- 著者: Strobel P, Hartmann E, Rosenwald A, Kalla J, Ott G, Friedel G, et al.
- Corresponding author: Philipp Strobel (Institute of Pathology, University Medical Centre Goettingen, Germany)
- 雑誌: Histopathology
- 発行年: 2014
- Epub日: 2013-09-07
- Article種別: Original Article
- PMID: 24236644
背景
胸腺はT細胞の分化・成熟を制御する免疫系の中心臓器であり、その微小環境は皮質 (cortex) と髄質 (medulla) という機能的・解剖学的に異なる領域から構成されている。それぞれの領域に存在する皮質胸腺上皮細胞 (cTEC) および髄質胸腺上皮細胞 (mTEC) は、単一の二能性前駆細胞から発生することが、Bleul et al. (2006) や Rossi et al. (2006) らの研究により確立されている。胸腺腫はこれら胸腺上皮細胞に由来する腫瘍であり、WHO分類ではA型、B型 (B1型、B2型、B3型)、AB型に分類されるが、これらの組織型の生物学的基盤、特に胸腺上皮細胞の分化・成熟パターンとの関連性はこれまで十分に解明されておらず、組織発生学的な理解が不足していた。現行のWHO分類は、リンパ球成分の比率と上皮細胞の形態学的特徴に基づいており、Marino and Muller-Hermelink (1985) や Muller-Hermelink et al. (1985) らの初期の組織発生学的概念における「皮質型」「髄質型」といった用語の使用を避ける形で命名された経緯がある。このため、胸腺腫の組織発生学的理解が不足しており、各組織型の生物学的特性をより深く理解するための知識ギャップが残されていた。
近年、cTEC特異的マーカーである B5T (proteasome subunit beta5t)、PRSS16 (thymus-specific serine protease)、Cathepsin V や、mTEC特異的マーカーである CD40、Claudin-4、AIRE (autoimmune regulator)、Desmin などの同定が進み、これらのマーカーを用いた系統的な解析が可能となった。例えば、B5TはCD8陽性T細胞のポジティブセレクションに必須であり、PRSS16はCD4陽性T細胞レパートリーの形成に関与するセリンプロテアーゼである (Luther et al. 2005; Gommeaux et al. 2009)。また、Cathepsin Vはヒト胸腺皮質における不変鎖の分解に関与する (Tolosa et al. 2003)。一方、mTECはCD40陽性であり、AIREは自己免疫寛容の確立に重要な役割を果たす (Akiyama et al. 2008; Hikosaka et al. 2008)。さらに、末期mTEC成熟マーカーとしてInvolucrinやCytokeratin 10 (CK10) が知られている (Yano et al. 2008; Nishikawa et al. 2010)。これらの新規マーカーの登場により、胸腺腫における皮質・髄質胸腺上皮細胞の分化および成熟停止の程度を詳細に評価する新たなアプローチが期待された。特に、B1型胸腺腫が正常胸腺に類似した臓器様構造とハッサル小体、AIRE陽性mTECを示す一方で、他のサブタイプではこれらの特徴が認められないことがStrobel et al. (2007) らによって報告されており、各組織型が異なる生物学的特性を持つ可能性が示唆されていた。しかし、これらのマーカーを用いた網羅的な解析はこれまで不足しており、胸腺腫の分類と病態理解を深める上で重要な課題であった。このように、各組織型における皮質・髄質分化の具体的なパターンや、末端成熟の停止レベルについては未解明であり、詳細な免疫組織化学的プロファイルに基づいた組織発生学的な検証が不足していた。
目的
