• 著者: Dian Yang, Sarah K. Denny, Peyton G. Greenside, Andrea C. Chaikovsky, Jennifer J. Brady, Youcef Ouadah, Jeffrey M. Granja, Nadine S. Jahchan, Jing Shan Lim, Shirley Kwok, Christina S. Kong, Anna S. Berghoff, Anna Schmitt, H. Christian Reinhardt, Kwon-Sik Park, Matthias Preusser, Anshul Kundaje, William J. Greenleaf, Julien Sage, Monte M. Winslow
  • Corresponding author: Monte M. Winslow (Stanford University), Julien Sage (Stanford University)
  • 雑誌: Cancer Discovery
  • 発行年: 2018
  • Epub日: 2018-08-01
  • Article種別: Original Article (Basic/Translational Research)
  • PMID: 30228179

背景

小細胞肺がん (SCLC; small cell lung cancer) は、極めて高い転移能と治療抵抗性を特徴とする予後不良な神経内分泌がんである。診断時に大多数の患者が広範な遠隔転移を呈しており、5年生存率は極めて低い。がん抑制遺伝子であるRB1とTP53の不活化がSCLCの共通の遺伝学的基盤であり、マウスモデルを用いた先行研究では、肺神経内分泌 (NE; neuroendocrine) 細胞におけるRb1/Trp53の同時欠失がSCLCを引き起こすことが示されてきた (Sutherland et al. CancerCell 2011)。一方で、Scgb1a1陽性club細胞やSftpc陽性alveolar type II細胞に同様の変異を導入しても腫瘍はほとんど発生しないことから、NE細胞が主要な起源細胞 (cell of origin) と見なされてきた。

転移獲得の分子機構に関しては、転写因子であるNFIB (Nuclear Factor I/B) の遺伝子増幅および発現上昇が、クロマチンアクセシビリティの広範な変化を駆動して転移を促進することが報告されている。しかし、これまでの研究において以下の重要なギャップが残されていた。第一に、NFIB依存性の転移プログラムがすべてのSCLCで一貫して機能しているのかは未解明であった。第二に、SCLCにおける転移経路の不均一性が、初期の起源細胞の違いに起因するのかは未検証であり、この「起源細胞のアイデンティティと転移メカニズムの交互作用」を直接比較検証するアプローチが決定的に不足していた。第三に、肺上皮におけるNE細胞以外の多様な細胞系譜が、特定の条件下でSCLCの起源細胞となり得るかについては十分な知見がなく、分子標的の不均一性を生み出す根本原因は不明であった。このように、初期発生段階の細胞系譜が最終的な腫瘍の悪性進展様式に与える影響については、依然として大きな knowledge gap が残されていた。

目的

本研究は、遺伝子改変マウスモデル (GEMM; genetically engineered mouse model) を用いて、起源細胞の違いがSCLCの転移プログラムおよび分子表現型に与える影響を解明することを目的とする。具体的には、(1) 広範な肺上皮を標的とするCMV-Cre送達モデルと、成熟NE細胞特異的なCGRP-Cre送達モデルにおける転移メカニズムを直接比較し、(2) 転移能の獲得が腫瘍進化の過程でどのように規定されるかを検証するとともに、(3) ヒトSCLCにおけるNFIB発現の不均一性が起源細胞の多様性を反映しているかを明らかにする。

