• 著者: Hans-Reimer Rodewald
  • Corresponding author: Hans-Reimer Rodewald (Institute for Immunology, University of Ulm, D-89070 Ulm, Germany)
  • 雑誌: Annual Review of Immunology
  • 発行年: 2008
  • Epub日: 2007-11-30
  • Article種別: Review
  • PMID: 18304000

背景

胸腺は、未熟なT細胞が自己MHC(major histocompatibility complex; 主要組織適合遺伝子複合体)を認識しつつ自己抗原に対して寛容となるT細胞受容体(TCR; T cell receptor)レパートリーの選択を行う唯一無二の一次リンパ器官である。その機能は、皮質胸腺上皮細胞(cTEC; cortical thymic epithelial cell)および髄質胸腺上皮細胞(mTEC; medullary thymic epithelial cell)からなる極めて複雑な胸腺上皮細胞(TEC; thymic epithelial cell)の三次元ネットワーク構造と、周囲の間葉系細胞、神経堤(NC; neural crest)由来細胞、血管内皮細胞などの多様な間質成分との相互作用によって精緻に制御されている。

胸腺の発生や構造の破綻は、重症複合免疫不全症から、Asano et alが報告したような制御性T細胞の発生異常による重篤な自己免疫疾患に至るまで、多彩な臨床病態を引き起こす。また、Weih et alらの研究が示すように、RelBなどの転写因子の欠損は胸腺髄質の構造破綻と多臓器炎症を引き起こす。さらに、Derbinski et alおよびAnderson et alらは、mTECにおけるAire(autoimmune regulator; 自己免疫制御因子)依存的な自己抗原発現が中枢寛容の確立に極めて重要であることを示している。

歴史的に、胸腺上皮の発生起源については、内胚葉(第3咽頭嚢の内側、将来の髄質)と外胚葉(第3咽頭溝の外側、将来の皮質)の双方が寄与するという「二重胚葉起源説」が長年にわたり教科書的ドグマとして支持されてきた。しかし、鳥類を用いた古典的な胚移植実験の再評価や、2000年代初頭の分子発生生物学的アプローチにより、内胚葉単一起源説が浮上した。それにもかかわらず、哺乳類における詳細な細胞系譜や、cTECとmTECの分化分岐点、さらには胸腺を維持する幹・前駆細胞の同定については、多くの部分が未解明であり、議論が続いていた。

また、胸腺の発生には周囲の間葉系組織、特に神経堤由来の間葉細胞が必須の役割を果たすことが知られているが、これらの細胞が成体胸腺の維持にどのように寄与しているのか、あるいは一過性の誘導シグナルに留まるのかについては、十分な知見が不足していた。さらに、マウスにおいて胸部胸腺とは独立して存在する機能的な「頸部胸腺(cervical thymus)」の存在とその発生学的意義についても、系統発生学的な観点を含めて体系的な整理がなされておらず、胸腺発生学における大きな課題が残されている。このように、初期発生から成体における維持機構、さらには異所性胸腺の機能的意義に至るまで、包括的な理解が不足していた。本総説は、これら近年の発生遺伝学、細胞生物学、および免疫組織化学的アプローチによるブレイクスルーを統合し、胸腺器官形成の細胞・分子基盤を再構築することを目的とする。

目的

本総説の目的は、胸腺の発生学および腫瘍学における以下の重要課題について、近年の学術的進展を包括的に整理し、新たな発生モデルを提示することである。

第一に、胸腺上皮細胞(TEC)の胚葉起源をめぐる論争(二重胚葉起源説 vs 単一内胚葉起源説)に終止符を打ち、哺乳類における厳密な発生起源を確定する。古典的な形態学的観察に基づいた二重胚葉起源説に対し、分子遺伝学的および細胞生物学的証拠に基づいた単一内胚葉起源説の妥当性を検証する。

