• 著者: Toshihiko Agatsuma, Tomonobu Koizumi, Shintaro Kanda, Michiko Ito, Kazuhisa Urushihata, Hiroshi Yamamoto, Masayuki Hanaoka, Keishi Kubo
  • Corresponding author: Tomonobu Koizumi (Division of Clinical Oncology, Comprehensive Cancer Center, Shinshu University Hospital, Matsumoto, Japan)
  • 雑誌: Journal of Thoracic Oncology
  • 発行年: 2011
  • Epub日: N/A
  • Article種別: Original Article
  • PMID: 21892103

背景

胸腺癌は、胸腺上皮性腫瘍全体の約5%から36%を占めるに過ぎない極めて稀少な悪性腫瘍である。臨床的には侵襲性が非常に高く、広範な遠隔転移を来しやすいため、極めて予後不良な疾患として知られている。切除不能な進行期胸腺癌に対しては、プラチナ製剤を含む全身化学療法が治療の主軸となるが、その稀少性ゆえに大規模な前向き臨床試験の実施が困難であり、最適な一次治療レジメンは依然として「未確立」の状況にある。

これまでの先行研究において、シスプラチンを基盤とした多剤併用化学療法の有用性が散発的に報告されてきた。例えば、Fornasiero et al. (1991) は侵襲性胸腺腫に対して ADOC (cisplatin, doxorubicin, vincristine, and cyclophosphamide) 療法を施行し、91.8%という極めて高い奏効率を報告した。さらに、Koizumi et al. AmJClinOncol 2002 は、進行胸腺癌患者8例に対する ADOC 療法の後方視的解析において、奏効率75%という有望な成績を示した。また、Yoh et al. (2003) による CODE (cisplatin, vincristine, doxorubicin, and etoposide) 療法の報告(奏効率41.7%)や、Igawa et al. (2010) によるカルボプラチン+パクリタキセル療法の報告(奏効率36.4%)など、複数の選択肢が模索されてきた。

しかしながら、これらの報告はいずれも極めて小規模な症例数に基づくものであり、進行胸腺癌に対する最適な化学療法レジメンを決定づけるためのエビデンスとしては依然として「不足している」のが現状であった。したがって、単一施設における比較的まとまった症例数を用いた、ADOC 療法およびその修飾レジメンの有効性と安全性を検証する系統的な後方視的解析が強く求められていた。

目的

本研究の目的は、未治療の切除不能進行胸腺癌患者を対象に、ドキソルビシン、ビンクリスチン、シクロホスファミド、およびプラチナ化合物(シスプラチンまたはカルボプラチン)の4剤併用化学療法を一次治療として施行した際の、臨床的有効性(腫瘍縮小効果、病勢コントロール率、および生存期間)と安全性・忍容性を後方視的に評価・検証することである。さらに、シスプラチンが不適応となる高齢者や腎機能低下例、全身状態不良例に対するカルボプラチン代替投与の臨床的有用性についてもサブグループ解析を通じて検討を行い、実臨床における最適な治療戦略の提示を目指す。

結果

患者背景および臨床病理学的特徴: 対象患者34例の背景情報を詳細に分析した。男性22例 (64.7%)、女性12例 (35.3%) であり、年齢中央値は56歳 (範囲36-82歳) であった。ECOG PS は 0が23例 (67.6%)、1が5例 (14.7%)、2が6例 (17.6%) であり、PS良好例 (0/1) が82.4%を占めていた (Table 1)。組織型は扁平上皮癌が25例 (73.5%) と最多であり、次いで未分化癌が6例 (17.6%)、小細胞癌が2例 (5.9%)、大細胞神経内分泌癌 (LCNEC) が1例 (2.9%) であった。臨床病期はMasaoka分類に基づき、stage IVa が12例 (35.3%)、stage IVb が22例 (64.7%) であり、全例が切除不能な進行期症例であった。治療サイクル数の中央値は4回 (範囲1-6回) であった (Table 1)。