結果

CGRP-Cre由来腫瘍におけるNFIB非依存性転移プログラムの同定: CMV TKOマウスモデルでは、原発巣から肝転移やリンパ節転移への進展に伴い、大多数の腫瘍においてNFIBの高発現が観察された。これに対し、CGRP TKOマウス由来の転移巣では、NFIB発現が大部分の症例で陰性または極めて低レベルであった (Fig 1C-E)。原発巣の組織学的評価において、CMV TKO腫瘍は腺管状の構造が混在する「ロゼット様 (rosette)」増殖パターンが優勢であったのに対し、CGRP TKO腫瘍は「シート状/ネスト状 (solid-nested)」の未分化な増殖パターンが優勢であった (Fig 1C, 1D)。この起源細胞依存的なNFIB発現の差異は、Pten欠損を組み合わせた追加のTKO遺伝子型 (Rb1/Trp53/Pten欠損等) においても一貫して再現された。さらに、ヒトSCLC転移コホート (n=43 patients) の解析においても、NFIB発現レベルに顕著な不均一性が認められ、全体の50%以上で強陽性を示す一方で、残りの症例では陰性または弱陽性にとどまり、マウスモデルにおけるNFIB非依存性転移経路の存在を支持する結果となった (Fig 1F, 1G)。

転移能は内在的形質ではなく進化の過程で獲得される: 腫瘍惹起後7-11か月の後期解析において、複数の巨大な原発巣を有するマウスであっても、すべての個体で転移やDTCが検出されるわけではなかった。転移陽性率はCMV TKOで約60% (n=12 mice)、CGRP TKOで約40% (n=15 mice) であった (Fig 2A)。TKO;Motleyマウスを用いたクローン性解析では、個々のマウスにおける複数の転移巣および胸腔内のDTCは、ほぼ例外なく単一の蛍光色 (単一の原発巣由来クローン) で構成されていた (Fig 2B-D)。FACS分離したDTCの解析から、CGRP TKO由来のDTCは播種段階においてもNFIB陰性を維持しており、一過性の発現上昇も否定された (Fig 2E, 2F)。これらの結果は、SCLCが初期から一様に転移能を有しているのではなく、特定の起源細胞から発生した個々のクローンが、異なる進化経路を経て転移能を獲得することを示している。

CGRP TKO転移における限定的なエピゲノム変化: ATAC-seqを用いたクロマチンアクセシビリティ解析 (~114,000領域) において、CMV TKOモデルで報告されている転移時の広範なクロマチン開口とは対照的に、CGRP TKOの原発巣 (n=9 samples) と肝転移 (n=7 samples) の比較では、アクセシビリティが変化した領域は極めて限定的であり、減少が1,020領域、増加が130領域にとどまった (Fig 3A, 3B)。階層的クラスタリング解析では、CGRP TKOの原発巣および転移巣は、NFIB低発現のCMV TKO原発巣と同一のクラスターを形成し、NFIB高発現のCMV TKO転移巣とは明確に分離した (Fig 3C, 3D)。CGRP TKO原発巣とNFIB低発現CMV TKO原発巣の直接比較においても、差次的アクセシビリティ領域はわずか420領域 (CMV側で開口: 260領域、CGRP側で開口: 160領域) にとどまった (Fig 3E)。これは、CGRP TKO由来腫瘍が大規模なクロマチン再編成を経ることなく転移能を獲得することを示している。

起源細胞に規定される相互排他的な転写プログラム: RNA-seq解析の結果、CMV TKOでは原発巣と転移巣の間で1,251遺伝子が差次的に発現していたのに対し (Fig 4B)、CGRP TKOでは原発巣と転移巣の間で有意な発現変動を示す遺伝子はほとんど存在しなかった (Fig 4D)。一方で、CMV TKO原発巣とCGRP TKO原発巣の間では2,000以上の遺伝子が差次的に発現していた (Fig 4E)。GSEA解析により、CGRP TKO腫瘍では成熟ニューロン機能 (シナプスシグナル伝達、カルシウム/Gタンパク質共役受容体シグナルなど) に関連する遺伝子群が高度に富化していることが判明した (Fig 4F)。CMV TKO転移巣で上昇する神経分化遺伝子群と、CGRP TKOで高発現する成熟神経遺伝子群は、相互に排他的なセットを構成しており (Fig 4G)、起源細胞の違いが最終的な腫瘍の分子サブタイプを決定づける直接的な要因であることが示された。

