• 著者: Yamada Y, Simon-Keller K, Belharazem-Vitacolonnna D, Bohnenberger H, Kriegsmann M, Kriegsmann K, Hamilton G, Graeter T, Preissler G, Ott G, Roessner ED, Dahmen I, Thomas RK, Ströbel P, Marx A
  • Corresponding author: Yosuke Yamada (Department of Diagnostic Pathology, Kyoto University Hospital, Kyoto, Japan)
  • 雑誌: Journal of Thoracic Oncology
  • 発行年: 2021
  • Epub日: 2021-02-17
  • Article種別: Original Article
  • PMID: 33609752

背景

胸腺上皮性腫瘍 (TET; thymic epithelial tumor) は、縦隔に発生する極めて稀少な胸部腫瘍である。組織学的に良性から低悪性度の胸腺腫 (thymoma) と、高度に侵襲的で予後不良な胸腺癌 (TC; thymic carcinoma) に大別される。胸腺癌のなかでも胸腺扁平上皮癌 (TSQCC; thymic squamous cell carcinoma) は全体の約80%を占める最多の組織型であるが、手術不能例や再発例に対する有効な全身化学療法は極めて限定的である。TETの生物学的特性は、その希少性と代表的なヒト細胞株の不足により、これまで十分に理解されてこなかった。近年、Radovich et al. CancerCell 2018によるTCGA (The Cancer Genome Atlas) プロジェクトや、Petrini et al. NatGenet 2014によるゲノム解析など、大規模な分子プロファイリング研究によってTETの遺伝学的背景の解明が進められてきた。しかし、これらの先行研究においても、治療標的となり得るドライバー遺伝子変異の同定は極めて不十分であり、依然として治療選択肢の拡大に向けた知識ギャップが存在している。

特に、TSQCCにおいては、受容体型チロシンキナーゼであるKIT (CD117) やT細胞マーカーであるCD5が頻繁に高発現することが知られているが、なぜ非リンパ球系の上皮性腫瘍であるTSQCCにおいてこれらの分子が特異的に発現するのか、その生物学的な発生起源や詳細な分子メカニズムは未解明のままであった。最近、マウス胸腺の髄質胸腺上皮細胞 (mTEC; medullary thymic epithelial cell) の極めて稀なサブセットとして、化学感覚受容能を持つ「胸腺tuft cell (thymic tuft cells)」が同定された。さらに、Huang et al. GenesDev 2018は、tuft cellのマスター転写因子であるPOU2F3 (POU class 2 homeobox 3) に依存して生存する、神経内分泌マーカー陰性の新規小細胞肺癌 (SCLC) サブタイプ (tuft cell様SCLC) を報告した。これらの知見は、TSQCCにおけるKITやCD5の発現が胸腺髄質に存在するtuft cellの分化プログラムに由来する可能性を示唆している。しかし、実際のヒトTSQCC標本におけるtuft cell様表現型の具体的な発現頻度や、それがKIT発現、染色体コピー数異常、臨床病理学的特性とどのように関連しているかについては、系統的な解析が不足しており、依然として重要な課題として残されていた。

目的

本研究の目的は、自施設コホートおよび複数の独立した公開ゲノムデータベースを用いて、胸腺上皮性腫瘍 (TET) および主要な肺癌組織型 (肺扁平上皮癌、肺腺癌、肺大細胞神経内分泌癌) におけるtuft cell様mRNAおよびタンパク質発現シグネチャーの存在頻度を網羅的に解析することである。さらに、このtuft cell様フェノタイプが、臨床診断マーカーであるKIT発現、特徴的な染色体コピー数異常 (16q欠失など)、遺伝子変異プロファイル、および患者の臨床病理学的特性とどのように相関しているかを明らかにし、胸腺癌および肺癌における新しい分子サブセットとしての妥当性を検証することを目的とした。