第二に、皮質上皮(cTEC)と髄質上皮(mTEC)の分化経路を明らかにし、両系譜を双能的に生み出す共通の胸腺上皮前駆細胞(TEPC; thymic epithelial progenitor cell)の存在と、その細胞表面マーカーおよび分化能を特性化する。単一細胞レベルでの分化能解析を通じて、共通前駆細胞の実在を証明する。

第三に、転写因子Foxn1(forkhead box N1; フォークヘッドボックスN1)を中心とする、胸腺上皮の特異化および分化制御の分子ネットワークを解明する。Foxn1欠損マウス(ヌードマウス)の表現型解析および遺伝学的復帰実験を通じて、Foxn1がマスターレギュレーターとして機能することを示す。

第四に、神経堤(NC)由来の間葉系細胞が、発生期および成体期において胸腺上皮の増殖やパターニングに果たす機能的寄与を評価する。系譜追跡実験により、NC由来細胞の一過性的な寄与を定量化する。

第五に、マウスにおいて高頻度で発見された機能的な「頸部胸腺」の発生学的起源、解剖学的特徴、およびT細胞産生能における機能的意義を明らかにする。

第六に、成体胸腺における上皮細胞の増殖回転(ターンオーバー)および維持機構を解析し、加齢に伴う胸腺退縮や胸腺上皮腫瘍(thymoma/thymic carcinoma)の発生病態に対する臨床的示唆を得る。

結果

系統発生における胸腺起源の多様性と共通原理: 有顎脊椎動物において、胸腺は適応免疫系の確立とともに進化した必須の器官である。系統発生学的な比較解析により、胸腺の発生起源となる咽頭嚢の数や最終的な解剖学的配置には多様性が認められることが示された。軟骨魚類であるサメにおいては、第2から第6咽頭嚢に由来する n=5 pairs の胸腺アニラーゲ(発生初期の原基)が存在し、それぞれが独立した胸腺葉へと発達する。一方、鳥類であるニワトリでは第3および第4咽頭嚢から発生した原基が二次的に分裂し、頸部に沿って n=7 lobes の胸腺を形成する。哺乳類であるマウスにおいては、通常は第3咽頭嚢の腹側内胚葉に由来する n=1 pair の胸腺が胸部に形成される。このように、種間で咽頭嚢の利用パターンや胸腺葉の数には相違があるものの、すべての有顎脊椎動物において「咽頭嚢の内胚葉上皮から胸腺が形成される」という共通の発生原理が厳密に保存されていることが明らかとなった(Fig 1)。

単一内胚葉起源モデルの実験的確定: 長年支持されてきた「内胚葉由来の髄質と外胚葉由来の皮質による二重胚葉起源」モデルを検証するため、発生期における詳細な細胞動態解析が行われた。胎生10.5日(E10.5)のマウス胚において、外胚葉性の頸胞と内胚葉性の第3咽頭嚢の接触面を観察したところ、外胚葉側で顕著なアポトーシス(細胞死)が検出され、両者が融合して胸腺を構成する像は得られなかった。さらに、in vitroで胚の外胚葉表面を蛍光色素(DiI)で特異的に標識し、n=12 mice の胚を30時間培養した追跡実験において、形成された胸腺内に標識された外胚葉由来細胞は全く検出されなかった。また、E9のマウス胚から外胚葉を完全に排除し、内胚葉のみからなる第3咽頭嚢組織を単離してヌードマウスに移植した実験では、移植片は皮質(cTEC)および髄質(mTEC)の両構造を備えた機能的な胸腺へと発達した。MHCミスマッチES細胞を用いた4親キメラマウスの解析においても、皮膚や心臓などの個別臓器(n=4 organs)におけるES細胞寄与率はランダムであったが、cTECとmTECの間では起源比率に極めて高い直線相関(寄与率の一致度 95% 以上)が認められ、両者が同一の胚葉(内胚葉)に由来することが決定づけられた(Fig 2)。

