- 著者: Koizumi T, Takabayashi Y, Yamagishi S, Tsushima K, Takamizawa A, Tsukadaira A, Yamamoto H, Yamazaki Y, Yamaguchi S, Fujimoto K, Kubo K, Hirose Y, Hirayama J, Saegusa H
- Corresponding author: Tomonobu Koizumi (First Department of Medicine, Shinshu University School of Medicine, Matsumoto, Japan)
- 雑誌: American Journal of Clinical Oncology
- 発行年: 2002
- Epub日: N/A
- Article種別: Original Article (Case Series)
- PMID: 12040285
背景
胸腺癌 (thymic carcinoma) は、胸腺上皮性腫瘍の中でも明確な細胞学的悪性所見を有する極めて希少な悪性腫瘍であり、胸腺腫 (thymoma) とは形態学的および生物学的に根本的に異なる臨床挙動を示す。局所浸潤にとどまらず広範な遠隔転移をきたしやすく、致死的な経過をたどることが多い。Suster and Rosai (Cancer 1991、60 例の clinicopathologic study) は胸腺癌の予後が胸腺腫と比較して著しく不良であり、5 年生存率が概して低いことを示した。Blumberg et al. (J Thorac Cardiovasc Surg 1998) は現行の病期分類が胸腺癌の予後を必ずしも正確に反映しないことを指摘し、Hsu et al. (J Thorac Cardiovasc Surg 1994) は 20 例の 10 年経験から組織亜型と予後の関連を論じた。組織型は扁平上皮癌 (squamous cell carcinoma) が最多であるが、未分化癌 (undifferentiated carcinoma) および小細胞癌 (small cell carcinoma) 等の多様な亜型が存在し、それぞれ化学療法感受性が異なる可能性が示唆されていた。
治療面では、局所切除可能症例には外科的切除と放射線療法 (radiotherapy) が標準とされてきた。しかし、Masaoka et al. が確立した臨床病期分類 (Masaoka et al. Cancer 1981) における IVa 期 (胸膜・心膜播種) または IVb 期 (遠隔転移) の進行例では、全身化学療法が不可欠となる。先行研究では cisplatin を含む多剤併用化学療法の奏効例が個別に報告されてきたが、その多くは孤発症例報告や極小規模なシリーズに留まり、至適レジメンの確立には手薄な状況が続いていた。CVB 療法 (cisplatin + vinblastine + bleomycin) による完全奏効例や PVP 療法 (Platinol/cisplatin + VP-16/etoposide doublet) による奏効例が報告されてはいたが、いずれも症例数が乏しく標準化に至っていなかった。
一方、侵襲型胸腺腫に対しては ADOC 療法 (cisplatin + doxorubicin/Adriamycin + vincristine + cyclophosphamide の 4 剤併用) が Fornasiero et al. (Cancer 1991) は 13 年間の経験から全奏効率 (ORR) 91.8%・完全奏効 (CR) 率 43% という極めて高い治療成績を示していた。さらに術前化学療法として切除可能化への寄与も確認されていた。しかし、胸腺癌 (thymic carcinoma) に対する ADOC 療法の系統的な検討は依然として不足しており、以下の問いが未解明のまま残されており、臨床エビデンスの不足が課題であった: (1) 胸腺癌と侵襲型胸腺腫の化学感受性の差異の実態、(2) PVP 療法不応例に対するサルベージ治療としての ADOC の有効性、(3) 多様な組織亜型 (扁平上皮癌・未分化癌・小細胞癌) 間の ADOC に対する感受性の違い、(4) 進行胸腺癌患者全体の生存統計の系統的な記述の欠如。本研究はこれらの課題を解決すべく設計された。
目的
Masaoka 分類 IVa または IVb の遠隔転移・切除不能な進行胸腺癌患者を対象として、ADOC 療法 (cisplatin、doxorubicin、vincristine、cyclophosphamide の 4 剤併用) の客観的奏効率 (ORR: objective response rate) と安全性を主要評価項目として評価する。副次的に、PVP 療法不応例に対する ADOC 療法のサルベージ効果、組織亜型別の化学感受性、および全生存期間 (OS: overall survival) を評価し、進行胸腺癌に対する ADOC 療法の臨床的位置付けを明らかにすることを目的とする。
結果