結果

正常胸腺tuft cellにおけるKIT発現の同定: マウス胸腺上皮細胞 (TEC) の単一細胞RNA-seq公開データセット (GSE114651) を再解析した結果、正常な髄質胸腺上皮細胞 (mTEC) サブセットのなかで、胸腺tuft cellが最も高いレベルでkit mRNAを発現していることを突き止めた。また、非腫瘍性ヒト胸腺組織を用いた免疫組織化学 (IHC) 解析により、POU2F3陽性細胞がHassall小体 (Hassall’s corpuscles) の周囲および髄質領域に限定して局在することを確認した (Figure 2B)。

胸腺腫瘍におけるtuft cell様遺伝子発現: TCGAデータセット (n=117) の解析において、POU2F3、GFI1B、ALOX5 (arachidonate 5-lipoxygenase)、CHAT (choline acetyltransferase)、L1CAM (L1 cell adhesion molecule) などの代表的なtuft cell関連遺伝子群のmRNA発現レベルは、胸腺腫 (A型、AB型、B1-B3型) と比較して、胸腺癌において有意に高発現していた (p<0.05) (Figure 1)。この結果は、自施設コホート (n=60) のRT-qPCR解析でも再現され、POU2F3およびGFI1BのmRNA発現は胸腺癌において胸腺腫の全サブタイプよりも有意に高値を示した (p<0.01) (Figure 2A)。

IHCによるPOU2F3タンパク質発現と組織型特異性: 自施設IHCコホートにおいて、胸腺扁平上皮癌 (TSQCC) 25例中18例 (72%) がPOU2F3陽性 (腫瘍細胞の40-100%に核染色を認める) であった (Figure 2C, Table 1)。これに対し、全胸腺腫 (A/AB/B1/B2/B3型、計99例) および胸腺神経内分泌腫瘍 (31例中30例) は、ほぼ完全にPOU2F3陰性であり、極めて強い組織型特異性が認められた (p<0.01)。また、他臓器の扁平上皮癌 (食道5例、頭頸部8例、皮膚5例) や肺扁平上皮癌 (106例中104例) もPOU2F3陰性であった (p<0.01) (Table 1)。

tuft cell様TSQCCにおけるKIT発現および16q欠失との相関: TSQCCにおいて、POU2F3とKITのmRNA発現レベルは極めて強い正の相関を示した (Spearman r=0.409-0.795)。IHC解析においても、POU2F3陽性TSQCC 17例の全例 (100%) がKIT陽性であり、さらにそのうち12例 (70%) がCD5陽性であった (p=0.02)。また、胸腺癌において最も頻度の高い染色体コピー数異常である「16q欠失」は、tuft cell様胸腺癌12例中12例 (100%) の全例に認められたのに対し、非tuft cell様胸腺癌4例中0例 (0%) では全く認められず、両群間で完全に分離していた (p<0.001) (Figure 3A)。

肺扁平上皮癌におけるtuft cell様サブセットの同定: TCGAコホート (n=484) のうち9例 (2%) がPOU2F3およびGFI1Bを共発現するtuft cell様サブセットとして同定された。このサブセットは、KITの共発現、他のtuft cellマーカー (TRPM5, SOX9, CHAT, ASCL2, AVIL) の有意な上昇 (p<0.001) を伴っていた (Figure 4A)。遺伝子変異解析では、RB1不活性化変異の頻度がtuft cell様群で4/9例 (44%) であり、非tuft cell様群の29/472例 (6%) と比較して有意に高頻度であった (p<0.001) (Figure 4C)。臨床的には、女性および重度喫煙者が有意に多く (p<0.05)、発見時の臨床病期が有意に早期 (Stage I) であった (p=0.01) (Figure 4D)。

