• 著者: Kaira K, Abe M, Nakagawa K, Ohde Y, Okumura T, Murakami H, et al.
  • Corresponding author: Kyoichi Kaira (Division of Thoracic Oncology, Shizuoka Cancer Center, Shizuoka, Japan)
  • 雑誌: Journal of Thoracic Oncology
  • 発行年: 2011
  • Epub日: N/A
  • Article種別: Original Article
  • PMID: 21289518

背景

胸腺上皮性腫瘍 (TET) は、胸腺腫と胸腺癌に大別される稀な悪性腫瘍であり、その発生率は人口10万人あたり0.15例と報告されている (Engels et al. IntJCancer 2003)。WHO分類では、低リスク胸腺腫 (A, AB, B1型)、高リスク胸腺腫 (B2, B3型)、および胸腺癌に細分類される。完全外科的切除が最も良好な予後をもたらすが、進行期では全身化学療法が重要な役割を果たす。プラチナ製剤を基盤とした化学療法がTETに対して有効であることが複数の研究で示されているが、化学療法感受性や予後を予測するバイオマーカーは未確立である。

DNA修復経路は、プラチナ製剤によるDNA損傷の修復に関与することが知られている。ERCC1 (excision repair cross-complementation group 1) はヌクレオチド除去修復 (NER) 経路の中心酵素であり、その高発現はプラチナ製剤への抵抗性と関連することが報告されている。BRCA1 (breast cancer susceptibility gene 1) もDNA修復および相同組換えに関与し、ERCC1と協調してプラチナ製剤感受性を規定する。これらのマーカーは、卵巣癌、大腸癌、胃癌、食道癌、非小細胞肺癌 (NSCLC) など様々な癌種において、プラチナ製剤感受性や予後との関連が示されている。特にNSCLCでは、ERCC1低発現がプラチナ製剤ベースの化学療法を受けた患者の奏効率向上と生存期間延長に関連することが報告されている。

一方、TUBB3 (クラスIIIβ-チューブリン) はタキサン系薬剤 (パクリタキセル、ドセタキセル) の主要な標的分子である。TUBB3の高発現は、タキサン系薬剤への抵抗性や予後不良と関連することが、NSCLC、乳癌、卵巣癌、胃癌などで示されている。これらのバイオマーカーはNSCLCにおいて化学療法感受性や予後予測因子として確立されつつあるが、TETにおけるERCC1、BRCA1、TUBB3の発現とその臨床的意義に関するデータは不足していた。TETは希少腫瘍であるため、大規模な前向き臨床試験の実施は困難であり、後方視的解析による予後および化学療法感受性バイオマーカーの同定が喫緊の課題であった。本研究は、TETにおけるこれらのバイオマーカーの発現プロファイルと臨床病理学的特徴、予後、および化学療法感受性との関連を詳細に解析することを目的とした。先行研究ではTETにおけるこれらのバイオマーカーの網羅的な評価は行われておらず、特に化学療法感受性予測因子としての役割については未解明な点が多かった。

目的

本研究の目的は、胸腺上皮性腫瘍の切除検体を用いて、ERCC1、BRCA1、およびTUBB3の免疫組織化学的発現を解析することである。具体的には、以下の点を明らかにすることを目指した。

  1. WHO組織学的分類およびMasaoka病期分類におけるERCC1、BRCA1、TUBB3の発現パターンを評価し、悪性度との相関を検討する。
  2. これらのバイオマーカーの発現が、全生存率 (OS) との関連において独立した予後予測因子となるか否かを評価する。
  3. carboplatin+paclitaxel (CBDCA+PTX) 療法を受けた患者群において、ERCC1、BRCA1、TUBB3の発現が化学療法効果と関連するかを検討し、化学療法感受性予測バイオマーカーとしての有用性を評価する。
  4. これらのバイオマーカーと、p53発現および微小血管密度 (MVD) との関連性を解析する。

結果

WHO分類およびMasaoka病期分類とバイオマーカー発現の相関: 全56例中、ERCC1陽性発現は27例 (48%)、BRCA1陽性発現は28例 (50%)、TUBB3陽性発現は15例 (27%) で認められた。これら3つのバイオマーカーは、WHO悪性度の上昇に伴い有意に発現率が増加する傾向を示した (いずれもp<0.0001)。ERCC1陽性率は、低リスク胸腺腫で3% (1/28例)、高リスク胸腺腫で82% (9/11例)、胸腺癌で100% (17/17例) であった。BRCA1陽性率は、低リスク胸腺腫で14% (4/28例)、高リスク胸腺腫で73% (8/11例)、胸腺癌で94% (16/17例) であった。TUBB3陽性率は、低リスク胸腺腫で3% (1/28例)、高リスク胸腺腫で27% (3/11例)、胸腺癌で65% (11/17例) であった。ERCC1とBRCA1の発現間には有意な正の相関が認められた (p<0.01)。また、ERCC1、BRCA1、TUBB3の平均HスコアもWHO分類の悪性度と有意に相関し、低リスク胸腺腫から胸腺癌へと段階的に上昇した (Figure 2)。Masaoka病期分類においても、ERCC1、BRCA1、TUBB3の発現は進行病期で有意に高発現を示した (Supplementary Figure A)。

