• 著者: Kate D. Sutherland, Natalie Proost, Inge Brouns, Dirk Adriaensen, Ji-Ying Song, Anton Berns
  • Corresponding author: Anton Berns (The Netherlands Cancer Institute)
  • 雑誌: Cancer Cell
  • 発行年: 2011
  • Epub日: N/A
  • Article種別: Original Article
  • PMID: 21665149

背景

小細胞肺癌 (SCLC) は極めて悪性度が高く、非小細胞肺癌 (NSCLC) と並んで世界におけるがん関連死亡の主要な原因である (Jemal et al., 2008)。SCLC の起源細胞 (cell of origin) を特定することは、早期診断技術や効果的な治療戦略の開発において極めて重要な進展をもたらす。組織幹細胞は、その長い寿命から腫瘍形成を駆動する遺伝的変異を蓄積しやすいため、腫瘍の起源細胞として有力な候補と考えられてきた (Smalley and Ashworth, 2003)。しかし、特定の遺伝的変異の組み合わせによっては、分化した細胞やコミットされた前駆細胞も形質転換の直接的な標的となる可能性が指摘されている。

これまでの研究では、SCLC の発生に関与する細胞タイプに関する知見が限られており、特にどの細胞が腫瘍の起源となるのかは未解明であった。SCLC は気道の中部に局在し、神経内分泌 (NE) 細胞のマーカーを発現することが多いが、これが分化した NE 細胞から発生するのか、あるいは多能性幹細胞や前駆細胞から発生するのかは不明であった (Wistuba et al., 2001)。さらに、SCLC と NSCLC が共通の起源細胞から発生するのか、あるいは異なる細胞から起こるのかについても議論の余地があった。これに関して、肺癌の組織学的特性と観察される遺伝的変異との関連についての分析が行われてきた (Sekido et al., 2003)。例えば、Rb1 (retinoblastoma 1) 機能の喪失は NE 細胞分化を負に制御することが示されており、これが Rb1 喪失が SCLC と主に関連する理由である可能性がある。対照的に、K-ras の活性化変異はほとんど NSCLC でのみ見られ、Trp53 (transformation-related protein 53) の機能喪失は SCLC と NSCLC の両方で観察される (Meuwissen and Berns, 2005)。

しかし、腫瘍の表現型において起源細胞がどの程度決定的な要因となるのかは依然として不明であり、この分野における重大な knowledge gap (知識のギャップ) が残されている。特に、生体内 (in vivo) において特定の成人肺上皮細胞を個別に標的化し、遺伝子改変を行うアプローチが不足していたため、どの細胞が真の起源細胞として機能し得るのかを直接比較した研究は存在しなかった。本研究は、成人マウス肺における特定の細胞集団を標的とすることで、SCLC の細胞起源に関するこの不足している知識を補完することを目的としている。

目的

本研究の目的は、成人マウス肺における SCLC の細胞起源を特定し、代表的な腫瘍抑制遺伝子である Trp53 および Rb1 の不活化が、異なる肺上皮細胞タイプにおいてどのように腫瘍発生を誘導するかを明らかにすることである。具体的には、細胞タイプ特異的なプロモーターを組み込んだアデノウイルスベクターである Ad5-Cre (adenovirus type 5 expressing Cre recombinase) を用いて、Clara細胞、肺胞2型 (AT2) 細胞、および神経内分泌 (NE) 細胞をそれぞれ個別に標的化する。これらの細胞において Trp53 と Rb1 を条件付きで欠失させ、腫瘍の発生率、組織病理学的特徴、潜伏期間、および転移能を直接比較・評価する。これにより、SCLC の主要な起源細胞を同定し、その形質転換メカニズムに関する新たな知見を得ることを目指す。

