• 著者: Toshiyuki Noguchi, Hideaki Mochizuki, Mariko Yamazaki, Eriko Kawate, Yohei Suzuki, Teruhiko Sato, Hideki Takahashi
  • Corresponding author: Hideki Takahashi (Division of Respiratory Medicine, Tokyo Metropolitan Geriatric Hospital, Tokyo, Japan)
  • 雑誌: Journal of Thoracic Oncology
  • 発行年: 2010
  • Epub日: N/A
  • Article種別: Original Article
  • PMID: 20479692

背景

小細胞肺癌 (SCLC) は全肺癌の約15%を占める悪性度の高い疾患である。疫学的には、SCLCの診断時年齢は高齢者に偏っており、70歳以上での診断が約42%、80歳以上での診断が約10%に達すると報告されている Govindan et al. JClinOncol 2006。SCLCは急速な倍加時間、高い増殖率、そして化学療法および放射線療法への高い感受性を特徴とするため、70歳以上の高齢患者や比較的PS (Performance Status) が不良な症例においても、抗癌治療が推奨されてきた Weinmann et al. LungCancer 2003。しかし、これまでの大規模な前向き臨床試験の多くは、高齢者を年齢そのもの、あるいは併存疾患を理由として除外する傾向があった。特に、75〜79歳を対象とした第II相試験は一部存在するものの、80歳以上のSCLC患者に対する最適な治療戦略は依然として未確立な状態であった。

高齢患者、特に80歳以上の患者は、慢性疾患や臓器機能の低下を伴うことが多く、若年者を対象とした無作為化試験の結果を外挿して治療方針が決定されるケースが一般的である。このため、生物学的年齢ではなく暦年齢のみを理由として、適切な治療が過小評価され、結果的に過小治療となる懸念が指摘されてきた。特に、PS不良や複数の併存疾患を有する80歳以上のSCLC患者において、抗癌治療が実際に生存期間を改善するか否かについては、明確なエビデンスが不足していた。先行研究では、80歳以上のSCLC患者を対象とした大規模な前向き試験はほとんど存在せず、限られた後向き研究や症例報告があるのみであり、この年齢層における治療の実現可能性と有効性に関する知見は手薄であった。例えば、Shepherd et al. (1994) は80歳以上のSCLC患者5例に減量化学療法を施行し、2例 (40%) で奏効を報告しているが、症例数は極めて少なかった。また、Yau et al. (2006) は80歳以上のSCLC患者のMSTが9週から34週に改善したことを報告しているが、これも後向き解析であり、治療選択バイアスの影響は未解明であった。このような背景から、高齢者医療に特化した単一施設である東京都立老人医療センターは、80歳以上のSCLC患者の治療実態と予後を系統的に解析できる貴重なコホートを有しており、この年齢層における治療の有効性と安全性を検証することが重要な課題であった。本研究は、この知識のギャップを埋めることを目的としている。

目的

本研究の目的は、80歳以上の小細胞肺癌 (SCLC) 患者に対する化学療法および/または胸部放射線療法 (TRT) の有効性と安全性を、70〜79歳の対照群と比較して評価することである。さらに、患者のパフォーマンスステータス (PS) および併存疾患の程度で層別化し、各サブグループにおける治療のベネフィットを明らかにすることを目的とした。特に、PS不良や中等度以上の併存疾患を有する80歳以上の患者においても、抗癌治療が生存利益をもたらすか否かを検証し、暦年齢のみに基づく治療判断の妥当性を検討する。本研究は、この超高齢者SCLC患者群における治療の実現可能性と生存改善効果に関するエビデンスを確立し、臨床現場における治療戦略の意思決定に貢献することを目指す。

結果

患者背景と治療選択: 70-79歳群は38例、80歳以上群は45例であった。年齢中央値は70-79歳群で76.0歳、80歳以上群で84.0歳であり、両群間で有意差が認められた (p<0.001)。性別、BMI (Body Mass Index)、喫煙歴、Charlson index、病期分布 (LD vs ED) には有意差はなかった。しかし、PS 2-4の患者割合は80歳以上群で24例 (53%) と、70-79歳群の9例 (24%) に比べて有意に高かった (p=0.02)。抗癌治療 (化学療法および/またはTRT) の施行率は、70-79歳群で87% (33/38例) であったのに対し、80歳以上群では53% (24/45例) と有意に低かった (p<0.001)。80歳以上群で治療を受けなかった21例の主な理由は、85歳超の高齢 (6例)、PS 4 (4例)、CI ≥4または認知機能低下 (4例)、患者の希望 (3例)、不明 (4例) であった (Table 1)。治療を受けた80歳以上患者は、未治療患者と比較して有意に若年であった (平均年齢 82.7 ± 0.4歳 vs 85.2 ± 0.9歳、p<0.001)。