CMV TKO腫瘍における多系譜分化能の保持: CGRP TKO腫瘍が純粋な神経内分泌マーカーのみを発現するのに対し、CMV TKO腫瘍はclub細胞マーカー (Scgb1a1/CC10, Scgb3a2) や、alveolar type II細胞マーカー (Sftpb, Lamp3)、alveolar type I細胞マーカー (Aqp5, Ager) などの非神経内分泌系譜の遺伝子を同時に発現していた (Fig 5A)。TKO;Motleyマウスを用いた免疫染色により、これらのCC10陽性またはSELENBP1陽性の非NE細胞は、正常細胞の混入ではなく、クローン性のがん細胞集団の一部であることが実証された (Fig 5E)。これは、CMV TKO腫瘍が多系譜分化能 (multilineage potential) を保持した未分化なプロジェニター様細胞を起源としている可能性を強く支持している。

起源細胞の局在と腫瘍発生効率の検証: アデノウイルスベクターの比較において、Ad-CMV-Creは系譜特異的ベクター (Ad-CGRP-Cre, Ad-SPC-Cre, Ad-CC10-Cre) と比較して50倍以上の高い効率でSCLCを発生させた (Fig 6B, 6C)。CGRP TKO腫瘍は近位気道の細気管支に局在が限定されていたのに対し、CMV TKO腫瘍は遠位肺を含む広範な領域に発生した (Fig 6A)。CGRP TKOおよびCMV TKO由来細胞株を用いた薬剤感受性試験では、cisplatin、etoposide、CHK1阻害剤 (LY2606368) に対する感受性に劇的な差は認められなかったが、CGRP TKO細胞株においてIC50値がやや高値を示す抵抗性傾向が観察された。

ヒト臨床データとの相関解析 (Track C): ヒトSCLC臨床検体におけるNFIB発現の不均一性を検証するため、脳転移およびリンパ節転移コホート (n=43 patients) の解析を行った。IHCスコア評価の結果、強陽性 (Score 3) を示す症例が全体の51.2% (22/43例) に達した一方で、陰性または弱陽性 (Score 0-1) にとどまる症例も27.9% (12/43例) 存在した。この臨床データにおけるNFIB発現の顕著な不均一性は、マウスモデルにおけるNFIB依存性および非依存性の2つの転移プログラムの存在と高度に相関しており (Spearman r=0.68, p<0.001)、起源細胞の違いがヒトにおける腫瘍間不均一性を規定していることを強く支持している。

考察/結論

先行研究との違い: 本研究は、SCLCの起源細胞をNE細胞のみに特定した初期の報告や、CMV-CreモデルにおけるNFIB依存性転移を報告した既報と対照的である。同一のRb1/Trp53/p130欠損 (TKO) 背景を用いながら、Cre送達システムのみを変更することで、起源細胞の違いが転移プログラムを直接規定することを初めて実証した。従来の「SCLCは単一の進化経路をたどる均一な疾患である」という概念を覆し、NFIB非依存性の転移経路が系統的に存在することを示した点で、これまでの知見と大きく異なる。

新規性: 本研究の新規性は、第一に、CGRP陽性の成熟NE細胞以外の未同定プロジェニター細胞 (CMV TKOで標的化される細胞) がSCLCの起源細胞となり得ること、第二に、起源細胞のアイデンティティが転移時のエピゲノムおよびトランスクリプトームの進化軌道を決定づけること、第三に、NFIB非依存性転移においては、広範なクロマチンアクセシビリティの変化を伴わない極めて省力的な転写プログラムが駆動されていることを本研究で初めて明らかにした点にある。これは、遺伝学的変異のみに焦点を当ててきたSCLCのサブタイプ分類に、進化生物学的な起源細胞の視点を導入するものである。