肺腺癌におけるtuft cell様サブセットの同定: TCGAコホート (n=510) のうち3例 (<1%) がtuft cell様サブセットとして同定された。これらは肺SQCCと同様にKITを過剰発現し、RB1変異 (スプライシング変異1例、ディープデリーション1例) をTP53変異とともに有し、組織学的に低分化であった。肺SQCCと肺腺癌のtuft cell様腫瘍を統合した階層的クラスタリング解析では、これら2つの異なる組織型由来の腫瘍が単一のクラスターを形成し、極めて類似した腫瘍生物学を有することが示された (Figure 4E)。

肺大細胞神経内分泌癌におけるtuft cell様サブセットの同定: George et al. 2018のデータセット (n=66) の解析により、12例 (18%) がtuft cell様サブセットとして同定された。このサブセットは、神経内分泌マスター転写因子であるASCL1、NEUROD1、YAP1がすべて陰性であり、神経内分泌マーカー (CHGA, SYP) の発現が有意に低下していた (p0.004) (Figure 5B)。また、RB1変異率が7/12例 (58%) と有意に高値を示し (vs 非tuft cell様群 14/54例 [26%], p=0.002)、かつLCNECで特徴的なSTK11変異が0/12例 (0%) と完全に欠如していた (vs 非tuft cell様群 10/54例 [19%], p=0.04) (Figure 5C)。

生存期間解析と標的可能変異の欠如: 肺LCNECにおける生存解析の結果、tuft cell様群と非tuft cell様群の間で全生存期間 (OS) に有意な差は認められなかった (p=0.85) (Figure 5D)。また、肺扁平上皮癌、肺腺癌、肺LCNECを合わせたすべてのtuft cell様肺癌 (n=24) において、EGFR、ALK、ROS1、BRAFなどの既知の治療標的となるドライバー遺伝子変異は一切検出されなかった。

考察/結論

本研究は、正常胸腺においてtuft cellがKITを最高発現するmTECサブセットであることを突き止め、さらにその腫瘍対応物として、胸腺扁平上皮癌 (TSQCC) の約70%がPOU2F3陽性のtuft cell様表現型を有していることを世界で初めて明らかにした。

先行研究との違い: 従来の知見では、tuft cell様特性を示す腫瘍は小細胞肺癌 (SCLC) の一部 (10-20%) のみに限られるとされていたが、本研究が示したTSQCCにおける72%という圧倒的な陽性率は、これまでの常識と大きく異なる。また、胸腺腫 (特にB型) においてはPOU2F3発現が完全に欠如している点は、胸腺様微小環境の特徴を欠くTSQCCで高頻度に発現していることと対照的である。この逆説的な観察は、胸腺腫とTSQCCの発生機序が根本的に異なるメカニズムに基づいている可能性を示唆する。胸腺腫におけるPOU2F3の欠損は、Strobel et al. Histopathology 2014が報告したmTECの最終分化停止 (maturational arrest) と関連していると考えられる。

新規性: 本研究で初めて、胸腺癌のみならず、肺扁平上皮癌 (2%)、肺腺癌 (<1%)、および肺LCNEC (18%) においても、POU2F3およびGFI1Bの共発現を特徴とする極めて稀なtuft cell様サブセットが共通して存在することを新規に同定した。特に、tuft cell様肺LCNECにおいてSTK11変異が完全に欠如し、tuft cell様肺扁平上皮癌および腺癌においてRB1不活性化変異が有意に濃縮されているという遺伝学的特徴は、これまで報告されていない新規の知見である。

臨床応用: 臨床的意義として、TSQCCや一部の肺癌におけるKIT発現がPOU2F3を介したtuft cell分化プログラムに依存しているという発見は、イマチニブなどのKIT阻害薬を用いた標的治療の個別化戦略に新たな道を開くものである。また、tuft cell様肺扁平上皮癌が胚性幹細胞 (ES細胞) 様シグネチャー (NANOGなど) を有していることは、分化誘導療法や特定の免疫微小環境を標的とした治療戦略の臨床応用に繋がる可能性がある。