共通mTEC/cTEC前駆細胞の単一細胞レベルでの同定: cTECとmTECが共通の前駆細胞から分化するのかという問いに対し、単一細胞移植および遺伝学的系譜追跡による検証が行われた。E12.5(胎生12.5日)のマウス胚性胸腺から、パンTECマーカーであるEpCAM1陽性の単一の胸腺上皮細胞(n=1 cell)を単離し、非蛍光の宿主胸腺内に注入して移植するクローン解析が実施された。その結果、生着に成功したすべての例において、単一のドナー細胞からYFP陽性のcTEC(K8陽性)およびmTEC(K5陽性)の両系譜の子孫細胞が形成されることが実証された。また、K14-Creレポーターマウスを用いた生体内でのランダムな一過性標識実験においては、生後の胸腺において (a) mTECクラスターのみ、 (b) cTECクラスターのみ、 (c) mTECとcTECの両方を含む混在クラスター、という n=3 patterns のクローン性子孫が観察された。この結果は、発生期および生後早期の胸腺において、cTECとmTECの両系譜への分化能を保持した共通の複能性前駆細胞(双能性前駆細胞)が実在することを示す決定的な証拠となった(Fig 3)。

髄質における単一前駆細胞由来のクローナル島構造: 胸腺髄質の形成プロセスにおいて、mTECがどのように空間配置されるかを解明するため、MHCミスマッチキメラマウスを用いた組織学的解析が行われた。その結果、成体胸腺の髄質は一様な細胞集団ではなく、単一の前駆細胞に由来するクローン性の「髄質島(medullary islet)」の融合体であることが判明した。個々の髄質島は、2次元断面において 5-45 cells からなる格子状のネットワークを形成していた。出生後2週目のマウス胸腺1葉あたり、約300個の独立した髄質領域が観察され、これは1葉あたり合計約900個のTEPC(thymic epithelial progenitor cell; 胸腺上皮前駆細胞)から髄質全体が構築されていることを意味する。また、E13.5の胸腺において、タイトジャンクションタンパク質であるクローディン-3および4(Cld3,4)を発現する約1,500個のTECは、すでにmTEC系譜へとコミットしており、成体期において自己免疫レギュレーター(Aire)を発現する成熟mTECへと分化する系譜であることが示された(Fig 4)。

Foxn1による胸腺特異化と分化制御: Foxn1(forkhead box N1; フォークヘッドボックスN1)は、胸腺上皮の特異化と分化に必須のフォークヘッド型転写因子であり、ヌードマウス(Foxn1nu/nu; Foxn1ヌード/ヌード)の病因遺伝子である。E11.5において、第3咽頭嚢の腹側上皮で発現が開始し、背側で副甲状腺への分化を制御する転写因子Gcm2とは厳密に区画化される。Foxn1欠損マウスでは、胸腺上皮が嚢胞状の未分化な構造に留まり、T細胞発生を全く支持できなくなる。しかし、K14-Creを用いて、ヌードマウスの単一の未分化上皮細胞において欠損したFoxn1遺伝子を野生型へと遺伝学的に復帰(reversion)させたところ、生後において皮質・髄質構造を備え、Aireを発現し、多様なTCRレパートリーを持つT細胞の発生を支持する機能的な「ミニ胸腺(neo-thymi)」が再構築された。このことは、Foxn1が胸腺上皮の分化プログラムを起動するマスターレギュレーターであり、分化停止した前駆細胞プールが極めて高い可塑性と堅牢性を保持していることを示している(Fig 5)。

神経堤由来間葉細胞の一過性的寄与: Wnt1-CreおよびP0-Creを用いた系譜追跡実験により、胎生期の胸腺発生における神経堤(NC)由来間葉細胞の動態が定量化された。E13.5の胸腺において、全間葉系細胞の最大 30% がNC起源であることが確認された。これらのNC由来間葉細胞は、胸腺原基の周囲を取り囲み、上皮細胞に対してFGF7やFGF10を分泌し、上皮側の受容体であるFgfR2IIIbを介して初期のTEC増殖と器官形成を強力に誘導する。しかし、胸腺の急速な成長と多数の胸腺細胞(thymocytes)の増殖に伴い、NC由来細胞の割合は急激に低下し、成体胸腺においては極めて稀な存在となる。この結果は、NC由来間葉細胞が胸腺の初期発生において不可欠な「一過性の誘導シグナル源」として機能するものの、成体胸腺の構造維持への直接的な寄与は限定的であることを示唆している。

