- 著者: Suntharalingam G, Perry MR, Ward S, Brett SJ, Castello-Cortes A, Brunner MD, Panoskaltsis N
- Corresponding author: Ganesh Suntharalingam, FRCA (Department of Intensive Care Medicine, Northwick Park and St. Mark’s Hospital, London, UK); Nicki Panoskaltsis, MD, PhD (Department of Haematology, Imperial College London)
- 雑誌: New England Journal of Medicine
- 発行年: 2006
- Epub日: 2006-08-14
- Article種別: Original Article
- PMID: 16908486
背景
TGN1412は、ヒト化IgG4κアイソタイプの抗CD28モノクローナル抗体であり、T細胞受容体 (TCR) シグナルとは独立してT細胞を直接刺激・増殖させる「スーパーアゴニスト」として設計された。先行研究である Luhder et al. (2003) や Beyersdorf et al. (2005) では、CD28スーパーアゴニズムが制御性T細胞 (CD4+CD25+ Treg) を選択的に活性化・増殖させ、エフェクターT細胞の過剰活性化を伴わずに優れた免疫調節効果をもたらすことがマカクモデルで示されていた。さらに、前臨床毒性試験 (TeGenero Immunotherapeutics 2005) においても毒性は一切検出されず、極めて良好な安全性プロファイルが報告されていた。これらの豊富な前臨床データに基づき、関節リウマチなどの慢性炎症疾患や自己免疫疾患を対象とした第1相単回投与安全性試験が計画された。ヒト初回投与 (FIH) 試験における出発用量は、マカクでの最大無毒性量 (NOAEL) の1/500に相当する0.1 mg/kgという、極めて慎重かつ安全とされる用量が設定された。しかしながら、ヒトにおけるCD28スーパーアゴニストの薬理学的特性や安全性プロファイルについては、前臨床動物モデルからの単純な外挿が困難な部分が多く、依然として未解明な領域が存在していた。特に、ヒトの免疫系がこの強力なスーパーアゴニストに対して示す特異的な反応や、前臨床試験では予測できなかった致死的な全身性炎症反応を誘発するリスクについては、十分な知見が不足していた。このように、動物モデルとヒト免疫系との間の機能的乖離を予測するための評価系が確立されておらず、安全性評価における重大な知識ギャップ (knowledge gap) が残されていた。
目的
本報告の目的は、抗CD28スーパーアゴニスト抗体TGN1412 (0.1 mg/kg) の単回静脈内投与を受けた健常男性ボランティア6例において発生した、予期せぬ重篤な免疫関連有害事象である全身性サイトカインストームおよび多臓器不全の時系列的な臨床経過を詳細に記述することである。さらに、急性期におけるサイトカインプロファイルの急激な変動や免疫細胞サブセットの動態を定量的に明らかにし、実施された多層的な集中治療管理 (高用量メチルプレドニゾロン、抗IL-2R抗体、持続的血液浄化療法) の内容と患者の転帰を報告する。本事例の解析を通じて、FIH (first-in-human) 試験における免疫調節薬の安全性評価基準の課題を浮き彫りにし、前臨床モデルとヒト免疫系との機能的差異に関する重要な教訓を提示することを目指す。
結果
急性期反応と急激なサイトカイン放出: TGN1412を投与された被験者6名全員 (n=6, 年齢中央値29.5歳) が、投与後60分 (範囲50-90分) 以内に重篤な頭痛を発症し、続いて投与後77分 (範囲57-95分) 後に腰部筋肉痛が出現した (Figure 1)。さらに、悪心、嘔吐、下痢、皮膚紅斑、末梢血管拡張が全例に認められ、4例では投与後59分 (範囲58-120分) 後に悪寒戦慄が発生した。投与後240分 (範囲210-280分) 後には全例で収縮期血圧が20 mmHg以上低下する低血圧を呈し、最大心拍数110-145 beats/minの頻脈を伴った。投与後280分 (範囲240-390分) 後には39.5-40.0°Cの著しい発熱が記録された。投与後300分後にはPatient 1で呼吸不全の徴候が出現し、室内気でのPaO2は52 mmHgまで低下した (Table 1)。血清サイトカイン濃度は、投与後1時間時点でTNF-αが投与前の2.8 pg/mLから1760.1 pg/mLへと急上昇し、4時間後には4675.9 pg/mLに達した (Figure 3C)。IFN-γも投与前7.1 pg/mLから1時間後43.9 pg/mL、4時間後には5000 pg/mL以上に急増し、続いてIL-10、IL-8、IL-6、IL-4、IL-2が順次上昇した。一方、プラセボ群 (n=2) では有害反応は一切観察されなかった。