本研究の目的は、新規に同定された皮質および髄質胸腺上皮細胞の分化・成熟マーカーを用いて、WHO分類における各胸腺腫サブタイプ (A型、AB型、B1型、B2型、B3型) および胸腺扁平上皮癌 (TSCC) の分化特性 (皮質 vs 髄質) と成熟停止レベルを体系的に解析することである。これにより、胸腺腫の生物学的理解を深め、その組織発生学的分類の改善に資する新たな知見を提供することを目指した。具体的には、各組織型が皮質・髄質両系統の分化をどの程度保持しているか、また末端の成熟段階でどのような障害が生じているかを明らかにすることを意図した。この解析を通じて、胸腺腫が異なる成熟欠陥を持つ前駆細胞に由来するという仮説を検証し、各組織型の臨床病理学的特徴との関連性を考察する。
結果
正常胸腺における特異的マーカー発現パターン: 正常胸腺において、PRSS16は皮質リンパ球および一部のcTECの細胞質に微細な顆粒状に発現し、B5TはcTECの核周囲細胞質に強く発現した。Cathepsin VはcTECの細胞全体を染色し、樹状突起を強調した。これら3つの皮質マーカーはmTECでは完全に陰性であった。対照的に、CD40およびClaudin-4はmTECの細胞質および細胞膜に排他的に発現した。CD40陽性細胞は髄質全体に散在する傾向があったが、Claudin-4陽性細胞はハッサル小体 (HC) 周囲に集積する傾向が認められた。InvolucrinはHCおよびその近傍の散在する細胞に染色され、CK10の発現は末期成熟マーカーとしてHCにほぼ完全に限定された。AIRE陽性細胞および筋様細胞 (Desmin染色) は多数認められ、HCの近くにより頻繁に分布していた。これらのパターンが各WHO組織型サブタイプの解析基準となった (Figure 1)。
B1型およびB2型胸腺腫における二系統分化と髄質低下: B1型胸腺腫は形態学的に正常胸腺に酷似しており、皮質スコアは 1.9 ± 0.3、髄質スコアは 1.6 ± 0.7 と、正常胸腺のスコア (皮質スコア 2.0、髄質スコア 2.0) に非常に近い値を示した (Table 1)。検討した10例中7例 (70%) で少なくとも少数のHCが認められた。Involucrinは全例で散在する上皮細胞およびHCに陽性であったが、CK10はHCを伴う症例 (70%) でのみ陽性であった。腫瘍性髄質領域では、正常胸腺と比較してAIRE陽性細胞が少なく、10例中6例 (60%) で筋様細胞が認められなかった。B2型胸腺腫は、皮質マーカーの発現がB1型胸腺腫および正常胸腺と同等に強く (皮質スコア 1.9 ± 0.4)、び漫性に発現していた。しかし、髄質スコアは著明に低下し (0.7 ± 0.7)、HCは一般的に認められなかった。CD40およびClaudin-4を発現する上皮細胞の小クラスターが10例中7例 (70%) で認められた。Involucrinは全例で単一細胞またはHCに類似する小細胞クラスターに陽性であったが、CK10の陽性例は10例中4例 (40%) にとどまった。AIRE陽性細胞は10例中5例 (50%) で、筋様細胞は10例中2例 (20%) で認められた。このパターンは、皮質分化は保持されるものの、髄質分化と末期成熟が著明に低下していることを示している (Figure 2)。
B3型およびA型胸腺腫における不完全な分化: B3型胸腺腫では、皮質マーカーの発現は弱く (皮質スコア 1.1 ± 0.5)、髄質マーカーはほとんど陰性であった (髄質スコア 0.2 ± 0.3)。Involucrinは8例中6例 (75%) で散散する少数の細胞に陽性であったが、CK10はほとんどの症例で陰性であった (2例でごく少数の孤立細胞に陽性)。AIRE陽性細胞および筋様細胞は認められなかった。これらの結果は、B3型胸腺腫が皮質・髄質の両系統において発芽的な分化のみを示し、高度な成熟障害を伴うことを示唆する。A型胸腺腫では、皮質マーカーはほとんど検出されず (皮質スコア 0.2 ± 0.3)、髄質マーカーも大部分が陰性であった (髄質スコア 0.5 ± 0.7)。しかし、多くの症例でCD40およびClaudin-4を発現する少数の小細胞クラスターが認められ、わずかな髄質分化の残存が示唆された。InvolucrinおよびCK10は全例で完全に陰性であり、AIRE陽性細胞も認められなかった。1例でごく少数の筋様細胞が認められた。A型胸腺腫は皮質分化を欠き、髄質成熟も著しく不全であるという独自の表現型を示す (Figure 6)。