p53発現および微小血管密度 (MVD) との関連: p53高発現は全56例中21例 (38%) で認められ、ERCC1、BRCA1、TUBB3のいずれの陽性発現とも有意な正の相関を示した (いずれもp<0.01)。MVDの中央値は26であり、高MVDは26例 (46%) で認められた。MVD高値はERCC1陽性 (p<0.01) およびBRCA1陽性 (p<0.01) と有意に相関したが、TUBB3陽性とは有意な相関は認められなかった (p=0.07)。高リスク胸腺腫および胸腺癌では、低リスク胸腺腫と比較してMVDが有意に高値であり (p<0.05)、悪性度に伴う腫瘍新生血管形成の増加を反映していた。

全生存率 (OS) とバイオマーカー発現の相関: 全患者56例の追跡期間中央値は34.5ヶ月 (8.0〜92.0ヶ月) であり、5年生存率は70.2%であった。ERCC1陽性患者 (n=27) の5年生存率は30.6%であったのに対し、ERCC1陰性患者 (n=29) では100%であり、ERCC1陽性患者で有意に予後不良であった (HR 13.8, 95% CI 4.66-41.1, p<0.0001) (Figure 3A)。BRCA1陽性患者 (n=28) の5年生存率は43.4%であったのに対し、BRCA1陰性患者 (n=28) では96.4%であり、BRCA1陽性患者で有意に予後不良であった (HR 7.54, 95% CI 2.50-22.7, p=0.0002) (Figure 3B)。TUBB3陽性患者 (n=15) の5年生存率は20.3%であったのに対し、TUBB3陰性患者 (n=41) では86.5%であり、TUBB3陽性患者で有意に予後不良であった (HR 67.4, 95% CI 14.6-310.0, p<0.0001) (Figure 3C)。 単変量解析では、腫瘍径 (>64mm vs ≤64mm; HR 5.72, 95% CI 1.79-18.2, p=0.0034)、組織型 (胸腺癌 vs 胸腺腫; HR 107.3, 95% CI 25.4-453.9, p<0.0001)、ERCC1陽性 (HR 13.8, 95% CI 4.66-41.1, p<0.0001)、BRCA1陽性 (HR 7.54, 95% CI 2.50-22.7, p=0.0002)、TUBB3陽性 (HR 67.4, 95% CI 14.6-310.0, p<0.0001)、MVD高値 (HR 7.37, 95% CI 2.33-23.3, p=0.0034)、p53陽性 (HR 14.3, 95% CI 4.06-50.1, p<0.0001) が有意な予後不良因子であった (Table 2)。多変量解析では、ERCC1陽性 (HR 8.27, 95% CI 2.07-33.0, p=0.0028)、TUBB3陽性 (HR 11.2, 95% CI 2.27-55.2, p=0.0030)、p53陽性 (HR 4.09, 95% CI 1.05-15.9, p=0.0420) が独立した予後予測因子として同定された。

CBDCA+PTX療法における化学療法感受性との相関: CBDCA+PTX療法を受けた14例 (奏効7例、非奏効7例) において、ERCC1の平均Hスコアは奏効例で有意に低値であった (p=0.0454) (Figure 4A)。同様に、TUBB3の平均Hスコアも奏効例で有意に低値であった (p=0.0397) (Figure 4C)。一方、BRCA1の平均Hスコアは奏効例と非奏効例の間で有意差は認められなかった (p=0.8622) (Figure 4B)。これらの結果は、ERCC1高発現およびTUBB3高発現が、それぞれプラチナ製剤およびタキサン系薬剤を含む化学療法への抵抗性に関連する可能性を示唆した。このレジメンの奏効率は35.7% (95% CI 10.6-60.8%) であった。化学療法を受けた17例の患者背景はTable 4に示されており、このうち14例がCBDCA+PTX療法を受けていた。この14例の解析では、ERCC1陽性患者と陰性患者の間で、またTUBB3陽性患者と陰性患者の間で、化学療法に対する奏効の有意な差が認められた。

考察/結論

本研究は、胸腺上皮性腫瘍 (TET) におけるERCC1、BRCA1、TUBB3の発現が、WHO組織学的悪性度の上昇およびMasaoka進行病期と強く相関し、さらに全生存率の独立した予後不良因子であることを示した初めての包括的な報告である。特に胸腺癌ではERCC1およびBRCA1がほぼ全例で陽性発現を示しており、これらのDNA修復関連遺伝子の高発現が、胸腺癌の悪性度の高さとプラチナ製剤に対する治療抵抗性の分子基盤となっている可能性が示唆される。