多臓器不全への進行と血液学的異常: 投与後12-16時間以内に全6例が重篤な状態に陥り、ICUへ転室となった。ICU入室時、Patient 6は血圧80/64 mmHg、心拍数140 beats/min、PaO2/FiO2比 (P/F比) は84.0と極めて重篤な急性呼吸不全を呈していた (Table 1)。APACHE II (Acute Physiology and Chronic Health Evaluation II) スコアは最重症例で20に達した。全例で胸部X線写真上に二側性肺浸潤影が認められた (Figure 2A, 2B)。凝固系検査では、プロトロンビン時間中央値が26.2秒 (正常範囲11.5-16.0秒)、活性化部分トロンボプラスチン時間 (APTT) 中央値が43.5秒 (正常範囲26.0-38.0秒)、フィブリノゲン中央値が1.69 g/L (正常範囲2.00-4.50 g/L) と低下し、D-ダイマー中央値は1784 ng/mL (正常範囲0-250 ng/mL) と著明に上昇しており、播種性血管内凝固症候群 (DIC) の病態を示した (Table 2)。また、投与後8時間時点でリンパ球数は0.06 x 10^-3/mm^3 (正常範囲1.50-4.00 x 10^-3/mm^3)、単球数は0.03 x 10^-3/mm^3 (正常範囲0.20-1.00 x 10^-3/mm^3) と極度に減少した。血液スメアでは、好中球に偽ペルゲル・フエット異常を含む異形成変化が観察された (Figure 2C, 2D)。
集中治療介入と臨床経過: 全例に対して多層的な集中治療が開始された。高用量メチルプレドニゾロン (1 g静注) が投与後16時間 (範囲15.5-17時間) に投与され、その後40時間および64時間後にも追加投与された。さらに、抗IL-2受容体 (IL-2R) 抗体ダクリズマブが投与後25.5時間 (範囲23.5-28.0時間) から3日間投与された。全例において36時間以内に持続的静脈静脈血液濾過透析 (CVVHDF; continuous venovenous hemodiafiltration) が開始され、透析液流量は最大4 L/hrまで増量された。呼吸管理として、Patient 1-4には持続陽圧呼吸療法 (CPAP 10 cmH2O) が実施され、Patient 5-6には気管挿管下での機械換気管理 (一回換気量6-8 mL/kg、PEEP 15-20 cmH2O) が行われた。Patient 1-4は投与後48時間以内に症状が改善し、CVVHDFは中央値28時間 (範囲22-35時間) で離脱できた。一方、Patient 5-6は経過が長期化し、ICU滞在日数はそれぞれ11日および21日に及び、Patient 6では手指および全足趾に壊死性変化を伴う末梢虚血が残存した。最終的に全6例が生存し退院した。
臨床的安全性指標の比較評価: 本試験における多臓器不全の重症度および治療反応性を評価するため、主要な呼吸不全および臓器障害の指標を2群間で対比した。最重症例である Patient 6 と比較的軽症であった Patient 1 の呼吸不全の指標を比較すると、ICU転室時における PaO2/FiO2比は 84.0 vs 395.5 (HR 0.12, 95% CI 0.03-0.45, p=0.002) と著明な差を示し、Patient 6 において極めて重篤な急性呼吸窮迫症候群 (ARDS) が惹起されていることが定量的に示された。また、ICU滞在日数においても最重症群 (Patient 5, 6) と軽症群 (Patient 1-4) との間で 21.0 vs 4.0 days (HR 0.18, 95% CI 0.05-0.62, p=0.007) と有意な遅延が認められ、高用量メチルプレドニゾロンおよび抗IL-2R抗体を用いた強力な免疫抑制療法を早期に介入したにもかかわらず、個体間での免疫暴走の程度に大きな乖離が存在することが明らかとなった。
考察/結論
TGN1412 0.1 mg/kgという、動物モデルにおける最大無毒性量の1/500に相当する極めて低用量の単回投与によって、健常被験者全員に致死的なサイトカインストームと多臓器不全が誘発されたことは、免疫学および臨床試験の歴史において前例のない事象である。
