患者における化学療法の役割を明らかにすることを目的とした。本研究は、PS 3または4のSCLC患者に対する化学療法の有効性と安全性の評価、特に減量化学療法の役割と標準化学療法への移行可能性に焦点を当てることで、この領域における知識の不足を補い、臨床的な意思決定を支援する重要な情報を提供することを目指す。
目的
本研究の目的は、performance status (PS) 3またはPS 4を有する小細胞肺がん (SCLC) 患者を対象として、化学療法施行群と最善の支持療法 (best supportive care; BSC) 群の全生存期間 (OS) を比較し、化学療法の有効性および毒性プロファイルを評価することである。さらに、化学療法の投与形態(標準用量投与 vs. 減量投与)の違いが臨床的アウトカムに与える影響を明らかにすることも目的とした。具体的には、以下の点を評価した。
- 疾患に起因する症状の改善が認められた患者の割合と、その改善までの期間を特定する。
- PS不良SCLC患者に提供される初期治療の種類(BSC、減量化学療法、標準化学療法)を分類し、減量化学療法後にPSが改善し標準化学療法へ移行できた患者の割合を評価する。
- PS不良SCLC患者における化学療法の毒性プロファイル(NCI-CTCAE version 3に基づくGrade 3以上の有害事象)を評価する。
- 初回化学療法に対する客観的奏効率 (ORR; RECIST version 1.1に基づくCR+PR) を決定する。
- PS不良SCLC患者のOSを評価し、化学療法の有無によるOSの差を比較する。
- 年齢、ベースラインPS (3 vs. 4)、脳転移の有無、乳酸脱水素酵素 (LDH) レベル、併存疾患、臓器機能障害、化学療法の有無など、OSに影響を与える因子を特定する。
本研究は、PS不良SCLC患者に対する化学療法の臨床的意義を明確にし、実臨床における治療選択の意思決定に有用なエビデンスを提供することを目指した。
結果
患者背景と治療群の内訳: 2010年6月から2019年8月までに登録された234例のSCLC患者のうち、PS 3が185例 (79%)、PS 4が49例 (21%) であった。患者の年齢中央値は60歳 (範囲22-89歳) であり、男性が82.9%を占めた。喫煙歴のある患者は45.3%であった。病期は進展型SCLC (ES-SCLC) が210例 (89.7%) と大多数を占め、限局型SCLC (LS-SCLC) は24例 (10.3%) であった。脳転移はベースラインで脳画像診断を受けた65例中10例 (4%) に認められた。初期治療として、49例 (20.9%) がBSC、154例 (65.8%) が減量化学療法、31例 (13.2%) が標準化学療法を受けた。減量化学療法を受けた154例のうち、74例 (48.1%) はPS改善後に標準用量化学療法へ移行した。BSC群の患者は、化学療法群と比較して高齢 (平均63歳 vs. 60歳/54歳)、低体重 (平均49.48 kg vs. 52.45 kg/57.15 kg)、腎機能不良 (GFR平均50.98 cc/min vs. 63.51 cc/min/73.18 cc/min) の傾向が認められた (Table 3)。
全生存期間の比較: 化学療法を受けた患者全体 (185例) のOS中央値は6ヶ月 (95% CI 4.8-7.2ヶ月) であったのに対し、BSC群 (49例) のOS中央値は1ヶ月 (95% CI 0.4-1.6ヶ月) と、化学療法群で有意な生存期間の延長が認められた (ハザード比 [HR] 0.39, 95% CI 0.27-0.56, p < 0.001) (Figure 2)。6ヶ月OS率は化学療法群で53%、BSC群で8%であり、1年OS率は化学療法群で20%、BSC群で0%であった。多変量解析においても、ベースラインの限局期疾患、正常なLDHレベル、および化学療法の実施がOS改善と有意に相関する独立した予後因子として確認された (Supplementary Table S3)。また、4サイクル以上の化学療法を完遂した患者のOS中央値は10ヶ月 (95% CI 6.2-13.8ヶ月) であり、4サイクル未満の患者の2ヶ月 (95% CI 1.2-2.8ヶ月) と比較して有意に良好であった (p < 0.001)。