化学療法に対する腫瘍縮小効果と病勢コントロール率: 34例全例における治療効果を評価した結果、完全奏効 (CR) は0例 (0%) であったが、部分奏効 (PR) を17例 (50.0%) に認め、安定 (SD) は13例 (38.2%)、進行 (PD) は4例 (11.8%) であった。これにより、客観的奏効率 (ORR) は50.0% (17/34例)、病勢コントロール率 (DCR) は88.2% (30/34例) に達した (Table 2)。化学療法後に腫瘍の著明な縮小が得られた3例 (8.8%) においては、追加治療として根治的な外科的切除術 (サルベージ手術) が施行され、集学的治療の可能性が示された。一方、PDを示した4例のうち、2例は全身状態の悪化により最善の緩和ケアに移行し、他の2例は放射線治療や二次化学療法を受けたが、十分な腫瘍縮小効果は得られなかった。

全生存期間の解析と長期生存割合: 追跡期間中央値35.5ヶ月 (範囲6.2-96.5ヶ月) における全生存期間 (OS) の解析を行った。全体の生存期間中央値 (MST) は 21.3 months (95% CI 15.0-37.2 months) であり、1年生存率は72.7% (95% CI 56.8-88.6%)、3年生存率は34.4% (95% CI 16.2-52.6%) と、進行胸腺癌としては極めて良好な長期生存成績が示された (Figure 1)。この結果は、切除不能な進行期胸腺癌において、ドキソルビシン、ビンクリスチン、シクロホスファミド、およびプラチナ製剤の併用療法が、生存期間の延長に寄与する強力な治療選択肢となり得ることを裏付けている。

治療奏効度別の予後比較と生存期間の関連性: 治療奏効度 (PR、SD、PD) に基づいて患者を分類し、生存期間を比較した。カプラン・マイヤー法による生存期間中央値(MST)の比較において、PR群のMST 25.3 months (95% CI 11.2-53.0 months) vs PD群のMST 8.1 months (95% CI 2.0-23.8 months, p=0.0197) であり、またSD群のMST 37.2 months (95% CI 15.0-111.5 months) vs PD群のMST 8.1 months (95% CI 2.0-23.8 months, p=0.0199) であり、いずれもPD群に対し統計学的に有意な生存期間の延長を示した (Figure 2)。PR群 vs SD群の間には生存期間の有意差は認められなかった (p=0.3007)。SD群のMSTがPR群よりも数値上長かった背景には、SD群に比較的初期の病期 (stage IVa) の症例が多く含まれていたことや、病勢進行が緩徐な症例が存在したことが影響していると考えられた。

シスプラチン群とカルボプラチン群のサブグループ比較: プラチナ製剤の違いによる治療成績を比較した。シスプラチン群 (n=29) のORRは55.2%、DCRは89.7%であったのに対し、カルボプラチン群 (n=5) のORRは20.0%、DCRは80.0%であった。両群間でORR (p=0.3328) およびDCR (p=0.8945) に有意差はなかった。生存期間において、シスプラチン群のMST 23.8 months (95% CI 15.0-47.6 months) vs カルボプラチン群のMST 7.7 months (95% CI 2.0-32.3 months, p=0.2000) であり、有意差は認められなかった (Figure 3)。カルボプラチン群は、高齢 (年齢中央値79歳) やPS不良 (PS 2が2例)、腎機能低下などの予後不良因子を多く有していたため、直接的な比較には限界があるが、カルボプラチン代替が特定の患者集団において許容可能な選択肢となることが示唆された。

血液毒性および非血液毒性の詳細な安全性評価: 本併用療法の毒性プロファイルを評価した。主な血液毒性は骨髄抑制であり、グレード3および4の白血球減少が24例 (70.6%)、好中球減少が26例 (76.5%) に認められた (Table 3)。発熱性好中球減少症は4例 (11.8%) に発症したが、G-CSF (granulocyte colony-stimulating factor) および抗菌薬の投与により全例が速やかに回復した。グレード3の血小板減少は1例 (2.9%) のみであり、グレード3以上の貧血は認められなかった。非血液毒性としては、グレード3の食欲不振が8例 (23.5%)、悪心が7例 (20.6%)、嘔吐が2例 (5.9%) に認められたが、これらは支持療法により適切に管理可能であり、治療関連死は認められなかった。全体として、非血液毒性は軽微であり、本レジメンの忍容性は十分に高いと判断された (Table 3)。