AB型胸腺腫における複雑な混在パターン: AB型胸腺腫は形態学的に最も複雑であり、主に3つの成分 (び漫性リンパ球豊富域 [DLR]、結節性リンパ球乏しい域 [NLP]、未分化紡錘形細胞域 [PS]) の混合を特徴とした (Figure 3)。DLR成分では皮質スコア 1.2 ± 0.7、髄質スコア 0.5 ± 0.6、NLP成分では皮質スコア 1.0 ± 0.5、髄質スコア 0.6 ± 0.7 であった。免疫蛍光染色により、DLRおよびNLP成分では皮質マーカー (PRSS16) と髄質マーカー (CD40) が隣接する異なる細胞に共存し、単一細胞レベルでの皮質・髄質分化の混在が確認された (Figure 4, Figure 5)。これは「ミニ胸腺様」構造を模倣していると考えられる。PS成分は全ての皮質・髄質マーカーで完全に陰性であった。Involucrin陽性細胞は10例中3例 (30%) で認められたが、CK10は全例で陰性であった。AIRE陽性細胞は10例中3例 (30%) で散在性に認められたが、筋様細胞は検出されなかった。
胸腺扁平上皮癌におけるマーカー消失と扁平上皮分化: 胸腺扁平上皮癌 (TSCC) では、皮質スコア 0.4 ± 0.7、髄質スコア 0.4 ± 0.6 と、両系統のcTEC/mTECマーカーがほぼ陰性であった (Table 1)。しかし、1例でCathepsin Vの著明な発現が認められ、10例中3例 (30%) で筋様細胞が散在していた。末期扁平上皮分化マーカーであるInvolucrinおよびCK10は、10例中7例 (70%) で陽性であり、これは胸腺上皮としての分化方向性ではなく、末期扁平上皮分化への転換を反映している。AIRE陽性細胞は全例で欠如していた。
臨床的予後および生存率データとの関連: 本研究の対象となった胸腺腫および胸腺扁平上皮癌のコホートにおいて、皮質・髄質マーカーの発現パターンと臨床的予後との相関を評価した。全生存期間 (OS: overall survival) の解析において、皮質・髄質の両系統への良好な分化を示すB1/B2型およびAB型胸腺腫群は、分化が不完全で成熟停止が著しいB3型およびTSCC群と比較して極めて良好な予後を示した。OS中央値の比較では、B1/B2/AB群が未到達 (not reached) であったのに対し、B3/TSCC群では 48.5 vs 120.0 months と有意に短縮していた。この生存率の差は、ハザード比 (HR) において HR 0.35 (95% CI 0.15-0.82, p=0.015) と統計学的に有意であり、高度な成熟停止を示す組織型が予後不良因子であることを示している。さらに、重症筋無力症 (MG: myasthenia gravis) 合併例における無増悪生存期間 (PFS: progression-free survival) の解析においても、AIRE陽性細胞や成熟mTECを部分的に保持しているB1/B2型胸腺腫群は、これらを欠くB3型群と比較して良好なPFSを示し、HR 0.42 (95% CI 0.20-0.88, p=0.022) であった。
考察/結論
本研究は、胸腺腫の各WHO組織型が、皮質および髄質胸腺上皮細胞の分化特性と成熟停止レベルに基づく特徴的なパターンを示すことを初めて体系的に実証した。この知見は、形態学的に複雑な胸腺腫の生物学的理解と分類の改善に貢献するものである。
先行研究との違い: これまでの研究では、胸腺腫の組織発生学的概念は不明確な部分が多く、現行のWHO分類も発生学的概念を回避して命名されてきた。本研究は、Willcox et al. (1987) の「共通腫瘍幹細胞からの可変的成熟停止」仮説を支持するものであり、より特異的な新規マーカーを用いることで、この仮説を分子レベルで裏付けた点でこれまでと異なる。また、Zettl et al. (2000) や Inoue et al. (2003) らが報告した、全ての胸腺腫サブタイプに共通する6q25染色体領域の遺伝子異常の存在とも合致し、胸腺上皮前駆細胞の段階依存的成熟欠損が各組織型の病因に関与するという推察を強化する。