胸腺細胞と上皮細胞の双方向性クロストーク: 未熟T細胞と胸腺上皮細胞の相互作用(クロストーク)について、分子レベルでの検証が行われた。過去に、初期のプロT細胞(CD44+CD25-)との接触が胎生期のcTECパターニングに必須であると提唱されたが、このモデルの根拠となったhCD3ε26tgマウス(高コピー数CD3εトランスジェニックマウス)の再解析により、同マウスの胸腺内には異常なB細胞が多数存在し、間質(stroma)の変性はT細胞欠損による直接的な影響ではないことが判明した。現在、分子機盤が確立しているクロストーク経路は、(1) mTEC上のLTβRとプロT細胞上のLTβの結合を介したmTECの成熟および自己寛容の確立、および (2) CD4+CD3-インデューサー細胞から分泌されるRANKLがmTEC上のRANKに作用し、CD80+Aire+成熟mTECへの分化を促進する経路(約 2.5-fold のAire発現上昇を誘導)の2系統である。

MTS24前駆細胞マーカーの再評価: MTS24抗体は、E12.5においてほぼすべてのTEC(EpCAM1陽性細胞の 99% 以上)を標識し、E15.5で約 50%、成体期には数%にまで低下することから、長年「真の胸腺上皮前駆細胞(TEPC; thymic epithelial progenitor cell)の特異的マーカー」として広く受け入れられてきた。しかし、大規模な再現試験および詳細なソート細胞移植実験により、このドグマは修正を迫られた。E14.5およびE16.5の胎生期胸腺から、MTS24陽性およびMTS24陰性のEpCAM1陽性上皮細胞をそれぞれ厳密に分取し、RFTOC(reaggregate fetal thymus organ culture; 胎生胸腺再凝集器官培養)法を用いてヌードマウスに移植したところ、両画分ともに同等の効率で皮質・髄質構造を有する機能的な胸腺を再構築可能であることが示された。

成体胸腺上皮の活発な増殖回転: 成体期における胸腺上皮は、従来考えられていたような静的で長寿命な細胞集団ではなく、極めて活発なターンオーバー(増殖回転)を行っていることが明らかとなった。BrdUを用いた連続標識実験において、MHCクラスII陽性のCD45陰性TEC(その多くはmTEC)は、3日間の連続投与で約 23%、1週間の投与で約 8% の陽性率を示した。このデータから算出された成体TECの半減期は、細胞集団によって 6 days から 6 weeks の幅を持ち、特にmTEC画分において増殖とアポトーシスによる細胞死が極めてダイナミックに繰り返されていることが示された。この活発なターンオーバーは、自己抗原の持続的な提示と自己寛容の維持に寄与していると考えられる。

マウスにおける機能的頸部胸腺の同定: マウスの頸部(首領域)において、胸部胸腺とは完全に独立した機能的な「頸部胸腺」が、高頻度で存在することが同定された。その存在頻度はマウスの系統によって異なり、BALB/cマウスでは 90% 以上、C57BL/6Jマウスでは約 50% に達する(Fig 6)。組織学的に、頸部胸腺は胸部胸腺と同様に明確な皮質と髄質のコンパートメントを有し、Aire陽性細胞も正常に配置されている。発生学的に、頸部胸腺は胸部胸腺よりも約 1 week 遅れて発生し、出生後に初めてT細胞の産生を開始する。頸部胸腺から産生されたT細胞は、正常なTCRレパートリーを有し、ヌードマウスに移植された際には、抗体産生におけるクラススイッチを誘導する十分なヘルパーT細胞機能を発揮した。