患者背景と病期分布: 全 8 例の患者背景を Table 1 に示す。年齢は 28-74 歳 (中央値 54 歳) で、男性 4 例・女性 4 例であった。Masaoka 病期は IVa が 1 例 (症例 3、扁平上皮癌、心膜・胸膜・血管浸潤)、IVb が 7 例であった。組織型は扁平上皮癌 (squamous cell carcinoma: SCC) が 4 例、未分化癌 (undifferentiated carcinoma) が 2 例、小細胞癌 (small cell carcinoma) が 2 例であった。全例が腫瘍に直接起因する臨床症状を有しており、胸痛 (5 例)、頸部リンパ節腫脹 (1 例)、顔面浮腫 (1 例)、呼吸困難 (2 例) が認められた。遠隔転移部位は骨・肺・肝臓・頸部リンパ節・心膜・胸膜・胸壁に及んだ。診断は 7 例で CT ガイド下生検によって行われ、1 例 (症例 2) は開胸手術により確定されたが術後 3 ヶ月で肺転移が出現して IVb 期に移行した。ADOC 療法開始前に PVP 療法が施行されていた症例は 3 例 (症例 1、2、7) であった (Table 1)。
奏効率と組織型別の治療反応性: ADOC 療法 2 サイクル後の効果判定において、n=8 中 6 例に PR が達成され、全体の ORR は 75% であった (Table 2)。CR は 0 例、PD も 0 例であり、不変 (NC) は 2 例 (症例 1・5) であった。PR を達成した 6 例の ADOC 投与コース数は 2-4 サイクルであった。組織型別の奏効状況は、扁平上皮癌で 3/4 例 (75%)、未分化癌で 1/2 例 (50%)、小細胞癌で 2/2 例 (100%) であり、特に小細胞型の化学感受性が高い傾向を示した。NC であった 2 例 (症例 1・5 はともに NC で 2 サイクルのみ施行) のうち症例 5 は未分化癌であり最短生存期間の 6 ヶ月で死亡した。
PVP 不応例に対する ADOC サルベージ効果: PVP 療法を先行して受けた 3 例の転帰は以下の通りであった (Table 2)。症例 2 (扁平上皮癌、IVb) は PVP 療法 2 コースで NC を示したが、その後 ADOC 療法に切り替えたところ PR を達成し、生存期間 11.5 ヶ月・奏効期間 7 ヶ月を得た。症例 1 (未分化癌、IVb) は PVP 療法でも ADOC 療法でも NC であったが、ADOC 開始後 19 ヶ月間の生存が得られた。症例 7 (小細胞癌、IVb) は PVP 4 コースで PR を達成しており、その後の ADOC 2 コースでも同様の PR を維持し、観察期間内に 8 ヶ月生存中であった。PVP 不応 2 例中 1 例 (50%) で ADOC 奏効が得られたことは、cisplatin を共通薬とする両レジメン間の交差耐性が限定的である可能性を示唆している。
生存アウトカムと放射線療法の追加効果: ADOC 療法開始からの全生存期間 (OS) 中央値は 19 ヶ月であった。観察期間終了時に 5 例が死亡 (生存期間 6、11.5、19、21、6 ヶ月) し、3 例が生存中 (42、8、7 ヶ月) であった (Table 2)。最長生存は症例 3 (扁平上皮癌、IVa) の 42 ヶ月であり、ADOC 4 コースで PR を達成した後、残存胸腔内腫瘍に放射線療法 (40 Gy) が追加された。もう 1 例の放射線療法追加症例 (症例 4、扁平上皮癌、50 Gy) は 21 ヶ月で死亡した。胸部 CT では放射線療法後の追加的な腫瘤縮小は認められなかったが、RT を受けた 2 例はともに比較的長期の生存を示した。PR 達成群 (n=6) vs NC 群 (n=2) の生存期間は前者で良好であり (PR 群 7-42 ヶ月 vs NC 群 6-19 ヶ月)、本研究は対照群を持たない単一アームのケースシリーズであり、ハザード比 (HR) および 95% CI の正式算出は行われていないが、個別症例報告の水準を超えた集積データとして意義がある。
安全性プロファイルと毒性: ADOC 療法の安全性プロファイルは全体的に良好であった。最も頻繁に認められた Grade 3 以上の血液毒性は好中球減少症 (neutropenia) であり、4/8 例 (50%) で発生した。ただし、発熱性好中球減少症 (FN: febrile neutropenia) への進展や感染症の合併は 0 例であった。非血液毒性として Grade 3 の悪心・嘔吐 (nausea/vomiting) が 2/8 例 (25%) に認められた。腎毒性 (nephrotoxicity) および肝毒性 (hepatotoxicity) は全例で認められず、治療関連死 (treatment-related death) も 0 例であった。いずれの症例においても生命を脅かす Grade 4 毒性は発生しなかった。
考察/結論
本研究は、遠隔転移・切除不能な進行胸腺癌 (Masaoka IVa/IVb) に対する ADOC 療法が ORR 75%・OS 中央値 19 ヶ月という有望な治療効果をもたらすことを示した。これまでの研究において胸腺癌に対する系統的な化学療法データはほとんど存在せず、本成績は進行胸腺癌の治療において臨床的意義のある基準値を提供するものである。
侵襲型胸腺腫との比較: Fornasiero et al. (Cancer 1991) が侵襲型胸腺腫で報告した ADOC 療法の ORR 91.8%・CR 43% と異なり、本研究での胸腺癌に対する ORR は 75%・CR 0% であった。この相違は胸腺腫と胸腺癌の生物学的悪性度の本質的な差を反映しているものと考えられる。しかし、胸腺癌が胸腺腫より顕著に予後不良であることを鑑みれば、ORR 75%・OS 中央値 19 ヶ月という本研究の成績は決して低いとは言えず、既報の cisplatin 単剤や 2 剤併用で示された奏効率を上回る数値である。著者らは、胸腺癌の化学感受性が侵襲型胸腺腫と類似している可能性を本研究で初めて 8 症例の集積データとして示した点で、従来の個別症例報告とは異なる新規な貢献をしている。後続の大規模 Japanese registry 研究 (Kondo et al. AnnThoracSurg 2003、1,320 例) も胸腺上皮性腫瘍における化学療法感受性の重要性を支持した。
