• 著者: Ko R, Shukuya T, Okuma Y, Tateishi K, Imai H, Iwasawa S, Miyauchi E, Fujiwara A, Sugiyama T, Azuma K, Muraki K, Yamasaki M, Tanaka H, Takashima Y, Soda S, Ishimoto O, Koyama N, Morita S, Kobayashi K, Nukiwa T, Takahashi K; North East Japan Study Group
  • Corresponding author: Takehito Shukuya (Department of Respiratory Medicine, Juntendo University Graduate School of Medicine, Tokyo, Japan)
  • 雑誌: The Oncologist
  • 発行年: 2018
  • Epub日: N/A
  • Article種別: Original Article
  • PMID: 29567820

背景

胸腺上皮性腫瘍、特に胸腺癌は、年間発生率が約0.15/10万人と極めて稀な悪性腫瘍である Engels et al. IntJCancer 2003。全胸腺上皮性腫瘍のうち、胸腺癌が占める割合はわずか14.1%に過ぎない Kondo et al. AnnThoracSurg 2003。胸腺癌は、その組織学的特徴として高度な異型性を示し、早期から周囲組織への浸潤や遠隔転移を来しやすい傾向がある。このため、診断時の予後は不良であり、5年生存率は30-50%と報告されている Kondo et al. AnnThoracSurg 2003。患者の約半数が初診時に進行期病変を呈するため、全身化学療法が治療戦略の重要な柱となる Weksler et al. AnnThoracSurg 2013。しかし、その希少性と生物学的異質性により、進行胸腺癌に対する化学療法の有効性に関するエビデンスは依然として乏しく、最適な治療戦略は未確立であるのが現状である。

これまでの報告では、進行胸腺癌に対する一次化学療法として、プラチナ製剤を基盤とした多剤併用療法が広く用いられてきた。特に、アントラサイクリン系薬剤を併用するADOC (cisplatin, doxorubicin, vincristine, cyclophosphamide) レジメンと、カルボプラチン/パクリタキセル (CBDCA/PTX) レジメンが主要な選択肢として挙げられる。NCCNガイドラインでは、毒性プロファイルの観点からCBDCA/PTXがADOCよりも推奨されているが、両レジメンを直接比較した前向き臨床試験は存在しない。そのため、どちらのレジメンがより優れているか、あるいは同等の有効性を持つのかについては、依然として議論の余地があり、明確な結論は得られていない。この点が、進行胸腺癌の治療において残された重要な知識のギャップである。

また、進行胸腺癌患者における予後因子についても、その解明は不十分である。これまでの研究の多くは、早期胸腺腫を含む胸腺上皮性腫瘍全体を対象としたものであり、進行胸腺癌単独の患者集団に特化した予後因子のデータは限定的である。既報では、完全切除の有無、Masaoka-Koga病期、性別、Karnofsky PS、組織型、リンパ節転移、一次化学療法への奏効などが予後因子として報告されているが、これらの研究の多くは早期病変の患者を多数含んでおり、進行胸腺癌患者に特化した知見は不足している。特に、化学療法を受けた進行胸腺癌患者における予後因子を大規模に評価した報告はほとんどない。

このような背景から、進行胸腺癌に対する一次化学療法の有効性を大規模な患者集団で評価し、主要なレジメン間の比較を行うことで、次世代の臨床試験の候補レジメンを同定する必要がある。また、進行胸腺癌患者の予後因子を詳細に解析し、治療戦略の最適化に資する知見を得ることも喫緊の課題である。本研究は、これらの知識のギャップを埋めることを目的としている。

目的

本研究の主要な目的は、進行胸腺癌患者に対する一次化学療法の有効性を大規模な後方視的解析により評価することである。特に、主要な化学療法レジメン間(プラチナ併用療法、ADOC、単剤療法など)で全生存期間 (OS) および無増悪生存期間 (PFS) に有意な差があるかを比較し、将来的な臨床試験の対照群として最適なレジメン、あるいは次世代の治療開発に向けた有望な候補レジメンを同定することを目指す。

副次的な目的として、進行胸腺癌と診断され、緩和的化学療法を受けた患者における独立した予後因子を明らかにすることである。具体的には、患者背景因子(年齢、性別、ECOG PSなど)、腫瘍特性(組織型、Masaoka-Koga病期、WHO TNM病期、腫瘍マーカーなど)、および治療関連因子(減量手術の有無、放射線療法歴など)が、OSに与える影響を多変量解析を用いて評価する。これにより、進行胸腺癌患者の予後予測に役立つ臨床的因子を特定し、個別化医療の推進に貢献する。

最終的には、これらの知見を通じて、進行胸腺癌患者の治療成績向上に資する新たなエビデンスを提供し、今後の治療ガイドラインの改訂や前向き臨床試験の設計に貢献することを目指す。