考察/結論

先行研究との違い: 本総説が提示した知見は、従来の「内胚葉と外胚葉の二重胚葉起源説」を支持していた古典的な発生学モデルと異なり、哺乳類における胸腺上皮が第3咽頭嚢の内胚葉のみから発生するという「単一内胚葉起源モデル」を実験的かつ遺伝学的に確定した。さらに、cTECとmTECがそれぞれ独立した前駆細胞から発生するという従来の二系統モデルに対照的な視点を提供し、発生初期および生後において、両系譜への分化能を保持した共通の双能性前駆細胞(TEPC; thymic epithelial progenitor cell)が実在することを単一細胞レベルで初めて証明した。また、成体胸腺上皮は静的で安定した組織であると考えられていたこれまでの認識を覆し、半減期が数日から数週間という極めて活発な細胞回転(ターンオーバー)を行っている動的な組織であることを示した。

新規性: 本総説は、マウスにおいて高頻度(系統により 50% から 90% 以上)で存在する機能的な「頸部胸腺」の存在を本研究で初めて体系的に位置づけ、これが胸部胸腺とは独立して出生後に機能的なT細胞を供給していることを明らかにした。また、胸腺髄質が一様な上皮シートではなく、単一の前駆細胞に由来するクローン性の「髄質島」が融合して形成されるモザイク状の構造であることを新規に提唱した。さらに、ヌードマウスの分化停止した上皮細胞において、生後に単一細胞レベルでFoxn1(forkhead box N1; フォークヘッドボックスN1)を再活性化させるだけで、完全な皮質・髄質構造とT細胞支持能を有する機能的胸腺(neo-thymi)が再構築されるという、前駆細胞プールの驚異的な可塑性をこれまで報告されていないレベルで実証した。

臨床応用: これらの基礎発生学的な知見は、胸腺機能不全や免疫不全、自己免疫疾患に対する新たな治療戦略の臨床応用に直結する。特に、加齢に伴う胸腺退縮(involution)や、がん化学療法・放射線治療後のT細胞免疫再構築の遅延に対し、Foxn1経路の活性化やFGF7/KGF(keratinocyte growth factor; ケラチン細胞増殖因子)の投与による胸腺上皮再生医療の可能性が示唆される。また、DiGeorge症候群(Tbx1欠失等による第3咽頭嚢発生異常)の病態解明や、ヒトiPS/ES細胞から機能的なcTEC/mTECを分化誘導する際のシグナル制御(RANKLやLTβR刺激の付加)における臨床的意義は極めて高い。さらに、胸腺上皮腫瘍(thymoma/thymic carcinoma)の発生において、本研究で同定されたTEPC(thymic epithelial progenitor cell; 胸腺上皮前駆細胞)やFoxn1陽性前駆細胞が「腫瘍起源細胞(cell of origin)」として関与している可能性があり、これらの分子標的治療薬開発に向けた臨床現場への橋渡し(bench-to-bedside)が期待される。

残された課題: 今後の残された課題として、第一に、成体胸腺において自己複製能を長期にわたって維持する「真の自己複製性胸腺上皮幹細胞」の厳密な細胞表面マーカー(p63やNanog、Oct4、Sox2発現との関連)の同定が挙げられる。第二に、mTECにおける組織特異的自己抗原(TRA; tissue-restricted antigen)の発現が、個々の髄質島(クローン)内でどのように時間的・空間的に制御されているのか、そのエピジェネティックな制御機構の解明が必要である。第三に、頸部胸腺の系統発生学的な存在意義や、胸部胸腺切除(thymectomy)実験における頸部胸腺の代償的寄与の定量的評価が不十分であり、これが過去の免疫学実験の結果に与えた影響の検証が今後の検討課題である。本研究のlimitationとして、マウスで得られたTEPC(thymic epithelial progenitor cell; 胸腺上皮前駆細胞)の分化可塑性や頸部胸腺の知見が、ヒトの生理的・病理的状況においてどの程度保存されているかについては、倫理的・技術的制約から直接的な検証が困難であり、さらなるトランスレーショナル研究が必要とされている。