年齢群全体での生存比較: 抗癌治療を受けた患者は、年齢群にかかわらず、治療を受けなかった患者と比較して有意に良好な予後を示した (p<0.01)。70-79歳治療群のMST (Median Survival Time) は11.1か月、80歳以上治療群のMSTは13.1か月であり、両治療群間で生存期間に有意差は認められなかった。一方、無治療群のMSTは70-79歳群で2.1か月、80歳以上群で2.5か月であった。この結果は、年齢そのものが抗癌治療を受けた患者の生存に有意な影響を与えないことを示唆している (Figure 1)。治療群における全体的な生存期間は、無治療群と比較して有意に延長した (HR 0.35, 95% CI 0.20-0.61, p<0.01)。

80歳以上におけるPS層別解析: 80歳以上群において、PS別に治療群と無治療群の生存を比較した。PS 0-1の治療群 (n=17) のMSTは20.4か月であった。PS 2-3の治療群 (n=7) のMSTは9.1か月であり、PS 2-3の無治療群 (n=13) のMST 1.9か月と比較して、生存期間の延長傾向が認められた (p=0.06)。PS 0-1の無治療群 (n=4) のMSTは6.9か月であった。PS 4の患者は全例が無治療であった。この結果は、PS 2-3の80歳以上患者においても、抗癌治療が生存利益をもたらす可能性を示唆している (Figure 2)。PS 0-1の治療群はPS 2-3の治療群と比較して有意に良好な生存を示した (p<0.01)。

80歳以上におけるCharlson index層別解析: 80歳以上群におけるCharlson index (CI) 別解析では、CI 0-1の治療群 (n=14) のMSTは13.0か月、CI 2-3の治療群 (n=10) のMSTは11.1か月であった。CI 2-3の治療群は、CI 2-3の無治療群 (n=10) のMST 2.5か月と比較して、有意な生存期間の延長を示した (HR 0.28, 95% CI 0.10-0.78, p<0.01)。これは、中等度併存疾患を有する80歳以上のSCLC患者でも、抗癌治療が生存ベネフィットをもたらすことを明確に示している。CI 0-1とCI 2-3の治療群間では、生存曲線に有意差は認められなかった (p=0.09) (Figure 3)。

奏効率と生存解析 (治療群の比較): 70-79歳治療群 (n=33) の客観的奏効率 (ORR) は、LD (Limited Disease) で58% (15/26例)、ED (Extensive Disease) で29% (2/7例) であった。80歳以上治療群 (n=24) のORRは、LDで61% (11/18例)、EDで33% (2/6例) であり、両年齢群間で奏効率に有意差はなかった (p=0.9、p=0.8)。治療群におけるMST、1年生存率、2年生存率は両年齢群で同等であった (Table 2)。LD患者のMSTは80歳以上群で13.0か月 (1年OS 57%)、70-79歳群で13.2か月であった。ED患者のMSTは80歳以上群で10.3か月 (1年OS 40%)、70-79歳群で9.2か月であった。LD患者の生存期間はED患者と比較して両年齢群で有意に良好であった (p<0.01)。

化学療法投与量と毒性: 80歳以上群では、予定治療量の平均60.1%が投与され、70-79歳群の65.4%と比較してやや低い傾向にあったが有意差はなかった (p=0.51)。80歳以上群では、頻繁な用量減量、治療遅延、または省略が必要とされた (Table 3)。しかし、Grade 3-4の血液毒性 (好中球減少、血小板減少、貧血、発熱性好中球減少) の発現頻度は、両年齢群間で有意差は認められなかった (Table 4)。例えば、Grade 3-4の好中球減少は70-79歳群で25% (8/32例)、80歳以上群で24% (5/21例) であった。Grade 3-4の血小板減少は70-79歳群で19% (6/32例)、80歳以上群で24% (5/21例) であった。Grade 3-4の白血球減少は80歳以上群で38% (8/21例) と70-79歳群の22% (7/32例) に比べて高い傾向を示したが、統計的有意差はなかった (p=0.09)。治療関連死は73歳のED患者1例で発生したのみであった。これらの結果は、積極的な用量調整を行うことで、80歳以上のSCLC患者においても標準治療を安全に施行可能であることを示している。

考察/結論

本研究は、80歳以上の小細胞肺癌 (SCLC) 患者に対し、カルボプラチンベースの標準化学療法レジメン (cPE、cP/irinotecan) および/または胸部放射線療法 (TRT) が施行可能であり、かつ有効であることを後ろ向き解析で示した。特に、予定用量の約60%という用量減量が行われたにもかかわらず、70〜79歳群と同等の治療成績 (限局型 [LD] のMST 13.0か月、進展型 [ED] のMST 10.3か月) を達成できたことは重要な知見である。

新規性: 本研究で初めて、PS 2-3の患者群 (MST 9.1か月 vs 無治療群1.9か月、p=0.06) や、Charlson index 2-3の中等度併存症を有する患者群 (MST 11.1か月 vs 無治療群2.5か月、HR 0.28, 95% CI 0.10-0.78, p<0.01) においても、治療群が無治療群と比較して生存期間の延長傾向または有意な改善を示した。この結果は、暦年齢のみを理由とした治療控えが不適切であることを示唆するものであり、高齢SCLC患者の治療戦略において新規の視点を提供する。