結果

患者背景と一次治療レジメン: 解析対象となった286例の進行胸腺癌患者の臨床的特徴は、男性202例、女性84例であり、診断時年齢中央値は61歳(範囲13-84歳)であった。ECOG PSは良好な患者が多く、102例 (35.7%) がPS 0、146例 (51.0%) がPS 1であった。181例 (63.3%) が喫煙歴を有していた。最も頻度の高い組織型は扁平上皮癌 (66.4%) であり、次いで未分化癌 (10.5%)、低分化型神経内分泌癌 (10.1%) であった。Masaoka-Koga病期は、III期が14例 (4.9%)、IVa期が75例 (26.2%)、IVb期が144例 (50.3%) であった。WHO TNM病期では、III期が11例 (3.8%)、IV期が222例 (77.6%) であった。術後再発例は53例 (18.5%) であった。

一次化学療法の有効性: 本研究の追跡期間中央値は55.5ヶ月であった。全患者の一次化学療法開始からの全生存期間 (OS) 中央値は30.7ヶ月 (95% CI 25.9-35.9ヶ月) であった。奏効割合 (RR) は全レジメンで40.0%であった。プラチナ製剤併用療法群では38.2%、その他の多剤併用化学療法群 (ADOCなど) では42.7%、単剤化学療法群では44.4%であった。 主要レジメン間のOSを比較すると、プラチナ製剤併用療法群のOS中央値は30.7ヶ月、その他の多剤併用化学療法群のOS中央値は29.9ヶ月、単剤化学療法群のOS中央値は54.9ヶ月であった。これらの群間でOSに有意差は認められなかった (p = .7081) (Figure 1A)。特に、CBDCA/PTX群とADOC群のOS中央値はそれぞれ27.8ヶ月と29.9ヶ月であり、両群間でOSに統計学的な有意差はなかった (p = .9054) (Figure 1C)。無増悪生存期間 (PFS) についても、CBDCA/PTX群のPFS中央値は9.1ヶ月、ADOC群は6.7ヶ月であり、両群間に有意差は認められなかった (p = .6603) (Figure 1B)。これらの結果は、両レジメンが同等の有効性を持つ可能性を示唆している。

予後因子の多変量解析: OSに関する単変量解析では、性別、ECOG PS、Masaoka-Koga病期、および減量手術の有無がOSの有意な予測因子であった。多変量解析の結果、Masaoka-Koga IVa期 (vs IVb期: HR 0.521; 95% CI, 0.356-0.751; p < .001) および原発巣に対する減量手術の施行 (Yes vs No: HR 0.491; 95% CI, 0.253-0.867; p = .013) が、独立した予後良好因子として同定された (Figure 2A, 2B)。年齢、性別、ECOG PS、組織型、LDH、アルブミン、傍腫瘍症候群などは独立した予後因子とはならなかった。 Masaoka-Koga IVb期患者のうち、リンパ節転移のみを有する21例は、その他のIVb期患者123例と比較して有意に長いOSを示した (OS中央値 46.8ヶ月 vs 19.1ヶ月, p = .019)。IVb期患者における多変量解析では、減量手術の施行 (HR 0.276; 95% CI, 0.095-0.640; p = .002) とリンパ節転移のみの存在 (HR 0.310; 95% CI, 0.135-0.625; p = .001) が予後良好因子であった。減量手術を含む集学的治療を受けた患者のOS中央値は、Masaoka-Koga III期 (n=3) では未到達、IVa期 (n=9) では52.0ヶ月 (95% CI, 17.9-123.2)、IVb期 (n=11) では44.6ヶ月 (95% CI, 28.5-123.2) であった。減量手術は12例で一次化学療法前に、11例で化学療法後に実施された。

考察/結論

本研究は、進行胸腺癌患者に対する化学療法の有効性と予後因子を評価した、世界最大規模の後方視的解析 (286例) である。

先行研究との違い: これまでの進行胸腺癌に対する化学療法に関する報告は、症例数が少なく、前向き比較試験が存在しなかった。特に、NCCNガイドラインで推奨されるCBDCA/PTXと、広く用いられるADOCレジメンの直接比較データは不足していた。本研究は、これらのレジメン間で全生存期間に有意差がないことを大規模データで示した点で、これまでの報告とは異なる重要な知見を提供する。例えば、Agatsuma et al. JThoracOncol 2011 のADOCレジメンによる報告ではmOSが21.3ヶ月であったのに対し、本研究のADOC群では29.9ヶ月と、より良好な傾向が見られた。また、Lemma et al. JClinOncol 2011Hirai et al. AnnOncol 2015 のCBDCA/PTXに関する前向き第II相試験と比較しても、本研究のmOS 27.8ヶ月は妥当な範囲であり、大規模な実臨床データとして信頼性が高い。