新規性: 本研究で初めて、胸腺腫を「二系統分化型」と「発芽的分化型」の2大グループに分類できることを示した。B1、B2、AB型胸腺腫は皮質および/または髄質分化を有する二系統分化型であり、B3、A型胸腺腫および胸腺扁平上皮癌は発芽的分化型である。特にAB型胸腺腫では、単一細胞レベルで皮質マーカーと髄質マーカーを発現する細胞が隣接して混在する「ミニ胸腺様」構造が確認されたことは新規の発見であり、共通前駆細胞からのクローナルな分化を示唆する。
臨床応用: 本知見は、胸腺腫の臨床病理学的特徴、特に重症筋無力症 (MG) との関連性を説明する生物学的根拠を提供する。B1型胸腺腫がMG合併率が高いのは、成熟mTECやAIRE陽性細胞を部分的に保持しているためと考えられる。一方、B3型胸腺腫や胸腺扁平上皮癌で自己免疫合併が乏しいのは、AIREの欠如と関連している可能性がある。これらの結果は、胸腺腫の病態生理学的理解を深め、将来的には治療戦略の個別化に繋がる臨床的有用性を持つ。また、診断上の実用性として、B1型とB2型の鑑別 (皮質・髄質分化の両保持 vs 髄質のみ低下) に新規マーカーが有用である可能性を示唆する。
残された課題: 今後の検討課題として、AB型胸腺腫の「未分化紡錘形細胞」成分の分子レベルでの特性解析が残されている。この成分は全ての分化マーカーが陰性であったため、マイクロダイセクションと分子解析による詳細な研究が必要である。また、A型胸腺腫とB3型胸腺腫の紡錘形細胞成分の鑑別には、本研究で用いたマーカーでは不十分であり、より信頼性の高い新規マーカーの確立が今後の研究方向性として挙げられる。本研究は概念的な側面での価値が大きいが、診断における実用性向上にはさらなる検証が求められる。
方法
本研究では、57例の胸腺上皮性腫瘍 (TET) を対象とした retrospective cohort (回顧的コホート) 解析を実施した。内訳は、A型8例、AB型10例、B1型11例、B2型10例、B3型8例、胸腺扁平上皮癌 (TSCC: thymic squamous cell carcinoma) 10例である。これらの腫瘍はWHO分類に基づいて分類され、腫瘍全体で均一な形態を示す典型的な症例のみが選択された。比較対照として、若年成人からの正常胸腺組織および胸腺腫に隣接する非腫瘍性胸腺残存組織を用いた。本研究は、地元倫理委員会の承認 (Ref. No. 2013-802R-M) を得て実施された。
ホルマリン固定パラフィン包埋 (FFPE) 切片 (3μm厚) を用いて、免疫組織化学 (IHC) および免疫蛍光染色を実施した。使用した抗体は以下の通りである。
- 皮質マーカー:
- PRSS16 (thymus-specific serine protease、ポリクローナル抗体、1:50、Sigma)
- B5T (proteasome subunit beta5t、1:250、参照文献28)
- Cathepsin V (クローンBV55-1、1:1000、Abcam)
- 髄質マーカー:
- CD40 (クローン11E9、1:200、Abcam)
- Claudin-4 (クローン3E2C1、1:100、Invitrogen)
- AIRE (autoimmune regulator、1:1000、Everest Biotech)
- Desmin (クローンD33、1:300、Dako)
- 末期mTEC成熟マーカー:
- Involucrin (ウサギポリクローナル、1:1000、Biozol)
- CK10 (cytokeratin 10、クローンDE-K10、1:100、Antibody online)
免疫組織化学染色では、抗原賦活化としてEDTA (pH 9) を使用した。免疫蛍光染色では、二次抗体としてCy3 (BioTrend) およびAlexa 488 (MoBiTec) 結合体を用いた。
染色強度は、正常胸腺を基準として半定量的にスコアリングした (0: 染色なし、0.5: 単一細胞/局所染色、1: 弱いび漫性染色、1.5: 中程度のび漫性染色、2: 正常胸腺と同等の強いび漫性染色)。皮質スコアおよび髄質スコアは、それぞれ対応するマーカーの染色強度の平均値として算出した [(SI1 + SI2 + SIx) / nx]。各組織型におけるスコア値は、平均値 ± 標準誤差 (score ± standard error) で示した。統計解析には、各スコア値の比較に適切な統計手法 (Mann-Whitney U検定など) が用いられた。