結果

細胞タイプ特異的Cre組換えの検証: Rosa26R-LacZ および mT/mG レポーターマウスを用いた検証により、各 Ad5-Cre ウイルスベクターの細胞タイプ特異性が確認された (Figure 1, Figure 2, Table 1)。Ad5-CC10-Cre ウイルスは、気管支および細気管支の内層細胞 (Clara細胞) に特異的に LacZ 陽性細胞を誘導し、肺胞領域では LacZ 陽性細胞は観察されなかった (Figure 1A-C)。Ad5-SPC-Cre ウイルスは、肺胞内の肺胞2型細胞に LacZ 活性を誘導し、細気管支の内層細胞では活性は観察されなかった (Figure 1D-F)。Ad5-CGRP-Cre ウイルスは、成人マウス肺において非常に稀な細胞集団である神経内分泌細胞 (NE細胞) に Cre 媒介性組換えを誘導した (Figure 1G-I, Figure 2B)。NE細胞は、気道上皮に散在する小さな細胞クラスター (神経上皮小体、NEB) 内に存在し、Ad5-CGRP-Cre ウイルスはこれらの NE 細胞を優先的に標的とした。ただし、Ad5-CGRP-Cre 感染後、Clara細胞および線毛細胞のごく一部にも組換えが観察されたが、NE細胞への組換え効率は他のウイルスと比較して数桁高かった (Table 1)。

神経内分泌細胞におけるSCLCの効率的な誘導: Ad5-CGRP-Cre ウイルスを感染させた Trp53 F/F ; Rb1 F/F ; Rosa26R マウス (n=30 mice) では、25匹 (83%) のマウスで NE 分化を示す腫瘍が確認された (Figure 3A, Table 2)。これらの腫瘍は、ヒト SCLC に類似した形態学的および免疫表現型の特徴を示し、主に肺の中央部に局在した (Figure 4C, Figure S2A)。腫瘍細胞は均一な小型から中型の円形細胞で構成され、粗いクロマチン構造と厚い核膜を有していた。高い有糸分裂活性とアポトーシスが観察され、局所的な壊死領域も認められた。免疫組織化学分析では、神経細胞接着分子 Ncam1 (Figure 4D)、シナプトフィジン (Syn)、CGRP、甲状腺転写因子-1 (TTF-1) など、ヒト SCLC で陽性となる多くのマーカーが検出された。これらの腫瘍は高い浸潤性を示し、縦隔や胸壁への浸潤、さらには肝臓 (Figure 4E) や腎臓への転移も観察された。転移巣も原発腫瘍と同様の形態を示し、Ncam1 (Figure 4F) などの NE 分化マーカーを発現していた。Ad5-CGRP-Cre 感染マウスにおける NE 腫瘍発生までの中央値は 362 days であり、Ad5-CMV-Cre 感染マウス (n=47 mice) の 273 days と比較してやや遅延したものの、極めて高い発生率を示した (p=0.0095, Figure 3B)。

肺胞2型細胞におけるSCLC発生の可能性: Ad5-SPC-Cre ウイルスを感染させた Trp53 F/F ; Rb1 F/F ; Rosa26R マウス (n=33 mice) では、15匹 (45%) の動物で NE 肺腫瘍が発症した (Figure 3B, Table 2)。これらの腫瘍の形態学的特徴は Ad5-CGRP-Cre 誘導腫瘍と非常に類似していたが、腫瘍発生までの中央値は 454 days と、Ad5-CGRP-Cre 誘導腫瘍よりも有意に遅延した (p<0.0001, Figure 3B)。興味深いことに、Ad5-SPC-Cre コホートの3例 (20%) では、腫瘍が肺の末梢部にのみ局在していた (Figure S2B)。これは Ad5-CGRP-Cre コホートでは観察されなかった特徴であり、末梢に位置する SPC 陽性細胞が Trp53 と Rb1 の喪失後に NE 腫瘍に形質転換する可能性を示唆している。