新規性: 本研究で初めて、進行胸腺癌患者においてMasaoka-Koga IVa期と減量手術の実施が独立した予後良好因子であることを多変量解析により新規に同定した。Masaoka-Koga病期分類は広く用いられているが、IVa期とIVb期の間で予後に大きな差があることを化学療法を受けた進行胸腺癌患者で明確に示した点は新規性がある。また、進行胸腺癌における減量手術の予後改善効果はこれまで不明確であったが、本研究はデバルキング手術が生存期間の延長に寄与する可能性を初めて示唆した。

臨床応用: 本研究の結果は、毒性プロファイルが良好で利便性の高いCBDCA/PTXが、進行胸腺癌の標準一次治療として妥当であるというNCCNガイドラインの推奨を強力に支持する臨床的意義を持つ。ADOCレジメンと同等の有効性を示すことから、患者のQOL維持の観点からもCBDCA/PTXが優先されるべき選択肢となる。また、Masaoka-Koga IVa期患者や減量手術が可能な患者では、集学的治療戦略、特に化学療法と手術の組み合わせが予後改善に寄与する可能性が示唆された。これは、限局性進行病変(oligometastasisなど)に対する局所治療の重要性を示唆し、臨床現場での治療方針決定に影響を与える可能性がある。

残された課題: 本研究は後方視的デザインであるため、選択バイアスが完全に排除できないというlimitationがある。特に減量手術の実施については、患者選択の偏りが結果に影響を与えている可能性が残されている。今後の検討課題として、前向き試験による減量手術の有効性の検証や、分子標的治療薬や免疫チェックポイント阻害薬を含む新規治療法との比較検討が必要である。また、胸腺癌の生物学的異質性を考慮し、組織型や分子プロファイルに基づいたサブタイプ別の最適レジメンの確立、および予後予測バイオマーカーの同定も今後の重要な研究方向性である。本研究で得られた大規模な実臨床データは、将来的な胸腺癌の前向き臨床試験の対照群設計におけるベンチマークデータとして活用できる。

方法

本研究は、North East Japan Study Groupに所属する40施設が参加した多施設共同後方視的観察研究 (NEJ023; UMIN000015649) として実施された。研究期間は1995年4月から2014年3月までで、この期間に各施設で組織学的に胸腺癌と診断された患者が対象となった。

患者選択基準: 以下の基準を全て満たす患者を登録した。(a) 各施設で組織学的に胸腺癌と診断された症例。(b) 診断時に根治術または根治的放射線療法の適応がない進行期、または根治的治療の適応がない再発胸腺癌であること。(c) 緩和的意図の化学療法を受けた症例。 当初324例の患者データが収集されたが、適格基準を満たさない37例と、必要なデータが欠損していた1例を除外し、最終的に286例の患者が解析対象となった。本研究のプロトコルは、参加施設の全ての治験審査委員会によって承認された。

データ収集: 医療記録から以下の詳細な臨床情報が抽出された。診断日、性別、年齢、ECOG PS、組織型(2004年WHO分類に基づく)、Masaoka-Koga病期 Masaoka et al. JThoracOncol 2010、WHO TNM病期、腫瘍マーカーデータ(CEA, SCC抗原, CYFRA21-1 (cytokeratin-19 fragments), ProGRP, NSE, AFP)、血液検査データ(LDH, ヘモグロビン, アルブミン, カルシウム)、転移部位、喫煙歴、既往歴、傍腫瘍症候群の有無、上大静脈症候群の有無、原発巣に対する手術歴、原発巣に対する放射線療法歴、死亡日または最終追跡日、化学療法レジメン、化学療法期間、および化学療法の有効性。化学療法の有効性は、各施設でRECIST version 1.1 Eisenhauer et al. EurJCancer 2009 に基づいて評価された。「減量手術 (volume reduction surgery)」は、根治を意図しないデバルキング手術として定義された。化学療法の開始日と病勢進行日に関するデータは、カルボプラチン/パクリタキセル、シスプラチン/エトポシド、カルボプラチン/エトポシド、シスプラチン/イリノテカン、シスプラチン/ドセタキセル、ADOC、シスプラチン/ドキソルビシン/シクロホスファミド、S-1単剤療法、ドセタキセル単剤療法、アムルビシン単剤療法について収集された。

統計解析: 全てのカテゴリカル変数はFisherの正確検定を用いて解析され、全ての連続変数はMann-Whitney U検定を用いて解析された。全生存期間 (OS) および無増悪生存期間 (PFS) の曲線はKaplan-Meier法を用いて推定された。サブグループ間のOSおよびPFSの差はログランク検定を用いて評価された。潜在的な交絡因子を調整するために、Cox比例ハザードモデルを用いた多変量解析が実施された。統計的有意水準はp < .05と設定された。全ての解析はJMP 10 for Windows統計ソフトウェア (SAS Institute Japan Inc., Tokyo, Japan) を用いて行われた。 OSは化学療法開始日からあらゆる原因による死亡日までの期間と定義された。PFSは化学療法開始日から病勢進行またはあらゆる原因による死亡日までの期間と定義された。