先行研究との違い: これまでの高齢者SCLCに関する研究では、80歳以上の患者を対象とした大規模な前向き試験はほとんど存在しなかった。本研究は、80歳以上の患者群を明確に定義し、70-79歳群との比較を通じて、この超高齢者層における治療の実現可能性と有効性を具体的に示した点で、先行研究と異なる。また、用量減量が行われたにもかかわらず、若年患者の報告されている成績 Ihde DC. N Engl J Med 1992Simon GR, Wagner H. Chest 2003 と比較しても遜色のない生存期間が達成されたことは、用量強度と生存の関連性に関するこれまでの知見 Murray et al. J Clin Oncol 1998Okamoto et al. JClinOncol 1999 とも整合的である。

臨床応用: 本知見は、80歳以上のSCLC患者においても、生物学的年齢、PS、併存疾患、認知機能、社会的支援体制を総合的に評価した上で、標準治療の減量やスケジュール調整を行うことで、治療適応を拡大できる可能性を臨床現場に示唆する。Grade 3-4の血液毒性発生頻度に年齢群間の有意差がなかったことは、用量調整を適切に行えば、治療が許容可能な毒性プロファイルで実施できることを裏付けている。これは、高齢者腫瘍学 (Geriatric Oncology) の観点から極めて臨床的意義が高い。

残された課題: 本研究にはいくつかのlimitationが存在する。第一に、単施設の後ろ向き解析であるため、治療群と無治療群の間で患者選択バイアスが存在する可能性がある (治療群は若年かつPS良好な傾向)。第二に、症例数が限られている点 (特にPS 2-3の80歳以上治療群はn=7) が統計的検出力を制限している。第三に、後治療の影響が調整されていない。第四に、治療適応の判断が担当医の裁量に委ねられていた点も限界である。また、現在のSCLCの標準治療は、エトポシド・プラチナ製剤に免疫チェックポイント阻害薬 (アテゾリズマブ/デュルバルマブ) を併用するレジメンに変遷しており、高齢者における免疫チェックポイント阻害薬併用療法の安全性と有効性を検証する新たなコホート研究が今後の検討課題である。今後は、geriatric assessment (GA) に基づく個別化治療、フレイル評価、薬物相互作用の検討を通じて、80歳以上SCLC治療の最適化が重要となる。

方法

本研究は、1996年1月から2007年3月までの期間に東京都立老人医療センター呼吸器科に入院した70歳以上の未治療SCLC患者83例を対象とした後ろ向き診療録調査である。本研究は、SCLCの化学療法アプローチが従来のCAV (シクロホスファミド、ドキソルビシン、ビンクリスチン) からカルボプラチンとエトポシド (cPE) の併用に移行した時期に対応している。対象患者は、病理学的または細胞学的にSCLCと確診された症例に限定された。患者は年齢に基づき、70〜79歳群 (n=38) と80歳以上群 (n=45) の2つのコホートに分類された。病期分類には、Veterans Administration Lung Cancer Study Group (VALSG) の2段階システム (限局型 [LD] vs 進展型 [ED]) が用いられた。患者のPSはECOG (Eastern Cooperative Oncology Group) スケール (0-1 vs 2-3 vs 4) で評価され、併存疾患の程度はCharlson index (CI) を用いて「軽度」(CI 0-1)、「中等度」(CI 2-3)、「重度」(CI ≥4) に分類された。

一次治療の決定は、担当医の判断に基づき、患者のPS、併存疾患、治療意欲、認知機能、社会的支援体制などを総合的に考慮して行われた。一般的に、70〜74歳でPS 0-1、腎機能が正常な患者には標準用量 (若年者と同等) の化学療法が施行された。一方、75歳以上またはPSが2以上の患者には、予定用量の60〜80%に減量された化学療法が原則として採用された。主要な化学療法レジメンは、カルボプラチン (AUC 5, day 1) とエトポシド (100 mg/m² day 1-3) の併用 (cPE) またはカルボプラチン (AUC 5, day 1) とイリノテカン (60 mg/m² day 1, 8, 15) の併用 (cP/irinotecan) であった。これらのレジメンには、好中球減少対策としてG-CSF (Granulocyte Colony-Stimulating Factor) が併用され、4週間ごとに繰り返された。研究の初期には、シクロホスファミド、ドキソルビシン、ビンクリスチンからなるCAVレジメンも使用された。胸部放射線療法 (TRT) は、単回2 Gy/日で、総線量50 Gy (同時併用) または60 Gy (逐次) で実施された。

治療効果の評価はWHO (World Health Organization) 基準に従い、毒性評価はNCI-CTC (National Cancer Institute-Common Toxicity Criteria) 基準に基づいて行われた。全生存期間 (OS) はSCLC診断日から死亡日または最終追跡調査日までと定義された。統計解析には、Kaplan-Meier法による生存曲線推定とlog-rank検定が用いられた。患者背景の比較には、χ²検定またはFisherの正確確率検定、連続変数の比較にはStudentのt検定が使用され、p値が0.05未満を有意差ありと判断した。本研究は後ろ向きコホート研究として実施され、倫理委員会の承認を得て、患者の個人情報は保護された。