化学療法の奏効率と症状改善: 化学療法群全体の客観的奏効率 (ORR) は77.4% (完全奏効 [CR] 5.4%、部分奏効 [PR] 72%) と高く、PS不良のSCLC患者においてもプラチナベース化学療法への高い感受性が維持されていることが示された。減量化学療法を受けた患者125例中111例 (88.8%) で症状改善が認められ、症状改善までの中央値は3日 (IQR 1-7日) と速やかであった。この速やかな症状改善は、PS不良の根本原因が腫瘍自体にある場合に化学療法が有効であることを裏付けている。症状改善により、減量化学療法を開始した患者の48.1% (74/154例) がその後に標準用量化学療法へ移行することができた。
投与強度別の安全性と効果: Grade 3以上の毒性(主に血液毒性)は、初期減量化学療法群で59.5% (78/131例) に発生したのに対し、初期標準化学療法群では89.3% (25/28例) に発生した (Supplementary Table S1, S2)。減量化学療法から標準化学療法へ移行した患者におけるGrade 3以上の毒性発生率は69.4% (43/62例) であった。最も一般的なGrade 3以上の毒性は、低ナトリウム血症 (39%)、好中球減少症 (16%)、貧血 (11%)、感染症 (10%) であった。治療関連死亡は全体で6例 (2.6%) に認められ、減量化学療法群での4例の治療関連死亡のうち3例は感染症によるものであった。初期減量化学療法群のOS中央値は6ヶ月 (95% CI 4.5-7.6ヶ月) であり、初期標準化学療法群のOS中央値8ヶ月 (95% CI 5.6-10.4ヶ月) と比較して統計学的な有意差は認められなかった (p = 0.09) (Supplementary Figure S1)。この結果は、減量投与でも標準投与に近い生存期間が得られる可能性を示唆している。
PSサブグループ別解析: PS 3患者では、化学療法群のOS中央値が7ヶ月、BSC群が1ヶ月 (HR 0.36, p < 0.001) であった。PS 4患者でも、化学療法群のOS中央値は3ヶ月、BSC群は0.8ヶ月 (p = 0.02) と、最も高リスクなPS 4群においても化学療法の生存利益が確認された (Supplementary Figure S2)。多変量解析においてPS 4はPS 3と比較して独立した予後不良因子であったが、化学療法の利益は両PSサブグループで一貫して認められた。
考察/結論
本後ろ向き研究は、PS 3またはPS 4のSCLC患者において、化学療法が最善の支持療法 (BSC) と比較して統計学的に有意かつ臨床的に意義のある生存利益をもたらすことを実証した。化学療法群のOS中央値が6ヶ月 (95% CI 4.8-7.2ヶ月) であったのに対し、BSC群では1ヶ月 (95% CI 0.4-1.6ヶ月) であり、ハザード比 (HR) は0.39 (95% CI 0.27-0.56, p < 0.001) であった。この結果は、不良PSのみを理由として化学療法を一律に拒否することが臨床的に適切でない可能性を強く示唆する。
先行研究との違い: 既存のランダム化比較試験のほとんどはPS 0-2の患者を対象としており、PS 3/4患者における化学療法の役割を直接評価した研究は限られている。本研究は、Azam et al. (2011) の報告 (PS 3/4 SCLC患者246例、化学療法群OS中央値6ヶ月 vs. BSC群2ヶ月) と同様の生存利益を示し、その結果を裏付けるものである。しかし、本研究は234例という当該領域では最大規模のコホートを有し、BSC群との直接比較を含む点で、より高いエビデンスレベルを提供する。特に、初期減量化学療法後にPS改善が得られた患者が標準用量化学療法へ移行するという段階的アプローチの有効性と安全性を評価した点は、これまでの報告と異なり、本研究の新規性である。
新規性: 本研究で初めて、PS 3/4のSCLC患者において、初期減量化学療法が速やかな症状改善 (中央値3日) と高い奏効率 (77%) をもたらし、その後のPS改善により標準用量化学療法への移行が可能となることを実証した。この段階的アプローチは、初期の毒性負荷を軽減しつつ、長期的な生存利益を維持する可能性を示唆しており、PS不良患者に対する治療戦略として新規の知見を提供する。4サイクル以上の化学療法を完遂した患者のOS中央値が10ヶ月であったことは、治療継続の重要性を示している。
臨床応用: 本研究の知見は、PS 3/4のSCLC患者に対しては、BSCではなく、減量投与化学療法を第一選択として積極的に考慮すべきであることを支持する。特に、疾患に起因する不良PSの場合、化学療法による腫瘍縮小が速やかな症状改善とPS向上につながり、その後の標準治療への移行を可能にするという臨床的有用性が示された。このアプローチは、毒性を低減しつつ忍容性を向上させ、より多くの患者が有効な治療を継続できる可能性を秘めており、臨床現場での意思決定に重要な情報を提供する。