残された課題: 本研究の主たる限界 (limitation) として、肺癌におけるtuft cell様サブセットの解析が主に公開ゲノムデータベースに依存しており、実臨床における詳細な病理組織学的・免疫組織化学的な検証が未だ不十分である点が挙げられる。今後の検討課題として、より大規模な実臨床コホートを用いた前方視的な検証が必要である。また、tuft cell様癌細胞株のモデルシステムを確立し、このユニークな表現型を標的とした新規治療薬のスクリーニングを進めることが、今後の重要な研究方向性である。

方法

本研究は、ドイツのUniversity of Heidelberg地方倫理委員会IIの承認 (承認番号 2018-516N-MA) を得て実施された。本研究はレトロスペクティブコホート研究 (retrospective cohort study) としてデザインされ、主要評価項目 (primary endpoint) は各組織型におけるtuft cell様シグネチャーの同定および生存期間との相関解析に設定された。

  1. 公開データセットを用いたバイオインフォマティクス解析:

    • cBioPortal経由でTCGA PanCancer Atlasから、胸腺腫および胸腺癌 (n=117)、肺扁平上皮癌 (SQCC; squamous cell carcinoma) (n=484)、肺腺癌 (n=510) のRNA-sequencing (RNA-seq) によるmRNA発現データおよび遺伝子変異データを取得した。
    • 独立した検証コホートとして、Petrini et al. NatGenet 2014のTETデータセット (GSE57892; n=22) およびGeorge et al. NatCommun 2018の肺大細胞神経内分泌癌 (LCNEC; large cell neuroendocrine carcinoma) データセット (n=66) を解析した。
    • Tuft cell様腫瘍の定義は、tuft cellのマスターレギュレーターであるPOU2F3およびGFI1B (growth factor independent 1B transcriptional repressor) のmRNA発現zスコアがともに>2であることと定義した。
  2. 自施設コホートを用いたRT-qPCR解析:

    • インフォームドコンセントを得た患者から得られた60例の新鮮凍結TET組織 (WHO分類に基づくA型7例、AB型15例、B1型4例、B2型14例、B3型7例、胸腺癌13例) から全RNAを抽出し、逆転写反応を行った。
    • POU2F3、GFI1B、CD5、KITのmRNA発現量を、SYBR Greenを用いたリアルタイム定定量PCR (RT-qPCR) 法により定量した。ハウスキーピング遺伝子としてB2M (beta-2-microglobulin) を使用した。
  3. 免疫組織化学 (IHC) 解析:

    • 合計344例のホルマリン固定パラフィン包埋 (FFPE) 組織マイクロアレイ (TMA) または全切片標本を用いた。内訳は、TET 124例 (胸腺腫99例、TSQCC 25例を含む)、胸腺腺癌1例、胸腺神経内分泌腫瘍 (NEN; neuroendocrine neoplasm) 31例、食道扁平上皮癌5例、頭頸部扁平上皮癌8例、消化管神経内分泌腫瘍 (GI-NEN) 49例、肺NEN 43例、肺扁平上皮癌106例、皮膚基底細胞癌 (BCC; basal cell carcinoma) 5例、皮膚扁平上皮癌5例である。
    • 抗POU2F3抗体および抗GFI1B抗体を用いてIHCを実施した。腫瘍細胞の40%以上が中等度から強度の核染色を示す場合を陽性と判定した。
  4. 統計解析:

    • 連続変数の2群間比較にはWilcoxonの符号付き順位検定、カテゴリ変数の比較にはカイ二乗検定 (chi-square test) またはフィッシャーの正確確率検定 (Fisher’s exact test) を用いた。
    • 生存解析はKaplan-Meier法を用いて生存曲線を描出し、ログランク検定 (log-rank test) で有意差を検定した。多変量解析にはコックス比例ハザードモデル (Cox proportional hazards model) を用いた。統計的有意水準はp<0.05とした。