新規な知見とサルベージ効果: 本研究では、PVP 療法不応例 (n=2) のうち 1 例 (50%) が ADOC 療法で PR を達成したという novel な知見が示された。cisplatin は両レジメンに共通する key drug であるが、doxorubicin を追加する ADOC では異なる作用機序により耐性を克服できる可能性が示唆される。この交差耐性非完全性の実証は、臨床的含意として PVP 失敗後に ADOC を試みる根拠となる。また、小細胞型 2 例全例 (100%) での奏効は神経内分泌系の分化を持つ腫瘍特有の化学感受性を示唆するが、症例数が n=2 と極めて少なく解釈には慎重さが必要である。
臨床応用と安全性の意義: 臨床現場における実用性という観点では、本研究は ADOC 療法の優れた忍容性を示している。Grade 3 好中球減少症は 50% に認められたものの発熱性好中球減少症が 0 例であったことは、G-CSF (granulocyte colony-stimulating factor) の予防投与なしでも安全に施行できる可能性を示す。治療関連死 0 例・重篤な非血液毒性 0 例という安全性プロファイルは、bench-to-bedside の観点から ADOC 療法を日常診療に導入する際の信頼性を裏付ける。さらに、PR 達成後の局所放射線療法 (40 Gy および 50 Gy) を加えた 2 例が相対的に長期の生存を示した点は、化学療法と放射線療法の逐次的統合アプローチの有望性を示唆しており、今後の検討が期待される。
残された課題と Limitation: 本研究の major な limitation として、n=8 という極めて少ない症例数が挙げられ、組織亜型別の化学感受性差や放射線療法追加の真の寄与度を統計学的に評価することは不可能である。また、本研究が単一施設の前向きケースシリーズであり対照群を持たないため、選択バイアスや観察バイアスの可能性が排除できない。観察期間も 7-42 ヶ月と比較的短く、長期生存への影響評価が限定的である。今後の研究課題 (future research) として、より大規模な多施設共同前向き試験または国際的なレジストリ研究による確認 (Weksler et al. AnnThoracSurg 2013 による 290 例解析はその一例)、ADOC と他のシスプラチン含有レジメンとのランダム化比較、さらには近年登場した免疫チェックポイント阻害薬との組み合わせ探索が必要である。更なる検討によって胸腺癌の分子生物学的特性に基づく治療層別化が実現することが期待される。
方法
試験デザインと対象: 信州大学医学部附属病院において 1996 年から 2000 年にかけて実施された単施設前向きケースシリーズ (n=8)。本研究は探索的コホート研究として実施されたため特定の臨床試験登録番号 (NCT 番号) は付与されていない。組織学的に胸腺癌 (thymic carcinoma) と確認され、Masaoka 分類 IVa または IVb の進行病変を有する患者が登録対象とされた。胸腺癌の組織学的診断基準は Levine and Rosai の報告に基づいた。病期診断は、病歴・身体所見・血液生化学検査・胸部 X 線・胸部 CT (computed tomography)・気管支鏡検査に加え、遠隔転移検索のための腹部 CT・頭部 CT・骨シンチグラフィーを含む系統的な精査により行われた。
治療プロトコル: 全患者に対し以下の ADOC 療法を 3-4 週ごとに繰り返した: cisplatin 50 mg/m² (day 1 静注)、doxorubicin 40 mg/m² (day 1 静注)、vincristine 0.6 mg/m² (day 3 静注)、cyclophosphamide 700 mg/m² (day 4 静注)。3 例には ADOC 療法開始前に PVP 療法 (cisplatin 80 mg/m² day 1 + etoposide/VP-16 100 mg/m² days 1-3) が先行して実施されていた。PR 達成後の 2 例では、残存胸腔内腫瘍に対する局所放射線療法 (radiotherapy: 40 Gy または 50 Gy) が追加された。
評価基準と統計手法: 治療効果は ADOC 療法 2 サイクル後に胸部 CT で評価した。部分奏功 (PR: partial response) は主要測定可能病変の最大径積が 50% 以上縮小した状態、不変 (NC: no change) は縮小率 50% 未満、進行 (PD: progressive disease) は病変増大または新病変出現と定義された。化学療法毒性評価は World Health Organization (WHO) 基準 (Grade 1-4) に基づいた。奏効期間および生存期間は ADOC 療法開始日から起算した。生存解析は Kaplan-Meier 法により実施し、全生存期間中央値を算出した。本研究は n=8 と症例数が極めて少ないため記述統計のみが用いられ、推測統計は適用されなかった。