方法

本総説で議論される知見は、多岐にわたる高度な発生遺伝学的および免疫学的実験手法の統合に基づいている。知見の収集にあたり、PubMedおよびEmbaseを用いた系統的文献検索を実施し、胸腺発生の分子機構に関する証拠をGRADE(Grading of Recommendations Assessment, Development and Evaluation)に基づいて体系的に評価した。

系統発生学的比較解析として、無顎類から軟骨魚類(サメ)、両生類、鳥類(ニワトリ)、哺乳類(マウス、ヒト)に至る胸腺の解剖学的配置と咽頭嚢起源の比較が行われた。各種における胸腺原基の数、位置、および最終的な器官配置の多様性を記述的に整理した。

胚操作技術として、胎生期マウス胚の咽頭嚢領域に対する in vitro での蛍光色素(DiIなど)を用いた局所標識法や、第3咽頭嚢内胚葉のみを厳密に分離してヌードマウスの Foxn1 変異体である Foxn1nu(Foxn1 nude; Foxn1ヌード)マウスの腎被膜下に移植する組織移植実験が用いられた。E10.5(胎生10.5日)のマウス胚において外胚葉表面を蛍光色素で特異的に標識し、30時間培養した追跡実験により、形成された胸腺内への外胚葉由来細胞の寄与を検証した。

胸腺上皮の機能的再構築アッセイとして、胎生期胸腺から単離した上皮細胞を遠心再凝集させるRFTOC(reaggregate fetal thymus organ culture; 胎生胸腺再凝集器官培養)法、およびこれを生体内に移植する reaggregate thymus organ graft 法が活用された。これらの方法により、上皮細胞の機能的再構築能を in vivo で評価した。

細胞のクローン性を証明するため、MHCクラスIIのミスマッチを有する胚盤胞へのES(embryonic stem; 胚性幹)細胞注入によって作製された4親キメラマウス(tetraparental chimeras)の組織解析が行われた。mTECとcTECの起源比率を比較することで、両者の共通起源を検証した。また、単一のEpCAM1(epithelial cell adhesion molecule 1; 上皮細胞接着分子1)陽性TECを非蛍光宿主胸腺に注入して移植する単一細胞系譜追跡法が実施され、単一細胞レベルでの分化能が評価された。

遺伝学的系譜追跡(fate mapping)​として、K14-Cre(Keratin 14-Cre; ケラチン14プロモーター駆動Creリコンビナーゼ)、Foxn1-Cre、Wnt1-Cre、P0-Cre(myelin protein zero-Cre; 髄鞘プロテインゼロプロモーター駆動Creリコンビナーゼ)などの組織特異的Cre発現マウスと、Cre依存的レポーター(YFP、Egfp、LacZ)を組み合わせたシステムが駆使された。K14-Creを用いたランダムな一過性標識により、生後の胸腺において複数のクローン性子孫パターンが観察された。

細胞表面マーカー解析として、MTS10、MTS24、UEA-1(Ulex europaeus agglutinin-1; ヨーロッパヤドリギ由来レクチン-1)、Cld3,4(claudin-3/4; クローディン-3/4)、Aireなどの特異的抗体を用いたフローサイトメトリーおよび免疫組織化学解析が適用された。BrdU連続標識実験により、成体TECの増殖回転が定量化された。

統計解析においては、生存曲線解析におけるKaplan-Meier法やlog-rank検定、群間比較におけるMann-Whitney U検定などの標準的な統計手法が、各オリジナル論文のデータ解析に用いられている。実験に使用された代表的なマウス系統として、C57BL/6JやBALB/cなどの標準的な近交系マウスが挙げられる。