考察/結論

先行研究との違い: 本研究は、切除不能進行胸腺癌に対するドキソルビシン、ビンクリスチン、シクロホスファミド、およびプラチナ製剤の併用療法の有効性と安全性を、単一施設の後方視的解析としては最大規模の34例で示した。従来の報告である Koizumi et al. AmJClinOncol 2002(ADOC療法のORR 75%)やYoh et al. (2003)(CODE療法のORR 41.7%)と異なり、本研究はより大規模かつ実臨床に近い患者群(stage IVbが64.7%)を対象としており、ORR 50.0%およびDCR 88.2%という現実的かつ極めて有望な治療成績を明らかにした。

新規性: 本研究で初めて、シスプラチン不適応の高齢者や腎機能低下患者に対するカルボプラチン代替ADOC療法の臨床的予後(MST 7.7ヶ月)を具体的に示し、個別化治療におけるプラチナ製剤の選択肢を新規に提示した。

臨床応用: 本研究の臨床的意義は、進行胸腺癌の一次治療においてADOC系レジメンが標準治療の強力な候補となり得ることを実証した点にある。高いDCR(88.2%)は腫瘍制御に優れ、一部の症例では化学療法後の根治的切除(サルベージ手術)への道を開くなど、臨床現場における集学的治療の展開に寄与する。

残された課題: しかしながら、本研究にはいくつかのlimitationが存在する。単一施設での後方視的解析であること、症例数が34例と依然として小規模であること、そして毒性評価基準が時代とともに変遷している点が挙げられる。したがって、最適なレジメンの確立やカルボプラチン代替の妥当性を検証するためには、多施設共同の前向き臨床試験の実施が今後の課題として残されている。また、近年注目されている分子標的治療薬(ソラフェニブやスニチニブなど)や免疫チェックポイント阻害薬との併用療法の開発も、今後の重要な研究方向性である。

方法

本研究は、1996年8月から2010年3月までに信州大学病院 (Shinshu University Hospital) 呼吸器内科において治療を受けた胸腺癌患者38例のうち、未治療かつ切除不能で、一次治療としてドキソルビシン、ビンクリスチン、シクロホスファミド、およびプラチナ製剤の併用化学療法を施行された34例を対象とした後方視的コホート研究 (retrospective cohort study) である。本研究は後方視的解析であるため、特定の臨床試験登録番号 (NCT番号など) は割り当てられていない (N/A)。また、事前のサンプルサイズ計算 (sample size calculation) は行っておらず、対象期間中に条件を満たした全34例を解析対象とした。

全症例は、WHO (World Health Organization) 基準に基づいて組織学的に胸腺癌と診断され、画像所見等から全例が Masaoka et al. Cancer 1981 の分類における stage IVa または IVb の切除不能進行期に該当することを確認した。主要評価項目 (primary endpoint) は全生存期間 (overall survival: OS) とし、副次評価項目 (secondary endpoint) は客観的奏効率 (objective response rate: ORR)、病勢コントロール率 (disease control rate: DCR)、および安全性 (毒性プロファイル) とした。

治療プロトコルとして、29例には標準的な ADOC 療法を施行した。具体的には、シスプラチン 50 mg/m2 (day 1)、ドキソルビシン 40 mg/m2 (day 1)、ビンクリスチン 0.6 mg/m2 (day 3)、およびシクロホスファミド 700 mg/m2 (day 4) を静脈内投与した。一方、腎機能低下、高齢、または全身状態不良 (ECOG PS [Eastern Cooperative Oncology Group Performance Status] 2) を認める5例に対しては、シスプラチンの代わりにカルボプラチン AUC (area under the curve) 3.0を day 1 に投与する代替レジメンを適用した。本治療は3〜4週間を1サイクルとし、病勢進行または許容できない毒性が発現しない限り、最大6サイクルまで繰り返された。

腫瘍縮小効果の判定は、2002年以前に治療された症例についてはWHO基準を、2003年以降の症例については RECIST (Response Evaluation Criteria in Solid Tumors) 基準を用いて評価した。生存期間の解析にはカプラン・マイヤー法 (Kaplan-Meier method) を用い、群間比較にはログランクテスト (log-rank test) を適用した。シスプラチン群とカルボプラチン群の奏効率の比較にはフィッシャーの正確確率検定 (Fisher’s exact test) を用いた。毒性の評価は、治療時期に応じてWHO基準、NCI-CTC (National Cancer Institute-Common Toxicity Criteria) v2.0、または CTCAE (Common Terminology Criteria for Adverse Events) v3.0を用いてグレード分類を行った。