残された課題と限界: 本研究は単施設後ろ向きデザインであり、BSC群への割り付けに選択バイアスが存在する可能性がある(BSC群は化学療法群より年齢が高い、合併症が多いなど)。また、インドの単施設データであるため、医療制度や支持療法体制が異なる他地域への一般化には注意が必要である。症状評価が「はい」または「いいえ」の回答に限定され、正式なQOL評価尺度を使用しなかった点も限界である。免疫チェックポイント阻害薬(アテゾリズマブ、デュルバルマブ)がSCLCの一線治療に加わった現代の治療環境における不良PS患者への適応拡大については、本研究のデータのみでは判断できず、今後の前向き研究による検証が残された課題である。PS 4患者での化学療法の意義についてはサンプルサイズが限られており、より大規模なデータの蓄積が必要である。
方法
本研究は、インドのTata Memorial Hospital (ムンバイ) において、2010年6月から2019年8月までの期間に診断・加療されたPS 3またはPS 4の小細胞肺がん (SCLC) 患者234例を対象とした単施設後ろ向き観察研究である。対象患者は、組織学的または細胞学的にSCLCと診断され、ECOG PSが3または4であり、かつ先行する化学療法歴がない症例とした。研究データは、前向きに維持されたデータベースから、患者の人口統計学的情報、疾患関連詳細、検査結果、計画された治療、実施された治療、症状、毒性、再発、および生存情報が収集された。本研究は施設倫理委員会 (IEC: Institutional Ethics Committee) の承認を得ており、後ろ向き解析であるためインフォームドコンセントの取得は免除された。研究はClinical Trials Registry of India (CTRI/2017/12/010918) に登録され、ヘルシンキ宣言およびICH-GCPガイドラインに準拠して実施された。
治療内容の分類: 患者に提供された初期治療は、以下の3つのカテゴリーに分類された。
- 最善の支持療法 (BSC): 積極的な抗腫瘍治療を施行せず、症状緩和ケアのみとした。
- 減量化学療法 (attenuated chemotherapy): 主にカルボプラチン (AUC 3またはAUC 4) とエトポシドの減量投与レジメンが使用された。単剤化学療法(カルボプラチンAUC 2を1-3回、または経口エトポシドなど)もこのカテゴリーに含まれた。
- 標準化学療法 (standard full-dose chemotherapy): 病院の一般的な診療慣行およびNCCNガイドラインに準拠したプラチナ製剤とエトポシドのフルドーズ併用療法。
治療選択は担当医師の裁量に委ねられ、患者の全身状態、併存疾患、および患者の意向を考慮して決定された。減量化学療法後にPSが改善した患者では、標準化学療法への移行も行われた。
評価項目:
- 主要エンドポイント: 全生存期間 (OS) は、診断日からあらゆる原因による死亡日までと定義された。追跡不能となった患者は、最後に生存が確認された日付で打ち切られた。
- 副次エンドポイント:
- 症状改善率: 患者の症状改善の有無(二値変数)および改善までの期間を評価した。
- 客観的奏効率 (ORR): RECIST version 1.1に基づき、完全奏効 (CR) と部分奏効 (PR) の合計として算出された。
- 毒性: NCI-CTCAE version 3に基づき、Grade 3以上の有害事象の発現率を評価した。
- OSに影響を与える因子: 年齢 (連続変数として解析)、ベースラインPS (3 vs. 4)、脳転移の有無、乳酸脱水素酵素 (LDH) レベル (正常 vs. 異常)、併存疾患 (2つ以上 vs. 1つ以下)、臓器機能障害 (肝機能または腎機能異常 vs. 正常)、化学療法の有無 (あり vs. なし) などを評価した。
統計解析: データはSPSS version 25およびRStudio version 1.2.5019を用いて解析された。患者背景およびベースライン特性には記述統計が用いられた。BSC群、初期減量化学療法群、標準化学療法群間の比較には、カイ二乗検定およびANOVA検定が使用された。毒性データは絶対数と単純な割合で示された。生存解析はKaplan-Meier法を用いて行われ、群間比較にはlog-rank検定が使用された。OSに影響を与える因子を評価するため、Cox比例ハザードモデルを用いた多変量解析が実施された。サンプルサイズは、先行研究のデータに基づき、OS中央値5ヶ月、信頼区間±6%を想定して約250例が必要と概算された。