Clara細胞におけるSCLC発生への抵抗性: Ad5-CC10-Cre ウイルスを感染させた Trp53 F/F ; Rb1 F/F ; Rosa26R マウス (n=30 mice) では、SCLC の発生はほとんど見られなかった。30匹中わずか4匹 (13%) の動物で NE 腫瘍が観察されたのみであり、その潜伏期間も非常に長かった (Table 2)。これは、Clara細胞が Trp53 および Rb1 の不活化に対して形質転換に強く抵抗することを示唆している。Ad5-CC10-Cre 感染マウスの多く (30匹中14匹、47%) は、肺に新生物病変を認めなかった (Figure 3A)。ただし、7匹 (23%) のマウスでは、気管支上皮内層細胞の異型過形成が観察され、これらの病変は高い増殖指数を示し、Clara細胞起源であることが示唆された (Figure S3D-F)。

SCLC腫瘍におけるSPC発現: 定量的PCR解析により、異なる Ad5-Cre ウイルスで誘導された SCLC 腫瘍サンプルにおいて、NE 細胞マーカーである CGRP (Calca) が高発現していることが確認された。対照的に、Clara細胞マーカーである CC10 (Scgb1a1) は、ほとんどの NE 腫瘍で検出されなかった (Figure 5A)。興味深いことに、肺胞細胞マーカーである SPC (Sftpc) は、多くの原発 NE 腫瘍サンプルで検出されたものの、正常肺組織と比較して発現レベルは著しく低かった (Figure 5A)。マウス SCLC クローン細胞株を用いた解析でも、NE 細胞株で Calca が高発現し、Sftpc も非常に低いレベルで検出されたが、非 NE 細胞株ではこれらの発現は認められなかった (Figure 5B)。この結果は、SCLC の起源細胞の系統において SPC が発現している可能性を示唆している。定量的PCRにおける発現解析では、Calca 遺伝子の 500-fold 以上の発現上昇が NE 腫瘍群で確認された。

考察/結論

先行研究との違い: 本研究は、Trp53 および Rb1 の不活化が成人マウス肺の神経内分泌細胞 (NE細胞) において SCLC を効率的に誘発することを直接的に示した点で、これまでの研究と異なる。過去の研究では、SCLC の起源細胞に関する明確な結論は得られておらず、幹細胞や前駆細胞の関与が示唆されるに留まっていた。本研究では、細胞タイプ特異的アデノウイルスベクターを用いることで、特定の肺細胞集団を標的とし、SCLC 発生への寄与を直接比較した点が先行研究とは異なる。

新規性: 本研究で初めて、細胞タイプ特異的なアデノウイルスベクターを用いることで、成人マウス肺における特定の細胞集団 (Clara細胞、肺胞2型細胞、NE細胞) を標的とし、それぞれの細胞が SCLC 発生に寄与する能力を直接比較した。これにより、NE細胞が SCLC の主要な起源細胞であるという新規の知見が得られた。また、肺胞2型細胞も SCLC を発生させる能力を持つが、その効率は低いことも明らかになった。さらに、Clara細胞は Trp53 と Rb1 の不活化に対し形質転換に強く抵抗することを示した点も新規の発見である。

臨床応用: 本知見は、SCLC の治療戦略において NE 細胞をターゲットとする重要性を示唆している。SCLC は化学療法に対する初期反応は良好であるものの、再発が避けられない疾患であるため、NE 細胞の特性を理解し、この特定の細胞タイプに焦点を当てた治療法の開発が臨床応用において極めて重要である。NE 細胞は肺幹細胞としては振る舞わない単能性前駆細胞の特性を示す可能性があり、急速に分裂する NE 細胞を特異的に根絶する戦略は、許容可能な副作用で実現できる可能性がある。これは、SCLC の治療法開発における新たな方向性を提供するものである。