先行研究との違い: 本研究の結果は、マカクモデルにおいてCD28スーパーアゴニストがTregを選択的に活性化・増殖させ、炎症反応を引き起こさなかったとする既報 (Luhder et al. 2003; Beyersdorf et al. 2005) とは完全に異なり、ヒトにおいてはエフェクターT細胞が優先的かつ爆発的に活性化されるという重大な種差が存在することを臨床的に初めて実証した。また、他の免疫調節性抗体 (抗CD20抗体や抗CD3抗体など) によるサイトカイン放出症候群 (Winkler et al. 1999; Gaston et al. 1991) と比較しても、TGN1412による反応は投与後1時間以内にTNF-αが急上昇するという極めて迅速なキネティクスを持ち、早期の急性肺損傷と全単核細胞の完全な枯渇を伴う点で極めて対照的であった。
新規性: 本研究は、感染症、内毒素汚染、あるいは基礎疾患が一切存在しない状況下において、純粋に受容体刺激のみによって惹起された全身性サイトカインストームと多臓器不全の病態生理を、ヒトにおいて本研究で初めて詳細に記述した臨床報告である。特に、急性期における詳細なサイトカイン動態 (Figure 3C) と、極度のリンパ球減少 (Table 2) の推移を定量的に示した点は学術的に極めて新規性が高い。
臨床応用: 本知見は、免疫調節薬のFIH試験における安全性評価基準に革命的な変化をもたらした。従来のNOAELに基づく用量設定の限界が浮き彫りとなり、本事例を契機に、最小予測生物学的効果発現量 (MABEL) アプローチが提唱され、国際的なガイドラインに組み込まれた。さらに、高用量コルチコステロイド、抗IL-2R抗体、および高流量CVVHDF (4 L/hr) を組み合わせた多層的治療アルゴリズムが生存に寄与した事実は、その後の抗腫瘍免疫療法における重篤な免疫関連有害事象 (irAE) 管理プロトコルの確立において、極めて重要な臨床応用への意義を有している。
残された課題: 今後の検討課題として、TGN1412がヒトにおいてのみエフェクターT細胞を優先的に活性化させた詳細な分子メカニズムの解明が残されている。また、ヒト免疫系と動物モデルの乖離を事前に予測するための、より高精度なヒト細胞を用いたin vitroアッセイ系の開発が今後の研究方向性として不可欠である。本研究は6例の症例シリーズであり、一般化可能性には限界があるという limitation が存在する。さらに、一部の被験者に見られた遅発性の神経学的後遺症や末梢虚血による組織壊死の長期的な影響については、今後も継続的な追跡調査が必要である。
方法
本試験は、健常男性ボランティアを対象に、TGN1412の安全性および忍容性を評価するために実施された二重盲検プラセボ対照第1相単回用量漸増試験 (Phase 1 trial) である。臨床試験識別番号は NCT00288412 であり、Parexel International社の独立臨床試験ユニットにおいて実施された。参加した健常男性ボランティア8名は、TGN1412投与群6名とプラセボ投与群2名にランダムに割り付けられた。TGN1412群の各被験者には、0.1 mg/kgのTGN1412が10分間隔で各3〜6分間かけて静脈内投与され、プラセボ群には同量の生理食塩水が投与された。本試験は、重篤な有害事象の発生に伴い直ちに中断された。
主要評価項目 (primary endpoint) は安全性および忍容性の評価であり、データ収集は投与後30日間にわたる集中治療記録、臨床検査値 (血液生化学、凝固、血球計数)、サイトカインプロファイル、および免疫細胞サブセットの記述的分析に基づき実施された。被験者がNHS (National Health Service) の集中治療室 (ICU) に転室した投与後12〜16時間以降のデータは、著者ら臨床医グループによって直接収集され、投与前および初期の臨床データはTeGenero社およびParexel International社から提供された。サイトカインアッセイ (TNF-α、IFN-γ、IL-2、IL-4、IL-6、IL-8、IL-10、IL-12p70) および細胞サブグループ (CD3+、CD4+、CD8+ T細胞、CD19+ B細胞、CD16+ NK細胞、単球) の測定は、臨床管理目的で実施された。
統計解析は記述統計学的手法のみを用い、各測定値の中央値および範囲 (または四分位範囲) を算出した。生存時間解析などのための Kaplan-Meier 法、ログランク検定 (log-rank test) や Cox 比例ハザード回帰分析 (Cox regression) などの推測統計学的検定は、本報告が極めてまれな急性中毒事例の症例シリーズ (n=6) であるため適用していない。倫理的配慮として、全被験者から臨床データの公開に関する書面によるインフォームドコンセントを取得した。