先行研究との違い: 従来の非小細胞肺癌 (NSCLC) における研究では、ERCC1低発現がプラチナ製剤感受性と関連すると報告されてきたが、本研究のTET患者群では、ERCC1高発現が予後不良因子として同定された。これは、プラチナ製剤による化学療法を受けていない患者が多く含まれるTET集団におけるERCC1の予後予測的役割が、NSCLCとは異なる可能性を示唆する。また、Koizumi et al. AmJClinOncol 2002Yok et al. Cancer 2003がTETに対するプラチナベース化学療法の有効性を報告しているが、バイオマーカーによる層別化は行われていなかった点と対照的である。

新規性: 本研究で初めて、TETにおけるERCC1、BRCA1、TUBB3の発現プロファイルと、WHO分類およびMasaoka病期分類との段階的な相関が詳細に示された。特に、CBDCA+PTX療法を受けた少数例ではあるが、ERCC1およびTUBB3の高発現が化学療法抵抗性と有意に相関することが新規に明らかになった。これは、TETにおける化学療法感受性予測バイオマーカーとしてのこれらの分子の潜在的な有用性を初めて示唆するものである。

臨床応用: 本研究の知見は、TET患者に対する化学療法選択の個別化に臨床応用できる可能性を秘めている。ERCC1陰性またはTUBB3陰性の患者では、それぞれプラチナ製剤またはタキサン系薬剤を含む化学療法がより効果的である可能性があり、治療効果の最大化に寄与しうる。これにより、無効な治療による不必要な毒性を回避し、患者のQOL向上に繋がる臨床的意義がある。

残された課題: 本研究にはいくつかのlimitationが存在する。第一に、後方視的単施設研究であり、対象患者数が56例と比較的少数であること、特にCBDCA+PTX療法を受けた患者が14例とさらに少ないため、化学療法感受性に関する結果の解釈には注意が必要である。第二に、ERCC1抗体 (8F1クローン) の特異性については、その後の研究で一部エピトープ特異性の課題が指摘されており、結果の解釈において考慮が必要である。第三に、TETは稀な腫瘍であるため、長期的な追跡期間が不足している可能性も指摘される。今後の検討課題として、より大規模な多施設共同研究や、これらのバイオマーカーを組み込んだ前向き臨床試験の実施が不可欠である。特に、ERCC1およびTUBB3の発現に基づいて患者を層別化し、個別化された化学療法戦略の有効性を検証する試験の設計が今後の方向性として重要である。

方法

本研究は、2002年10月から2010年2月までに静岡がんセンターにおいて胸腺上皮性腫瘍と診断され、手術切除または針生検が行われた連続64例の患者を対象とした後方視的免疫組織化学 (IHC) 研究である。組織検体の入手が困難であった8例を除外し、最終的に56例のパラフィン包埋 (FFPE) 標本を解析対象とした。患者の内訳は男性28例、女性28例で、年齢中央値は61歳 (29〜80歳) であった。

WHO分類に基づき、低リスク胸腺腫 (A, AB, B1型) 28例、高リスク胸腺腫 (B2, B3型) 11例、胸腺癌 (C型) 17例に分類された。Masaoka病期分類 (Masaoka et al. Cancer 1981) では、I期14例、II期15例、III期10例、IV期17例 (IVa期7例、IVb期10例) であった。初回治療として、38例が手術、14例が化学療法、4例が放射線療法を受けた。化学療法を受けた14例は、完全切除不能、再発、または進行例であり、carboplatin+paclitaxel (CBDCA+PTX) 療法が施行された。

免疫組織化学染色には、以下の抗体を用いた:抗ERCC1抗体 (8F1クローン、Abcam)、抗BRCA1抗体 (MS110クローン、Abcam)、抗TUBB3抗体 (TUJ1クローン、Convance)、抗CD34抗体 (Nichirei、MVD算出用)、抗p53抗体 (D07、DAKO)。ERCC1およびBRCA1の発現は、腫瘍細胞における核および/または細胞質陽性率を半定量的に評価し、全腫瘍細胞の10%以上が陽性の場合を「陽性」と定義した。TUBB3の発現は、細胞質染色強度と陽性細胞の割合を掛け合わせたHスコア (0〜8) で評価した。MVDは、CD34陽性血管をホットスポット4視野 (0.26mm²視野面積) でカウントし、平均値を算出した。p53発現は、腫瘍細胞の10%以上が核陽性の場合を「高発現」と定義した。すべてのセクションは、臨床情報に盲検化された2名以上の病理医によって評価された。

化学療法効果判定は、RECIST (Response Evaluation Criteria in Solid Tumors) 基準に従って行われた。完全奏効 (CR) および部分奏効 (PR) を「奏効」、安定 (SD) および進行 (PD) を「非奏効」と定義した。

統計解析には、JMP 8 (SAS Institute Inc.) を使用した。2つのカテゴリ変数の関連性にはFisherの正確確率検定を、異なる変数の相関にはSpearmanの順位相関係数検定を用いた。生存期間の推定にはKaplan-Meier法を、生存曲線の比較にはログランク検定を用いた。多変量解析にはCox比例ハザードモデルを適用した。統計的有意水準はp<0.05とした。本研究は後方視的コホート研究としてデザインされ、倫理委員会の承認を得て実施された。