残された課題: 今後の検討課題として、SCLC の発生に寄与する他の細胞タイプや、腫瘍の進行に関与するメカズムをさらに解明する必要がある。特に、肺胞2型細胞から SCLC が発生するメカズムや、その際の NE 分化への移行経路については、さらなる検討課題が残されている。また、SCLC の治療における新たなターゲットの同定と、Ras 経路の活性化など、他のシグナル経路が SCLC の表現型や治療抵抗性に与える影響についても、今後の研究で詳細に解析する必要がある。本研究の limitation として、Ad5-CGRP-Cre ウイルスが Clara 細胞および線毛細胞のごく一部にも組換えを誘導した可能性が挙げられるが、NE 細胞への組換え効率は他のウイルスと比較して数桁高かったことから、NE 細胞が主要な起源細胞であるという結論は揺るがないと考えられる。

方法

本研究では、トランスジェニックマウスモデルを用いて、特定の肺上皮細胞における Trp53 および Rb1 腫瘍抑制遺伝子の条件付き不活化を行った。具体的には、Trp53 F/F ; Rb1 F/F マウスに、Rosa26R-LacZ (Rosa26 promoter-driven lacZ reporter) レポーターアレルを導入し、Cre リコンビナーゼを発現する細胞において Trp53 と Rb1 の欠失および LacZ の発現を誘導した。細胞タイプ特異的な Cre 発現を誘導するため、以下の組換えアデノウイルスベクターを気管内投与した。Clara細胞を標的とする Ad5-CC10-Cre (adenovirus type 5 containing Clara cell 10 kDa protein promoter-driven Cre)、肺胞2型細胞 (AT2細胞) を標的とする Ad5-SPC-Cre (adenovirus type 5 containing surfactant protein C promoter-driven Cre)、および神経内分泌 (NE) 細胞を標的とする Ad5-CGRP-Cre (adenovirus type 5 containing calcitonin gene-related peptide promoter-driven Cre) である。これらのウイルスは、それぞれの細胞タイプ特異的なプロモーター (CC10、SPC、CGRP) によって Cre recombinase の発現を制御する。

ウイルスの特異性検証には、Rosa26R-LacZ および double-fluorescent (二重蛍光) レポーターマウスである mT/mG (membrane-targeted tandem dimer Tomato/membrane-targeted green fluorescent protein) マウス株を用いた。マウスの遺伝的背景には C57BL/6J マウス株を用いた。ウイルス感染後 2-3 週間で肺組織を採取し、β-ガラクトシダーゼ活性の組織化学的染色 (X-gal染色) および免疫組織化学染色 (抗CC10抗体、抗pro-SPC抗体、抗シナプトフィジン抗体、抗CGRP抗体) により、Cre recombinase の標的細胞と組換えパターンを評価した。対照群として、汎用的なプロモーターを持つ Ad5-CMV-Cre (adenovirus type 5 containing cytomegalovirus promoter-driven Cre) ウイルスも使用した。

腫瘍形成の評価では、Trp53 F/F ; Rb1 F/F ; Rosa26R マウスに各 Ad5-Cre ウイルスを感染させ、マウスが瀕死状態になった時点で安楽死させた。肺組織をエタノール-酢酸-ホルマリン (EAF) で固定し、パラフィン包埋後、ヘマトキシリン・エオシン (H&E) 染色により組織学的解析を行った。腫瘍の発生率、形態学的特徴、および浸潤・転移の有無を評価した。免疫組織化学染色により、腫瘍細胞の神経細胞接着分子 (Ncam1)、シナプトフィジン (Syn)、CGRP、甲状腺転写因子-1 (TTF-1) などのマーカー発現を分析し、ヒト SCLC との類似性を確認した。腫瘍発生までの期間を記録し、カプラン・マイヤー (Kaplan-Meier) 曲線を用いて各細胞タイプにおける腫瘍形成の効率と潜伏期間を比較した。統計解析には、生存曲線間の比較にログランク (log-rank) 検定を用いた。また、細胞株や腫瘍サンプルの発現比較などの多群比較には one-way ANOVA (一元配置分散分析) を用いた。