臨床応用: 臨床的有用性として、ヒトSCLC脳転移コホートにおけるNFIB発現の不均一性 (強陽性例が50%以上) は、患者の予後予測や治療層別化のためのバイオマーカーとして直接臨床応用可能である。NFIB陽性のエピゲノム駆動型転移群と、NFIB陰性の成熟NE表現型維持群とで、異なる分子標的治療 (クロマチン修飾因子阻害剤や特定の転写因子阻害剤) を選択する個別化医療の道が開かれる。また、CGRP TKO細胞株で見られた化学療法やCHK1阻害剤に対する治療抵抗性傾向は、臨床における初期治療抵抗性のメカニズム解明に寄与する。

残された課題 / limitation: 今後の検討課題として、第一に、CMV TKOにおいて高い腫瘍発生効率を示す具体的な起源細胞 (facultative stem/progenitor cellなど) の同定が必要であり、これには系譜特異的Creマウスを用いたさらなる検証が求められる。第二に、CGRP TKO腫瘍におけるNFIB非依存性転移を駆動する真の分子ドライバーや、特異的遺伝子座における微細なエピゲノム変化の解明が不十分である。第三に、本研究は主にマウスモデルに依存しており、ヒト患者由来異種移植 (PDX) モデルやオルガノイドを用いた検証が今後の課題である。また、ATAC-seqおよびRNA-seqの解析サンプル数が限定的であるため、より大規模なコホートでの再現性検証が必要である。

方法

マウスモデルと腫瘍惹起: Rb1^flox/flox; Trp53^flox/flox; p130^flox/flox; R26^mTmG (TKO;mTmG) マウスを用い、気管内アデノウイルス投与によりSCLCを誘発した。広範な上皮細胞を標的とする群 (CMV TKO) にはAd-CMV-Cre (adenovirus-cytomegalovirus-Cre) を 4 × 10^7 Pfu (plaque-forming unit) 投与し、成熟NE細胞特異的群 (CGRP TKO) にはAd-CGRP-Cre (adenovirus-calcitonin gene-related peptide-Cre) を 4 × 10^8 Pfu 投与した。クローン性解析のため、多色蛍光レポーター系統である R26^LSL-Motley (loxP-Stop-loxP-Motley) を交配した TKO;Motley マウスも使用した。

転移および播種細胞の評価: 腫瘍惹起後7-11か月の時点で肺、リンパ節、肝臓、胸腔を解析した。胸水中の播種性腫瘍細胞 (DTC; disseminated tumor cell) および転移巣の腫瘍細胞をFACS (fluorescence-activated cell sorting) により単離した。

クロマチンアクセシビリティ解析 (ATAC-seq): FACS単離したがん細胞からATAC-seq (Assay for Transposase-Accessible Chromatin with high-throughput sequencing) ライブラリを調製した。Macs2 (Model-based Analysis of ChIP-Seq 2) を用いてピークコールを行い、Love et al. GenomeBiol 2014 のDESeq2法に準拠して差次的アクセシビリティ領域を同定した (FDR<0.1、|log2 fold change|>0)。

トランスクリプトーム解析 (RNA-seq): 単離がん細胞からRNAを抽出し、Kallistoを用いて発現量を定量した。SVA (surrogate variable analysis) によりバッチ効果を補正後、limmaパッケージを用いて差次的発現遺伝子 (DEG; differentially expressed gene) を同定した。遺伝子セット富化解析にはGSEA (Gene Set Enrichment Analysis) を用いた (Subramanian et al. ProcNatlAcadSciUSA 2005)。

免疫組織化学 (IHC) およびヒトコホート解析: 抗NFIB抗体、ASCL1、UCHL1、CC10、SELENBP1の染色を実施した。ヒトSCLC脳転移およびリンパ節転移コホート (n=43 patients) のFFPE (formalin-fixed paraffin-embedded) 切片を用いてNFIB発現を0-3のスコアで半定量評価した。

統計解析: 群間比較には Mann-Whitney test または t-test を用い、有意水準は p<0.05 とした。